人類の敵



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


「ラート。今日も会議室使うの?」


「おう、今日も索敵補助任務だ」


 昼の栄養補給を済ませて軽く運動した後、アル達を連れて会議室に向かっているとパイプと出くわした。


 アル達に「頑張ってね」と声をかけてくれたパイプと別れた後、会議室に入る。索敵補助任務用の端末を起動し、アル達に渡す。


「よし。じゃあ今日も頑張るぞ!」


「はいっ!」


 気合十分なアルの返事。その隣にいたフェルグスは「がんばるのはオレ達で、アンタは監視してるだけだろ……」とボヤいたが、出席してるだけヨシ!


 ロッカとグローニャ、そしてヴァイオレットの姿はない。


 今日は巫術師兄弟2人だけの参加だ。


 ま、まあ……任務といっても今日のは強制参加じゃないからいいけどな。


 今日も巫術を使い、索敵を補助する。ただし機兵に乗って出撃したりしない。船の会議室で巫術を使うだけだ。


 ヴァイオレットの妙案は直ぐに試せないので、ひとまず巫術観測を使って索敵の補助をする。巫術はこういうことも出来るよって実績作りをする。


 ただ、これは正直……失敗だったかもしれない。


 鎮痛剤を打つ必要も無いし、タルタリカに襲われる危険もない。けど、タルタリカを巫術で感じ取ろうにも船上だと観測可能範囲が狭まる。陸が遠ざかるからな。


 船内ならどこでも出来るから会議室借りてやってるんだが……俺は一緒にいたり、飲み物取ってくるぐらいしか仕事ないから暇だ。


 巫術で見張りをやるだけだから第8の子らも退屈そうにしている。アルは観測した魂の位置を端末に入力し続けているが、フェルグスなんて頬杖ついてぼーっとしている。


「そういや……今日は他の子達は?」


「ロッカは船の上なのがよっぽどイヤなのか、部屋でふて寝中。グローニャは『たいくつ』だから不参加」


「そっかぁ……」


「実際、これ退屈だよな」


「安全な場所でやる見張りはそんなもんさ」


 ジト目で見てくるフェルグスにそう返す。


 退屈なのはそれだけ平和ってことだが、何事もないと成果も上げられないからそこは困るかな? こいつら危ない目にあわせずに済むけど。


「3人だけだと、ちょっと寂しいなぁ……」


「マーリンも来てますよ。ねっ、マーリン」


「マーリン?」


 俺の言葉に反応したアルが、何故か天井の一角を見つめた。


「フワフワマンジュウネコのマーリンです。ほら、今日は珍しく人前に出てきて……天井でスヤスヤ寝てますよ」


「おー……。そうだな。うんうん」


 適当に誤魔化しつつ、天井ではなく巫術師兄弟を見る。


「じゃあ3人と1匹だな。ヴァイオレットは仕事だっけ?」


「そ。クソ技術少尉に余計な仕事押し付けられてんだよ」


 フェルグスは頬杖ついたままそう言い、俺をジロリと睨んできた。


「交国人の仕事やらされて忙しいのに、アンタのお遊びに付き合ってる時間はないんだよ。ヴィオラ姉は」


「に、にいちゃん……ラートさんは別に、遊んでるわけじゃないよ? ヴィオラ姉ちゃんに頼まれて、手伝ってくれてるんだよ?」


「けっ。しったことかよ」


 フェルグスには相変わらず嫌われてる。思わず苦笑してしまう。


 けど、同じ部屋で長い時間過ごしてくれるようになったのは前進してるよな。


 出会ったばっかりの時だったらもっと睨んできてたし。今は悪態つきつつも、視線はジト目程度だから丸くなってきたと思う。


「フェルグス、ツレないこと言ってるけど、今日も参加してくれて嬉しいぞ」


「はあ? オレはアンタのために参加したわけじゃねーよ。アルが『行きたい』って言うから……ヴィオラ姉忙しいし、代わりに参加してやってるだけ。交国人とアルを二人っきりにしたら危ないからな」


 フェルグスがムッとしている横で、アルはニコニコと笑っている。笑いつつ、「ボクは今日も楽しみにしてました」と言ってくれた。


「ゆっくりできる任務で、ネウロンの外のお話とか聞かせてもらえるから、それ楽しみにしてて……。あっ、ちゃ、ちゃんと索敵もします、よ?」


「ありがとな、アル」


 じゃあ、今日も索敵補助任務しつつ、話をしようかな。


 任務中にペチャクチャと雑談するのは良くないが……これは座学だ! ネウロン人の2人に異世界のことを説明してるだけだから問題無し!


