リビングデッド



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


 危険もあったけど、先日の偵察任務は「概ね成功」という事になった。


 少なくとも星屑隊にとっては……。死者も損害も出ず、巫術による観測を戦術の1つとして組み込めたことが良かったらしい。


 私が欲しいのは「戦いに役立つ成果」ではなく、「子供達を戦いから遠ざける成果」だけど……軽んじられるより認められる方が遥かにいいはず。


 コツコツやっていくしかない。


 明星隊の時はコツコツやっていくことすら出来なかった。


 星屑隊はラート軍曹さんのような人もいてくれるんだから、前向きに頑張っていこう。頑張るしかない。


「フェルグス君、気をつけてね。無理しちゃダメだからね?」


「わかってるって。周りに気をつけるだけなんて楽勝だよ」


 認めてもらえた事で、2度目の偵察任務を行う事になった。


 今度はフェルグス君が機兵対応班に同行する。アル君はおやすみ。


 フェルグス君を行かせるのは色んな意味で不安だったけど……それでも今回はタルタリカと遭遇せず、機兵対応班もフェルグス君も予定通り帰還した。


 けど、トラブルは発生しちゃって――。


「おい、フェルグス。大丈夫か? 抱っこしてやるぞ……?」


「うっせぇ! さわんなっ……。……うぇっぷ……!」


「誰か~! バケツくれ、バケツ!」


「は、はい! ただいま~……!」


 整備士の方にバケツをもらい、走って持っていく。


 フェルグス君は動揺病――乗り物酔いになっちゃったみたい。


 ラート軍曹さんはかなり丁寧に操縦してくれたみたいだけど、それでも機兵の揺れを全て消せるわけじゃない。


 全高10メートルの人型兵器が車を超える速度で走ったり飛んだりしていたら、どうしても酔いやすい。


 アル君は酔わずに帰ってきたけど、それはアル君の方が乗り物酔いの耐性があったって事でしょう。


 鎮痛剤を打った影響もしっかり診ておきたいし、フェルグス君を医務室に連れて行く。ラート軍曹さんが抱き上げて運んでくれようとしたけど、フェルグス君は「クソオークの汚い手でさわんな!」と怒り、軍曹さんの手を振りほどいた。


 代わりにペコペコ謝ると、軍曹さんは苦笑して「フェルグスの方を頼むわ」と言い、グローニャちゃんを船室に連れ帰ってくれた。


「キャスター先生。フェルグス君を診ていただけますか~……?」


 ウチの技術少尉は頼りにならないし、頼りにしたくないので星屑隊の軍医であるキャスター軍医少尉に声をかける。


 医務室で合成珈琲を飲んでいた先生が――牛系獣人のキャスター先生が黙ったまま振り向く。


 身長180cmのラートさんより大きい、190cmの巨体。


 大量の髪とヒゲで顔が見えないうえに、全然喋らないから威圧的だけど……キャスター先生は黙ったまま頷き、医務室の椅子をペシペシ叩いた。


 ここに座らせなさい、という意味みたい。


 先生は大柄で寡黙。さすがのフェルグス君も黙ったままされるがままになっている。ちょっと固まっちゃってる。


 診断する先生を手伝いつつ、私の所見を伝える。先生も乗り物酔いと判断し、フェルグス君をベッドに寝かせてくれた。


 その後、先生は――私達がゆっくり喋れるように配慮してくれたのか――医務室からノシノシと去っていった。


「……おっかねえ毛むくじゃらのバケモノだ。バリバリ食われそう」


「失礼なこと言わないの」


 先生が去ると口を開いたフェルグス君を注意する。


 鎮痛剤を打った事による肉体的疲労もあるから、しっかり休ませないと。


「キャスター先生はいい人だよ。ラート軍曹さんと同じでね」


「どうだか。交国人はどいつもクソだよ。技術少尉とか特に」


「…………」


「結局、アルに鎮痛剤打ったフリしたこと、許されてんだろ?」


「完全にお咎めなしってわけじゃないよ」


 最初の偵察任務でアル君に鎮痛剤が打たれていなかった件。


 技術少尉は非を認めなかった。誤って栄養剤を打ってしまっただけで、意図的にやったことではない――などと言っている。


 一歩間違えばアル君が死んでいた大問題。許したくないけど、特別行動兵の私達にとやかく言う権利はない。


 星屑隊の方から軍事委員会に報告を上げてくれたそうだけど……技術少尉は正規の軍人じゃない。交国術式研究所から出向してきている身分で、術式研究所は交国で一番偉い玉帝が力を入れている組織。


