9歳と15歳の夜



■title:フロシキ地方・水没都市<アサ>にて

■from:死にたがりのラート


 深夜。1人で見張りしながら空を見上げる。


「ここの月も、本土の月と変わんねえなぁ……」


 多次元世界には色んな世界があるが、類似点が多い。


 例えば「月と太陽」や「水と酸素を大量に蓄えた惑星」を持つ世界が多い。


 異世界なのに似たような環境が揃っているのは、多次元世界を創った源の魔神が「世界創るの面倒くせえ。コピペでいいや!!」「人種ごとに環境整える面倒くせえ! 人種もコピペ!」と手抜きした結果と聞く。


 神のくせに俗物っぽい判断だなぁ、と呆れちまうが……まあ、所詮はプレーローマを作った邪神だからな。創造主といっても尊いもんじゃない。


 手抜きのおかげで生命維持装置無しでもやっていけるのは助かるけどな。


 異世界人の俺でも、ネウロン人のようにネウロンで生きていけるのは便利だ。


 同じ空気吸って生きていけるから、仲良くやっていける。


 ネウロンに来る前はそう思ってた。


 いや、ネウロンに来てからもそう信じて戦ってた。人種やら種族やらは関係ねえ。同じ人間同士だから仲良くやっていけると思ってた。


 現実はそう簡単じゃねえみたいだけど――。


「……おっと、定時連絡……」


 考え事に集中するあまり、忘れかけていた定時連絡をする。


 こっちは無事。船の方も無事ってことを確認し合う。


 無事を確かめあった後、通信士は「うるさいネウロン人のガキがやっと寝たみたいで……」とやや疲れた声で言ってきた。


「うるさいネウロン人って?」


『軍曹達と一緒にいる特行兵の兄貴ですよ』


「ああ、フェルグスか……。アイツ、夜更かししてたんだな」


 一応、1回スアルタウの声は聞かせたんだけどな。


 スアルタウも疲れている様子だから寝かせて、フェルグスとの通信はそれっきりだったんだが……。離れ離れだと心配にもなるよな。


 どうやら「また話させろ!」とわめき、指揮所に乗り込もうとしたらしい。あまりにも騒ぐので隊長に追い返されたようだが。


 そっちにも迷惑かけてごめんな、と謝る。フェルグスにも帰ったら改めて謝らないといけないよなー……。


『さっき便所に行った時、指揮所近くの廊下に座って寝てたみたいです』


「もう1回ぐらい話をさせてやった方が良かったかなぁ」


『隊長に黙らされてましたけど、そのあとずーっと泣きそうな顔してましたよ。特行兵相手とはいえ、ああいう顔されると……さすがにやりづらいですね』


「うーん……」


『ネウロン人も、私らと変わんないんですね。家族に対する情とか』


「そりゃあそうだろ。国や種族違っても同じ人間なんだからさ」


 フェルグスの気持ちはよくわかる。弟を持つ兄同士、よくわかる。


 アイツにそう言ってもキレられそうだけど……。


「……そういえば、俺達が遭遇したタルタリカの群れは?」


『動き無しで行方不明です』


 隊長達は偵察ドローンを飛ばし、大きな音を鳴らしてタルタリカを釣ろうとしているそうだが、相手はまったく動きを見せないらしい。


 もう他の場所に行っちまったのか、どこかに隠れているのか……。どっちにしろ、人間と遭遇して交戦したタルタリカにあるまじき行動で不気味だ。


「何か動きがあったら教えてくれ」


 そう言い、通信を切る。


 今回遭遇したタルタリカ、やっぱ何かおかしいよなぁ……?


