文化侵略



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:狂犬・フェルグス


 ビビった。


 久しぶりにアルに大泣きされるかと思った。


 アルは怖がりだから直ぐ泣くけど、いつもはわんわんと大泣きするわけじゃない。大泣きされると、やっぱ困る。そもそも泣いて欲しくない。


 弟がつらい想いするのは、兄貴として認められん。


 ……でも、さっきはちょっと変だったような。


 オレは「神さまぁ? そんなのホントにいるのかよ~?」って鼻で笑うけど、アルはシオン教の教えをキチンと守っている。


 オレもシオン教の祈りはある程度覚えているし、最近はちょくちょく使ってるけど……叡智神のことはそんなに信じていない。


 ネウロン人がたくさん祈ってるのに、カミサマは助けてくんねえ。神に対しての祈りは「ホントに意味あんのか?」と思う事がある。オレはそう思う。


 けど、アルは真面目な信徒だ。


 教典もちゃんと読んでたし、祭礼にも熱心に参加していた。その真面目っぷりから大人の信徒達にも気に入られていた。不真面目なオレと違って。


 でも、叡智神の存在を否定したとこで、ここまで泣かれた覚えはないけど。


 オレがとやかく言っても、困った様子で「叡智神様はいるよ。きっといるよ」って言う程度だったんだけどなぁ……。


 神はオレ達を助けてくれない。


 助けてくれなかったから、オレ達はいま交国に支配されている。


 助けてくれなかったから、タルタリカが生まれた。


 最初からいないなら助けてくれないのは当たり前だから、叡智神を責めるつもりは……あんまりない。最初から大して期待してない。


 信徒の中には神様が助けてくれないことでガッカリしてるヤツもいた。「これは叡智神が我らに与え給うた試練なのだ」とかなんとか言ってるヤツもいたけど、ガッカリしているヤツも結構見てきた。


 アルも、ガッカリしててもおかしくないのになー……。


 叡智神を信じたくなるようなことなんて、あったっけ……?


 アルは少し変わった気がする。


 前は「神がいるか、いないか」でここまで強く反応しなかった。


 弟がちょっと変わったことがよくわかんなくて、ちょっと考え込んでいると頭にフンワリとした感触がやってきた。マーリンが天井から下りてきた。


 にゃぁんと鳴きながらオレ様に引っ付いてきたので、「よしよし」と言って撫でてやった。撫でた後、まだちょっとだけ涙ぐんでるアルにマーリンを渡した。


 まあ、いいや。


 アルはアルだ。


 マーリン渡しておけば、機嫌直してくれるだろう。


 マーリンはデブネコだが、そこが可愛いからな……。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 叡智神の話を聞きたい。


 アルのご機嫌取りという意味もあるが、個人的な興味もある。


 聞かされたところで、シオン教の信徒になるのは有り得ないが――。


「じゃあ、ちょっと聞かせて――」


「おっ。今日もやってたのか」


 アルに話を聞こうとしていると、会議室の扉が開いて副長が入ってきた。


「副長。どうかしたんですか?」


「いや、単に通りがかっただけだよ」


 副長は俺達の方にやってきて、アル達が観測結果を記していた端末を覗き込んできた。アルは真面目に記録していたが、フェルグスの方は適当にやっていたため、副長はフェルグスに対して苦笑している。