『軍事委員会とはいえ、簡単には手を出せないと思っておいてくれ』


 副長さんはそう言っていた。


 悔しいけど、ほぼお咎めなし……。


 ラートさん達が守ってくれなきゃ、アル君が死んでたかもしれないのに。


 星屑隊の人達に巫術の力を証明する機会にはなったし、ラート軍曹さんも技術少尉に憤ってくれていた。明星隊の時ほど絶望的な状況じゃない……と思いたい。


「交国人はクソだよ。ヴィオラ姉。クソ侵略者共だ」


「…………」


「けどまあ、あのオークや医務室の牛系獣人けむくじゃらは、技術少尉の1000倍マシなクソかもな。畑の肥やしぐらいにはなるかも」


「…………!」


「……んだよ、驚いた顔して」


「いや……フェルグス君が交国人を認めるの、すごく珍しいから」


「認めてねーし」


 フェルグス君がムッとする。


 けど、ちょっと恥ずかしそうに見えた。


 怒っているわけではないみたい。


「ヴィオラ姉が交国人に媚びるの、すげーイヤだけど……。まあ、交国人が全員、明星隊や技術少尉みたいなクソとは限らねえのかもな」


「……そうだね」


 そう思いたい。


 話しかけるのを止め、大人しく眠ってもらう。


 そうしているとアル君が来てくれたので、フェルグス君を任せて部屋に戻った。グローニャちゃんとロッカ君をラート軍曹さんに任せっきりにはできない。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


「おー。お前の言う通り、ヴァイオレット帰ってきたな」


「むふん。グローニャだって巫術使えるから、トーゼンだもん♪」


 ロッカが部屋に籠もっているので廊下でグローニャと遊んでやってると、ヴァイオレットが戻ってきた。


 グローニャはヴァイオレットが戻ってきたのを見事当ててみせ、ヴァイオレットの姿が見えると手をブンブン振りながら出迎えた。


 アルほどじゃないけど、グローニャとの距離も縮まった……気がする。


 ヴァイオレットがいなくても、少しは話をしてくれるようになったし。


「すみません、ラート軍曹さん。グローニャちゃん達のこと任せて……」


「いいってことよ」


「今日の任務……フェルグス君は迷惑かけてませんでしたか?」


「いいや? しっかり索敵してくれてたぜ」


 アルと比べたら非協力的だったし、俺を呼びつける時も本気で蹴ってきてたけど、問題らしい問題は起こらなかったかな?


 こっちの操縦が下手で酔わせちまったのが申し訳ないぐらいだ、と言う。問題なかったことに安心したのか、ヴァイオレットはホッと胸をなでおろしている。


「ただ、フェルグスは巫術観測の凄さをあんまり証明してくれなかったかな……。アルはかなり積極的に喋ってくれてたんだけど」


「す、すみません……」


「いやいや、巫術のスゴさは俺達も分かってるからさ。全然大丈夫だぜ」


 巫術観測の力が優れているのは確かだ。


 魂の感知なんて、交国の一般的な兵器でも出来ない事だ。


「巫術観測は戦闘の役に立つ。その証明はもう出来てるはずだぜ」


「出来れば戦闘以外での成果が欲しいんですけど……」


「あー……。でも、索敵で役立つことをアピールしていくのは悪くないと思うんだよ。戦闘に参加しているから技術少尉も整備ほどうるさく言ってこないし」


「でも、巫術師を機兵に乗せるのは枷になりますよね? 軍曹さん達が本気で機兵を動かせないから、巫術師を乗せた機兵の戦闘能力は低下します」


「いっそのこと、巫術師の誰かに機兵操縦してもらうか?」


 車と同じで、自分が操縦していると酔いにくくなる……かもしれない。


 機兵の揺れは車の比じゃねえけど。


「巫術の憑依使えば、機兵だって操縦できるんだろ?」


「出来ますけど……子供達は軍曹さん達のような軍人の身体をしてません。憑依で動かすことはできても、全力で動いた機兵の中でシェイクされて身体の中身がグチャグチャになっちゃいますよ……」