 外見は特別な個体に見えなかった。そもそも、「特別な個体」なんてものは聞いたことがない。けど、タルタリカの中身のことを考えたら――。


「――――!」


 土を踏みしめる音がした。


 バッと振り返ると、テントからスアルタウが出てきたところだった。俺が急に振り向いた事に驚いたのか、ビクッとしている。


「スアルタウ。もう起きて大丈夫なのか?」


「は、はい……」


 話しかけつつ駆け寄り、しゃがんで顔色を見る。


 暗くて見づらいが、大丈夫そうに見える。


 小便でもするために起きてきたのかと思ったが、スアルタウは上目遣いで「ボクも見張り手伝います」と言ってきた。


「こんなとこに来たの、ボクのせいだし……」


「お前の所為じゃないって。無理しなくていいから寝てな?」


「ムリしてないです……。それに、いまあんまり眠くなくて……」


「目をつむって横になっているだけでもいいんだ」


 とにかく休みな――と促したが、スアルタウは「でも……」と言ってモジモジしている。大人しく寝る気は無さそうだ。


「巫術で、見張り手伝えると思うから……」


「よし……。じゃあ、ちょっとだけな? ちょっとだけ手伝ってもらおうかな」


 そう言うと、スアルタウはパッと表情を明るくした。


 湖周辺――じゃなくて、水没した都市周辺に妙な魂が見えないか確認してみてくれ、と依頼する。


 スアルタウは両手を「きゅっ」と握り込み、まぶたも「ギュッ」閉じ、張り切った様子で索敵を開始した。


 それをちょっとだけ見守った後、コンロに火を点けて水を温める。コップを持ってきて白湯を入れ、スアルタウに渡す。


「ありがとうございます。……あの、それと、ごめんなさい」


「ひょっとして、まだ昼間のこと謝ってくるつもりか?」


「ぅ……」


 昼間のことはお前に責任なんてない。


 むしろ、俺達は助けられた立場なんだ。


 再びそう説明したが、スアルタウはまだ気にしている。


 撃たなかったのはスアルタウのためだ。でも、コイツの所為じゃない。技術少尉がスアルタウに鎮痛剤打ったフリした所為だ。


「でも、もし、このまま帰れなかったら……」


「帰れるさ。俺達が絶対、お前を連れて帰る。信じてくれ」


 胸を叩き、そう訴える。


 スアルタウはまだ責任を感じている様子だったが、「信じてくれ」という言葉に関しては頷いてくれた。しっかり頷いてくれたように見えた。


「フェルグスもすげー心配してたみたいだからな……。船に帰ったら元気なとこ見せて、安心させてやってくれ」


「はい。えっと……にいちゃん、船の人達とケンカしてたりは……?」


 元気いっぱいなフェルグスが元気を持て余していることは察しているらしく、スアルタウはそこも心配そうに聞いてきた。


 全然大丈夫だぞ、と言ってごまかす。子供がちょっと暴れるぐらい、星屑隊の隊員が喧嘩じゃれあいするのに比べたらカワイイもんだ。


「お前の兄貴、自分のこと以上にお前を心配してるみたいだ。仲良しだな」


「えへへ……」


「兄ちゃんのこと、好きか?」


 はにかんでいるスアルタウに聞くと、元気よく頷いた。


「にいちゃんは猫みたいなとこあって、慣れてない人にはシャー! ってしちゃうから勘違いされやすいんですけど……」


「あー、なるほど。言われてみればそうかもなぁ」


 吠える姿は犬っぽくもあるけど。


「でも、ホントはとってもやさしいんです! ずっといっしょにいてくれて、ボクのことも守ってくれてて……皆のために危険なことも……」


 スアルタウはフェルグスのことを嬉しげに語っていたが、その声は直ぐにトーンダウンしていった。表情を強張らせ、うつむき始めた。


 三角座りしたまま、どんどん背を丸めていく。


「……ボクが弱っちくて、どんくさいから、いつも迷惑かけてて……」