 俺も喋ってないと暇で死にそうだし……。


「お前らに索敵してもらいつつ……今日はプレーローマの話をしようかな」


「その名前、前も言ってたっけ」


 フェルグスが頬杖をやめ、こっちを真っ直ぐ見つめてきた。


「ネウロンはプレーローマに狙われていたとか、滅ぼされるところだったとか……。オレ様達がこの船に改めて乗った時、言ってたよな?」


「そうそう。覚えてくれてたか」


 ネウロン人には馴染みのない言葉だと思うが、重要な話だ。


 タルタリカなんて比較にならないほど危険な存在だからな。


「プレーローマは、一言で言えば『人類の敵』だ」


 敵だからこそ、交国軍はプレーローマと戦い続けている。


 時に他の人類国家と共同戦線を張り、対抗している。


 だが、奴らには「人類の敵」と相反する側面も持っている。


「もう一言付け加えるとしたら、『人類を創った者達』だな」


「ハァ? 敵だけど人類を作ったって……なに言ってんだ?」


 フェルグスが怪訝そうな顔になった。


「敵って事は、人類を殺そうとしてんだろ? プレーローマって奴らは」


「そうだ」


「でも人類を作った? 真逆のことやってねえか?」


「そうだ。この矛盾に関しては世界の成り立ちから説明すべきだな」


 多次元世界には、たくさんの世界がある。


 ネウロンや交国本土はその1つに過ぎない。


「お前達は異世界に行ったことないだろうが、ネウロン以外の世界は確かに存在している。俺達、交国人は異世界からやってきた存在だ」


「それはまあ、一応わかる。ネウロンにはアンタらが使ってるような武器とかねえし……。オークなんて輩もいねえ」


「世界って、どれぐらいあるんですか? 100個ぐらい?」


「数千以上だ。一説には数万だったかな? いま、多次元世界にどれだけの<世界>があるかはわかってねえんだ」


 とにかく多いし、何故か新しい世界も増えているらしい。


 だから把握しきれていない。交国がネウロンを見つけたのだって、結構最近の話らしい。ネウロン事体は1000年以上前からあったらしいけどな。


 世界の数について話すと、アルもフェルグスもビックリした様子だった。驚き、それでいてワクワクしているようにも見えた。


「とにかく、多次元世界にはたくさんの世界が存在している。んで……その世界の殆どを作ったのがプレーローマの旧支配者である<源の魔神>だ」


 端末を操作し、会議室に源の魔神の画像を映す。


 写りが悪いからハッキリとした姿はわからない。だが、全身甲冑を着た人型生物のような存在がディスプレイに映っている。


「この源の魔神がプレーローマという組織を作り、世界と人類を創造した。こいつ自身はもう死んでるそうだが、プレーローマ事体は――」


「あ、わかったぞ。その源の魔神って奴は良い奴だったけど、そいつが作ったプレーローマってのが人類と敵対してるって言いたいんだな?」


 だから人類の敵だけど、人類を創った存在でもある。


 それなら矛盾せず成立する――とフェルグスは言った。


 だが、その想像は間違っている。


「いや、源の魔神が生きているうちから、プレーローマは人類や世界を滅ぼして回っていたんだ。他ならぬ源の魔神の命令でな」


「意味わかんねえ」


「奴らにとって人類は『農作物』みたいなもんだ」


 世界という畑を作り、そこに人類の種を撒く。


 人類文明が成長していくのを見守り、最終的に刈り取って滅ぼす。


 時に奴隷として利用するが、大半はブッ殺すのがプレーローマだ。


「奴らは大量の人類を殺し、大量の世界を破壊してきた。『収穫』が終わるとまた新しい人類を育てて、また殺していくんだ」


「……意味がわからん。何でそんなことしてんだ?」


「大量虐殺することで大量の混沌エネルギーを作ろうとしたとか、源の魔神は人類に対して強い怒りを持っていたとか……何かを作ろうとしていたとか色んな説があるが、よくわからん」