「うーん。動かすことが出来ても身体が持たねえか……」


「あの子達は、戦いに向いてないんです。巫術の弱点だって――」


「そこよ」


 人差し指を立てつつ、ヴァイオレットに言葉を投げかける。


「巫術師は戦場に向いていない。けど、索敵能力は確かだ。それをアピールしまくれば軍人とは別の職業に回してもらえるかもしれねえ」


「別の職業というと?」


「警備員だよ。研究所とか、美術館の」


 巫術の眼があれば、1人で1~2キロの範囲を見張ることができる。


 それも全方位見張ることができる。


「立ち入り禁止の場所に魂が近づいてきたら、巫術で探知する。見つけたら他の警備員派遣して取り押さえる。警備なら戦場ほど危なくないだろ?」


「まあ、危険度は大分低下しそうですね……」


 偵察任務なら技術少尉もそこまでギャーギャー騒がない。


 ネチネチと「さっさと流体甲冑のデータを取らせてくれないかしら」とか言ってるが、そこは隊長が止めてくれている。


 このまま偵察任務で場数こなして、巫術観測の優秀さを証明する。そして「でも弱点あるから戦場は向いてないんですよ!」と重ねてアピールする。


「他に妙案があればそれを試せばいい。けど、偵察任務はどっちにしろやるんだから、そっちでも優秀さを証明していこう」


「うーん……。確かに、どう足掻こうと今は出撃させられますし……」


「巫術観測のアピールは船でも出来る。暇な時間に試す価値はあると思うぜ!」


 出撃しないなら、鎮痛剤を打つ必要性もない。


 丘や森の陰に隠れた妙な魂を見つけたら知らせる。巫術でいち早く気づくことを繰り返していけば、巫術の凄さをさらにアピールできる。


「ヴァイオレットは妙案思いついたか?」


「ごめんなさい、私も大したことは……」


 ヴァイオレットは困った様子で頬を触りつつ、言葉を続けた。


「金型生成とか、いいと思うんですが……」


「それって巫術師関係あんのか?」


 いまいちピンと来なかったので質問する。


「関係あります。というか、巫術があれば普通じゃ出来ないことが出来ます」


「ふむ」


「警備の仕事の場合は『巫術観測を活かす』方法ですが、先程私が上げたお仕事は『巫術憑依』を活かすお仕事です」


 巫術師達は、触れた人工物に憑依できる。


 憑依した機械全般、操作まで出来る。


 憑依した機械の調子は自分の身体以上に把握できる。


「機兵や流体甲冑に使われている<流体技術>は、戦場以外でも活用されています。流体装甲はプログラミングで自由に形を変えれるので、工場での金型作成にも使えるんですよ」


「あぁ、話に聞いたことはあるわ」


 大きな工場では流体装甲と同じ技術で金型を作る。


 使い終わった金型の流体は放っておけば消えるが、そのための材料調達が必要ない。毎日のように新品の金型を使うこともできる。


 成形したい流体のプログラムさえあれば、数秒で金型を作成できる。流体で金型成形した方がクソ細かい形も作りやすいとかなんとか……。


 流体は混沌エネルギーの継ぎ足しをやめると溶けて消えるから、作りたい金属部品の外側だけではなく、内側の細かいところまで金型を作れる。


「巫術師なら憑依するだけで流体の形をコントロールできます。それこそ粘土をこねる感覚で細かく調整できるんですよ。これは普通の技師では出来ません」


「流体甲冑って、混沌機関を巫術師で代用してんだよな? つーことは混沌機関なくてもそういう仕事できるんだな……」


「そうです! 流体技術は混沌機関を用意するというハードルが高いので、流体甲冑さえあれば巫術師の力込みでそのハードルを低くすることもできます」


 工場勤務なら、戦場よりずっと安全安心だ。


 巫術師の力を活かした妙案かもしれねえ。


「ただ、金型成形の実験はさすがにこの船では……」


「どこかの工場貸してもらわないとダメか」


「はい。この案は直ぐ出来ることじゃないので、妙案とは言い難いです」


「でも機会さえあれば挑戦する意味があると思うぜ。どこかの街に立ち寄った時、協力してもらえればいいんだが……」


「ネウロンだと難しそうです。今のネウロンで一番大きな都市の繊一号ですら工場は殆どないですし……」


 ネウロンの外に連れていくとなると、この戦場を離れることになる。


 特別行動兵のヴァイオレット達でも、俺達みたいに休暇を取れればネウロン外に出ることもできるんだが……技術少尉や交国軍が許可してくれるかなぁ……?