「そんなことは――」


「ホントにそうなんです。でも、今日の任務、キチンとこなしてきたら……少しは、にいちゃんに心配かけずに済むかもって……思ってたけど……」


「…………」


「また心配かけちゃった……」


「…………」


 膝に顔をうずめたスアルタウの声は小さく、それでいて涙声だった。


 フェルグスは弟の事を心配している。


 心配しているが、スアルタウの所為だとはちっとも思ってないだろう。この場にいたら「お前のせいじゃない!」と言ってくれるに違いない。


 フェルグスの代わりにスアルタウの頭を撫でる。「お前はいっぱい頑張ってるよ」と言う。本心からそう思っているから、強くそう言う。


 顔をうずめて肩を震わせているスアルタウの背を撫でる。落ち着くまでそうしてから、もう1杯白湯を用意した。




■title:フロシキ地方・水没都市<アサ>にて

■from:死にたがりのラート


「落ち着いたか?」


「はい…………」


「とにかく、お前が責任を感じる必要はなにもない。俺達が被害受けずに撤退できたのは、お前が敵の接近を知らせてくれたおかげだ。マジでありがとな」


 白湯をちびちび飲んでいるスアルタウに改めて力説すると、微笑んで「ラート軍曹さんが信じてくれたからです」と返してくれた。


「でも……なんで特別行動兵ボクのこと信じてくれたんですか?」


「仲間だから当たり前だろ」


「仲間……」


「それに、巫術についてちょっとは勉強してたしな。お前達が協力してくれたおかげで、お前達ほどじゃないが巫術にも詳しくなった。信じて当たり前だよ」


 巫術には確かな力がある。


 仕組みはよくわからんが、世の中にはそういうものもある。


 術式の類は全然くわしくなかったが、知らないものを「よくわかんねえ!」と遠ざけるのはよくねえな。うん。


「明星隊の人達は、信じてくれなかったんです」


「あぁ……。アイツらは……ダメ軍人だっただけだ」


「ニイヤドにタルタリカがやってきたの、ボク、観えてたんです」


 スアルタウはカップに入った白湯に視線を落としつつ、ポツポツ語りだした。


「ニイヤドに向けて走ってくるの、巫術の眼で観えてたから……急いで明星隊の人に知らせたけど、信じてもらえなくて……」


「そうか……。お前の言葉を信じていれば明星隊の奴らも死なずに済んだかもしれないのに。信じなかったどころか、お前ら置いて逃げたんだろ?」


 ろくでもない奴らだ。


 本当に、交国軍人の風上に置けないダメ軍人共だ。


 相手を知る時間はきっとあったはずなのに。巫術について学び、手を取り合って戦う機会はきっとあったはずなのに……。


「ボク、明星隊の人達が逃げていく先に、タルタリカがいっぱい隠れてるの観えてたんです。だから止めたけど、撃たれて――」


「け、怪我しなかったのか!?」


 スアルタウがうなずく。


 発砲されたが、幸い、当たらずに済んだらしい。


 俺の中で明星隊の株は下がりきったと思っていたが、まだ底に辿り着いてなかったようだ。あのクソ共、評価落とし続けやがる。


 マジでろくでもな――――。


「――スアルタウ」


「はい……?」


「お前いま、タルタリカが隠れていた・・・・・って言ったか?」


 顔を覗き込み、問いかける。


 スアルタウは少しキョトンとしていたが、おずおずと頷いた。


「はい……。隠れてましたよ……? ニイヤドからだと、よく見えないとこに」


「タルタリカが? 隠れていた? 待ち伏せしてたってことか?」


 ありえん。


 タルタリカは魔物だ。獣だ。知性なんてない。


 人間や機兵を見つけたら、痛みも死も恐れず突っ込んでくる化け物だ。海や河、それに湖のような水辺には入らないが……。


