水没都市



■title:フロシキ地方・水没都市<アサ>にて

■from:死にたがりのラート


 副長に先導されつつ、ポイントB近くまでやってきた。


 海は遠い。


 海から遠ざかり、内陸部に進んでいる。


 本来、タルタリカが少ない地域とはいえ――さっきの群れのことがあるから――内陸部に進むのは自殺行為だ。


 けど、水が苦手なタルタリカを凌ぐのにうってつけの場所があった。


「こんなところに湖があったんですね」


 ポイントBには大きな湖があった。


 あれだけ大量の水があれば、タルタリカも水を恐れて襲って来ないだろう。さっきの群れは撒いたし、静かにしていれば俺達を見つけられないはず……。


『いや、アレは街だ。放棄された街だ』


「えぇ……?」


『隊長が湖に相当するものがある、って言ってただろ?』


 副長の言葉を聞きつつ、ポイントB周辺を注意深く観察する。


 よくよく見たら、湖の周りに廃墟が点在している。


 それに、水底には壊れた家屋がいくつも見えた。水面が日光を反射し輝いているからただの湖に見えたが、よく見ると水に沈んだ廃墟があった。


『ポイントB中心にまだ沈んでない場所がある。あそこで籠城するぞ』


「了解。……丘があったんですかね?」


『みたいだな。だから何とか水没を逃れたようだが、これだけ水に浸かってたら復興は難しいな。他所に新しい開拓街を作った方が早い』


 副長に続き、水没都市に入っていく。


 機兵の流体装甲も水に弱いが、タルタリカほど弱くない。流体装甲が溶けていく端から装甲を注ぎ足し、強引に水辺を突破していく。


「なんで水没したんですかね……。タルタリカの仕業っすか?」


『タルタリカはビーバーじゃねえ。交国の攻撃によるもんだよ。第一次殲滅作戦で落ちてきた<星の涙>の影響だ』


「ああ……」


『街全体がバカでかいクレーターになって、水が溜まって湖みたいになっちまったんだろう。おかげでオレらの避難場所になってるが――』


「ここまで地形が変わるほど、涙を落としまくったんですか……。ネウロン人の街があったのに、こんな……」


『生存者は既に助けた後だから、タルタリカ殲滅のためにやむなく……って感じだろう。真偽のほどはわからんがな』


 水没都市の中央にある丘に辿り着く。


 ここにも建物があったようだが、交国軍の攻撃の影響でブッ壊れている。丘が残っているだけでもよく耐えたほうだが――。


「スアルタウ! 休める場所についたぞ。大丈夫か……?」


「ぅー…………」


 機兵をしゃがませ、流体装甲を操作して仮設階段を作らせる。


 操縦席後部でぐったりしているスアルタウを抱き上げ、外に連れていく。ひとまず寝かせ、体調を見ていく。


 予断は許されない状況だが、大分落ち着いたように見える。呼びかけるとちゃんと返事をする。母艦に連絡して通信越しにヴァイオレットに診断してもらったところ、「横になって休んでいたら回復するはずです」と言ってくれた。


 船に戻ったら改めて診てもらうとして、ひとまず……助けられたのか?


「悪い、ヴァイオレット。スアルタウを危険な目に合わせて」


『いえ、こちらの落ち度です。……鎮痛剤をちゃんと使っていたら、アル君をこんな目に合わせずに済んだし、星屑隊の皆さんにも迷惑かけずに済んだのに……』


 皆無事だったんだ。ウチの隊のことは考えなくていい、となだめる。


 こっちは一段落したが、向こうは大変そうだ。


 フェルグスがキレてる声が聞こえる。あいつをなだめるのは大変そうだ。向こうには隊長いるし、大丈夫だと思うが……帰ったら改めて謝らないとな……。


「副長! 副長も隊長達と話しておくこと、ありませんか?」


 機兵に登って見張り台代わりにし、周辺警戒をしていた副長に呼びかける。


 副長は「ある。直ぐ下りるから待ってろ」と言いつつ、機兵からスルスルと下りてきた後、オレの機兵を指し示しながら話しかけてきた。


「ラート、機兵動かせ。脚部が水没してる」


「あっ、ホントだ」


「流体装甲に負担かかるし、貼り直すにしても苦労する。陸に上げろ、陸に」


「すみません。直ぐにやります」


 通信機を副長に渡し、寝ているスアルタウのことも頼んで自分の機兵に戻る。


 水に浸からないように移動させ、流体装甲を解いて待機させる。


 稼働させてなきゃタルタリカ共も俺達に気づかないだろう。


 近くまで寄ってこられたら「人間がいる!」って気づかれるかもだが、周囲はどっぷり水に浸かっている。


 そう簡単には見つからないし、見つかっても近づいてこれまい。


 機兵を動かし、副長とスアルタウのところに戻る。副長はまだ通信中。寝転んでいるスアルタウのおでこを軽く撫で、「大丈夫か?」と声をかける。


「だいじょぶ、です……」


「無理すんなよ。何かしてほしいことあるか? 水飲むか?」


「足……引っ張って、ごめんなさい……」


「お前は足なんて引っ張ってねえよ。お前のおかげで俺達は無事なんだ」


「ごめんなさい……」


 スアルタウは力なく横たわったまま、泣き始めてしまった。


 頭撫でて慰めたが、しばらく「ごめんなさい」と言い続けていた。


 スアルタウがようやく落ち着いた頃、副長が「レンズとパイプは船に帰還できたそうだ」と教えてくれた。


「ただ悪い知らせだ。オレ達を襲ってきたタルタリカの群れを見失った」


「倒したではなく?」


「ああ。見失っちまったらしい」


 さっきの群れは、半数以上がレンズ達を追い始めていた。


 だからレンズ達は引き撃ちしつつ海岸に逃げ――タルタリカが水に弱いことを利用し――海で一方的にタルタリカを殺すつもりだと思っていた。


 隊長達もそういう想定だったらしい。


 けど、その群れは途中で姿を消したようだった。


「向こうが見失わない限り、地の果てまで追いかけてきそうなのに」


「そうだな。まあともかく、さっきの群れはそこまで殺せてない。まだその辺に隠れている可能性がある。隊長はレンズ達を休ませて、ドローンで偵察してくれてるが……タルタリカ共は影も形もなくなったみたいだ」