 実現の道のりが遠いどころかハッキリ見えない所為か、ヴァイオレットは悲しそうに俯いている。


 そんな顔してほしくないから、必死に考えて話題を逸らす。


「常人じゃ出来ねえ事があるだけでも前進してるだろ! 俺は巫術観測の活用ばっかり考えてたが、憑依も色々やれそうだなぁ!」


「ですよね……。そうですよね」


 ヴァイオレットが微笑する。


 暇そうにあやとりしていたグローニャが「ヴィオラ姉ちゃん、なに悩んでるの~?」と言いながらヴァイオレットに抱きつく。ヴァイオレットは「何でもないよ」と言いながらグローニャの頭を撫で、俺を見てきた。


「ありがとうございます。慰められてますよね、私」


「えっ? ははっ……そ、そんなことねえよ!」


「大丈夫です。私、結構諦め悪い女ですからっ」


 グッと握りこぶしを作った手を見せつつ、不敵な笑みを浮かべるヴァイオレットを「さすが終身名誉姉だな」と褒める。


 芯が強いうえに、ちゃんと良い案を思いつく頭。俺も見習わないと。


「ところで巫術の憑依ってさ、憑依した物の性能上げれないのか?」


「そういうのは、さすがに出来ないですね……」


 流体を思うがままにこねることは出来る。


 だが、あくまで憑依した物体の性能通りの事しか出来ないらしい。


 車の走行速度は車の性能準拠。ドローンだって性能準拠の力しか引き出せない。


 頑張ればスペック100%引き出せるだけで、凄いことではあるが――。


「あ、あと、巫術あれば省人化に便利ですよ」


「ショージンカ?」


「人員の削減です。この船ぐらいなら、巫術師1人で運航できますよ」


「あぁ、なるほど……。じゃあ輸送船の船長しつつ、操舵手と通信手と整備士も頑張れば兼任できるんだな……。それも便利だなぁ」


「ちゃんとした整備は専門知識が必要ですけどね。あと、あまり大きなものだと1人じゃ手に負えなくなるので……限界はありますね」


 それでも常人と比べたら大した力だ。


 巫術なんて、訓練で身につく技術じゃないからなぁ……。


「限界といえば、人工物以外には憑依できねえのか? 例えば、人間とか」


「それは無理ですね」


「そっかー。それ出来たら医療とかでも役立ちそうと思ったんだけど」


 憑依した機械の調子が良くわかるなら、他人の診察にも役立ちそうだと思ったんだけど……それはさすがにダメか。


 でも、人に憑依できちまったら、それはそれで怖いか。


「グローニャ、おじちゃんの体、のっとってあげる」


 ヴァイオレットは「無理」と言っていたのに、グローニャが「むふんむふん」と鼻息荒く俺の身体にパンチしてきた。


 べしべし叩きつつ、憑依を試してるみたいだ。


「腰の入ってないヘナチョコパンチだなぁ」


「むふーんっ!」


「グローニャちゃん……! 軍曹さん相手に暴力振るわないのっ」


「お前のパンチは効かねえぞ。悔しかったら憑依してみ?」


「むぅ……! おじちゃんは憑依できないっぽい」


「パンチじゃなくて、握手ならどうだ? 優しくやってみてくれ」


 グローニャに手を差し出したが、「やだぁ~、触りたくなぁい」と言われた。


 ちょっとショック……。


「おじちゃんの手に触るの、やぁだ」


「おじちゃんじゃなくて、お兄ちゃんな? 俺まだ15歳だぞ」


「軍曹さん15歳なんですか!!?」


「そんな驚くことか……?」


 ヴァイオレットが急に大声出すからビビった。


 しゃがんでた所為で、モロに聞こえて耳がちょっとキンキンする。


「や、その……! 雰囲気は20歳ぐらいかなぁ、と思ってましたから……! 交国軍って、15歳を戦場に出すんですか……!?」


「えー、これぐらいオーク基準だと普通だけどなぁ……? レンズやパイプ、バレットも同年代だし。他の星屑隊隊員はもうちょい上かな」


 最年長はぶっちぎりで整備長。


 あの人は桁が違う。さすが長寿族のエルフだぜ。


「老け顔!」


 グローニャが俺のこと指差しながらケタケタ笑ってそう言い、ヴァイオレットに「こらっ!」と怒られた。


「オーク基準だと、俺結構……若々しいと思うんだけどなぁ……。ははっ……! オーク事体が老け顔種族なんだろうな……ハハッ……」


「そ、そこまで老け顔じゃないですよ? ヒゲとか生えてませんし」


「オークは毛なんてろくに生えないからな……」


 それでもなお老け顔に見られるんだな。


 ……確かにヴァイオレット達とか、スゲー若く見えるもんなぁ……。


「ラートおじちゃん、元気出しなよ」


「元気づけるならせめて、『おにいちゃん』って言ってくれよ」


「え、やだ、キモい」


「キモい!? くっそー、そんな言うならこっちから触ってやる」


 グローニャに手を伸ばすと、きゃいきゃい言って逃げられた。


 仲良くなった気がしたけど、相互理解にはまだまだ遠いみたいだな!