 スアルタウに頼み、当時の状況を出来るだけ詳しく聞く。


 石を使って地面に絵を描き、ニイヤドでの戦いについて話を聞く。


「明星隊が逃げる少し前、ニイヤドの外側からタルタリカがたくさん走ってきたんです。横一列になって、一気に……」


「ふむ……」


「で、明星隊はその群れを避けて逃げ出したんですけど……」


 明星隊の視点を想像しながら話を聞く。


 タルタリカはニイヤドの中まで侵入してきていた。外側からさらに大量の群れがやってきていた。だから明星隊は手薄なところから逃げようとした。


 けど、逃げた先にはタルタリカの伏兵がいた。


「明星隊の人達、モクモク使いながら逃げてたんですけど……」


「モクモク……。煙幕のことか?」


「あ、多分それです」


 ニイヤドに迫りつつある大群との間に煙幕を焚き、逃げる自分達に食いつかないようにしていたようだ。


「伏兵の数はどの程度か覚えているか?」


「多分、10ぐらいだったと思います……」


「10体? 逃げ出した時点で明星隊の戦力も削れていたとはいえ、それならまだ突破できそうなもんだが……」


 アゴを触りつつそう言うと、スアルタウが人差し指で地面に線を描いた。


 横陣でニイヤドに迫りつつあった敵の後方から線を描き始め、それを明星隊が逃げていった方向まで伸ばし、矢印にした。


「隠れてたタルタリカが明星隊をちょっとだけ止めてる間に、ニイヤドに迫っていた群れの後ろの方にいた人達がこう……群れの後ろを走って、明星隊の人達に襲いかかって……」


「…………」


「追加で50人……あっ、じゃなくて、50体ぐらいが、攻撃しはじめて……」


「煙幕焚いてたんだろ? ニイヤドの外から迫りつつあった群れが、何で逃げた明星隊の動きに対応できてるんだ? 煙幕で見えなかったはずだ」


 そう問いかけたが、明確な答えは返ってこなかった。


 スアルタウは困り顔で浮かべ、「ごめんなさい、ボクの見間違いだったのかな……」と自信なさげに言った。


「ボクも、煙で辺りがよく見えなかったけど……でも、巫術の眼だと……」


「そういう動きに見えたんだな? 魂が見えたから」


「はい……」


「なら、確かにそうだったんだろう。お前の記憶が正しい」


 でも、それならそれでおかしい。


 これはタルタリカの動きじゃねえ。


 人間の動き・・・・・だ。人間が指揮しているような動きだ。


「…………」


「軍曹さん……?」


 逃げ道をチラつかせ、そこに10体だけタルタリカを伏せる。そいつらに明星隊を足止めさせ、ニイヤドに突撃するタルタリカの後続も使った。


 あえて突撃を見せつけた……? 明星隊がタルタリカの数に怖気づき、ニイヤド内に籠城せず、逃げるのを誘ったのか……?


 突撃事体はおかしくない。いつものタルタリカらしい動きだ。だが、突撃する群れの後続がキレイに明星隊に向かった動きは獣らしくねえ。


「スアルタウ。明星隊の煙幕は、ちゃんと張れてたのか?」


「う、うーん……? 煙が邪魔で、明星隊の人達は見えなかったですけど……。『ちゃんと張れてた』って、そういう意味ですか……?」


「なんて説明すりゃいいかな……」


 もし仮に、何者かがタルタリカを指揮していたとしよう。


 そいつは、どうやって煙幕に紛れて逃げた明星隊の動きを察知した?


 考えられる方法は2つ。


 単なる先読み。


 逃げ道を作っておくことで、明星隊の逃走経路を完璧に読んでいた。だから煙で明星隊が見えなかろうと対応することが出来た。


 あるいは煙幕が機能しなかった・・・・・・・・・・


 交国軍が使う煙幕の中には、単に煙を起こすだけではなく、敵の探知方法を欺瞞するチャフを混ぜる事もある。明星隊がどんな煙幕を使ったかはわからないが、それを使った可能性もある。