 源の魔神ほんにんはもう死んでるしな。


 奴が作った組織であるプレーローマも、源の魔神がどういう動機で世界創造と人類虐殺やってたか語らねえから、よくわかってない事が多い。


「まあとにかく、源の魔神とプレーローマはイカれた集団なんだ。人間を農作物のように扱う異常者達なんだ。源の魔神が……救世神アイオーンが死んだ後も未だに人類と敵対してるからな」


「プレーローマは、どんな人達で構成されてるんですか?」


「主に天使だ」


 画質クソ悪い源の魔神の画像から、天使の画像に切り替える。


 こっちの方がより人間に近い存在に見えるが、天使は人間にない部位を持つ。


「きれい……」


 天使の画像を――光輪と光翼を持つ天使の姿を見たアルが、感嘆の声を漏らす。確かに綺麗だが、天使は俺達の敵だ。気を許すべきじゃない。


「この画像の天使の名は、サリエル。死司天ししてんのサリエル」


 源の魔神の側近であり、プレーローマでもトップクラスの大量殺戮者だ。


「コイツは、睨むだけで生物を殺す能力を持っていてな」


「睨むだけで? どうやってそんなこと……」


「そういう特殊能力を持ってんだ。広義の術式……お前達が使う巫術の親戚みたいなもんだよ。やれることは全然違うけどな」


 巫術は優しい術式だと思う。


 死を感じ取ると酷い頭痛がするって弱点は、裏を返せば「他者に危害を加えたくなくなる力」だ。優しい力だ。


 死司天の権能ちからは優しさのカケラもない。睨むだけでバッタバッタと人が死んでいく。生物を殺すことに特化した兵器の如き存在だ。


「プレーローマの天使って、どいつもこいつも睨むだけで人を殺せるのか?」


「それは死司天ぐらいだ」


 強力な天使は、色んな特殊能力を持っている。


 似たようなことできるのは他にもいたはずだが……死司天みたいなのが数体いたら、人類はもう負けている。


 死司天以上のバケモノだった源の魔神が存命の時は、人類は今のように抗えていなかった。源の魔神は世界を容易く創造し、容易く滅ぼせるバケモノだ。


 本物の神だったからな。


 神は神でも、邪神の類だが――。


「とにかく、プレーローマっていうのは強いうえに頭のおかしい集団でな。源の魔神が死んでもなお、ずーっと人類滅ぼそうとしてんだよ」


「だから、人類の敵……」


「そう。プレーローマ最強の源の魔神が死んだことで、人類側も盛り返して、今では、まあ……大体互角? ぐらいの戦況になってるかな?」


 人類文明で同盟組んで、やっと互角ぐらいだけどな。


 数は人類側が圧倒しているが、質はプレーローマ側が勝ってる。


 悔しいが、それが現状だろう。


「ネウロンもプレーローマに狙われていたんだ。だから交国がお前達を守るために来たんだが……交国の存在が魔物事件を誘発しちまって、ネウロンをメチャクチャにしちまったのは事実かもな……」