「おじさんっ! おじさんっ!」


「グローニャちゃん……。相手が言われたくないことを言わないの」


「わっ。でも、ジジツだも~ん」


 キャイキャイと騒いでいたグローニャがヴァイオレットに捕まり、肩を持たれて説教され始めた。いいぞ、その調子で改めさせてくれ。


 真面目に説教するヴァイオレットに対し、ほっぺた膨らませて黙っているグローニャの姿を見ていると、思わず笑みがこぼれてくる。


 ネウロン全域が、戦場である事を忘れさせる和やかな光景だ。


 グローニャ達はまだ子供だ。


 ヴァイオレットは15歳の俺が軍人やってることに驚いていたが、交国じゃそこまでおかしな事じゃない。


 特に俺達オークは他種族より丈夫で強いからな。


 けど、さすがに交国基準でもグローニャ達みたいな10歳前後の子供達を戦場に出すのは……おかしいと思う。コイツらはオークじゃないし。


「ちゃんとした礼儀を身に着けて、立派な子にならないと、どこにも就職できないよ? グローニャちゃんはもっといい生活したくないの?」


「ぷんっ! グローニャはカワイイから、どこでもやっていけるもん」


「まあ確かにカワイイけど~……!」


 ヴァイオレットが「終身名誉姉」とか言い出した時は「頭大丈夫か?」と思ったが、ちゃんと皆のお姉ちゃんやってる。


 メチャクチャしっかり者で賢くて、子供達の事をよく考えている。


 ……けど、その知識ってどこで……。


「なあ、ヴァイオレット」


「カワイイけどそれだけじゃ――あっ、はい? なんですか?」


「お前さっき流体技術のことよく知ってたけど、その知識どこで――」


「お説教、キライっ! グローニャ☆ぱんち!」


 俺の方を見たヴァイオレットに対し、グローニャが拳を振るった。


 拳といっても、プニプニの握りこぶしを作って軽く触れただけ。


 パンチといえるものではない。


 だが、それを放った瞬間、グローニャが・・・・・・倒れた。


「――――!!」


 倒れ、床で頭を打ちそうになったグローニャに向かって手を伸ばす。


 危ういところで背中と頭を支える。無理して手を伸ばした所為で、こっちの顔面を床で打つことになったが、何とかグローニャを守ることはできた。


 出来たんだが、何で急に倒れて――。


「お、おい。グローニャ、大丈夫か?」


「ぜんぜん平気だよん☆」


「いや、ヴァイオレットに聞いたわけじゃ……」


 返事はなぜかヴァイオレットから返ってきた。


 グローニャを抱っこして支えつつ、ヴァイオレットを見上げる。


 ……なんか様子がおかしい。


「お前、ヴァイオレット……だよな?」


「いまは、グローニャちゃんなのだ☆」


「は?」


「ヴィオラ姉ちゃんの体は、グローニャがもらった♪ これでお説教されない♪ グローニャ、あったまイイ~♪」


 妙なこと言ってるヴァイオレットがスキップしながら離れていこうとする。


 だが、直ぐにずっこけ、顔面から壁にぶつかった。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


「うおっ!? ヴァイオレット!! おい、大丈夫か……!?」


「う、うーん…………」


 顔が……顔が痛い。


 さっき、急に身体の自由が効かなくなって……軍曹さん達から離れていっちゃって……でも急に自由が戻ってきて、バランスを崩して転んでしまった。


「わ、わたし……いま何してました?」


「こっちが聞きたい」