 だが、そんなもの使っても位置を見通す方法がある。


 実際、スアルタウには観えていた。


 巫術なら観える。明星隊の魂を捕捉しておけば、魂を追うことで煙幕の中だろうと正確に位置を掴める。正確に襲える。


 あの場には巫術師が――。


「軍曹さ――」


「ありえんっ!」


「わっ……?!」


 証拠もないのに、悪い方に考えていた自分を叩く。


 両頬を勢いよく叩き、バカな考えをリセットする。


 ……第8の誰かがやったとか、ありえない。


 子供達がタルタリカを操ってたなんて、絶対にない。


 下手な考えをぐるんぐるん回し、挙句の果てには奇行に走っちまった所為でスアルタウをビックリさせちまった。謝り、そんで礼を言う。


「お前が教えてくれたのは、かなり重要な情報だ。今日遭遇した奴らといい、最近のタルタリカは……どこかおかしい」


「そんなに?」


「こういう事例は初めて聞いた。特に明星隊の件はおかしい」


「……ボクがテキトーなこと言ってるかもですよ?」


 スアルタウが人差し指と人差し指を突き合わせつつ、自信なさげに言ってくる。「本当に見たんだろ?」と聞くと、遠慮がちに頷いた。


 この件、隊長達にも話した方がいいな。


 こういう話は隊長達にも聞かなかった。子供の話は大して聞かず、技術少尉とヴァイオレットの証言だけ聞いて終わりにしてたのかもしれねえ。


 スアルタウの巫術は、確かに敵の位置を掴んでいる。


 巫術の眼がニイヤドで観たものは、絶対、重要なことだ。


「俺はスアルタウの話を信じる。仲間の言う事だ、当然だろ」


「…………」


 スアルタウは目を見開き、じっと俺のことを見つめてきた。


 話してくれてありがとな、と礼を言い、その頭を撫でていると――。


「アル、で……いい、です」


「ん? 名前のことか」


「は、はい。スアルタウって、呼びにくい、だろうし……」


 スアルタウは――いや、アルは恥ずかしそうに笑い、「仲良い人は皆、アルって呼んでくれるから」と言ってくれた。


「じゃ、じゃあ、俺もアルって呼ばせてもらおっかな!」


「はいっ」


 嬉しくてこっちもニヤけてしまう。


 それを誤魔化すためにアルの頭を撫でつつ、言う。


「俺もフツーに呼んでくれりゃいいからな。軍曹さんとかつけずに」


「えと……ラートさん?」


「さんもつけなくていいぞ!」


「そ、それはちょっと、ムズかしいかも……」


 恥ずかしがるアルをつつき、「遠慮するなよ!」と言う。


 恥ずかしがっていたアルだったが、空を見上げてハッと表情を変えた。


「ラートさん! 見てください!」


「おっ?」


「流れ星ですよっ! たくさん……たくさんっ! 流れ星が落ちてきてます」


「…………!!」


 一瞬、血の気が引いた・・・・・・・


 だが、流星らしきモノは遥か上空を横切っているだけだ。


 ここに落ちてきているわけじゃない。


「いっぱいお願い事できそう……!」


「アル。その……あれは流れ星じゃない。多分、<星の涙>だ」


 そう言うと、アルは首を傾げた。


「交国軍の兵器に、そんな名前のモノがあるんだ」


「そうなんですか?」


「ああ。軌道上の方舟から流体を使った運動弾を発射し、地上を攻撃する兵器だ。……高いところから石が落ちてきたら危ないだろ?」


 流体装甲の材料となる混沌は、混沌機関の中に大量に収納しておける。混沌の状態で保管しておけば、空気より軽い状態を維持できる。


 軌道上で展開した流体装甲を運動弾としていくつも発射し、運動エネルギー爆撃するのが<星の涙>という戦術だ。


 任意の地点に手軽に・・・隕石を降らせると言えば、威力の凄まじさをわかってもらえるか? いや、もっとわかりやすい例が目の前にある。


「ここにあった町が吹き飛んで、湖になっているのは……その星の涙の影響だ。ここに来るまでに、たくさんの穴ぼこクレーターを見ただろ?」


