のうみそ



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:肉嫌いのチェーン


「アラシア、戻りました。お久しぶりです、隊長」


「よく帰った」


「良い休暇になりましたよ。船のベッドが恋しかったですけど~」


「そうか」


 夕焼け空の下、母艦に帰還する。


 一晩野営する事になったが、問題なく船に戻ることが出来た。


 早朝にドローンで荷物が――スアルタウ用の荷物が届いたので、それをいつでも使える状態で待機。偵察ドローンで再び周辺を探索。


 例の群れが現れる様子が無かったため、スアルタウに鎮痛剤を使い、ラートと共に強行突破した。レンズとパイプが援護のために待機してくれていたが、結局戦闘は起こらなかった。


 肩透かしくらった気分半分、不気味さ半分ってところだ。


 問題といえば、ガキが――スアルタウの兄貴がオレ達を責めてギャーギャー言っていることぐらい。まあ、無事に帰ってこれて良かった。


「休む前に報告を頼む」


「ええ、オレも色々と話したいことがありますから――」


 キレるスアルタウの兄貴をラート達に任せ、隊長と共に会議室に行く。


 スアルタウは大人しいものだった。一応、脱走の可能性を警戒していたが、あの状況でおかしな事をやらない程度の頭はあるらしい。


「いい子にしてましたよ。ただ、ニイヤド絡みで面白い話が聞けました」


 ラートが聞き出した新情報を隊長にも伝える。


 ガキだと思って簡単な聞き取りで済ませたのはマズかった。会った頃に今日聞けた話をされても「特行兵が戯言を吐いてる」と思考停止してたかもだが――。


「――以上が、ニイヤドでスアルタウが体験したことです。嘘言ってる様子はなかったですし、巫術を使えばそういう光景を見ていてもおかしくない」


「…………」


 隊長は視線を伏せたまま顔の下半分を触り、しばし考え込んでいた。


「ラートは『タルタリカに変化が起きているのでは?』と言ってました」


「…………」


「バカらしい。ケダモノにケダモノを指揮する知性があるもんか――と一蹴したいとこですが、昨日の群れもおかしな動きをしていた。ラートの考えは案外、当たっているかもしれませんね」


 隊長はまだ考え込んでいる様子だったが、オレの言葉に対して「そうだな」と言った。そして会議室の端末を操作して一枚の画像データを見せてきた。


 崩れ、埋もれた大穴の画像データだった。


 何の画像かわからず困惑していると――。


「昨日、貴様らがタルタリカと遭遇した場所の近くに、このような穴がいくつかあった。全て埋まっていたが、タルタリカが通るのに十分な大きさだ」


「……昨日の群れ、地下を通って来たってことですか……!?」


 だとしたら、あの規模の群れの接近に直前まで気づけなかったのも頷ける。


 地下道を通って来たとしたら、上空にいる偵察ドローンでも気づけない。機兵に乗っていたオレ達もさすがに地下を見通すことはできない。


「けど、そんな都合よく地下道があるはずが……。あったとしても、第一次殲滅作戦の爆撃でよく崩れてませんでしたね……!?」


「爆撃でネウロンの大地を全て潰したわけではない。無事な地下道があったのだろう。天然のものか人工のものかはわからんが」


「あったとしても、天然物に決まってるでしょう。単なる洞窟のはずだ」


 ネウロンの文明水準は低い。


 交国と比べたら、ガキみたいに未熟な文明だ。


「ネウロン人に、タルタリカが何百匹も通れる地下道を作る技術があるわけない。タルタリカが自分達で掘ったと聞いた方がまだ頷ける」


「…………」


「まあ、ちゃんとした洞窟があったとしても、『タルタリカ如きがそれを使って奇襲仕掛けてきたのはおかしい』って疑問は残りますけどね」


「…………。そうだな」


 ニイヤドの件も今回の件も、何かがおかしい。


 水面下で何かが動いているかのような不気味さを感じる。


「昨日の群れの生き残りは、洞窟を使って逃げたんでしょうか?」


「おそらくそうだ。崩落はつい最近起きたようだった」


 まさか逃げた後で崩したのか。……ますますおかしいな。


 獣の行動じゃねえ。


「けど、完全に埋まり切っていないはず。中を調べていけば――」


「久常中佐は『余計なことをする暇があるなら、1匹でも多くタルタリカを狩れ』と言っている。調査許可は下りなかった」


 あの、無能中佐……!


 隊長は今回の件をさらに詳しく調べたいとネウロン旅団本部に掛け合ったそうだが、久常中佐はそれを拒んだ。


 調査などしている暇があるならタルタリカを殺せ。それと第8巫術師実験部隊が交国に叛意を抱いている証拠をさっさと見つけ出せ、と言っているらしい。


 洞窟の調査を進めれば、タルタリカの情報収集にもなるのに……。


「隊長は、あの無能の命令を聞くんですか?」


「言葉を慎め。上官の命令は絶対だ」


「…………」


「どの道、私達だけでは調べられん」


 オレ達は調査を行わない。


 隊長が調査の必要性を説いたことで、久常中佐は「後々、調査部隊を派遣する」と言ったそうだが……本当にやるかどうか怪しいもんだ。


 玉帝の派遣した研究者の護衛をケチるアホだからな……。


 何であんな無能がネウロン旅団のトップに居座り続けてんだよ。


 玉帝の子供の1人とはいえ、やっぱり何かおかしくねえか……?


「納得できないのは理解できる。だが納得しろ。それが我々の仕事だ」


「……はい。何が起きてんすかね」


「わからん。タルタリカの知性が進化しているのかもしれんな」


 隊長はいつもの淡々とした口調でそう言った。


 冗談を言っている様子はない。冗談など言わない人だ。


「可能性は前からあった。奴らのコア細胞がどういうものか、お前達も理解しているだろう」


「まあ……一応……」


「ともかく、地下の調査は止められた。我々はこれまで通りの任務に戻る」


 さすがに納得できねえなぁ……と思いながら眉間にしわを寄せていると、隊長は立ち上がり、「我々はこれまで通りだ」と言いつつ言葉を続けた。


「ただ、軍事委員会に地下の可能性は伝えた。久常中佐への報告とは別にな。上手くいけば向こうが調査してくれるだろう」


「おぉ、なるほど……」


 ネウロン旅団の指揮は久常中佐に任されている。


 軍事委員会は基本、口出しはしないが、現場指揮官が合理性を欠いた判断を繰り返しているようであれば干渉してくる。


 久常中佐はネウロンで交国軍側に犠牲が出ている事や、ニイヤドでの一件で軍事委員会に注視されている立場だ。上手くいけば無能指揮官が更迭されるかもしれない。あくまで「上手くいけば」という話だが……。


「玉帝の子相手に、軍事委員会が大鉈振るってくれますかね」


「わからん。しかし、軍事委員会は比較的公正な組織だ。昔、彼らは玉帝の子相手だろうと忖度せず判断を下し、玉帝もその判断を支持した事がある」


 今回もそうなる可能性はある。


 久常中佐の経歴は、ネウロン以前から・・・・焦げ付いているし――。


「この件に関しては以上だ。別件で貴様に相談したい事がある」


「隊長がオレに? 珍しいっすね。なんですか?」


「キャスター軍医少尉から、第8絡みで上申があってな」


 そう言い、隊長は通信機を操作し、医務室の主を――無口な牛系獣人を呼びつけ始めた。軍医少尉を呼んで話をしよう、と言ってきた。


「軍医少尉が上申とは珍しい。しかも、第8絡みって、どんな話ですか?」


「ゼリーパンの話だ」


「は…………?」



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