「ありゃ。もうこっちの身体に戻っちゃった」


 グローニャちゃんが目をパチクリさせて、こっちを見ている。


「グローニャちゃん、いまなにしたの?」


「なにって、憑依ひょーいだよ? ひょ~いとヒョ~イしただけ」


「あれぇ? ヴァイオレット、巫術師が憑依できるのって人工物だけだろ?」


「そ、そうです。そのはず、ですけど……」


 でも、さっきの身体の感覚はおかしかった。


 自分の身体なのに、自分の身体じゃないような感覚。


 意識はあるけど身体が操り人形になったみたいだった。


「グローニャちゃん、ホントに私に憑依したの?」


「したよぉ? できたよぉ?」


「もう一度やってみてくれる?」


 巫術師は人工物じゃないと憑依できない。


 そう思っていた。


 技術少尉はそう言っていたし、交国の研究資料だとそう書かれていたから。


 でも、再び私の身体に触れてもらうと、身体の自由をまた奪われた。グローニャちゃんが私の身体を動かし、私の口で喋っている。


「ヴァイオレット、どういうことだ?」


「私にも……よくわかりません」


 試しに軍曹さんの身体にも憑依を試みてもらう。


 けど、出来なかった。軍曹さん相手には憑依できなかった。


 それが普通のはず。


 普通じゃないのは、私……?


「ひょっとしてヴァイオレットだけが特異体質とか?」


「そうなんでしょうか……?」


 巫術は人工物にしか憑依できないはず。


 でも私には憑依できる。


 出来たところで、私の弱っちい身体なんて役に立たないけど……でも、「普通とは違う」ということは気になる。理由がわからないから、なおさら。


「…………」


 理由はわからないけど、これ、何かに活かせないかな?


 例えば、私の身体を子供達にあげて、巫術師という身分から――いや、ダメだ。憑依可能距離の問題が解決できない。


 さっき、私の身体の自由が戻ってきたのは術者であるグローニャちゃんから離れたからだろう。距離が離れたら戻っちゃうなら何の意味もない。


 何かに活かせれば良かったんだけど、こんなの何の役にも立たないか。


 ……でも、何で私の身体だけ憑依できるんだろ……?








【TIPS:交国軍事委員会】

■概要

 交国の軍紀維持を目的として作られた機関。主に交国軍人に対して司法権を行使し、その言動に対する裁定を行う。


 軍事法廷だけではなく、交国軍内部の事件に対して動く捜査も担っている。他、軍事刑務所や矯正機関も管理している。


 特別行動兵の管理も軍事委員会の仕事だが、特別行動兵の部隊を軍事委員会の人間が直接管理するのは稀。基本的には現場の軍人に任せている。



■軍事委員会の捜査権限

 軍事委員会は交国軍絡みであれば、軍内部以外の事件に対する捜査も可能で、交国内でも上位の捜査権限を与えられている。


 ただし、最上位の権限ではない。軍事委員会よりさらに上位の捜査権限を持つ者として、<特佐>という存在がいる。


 特佐達は交国軍の軍人だが捜査権限を与えられている者も一部おり、この捜査権限は軍事委員会に与えられているものより優先される。また、特佐は交国軍が関係しない事案に関しても捜査を許可されている。


 特佐案件となると軍事委員会は捜査から手を引かされるうえに、全ての証拠・証言等の提出と応援人員の供出を求められることもある。そのため特佐達は軍事委員会に煙たがられている。



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