「そうだよ、お前らの所為だ、クソオーク」


「にいちゃん……。ラートさん責めるのはよくないよ……」


「んだよ。お前もクソオークの味方すんのか?」


 フェルグスは眉根を寄せて面白くなさそうな顔をしていたが、「まあプレーローマとやらの話は、なかなか面白いな」と言った。


「本当にいるかどうかはともかく」


「いるよぉ。交国軍を含む人類勢力が必死に戦ってるから、ネウロンまで来てないだけで……プレーローマはホントに存在してるんだぜ?」


「でも、オレは見たことねえもん。交国が異世界侵略するための……ええっと……たい……タイ……」


「大義名分?」


 言葉に詰まっているので助け舟を出すと、フェルグスは「それだ」と言って指を鳴らした。上手く鳴らなくて「カスッ」とショボい音だったが。


「ネウロン侵略するためのタイギメーブンに聞こえるぜ。そもそも、睨むだけで人を殺せるバケモノいるなら、お前ら交国軍だって勝てねえだろ」


「まあ……死司天ぐらい強い天使がガンガン前線に出てきてたら、交国だってキツいけどな。人類側にはバケモノ天使に対抗できる人材もいるのさ」


 そもそも、死司天は戦場にあまり出てこない。


 源の魔神死亡以降は一気に戦場に出てくる事が減ったらしく、一時期は「死司天死亡説」が囁かれたほどだ。


 実際は生きているらしいが、何をしているのかはよくわかっていない。何億、何兆と人をブッ殺してきたらしいから、もう殺すのに飽きたのかもな。


 死司天とか、武司天クラスの天使バケモノは人類側でも対抗できる戦力が限られる。バケモノにはさっさと死んでてほしいが……。


「とにかく、オレ様は信じないぞ。お前ら交国人の言うことなんか」


「え~……。プレーローマはホントにいるのに……」


「証拠出せよ、しょーこ! オレ達は天使を直接見たことねえもん」


「証拠か。出そうと思えばいくらでも出せるけど……」


 さっき見せた画像に限らず、プレーローマとの戦いの映像もある。


 ……俺が戦った時の記憶もある。


 けど、何を見せても信じてもらえねえかな。画像や映像は作ろうと思えばいくらでも作れるし、俺の記憶はなしなんてもっと信用できないだろう。


 ネウロンも源の魔神に作られた世界の1つだろうけど、源の魔神が生きていたのは随分と昔のことだからなぁ……痕跡なんて残って――。


「あ。そうだ、ネウロンにもプレーローマの痕跡が残ってるぞ」


「あん?」


「さっき、プレーローマは『人類の敵』だけど『多次元世界の多くの世界を作った組織でもある』って説明しただろ?」


「ああ、それが?」


だから・・・俺達の言葉が通じるんだよ」


「「…………?」」


 頭に疑問符を浮かべている2人に対し、言葉を投げかける。


 共通の言葉を投げかける。


「俺達は生まれた世界が違う。けど、交国もネウロンも公用語が<和語>なんだよ。これがプレーローマの存在を示す証拠になる」


 和語。


 多次元世界で広く使われている言語の名。


 交国は和語が公用語で、他所の人類文明でも和語がよく使われている。国際会議の場でも和語が使われることが多い。


「和語はプレーローマで生まれた言語でな。プレーローマがたくさんの世界を作った時、現地の住民に和語を普及させたんだ。管理のために。その名残で多次元世界では今でも和語がよく使われてんだよ」


「へー……。じゃあネウロンも……」


「プレーローマが作ったから、和語がよく使われてんだろうな」


「ラートさん達が和語を喋れるの、勉強してきてくれてたんだと思ってました」


「自慢じゃないが、オレは座学の成績良くなかったぞ。特に語学はクソだった」


 まともに使えるのは和語ぐらいだ。


 交国以外でも和語がよく使われてるから、まったく困らないけどな。外交官とかやってたら他の言語も喋れた方がいいかもだが……。


「異世界なのに同じ言語を喋っている。フツーに考えたらおかしなことだが、世界を股にかけた大きな存在が――プレーローマが実在するとしたら、それぐらいは有り得るって思わないか?」