「はい……」


「それも全部、交国軍の攻撃によるものだ」


 驚いた様子でポカンとしていたアルに「すまん」と謝る。


 それでさらに驚かれた。


「な、なんで謝るんですか?」


「交国軍の攻撃で、ネウロンの大地を穴ぼこだらけにしたからだよ。いま降ってる星の涙で、またどこかに大きなクレーターができる」


 多分、どこかで大規模な殲滅作戦が行われているんだろう。


 タルタリカを誘き寄せ、星の涙で一気にふっとばそうとしてんだろう。


 ネウロンに配備されている方舟は少ないが、ゼロじゃない。繊一号にいる部隊が持っている方舟が軌道上まで上がり、星の涙を落としてるんだろう。


「俺達はお前達を守りに来た。それなのに、こういう荒っぽい攻撃して……ネウロンをメチャクチャにしちまって……ごめんな」


「でも、タルタリカを倒すために必要な事なんですよね?」


「うん、まあ、それはそうなんだが……」


「タルタリカはいっぱいいるんです。タルタリカはたくさんの町や村を壊して……人もいっぱい殺しました」


 だから倒さなきゃいけない。


「タルタリカに町や自然を壊されっぱなしより、町や自然が壊されてもタルタリカを倒せた方がいいはずです。……多分」


「しかしな……」


「それに、町はまた作り直せばいいんです。自然だってきっと大丈夫です。植物はボクらよりずっと元気ですから!」


 アルはそう言い、笑ってくれた。


 そう言ってもらえるだけの価値が、俺達にあるんだろうか。


「…………」


「あれ……? ラートさん、ひょっとして泣いて――」


「な、泣いてねえよっ。……そろそろ寝な。なっ?」


 アルはまだ寝たくなさそうにしていたが、今の俺の顔を見られたくないから「まだ作戦行動中だ。明日に備えて寝るのも俺達の仕事だぜ」と言うと、しぶしぶテントに戻っていった。


「お前はホントに良い子だな。……俺達を罵ってもいいのに」


 アルの優しい笑みを思い出すと、俺の弟の事も思い出しちまう。


 元気にしてるかな。会いたいなぁ。


 俺みたいな役立たず、家族に会う資格なんてねえけどな。






【TIPS:星の涙】

■概要

 戦略兵器の名称。<涙>という略称で呼ばれる事もある。


 軌道上を航行中の方舟から流体装甲で作った運動弾を放ち、地表を爆撃する兵器。流体装甲の材料となる<混沌>は人口密集地で簡単に生産できるうえに、混沌を加工して作った流体は溶けて消えることから「安価かつクリーンな大量破壊兵器」と呼ばれている。


 流体装甲は通常、<混沌機関>から離れると1時間ほどで消えてしまうが、星の涙で使用される流体装甲は長時間維持可能な核が配置されているため、地表に激突するまで問題なく維持可能となっている。


 一度放たれた星の涙を迎撃することは極めて困難。


 交国軍は槍や弓程度しか持たない後進国に対して星の涙を使用し、砦や町を1つずつ消し飛ばしながら降伏を迫った事もある。


 対抗手段はあるが、後進世界が簡単に用意できるものではない。大抵、流星群のように飛来する運動弾爆撃に成すすべもなく蹂躙されていく。


 放たれた星の涙は軌道変更が難しいため、移動目標物を狙うのは向いていない。ただ、複数の方舟を動員し、大量の星の涙を放てば移動中の軍団を爆撃する事も不可能ではない。やりすぎると惑星の地軸が傾く問題もあるが。


 対拠点用としてはコストのわりに絶大な効果を発揮する。交国軍は星の涙による爆撃を行った後、大量の機兵部隊を投入する戦法をよく使用している。


 危険な無差別爆撃のため、慎重に使用しなければならない。交国軍は「軍事拠点に対してのみ使用している」とよく言うが、真実ではない。




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