「上を納得させるだけの成果は上がりそうか?」


「ケッ。お前ら交国人に媚びるためにやってんじゃねーよ」


クソガキフェルグスめ。世渡り下手だと、この先も苦労するぞ~?」


 副長は一層苦笑し、「おっ、そうだ」と言って手を叩いた。


「そういえばお前ら、次の寄港地が決まったぞ」


「おっ! どこですか!?」


「繊十三号だ。1日滞在するだけだが、久々に町でゆっくり出来るぞ」


 副長はそう言い、上機嫌で部屋を出ていった。


 副長も休みが嬉しいんだろう。存分にアル注できるから。


「繊十三号か。順調に進めば、明日にはつくな」


 久々の町だ。前回、繊一号に寄った時は慌ただしかったからなぁ。


 1日上陸するだけとはいえ、少しは任務を忘れて休めそうだ。せっかくだからアルやフェルグス達を誘ってみようかな。


 ロッカとか海嫌いらしいし、陸に上がりたくてたまらなくなってるだろう。


 早速、アル達に「一緒に町行こうぜ」と誘う。誘ったが、2人は「繊十三号ってどこのこと?」と言っている。ピンと来てないようだ。


 地図を表示し、「ここだよ」と指し示すとフェルグスがムッとした様子でオレと同じところ指し示してきた。


「ここは繊十三号なんて名前じゃなくて、ケナフって言うんだよ」


「…………? ああ、昔の名前か」


「昔じゃねーし! ほんのちょっと前までケナフって名前だったんだよ! それを交国が勝手に変えてさぁ……! 他の町も機械みたいな名前つけやがって」


「す、すまん……」


 繊一号とか、繊十三号って無機質な名前、不評みたいだ。


「やっぱ、こういう名付けって嫌だよな。でもまあ、あくまで仮の名前だからさ……そのうち、ちゃんとした名前がつけられるから」


「ケナフのままでいいじゃねえか。交国の奴らは横暴おーぼーだよ。オレ達から名前まで奪っていくとか……。そのうち世界の名前すら変えちまうつもりなんじゃないのか?」


 そこまでされたら、ネウロンに何が残るんだよ。


 そう言われて何も言えず困っていると、アルが「にいちゃん、ラートさんがやってるわけじゃないから……」と助け舟を出してくれた。


「ボクはケナフ……じゃなくて! 繊十三号に行くの初めてだから、楽しみです。ラートさんは行ったことあるんですか?」


「一度だけある。その時は予定されていた補給物資届くのが遅れたから、3日ほど滞在できたな」


「繊十三号って、いまどんな感じになってるんですか?」


「タルタリカが現れた当初は一時放棄されてたそうだが……今は奪還して、町に人も戻ってきている」


 タルタリカ用の防壁とか作って、郊外の農地を再整備していた。


 星屑隊が立ち寄ったのはほんの少し前の話だから、農地もまだまだ整備途中だろう。けど、町の規模はもう交国が来る前より大きくなってるって話だ。


 魔物事件でたくさんのネウロン人がこの世を去ったが、交国は他所から開拓用の人員を集めている。その人達がネウロンに定着して、人の営みも蘇るだろう。


 でも、それは純粋な「ネウロン人」じゃない。


 異世界から来て、ネウロンに居着いた人間だ。


 それで「元通りのネウロンが戻ってきた」とは言えないだろうな……。


 フェルグスは怒るだろう。


 フェルグスが怒るか否かを考えると、少しはネウロン人の気持ちがわかる……気がする。当事者じゃないと、本当のとこはわからないだろうけどな……。


「あとは、そうだな……。海門ゲートがあるぞ」


「「げーと?」」


「ありゃ、お前ら見たことないのか?」


 繊一号とか大きな町や、重要拠点には<海門>が整備されている。


 だが、アル達は見た覚えがないらしい。


 異世界からやってきた俺には馴染み深い施設だが、ネウロン人なら知らないか。交国がネウロンに来てから作られた施設だし――。


「げーとってなんだ?」


「ふふん……。そいつは行ってみてのお楽しみだ!」


「うざ。どうでもいい」


「ぼ、ボクは見に行きたいですっ!」


「アルはホントに良い子だなぁ~……!」


 ツレない返事をする兄貴と違い、弟はフォロー上手だ。


「町についたら皆で一緒に見学に行こう! 海門見学!」


「ボクらも一緒に行っていいんですか……?」


「当たり前だろ」


「特別行動兵で、巫術師ですよ?」


「そんなの関係ねえよ。補給のために寄るだけだから、お前らは何の任務もこなす必要ないし。まあ……技術少尉がとやかく言ってくる可能性はあるな」


「あのババア、オレ様達に嫌がらせするのが趣味だからな」