「うーん……。まあ、確かに、そうかも……?」


 腕組みしつつ、納得しかけてくれていたフェルグスだったが――俺の得意げな視線がカンに触ったのか、「いや、これだけじゃ証拠にならねえ!」と言った。


「確かにオレ達は同じ言葉使ってるけど、それが『プレーローマが実在する』って証拠にはならねえ。ネウロンの和語は別の奴が持ってきたものかもしれねえ!」


「別の奴ねえ……。例えば?」


「知らねえよ。いま、証拠求めてるのはこっちだ。質問を質問で返すな」


「えー……」


 でも、フェルグスの言うことも正しいかもな。


 和語はプレーローマで生まれ、多次元世界で広く普及している言語だ。


 だけど、異世界に渡れるのはプレーローマだけじゃない。交国も異世界に渡航する技術を持っている。他の人類文明でも異世界渡航技術はある。


 ネウロンに和語をもたらしたのがプレーローマとは限らんな。確かに。


「和語を『プレーローマが実在する証拠』としては認めねえぞ。オレ様は」


「くっそー……座学苦手な俺に難しいこと言うなよ~」


「あの、ボクはラートさんの言うこと、信じますよ」


 アルは優しいから俺を慰めてくれた。


 そう思ったが、優しさだけの言葉じゃないらしい。


 アルにはアルの「信じる理屈ロジック」があるみたいだった。


「天使も源の魔神も、シオン教の教えで『こわいもの』って言われてたから」


「え? そうだっけ?」


「そうだよぉ。にいちゃんも教典で読んだはずだよ?」


「しらねえ。覚えてねえ」


 小首をかしげるアルに対し、フェルグスは頭の後ろで手を組んでいる。


 きょーてんってなんだ? と俺が聞くと、アルは「シオン教の教えを記した本です」と教えてくれた。


 シオン教の本には天使や源の魔神について記されている――っていうのは、ちょっと予想してなかったな。


 天使はまだわかる。


 天使の存在は色んな世界に伝わっていて、場所によっては天使を「善の存在」として言い伝えている場所もあるらしい。


 交国人の俺にとっては「そんなバカな」と言いたくなる話だが……プレーローマによる実害を受けてない世界ではそういう事もある。


 ネウロンがプレーローマによる実害受けていないなら、天使の存在が美化されていてもおかしくないが、ちゃんと「悪しき存在」として伝えられてるんだな。


 でも、源の魔神についても伝わっているとは……。


 ネウロンって、異世界との交流がなかったんじゃねえのか……?


 交国でもネウロンは、近年になってやっと見つけた辺境の世界だったのに。


「その教典には、天使や源の魔神の事はどう書かれてたんだ?」


「ええっと……叡智神様の言葉として残っているんですが、『天使達は人類の敵であり、心を許してはならない。彼らは言葉巧みに人を騙し、人類を不幸にする邪悪な存在』って教典に書かれてました」


 シオン教において、天使は邪悪な存在。


 源の魔神はもっとボロクソに書かれていたらしい。


 曰く、邪神だと。……交国の認識とほぼ同じだな?


「プレーローマって言葉は初めて聞いたけど……源の魔神って名前は聞いたことあります。多分、同じ神様の話をしてるんですよね?」


「だろうな。天使と一緒に語られてるわけだから……」


 プレーローマの実害受けてない世界で天使が美化されがちなのは、プレーローマが支配していた時代にそう言い伝えた影響が強い。


 天使じぶん達が管理するのに楽、って理由で。


 ネウロンでは美化されていないのは偶然……ではないよな? 源の魔神っていう名前が残っていたんだから。


「アルがそう言うなら、実際そう言われてたんだろうな。オレは覚えてないが」


「もー……。にいちゃんは居眠りしてたんでしょ……」


「そうかも。だっておもしろくねーし」


 アルに軽く咎められたフェルグスがいたずらっぽい笑みを浮かべる。


 授業中むかしのことで談笑している2人には悪いが、話を聞かせてもらおう。ネウロンに源の魔神のことが伝わっているのは、ちょっと変だ。


 天使達については、ネウロンの神が言い残している。


 その神、一体何者だ?


 源の魔神の敵対者か?


「なあ、アル。そのエッチ神ってのは――」


叡智えいち神様です……。えっちじゃなくて、えいち!」


 アルに訂正され、フェルグスに「頭わいてんのか、テメー」と呆れられた。


 ちょ、ちょっと聞き間違えただけじゃねえか……。


「叡智神様は、ボクらシオン教の信徒が祈りを捧げている存在です」


「ネウロンの神か」


「はい。ずっと昔にネウロンにやってきて、ネウロン人に色んな知恵を授けて発展させてくれた賢い神様だったそうです」


 アルはニコニコしながらそう言ったが、語り終わるとハッとした様子で口を押さえ、俺のことを上目遣いで見てきた。


「ご、ごめんなさい。交国の人は、シオン教の話、キライですよね……?」


「え? いや、俺は別に気にしねえよ?」


「そっか……良かった」


 宗教に対して良い印象はない。


 ぶっちゃけ、人を騙して金を巻き上げる仕組みだと思ってる。


 シオン教も「怪しげな組織」と考えちまうが……それをアル達にわざわざ言う必要はないだろう。コイツらに罪はない。


「わけのわからない宗教ものなんか信じるなって、よく言われたので……」


「交国人に?」


 アルがおずおずと頷く。


 よほど酷く言われたのか、少し怯えた表情をしていた。


「交国は……国教とか無いし、宗教に馴染みがないんだよな。だから交国人の中には『宗教』ってだけで毛嫌いする奴も少なくない」


「…………」


「だから過剰に反応して、お前らにイヤなこと言う奴もいたんだろうな。そいつらの代わりに謝らせてくれ。ごめんな」


「いえ……」


 アルはホッとした様子になってくれたが、フェルグスの表情は変わらない。


 怒ってはいない。


 だが、頬杖ついてどうでも良さそうにしている。


 シオン教が好きっぽいアルと正反対の反応だ。


「フェルグスは……エイチ神ってヤツを信じてねえのか?」


「んー……。というか、どうでもいい・・・・・・


「どうでもいい……」


「だってオレ、叡智神なんて見たことねえもん」


 フェルグスはあっけらかんとそう言った。


「自分で見たことねえもんを信じろって言われてもな……」


「シオン教って、ネウロン大人気って小耳に挟んだが――」


「全員が全員、信じてるわけじゃねえよ。まあ、オレ様は変人なんだろうな。周りの奴らに『叡智神様を信じないなんて頭がおかしい』ってよく言われた」


 フェルグスは生意気そうな笑みを浮かべる。


 頭がおかしい、と言われた時のことを思い出しているようだ。


「プレーローマと同じだ。自分の目で見たことないものは、信じたくない」


「へー……」


 プレーローマの存在を信じないのはともかく……考え方は共感できるな。


 宗教に関しては、アルよりフェルグスの方と考えが合うかもしれない。


「つーか、アンタは神様信じてんのか? クソオーク」


「俺? 信じているというか、実際にいるからなぁ」


 源の魔神はもう死んだらしいが、他の<魔神>はまだたくさんいる。


 さすがに源の魔神並みのバケモノは数が限られるが、人知を超えた「神」ってものは他にもいる。多次元世界は広いからな。


「交国にもいるのか?」


「交国にはいねえなぁ……。交国は人間が統治する国だからな。魔神と敵対してやりあったことはあるが、交国に魔神はいないはずだ。多分」


「例えばどんな魔神がいるんだ? 多次元世界には」


「単騎で万軍を消し去ったり、世界を滅ぼせるようなバケモノとか……無量大数たくさんの怪物を率いて多次元世界中を荒らし回っている魔神もいる」


 魔神とは、人知を超えた存在だ。


 人間や天使の作ったルールなんて知らねえ、とばかりに破壊の限りを尽くしているヤツもいる。


 魔神の中にはプレーローマと敵対している奴らもいるが、「敵の敵は味方」ってことで人類文明と協調してくれる事は少ない。


 人間も天使も殺そうとしてくる魔神もいる。


 知能を持つ災害みたいなものだ。


「人や天使に乗り移って、起きるはずのなかった戦争を起こす魔神とかいるって聞いたこともあるなぁ……」


「はた迷惑な奴らばっかりじゃねえか」


「そうだよ。大抵の魔神は天使と同じく、人間とは相容れない存在だ」


 中には協調しあえる魔神もいる。


 魔神が守護し、統治している人類国家もある。


 生贄を捧げる代わりに外敵を退けてもらっている、っていうのを「協調しあっている」と言えるかは疑問だが……。


「まあ、ともかく魔神は大抵悪いヤツだ。見つけたら絶対に近づくなよ」


「ふん。そんな脅しにオレ様が……」


「爪をバリバリ剥がされて、足先からバリバリ食われても知らねえぞ」


 魔神は危険な存在だ。近づかない方が無難だ。


 プレーローマと同じぐらい危険な存在だから、軽く脅しておく。


 さすがのフェルグスもちょっと表情を強張らせている。アルはちょっと青ざめている。イカン……ちょっと脅しすぎたか?