 フェルグスのボヤきを聞きつつ、考える。


 技術少尉対策をしておく必要、あるかもな。


「副長に頼んで、テキトーな任務をでっちあげよう。任務こなすためだから上陸して町に入る必要があるんですよ~、ってな」


「……そういうこと、してくれるんですか?」


「副長は優しいから大丈夫だ!」


 これは命令違反じゃない。必死に頼めば協力してくれるはずだ。


「俺を信じてくれ。何とかしてみせる!」




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:兄が大好きなスアルタウ


「あのね、あのね。今日はラートさんにプレーローマの話を聞いたんだ」


 夜。寝る前にヴィオラ姉ちゃんと少しお話をする。


 ヴィオラ姉ちゃんはニコニコしながらボクの話を聞いてくれた。


 にいちゃんは、なぜかちょっと、すねた顔してるけど――。


「それでね、今度、ケナフに寄るんだって。1日ケナフで過ごせるんだって」


「ケナフって、町の名前?」


「うん。今は繊十三号って名前になってるみたいだけど……。その繊十三号に寄った時、ラートさんがボクらをゲート見学に連れて行ってくれるって」


 町に入れるだけでも嬉しいのに、ラートさんが案内してくれるから余計に嬉しい。嬉しくってニコニコしていると、ヴィオラ姉ちゃんも「よかったね」と言って頭を撫でてくれた。


「ちゃんと町を歩けるの……久しぶりだし、楽しみ……だね。うん」


「うんっ。ヴィオラ姉ちゃんも一緒に行こうね。姉ちゃんのこと知ってる人、ケナフにいるかもだし……」


「そうかなぁ……。いるといいね」


 ヴィオラ姉ちゃんに「そろそろねんねしようね」と言われ、手を繋いでベッドに連れていってもらう。


 姉ちゃんは「もうちょっとだけお仕事あるから――」と部屋を出ていった。また技術少尉さんにお仕事押し付けられたのかな……?


 そこまで遅くならないと思うけど――。


「なあ、アル」


「なぁに? にいちゃん」


 隣に寝ていたにいちゃんが話しかけてきた。


 寝転がりながら頬杖つきつつ、「あんま期待すんなよ」と言ってきた。


「あのクソオークはテキトー言ってるだけだ」


「ラートさんのこと……?」


「そうだ。アイツ、ケナフを案内するとか行ってるが、多分むりだ。だから最初から期待せずにおけ。アイツは何の頼りにもなんねえ」


「…………そんなことないもん」


「何か言ったか?」


「べつにっ……」


 ラートさんは、ボクらの味方だもん。


 守ってくれたもん。上官さんに怒られても、守ってくれてるもん。


「……期待してたら、期待を裏切られた時がキツいぞ」


「…………」


「期待したくなる気持ちも、まあ、わかるけど……。これまでだって――」


「ラートさんは優しいし、楽しい話してくれるし、信じる」


 ラートさんは他の人と違うもん。


 交国人だけど、ボクらの味方だもん!


「今日の話、そんな楽しかったか? 今日は物騒な話ばっかりだったろ」


「んー……」


 確かに、ちょっと怖かったかも。


 特に魔神。


 強いラートさんでも「危ない」っていう存在。


 叡智神様なら魔神だってやっつけてくれると思うけど、叡智神様が来てくれるとは限らないし……。ラートさんが言う通り、魔神に会ったら逃げなきゃ。


「ちょっとだけ怖かったけど、知らないこと多かったから楽しかったよ。にいちゃんはドキドキワクワクしなかった?」


「ん~……。まあ、確かに、ちょっと興味深くはあったかな……?」


「でしょ!? ラートさんはボクらを殴ったりしないし、色んなお話してくれるし……音楽聞かせてくれるし、ボクらのことキチンと考えてくれてると思うよ」


「……んなことねえよ。アイツは交国人だ。無責任なことだけ言って、オレらを期待させて……いざとなったらオレらを裏切るに決まってる」


 怒った様子で言うにいちゃんに背を向けて寝る。


 にいちゃんは「アル?」「起きてんだろ」と言ってきたけど、「寝てるもんっ」と返す。寝てるからお話しないもんっ。


「まったく……。まあ、おやすみ」


「んっ。……おやすみっ」


 フヨフヨ飛んできたマーリンを抱っこして、ねんねする。


 明日もラートさんに会うの楽しみ。


 明日はどんな話してくれるのかな?


 ラートさんとケナフに行くのも、楽しみ。


 今日はいい夢を見れそう――――。



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