 フェルグスは直ぐに持ち直し、「魔神なんかよりオレの方が強え」と強がった。強がりつつ、弟の背中を撫でて元気づけている。


「オレは叡智神のこと信じてるわけじゃねえけど……アンタの言う魔神カミとネウロン人が信じてる叡智神カミは別物っぽいな……」


「うーん、どうだろうなぁ」


 ひょっとすると、叡智神も魔神の一柱かもしれん。


 叡智の魔神、なんて名前は聞いたことがないが「叡智神」というのはネウロンでの表現で、他所では別の魔神名を持っていたのかも。


 ネウロンに「源の魔神」や「天使」が悪しき存在として伝わっているのは、叡智神の所為なんだろう。叡智神がネウロンの異世界そとから来た存在だから、異世界の事情を知っていたとか――。


「ところで、叡智神は今どこにいるんだ? ネウロンにいないのか?」


「だからいねえんだって。そもそも最初から存在していたのかどうかすら――」


「叡智神様はいるよ! ぜったい……!」


 アルが珍しく強い口調で言葉を発した。


 真剣な表情だが、少し俯いている。


「叡智神様は……ネウロンから出て行っちゃっただけで……多次元世界せかいのどこかにいるよ。ぜったい……」


「そう……なのか?」


 ネウロンから出て行ったけど信仰するっていうのは、奇妙だな。


 多次元世界によくある宗教では――存在しない神を崇める宗教では――神は見えないけど傍にいてくれるとか、見守ってくれてるのが定番のはずだ。


「叡智神様が戻ってきたら、全部……ぜんぶ解決するもんっ」


「アル……?」


「叡智神様、ちゃんといるもんっ……!」


 俯いているアルの瞳が、僅かに光る。


 涙がじんわりと目を濡らし始めている。


 俺より先にそのことに気づいたのか、フェルグスが慌てた様子で口を開いた。


「お、オレ様は別に、『叡智神なんかいない』って思ってるわけじゃねえからっ! このオークが勝手に言いだしただけだからっ!」


「おまっ……! 俺に全責任なすりつけてんじゃねえよ」


 いまやるべきは責任のなすりつけ合いじゃない。


 アルを泣き止ませることだ。


 フェルグスと一緒に寄り添い、「ごめんな」と言って泣き止んでもらう。


 アルは「叡智神なんていない」という言葉が本当にイヤなのか、しばらく黙って泣き続けた。ポロポロと涙を流し続けた。


「いや、スマン、スアルタウ。俺はネウロンの異世界そとから来た野郎だから、叡智神やシオン教に馴染みがねえんだ」


 アルの手を取りつつ、しゃがんで話しかける。


「知らないから無神経なこと言っちまうかもしれない。でもそれは俺も嫌だ。お前達を悲しませたくない。だから、俺にも叡智神のこと教えてくれ。なっ?」


 そう言うと、アルは目元をぬぐい、コクリと頷いてくれた。


 フェルグスにとって、シオン教も叡智神も重要なものじゃないらしい。


 でも、アルは違う。


 アルは真面目に神を信仰している。敬虔な信徒、ってやつのようだ。





【TIPS:和語】

■概要

 多次元世界で最も多く使われている言語であり、人類連盟を筆頭に様々な国際機関で公用語として定められている。


 和語普及の背景にはプレーローマが大きく関わっている。


 プレーローマは多次元世界で多くの世界を創造し、そこに人類の種を撒いて芽吹かせてきた。この「人類の種」=「プレーローマで生育された人類」である事が多く、プレーローマにいた時点でコミュニケーション手段として和語を教えられていたため、それがそのまま広く普及していった。


 元々は言語など教えず、教育を施していない人間を新世界に解き放っていた。


 だが大半が絶滅するか獣と大差ない存在に退化した事から、「文化を成熟させるために最低限の知識は身に着けさせるべき」と考えられ、和語を含む教育が施されていった。


 和語は西暦の時代にあった<日本語>という言語をベースに作られており、熟語やことわざも日本で使われていたものが多く流用されている。


 その事実を知らない世界では「一般に使われている言葉で意味はわかるが、由来等がハッキリしていない」としばしば論争が繰り広げられている。例えば「呉越同舟」の「呉越とは何か?」などの論争が繰り広げられている。


 和語はあくまで「プレーローマの影響で世界問わず広く普及した言葉」であって、唯一の言語ではない。和語から派生していった言語や、和語とはまったく関わりのない言語も存在している。



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