 不気味な話だ。


 今日現れた時も、おかしかったけどな。


 あの数の群れを、数十メートルの距離まで察知できないのはおかしい。


 森の木々を遮蔽物として隠れ、上手く近づいてきたとしてもおかしい。クレーターだらけで森が吹っ飛んでいる場所が結構あったのに……。


 そもそも遮蔽物を利用するって考え、タルタリカにあるはずがない。


 そう思いたいとこだけど……。


「奴らの不意打ちが成功しかけた事といい、隊長達の待ち伏せに気づかれたっぽい事といい、普通の群れとは少し違うみたいだな」


「ですね……」


「スアルタウの警告がなけりゃ、向こうの不意打ちは成功していた。あの時のことを、もっと詳しく聞きたいとこどらが……」


 副長がチラリとスアルタウを見る。


 名前を呼ばれた事もあり、スアルタウが身体を起こそうとしたが――まだフラフラしているし、頭もぼーっとしているようだ。


 起きなくていい、と言って寝かせる。


「副長。スアルタウは――」


「わかってる。休ませよう。何やら鎮痛剤に問題あったみたいだからなぁ……強行突破するのは難しい。オレらはここで隠れて、隊長達からの連絡を待とう」


 長丁場になりそうだ。


 先行してポイントBを調べてくれていた偵察ドローンは、既に帰還している。飛び続けていたらタルタリカが寄ってくる危険性がある。


 この場は、俺と副長で見張りと休憩を交代で回していく事になった。


 スアルタウも見張りに参加すると言い張ったが、さすがに止める。副長も「さすがに正規兵のオレらに任せておけ」と言ってくれた。


 出来ればスアルタウを家屋の中で休ませてやりたいが、近くにあるのは屋根が吹き飛んだ廃墟だけ。崩れてきたら危ないから近づくべきじゃないだろう。


「あれ、何の建物だったんでしょうね」


「さあ……? 街の中央の丘にあったから、それなりに特別な建物だったんじゃないか? 街の領主とか、そういうお偉いさんの邸宅とかな」


「なるほど」


「あれ、たぶん、教会です……」


 テント張りつつ副長と話していると、スアルタウが教えてくれた。


 シオン教の<教会>っていう宗教施設だったらしい。シオン教はネウロンで大人気だったみたいだし、この街の信者共がここに集っていたのかねぇ。


 テント張った後、中にスアルタウを寝かせる。「寝てていいからな」「水、ここに置いておくからな」と話しかける。


 食欲ないらしいから、糧食はもう少し落ち着いてからでいいだろう。


 テントから出て、双眼鏡を持って周辺警戒している副長に話しかける。


「船の方は大丈夫っスかねぇ……」


「大丈夫だろ。どうせタルタリカ共は海に入って来れねえんだから」


 副長は双眼鏡を下ろし、ため息をついてから言葉を続けた。


「タルタリカ狩りなんて、波打ち際でやればいいんだよ。ドローンでタルタリカ共を釣って海辺で射撃するだけ。機兵すらいらねえ。船から撃てばいいんだから」


「そうですね。それが一番安全だ」


 もしくは方舟を――空を飛べる船を使えば、空から一方的に攻撃できる。


 上層部は「獣如きに方舟を使うまでもない」という判断なのか、方舟を応援に寄越す様子はない。ネウロン旅団にも方舟は一応あるが、戦闘用のものは限られる。


「海でやればいいのに、久常中佐殿は『タルタリカの早期殲滅のためには、尻込みせず、内地でも積極的に機兵部隊を展開すべき』とか言い張ってんだから……」


「ははっ……」


「あの無茶な命令がなきゃ、タルタリカ掃討戦なんて被害ゼロで終わるのによ」


「久常中佐は……なんでそうしないんでしょうか? 戦いを早期に終わらせるのは良いことだと思いますが……」


 早く終わらせたいなら増員すべきだ。


 久常中佐にはその権限がなくとも、ダラダラと戦闘を長引かせた方が損なのは中佐より上の人達もわかっているはずだ。


「噂によると、久常中佐は最前線に戻りたいんだとよ」


「プレーローマとの最前線、ですか?」


「そう。誉れある最前線に返り咲いて大活躍したい。だからネウロンのような辺境で足踏みしている場合じゃないって話らしい」


 副長はそう言い、嘲るような笑みを浮かべた。


「馬鹿な用兵やって被害出してたら、重要な作戦なんか任されるわけねえのによ。一昨日聞いたんだが、秋雨隊も久常中佐の所為で被害出たらしいぞ」


「秋雨って……確か、機兵だけでも12機配備されてましたよね?」


 秋雨隊。


 ネウロン旅団の中でも、特に活躍している部隊の名だ。


 機兵以外にも大型船や攻撃用ドローンが配備されており、大規模なタルタリカの群れ相手だろうと蹴散らしていた部隊のはずだけど……。


「濃霧の中、出撃させられたらしい。久常中佐の命令でな」


 秋雨隊の隊長は霧が晴れるのを待って、じっくりやろうとした。


 視界不良の中で戦えば、近接戦闘に持ち込まれやすくなる。十分な火力があればタルタリカなんて一方的に攻撃できるのに、その優位を捨てるのは危うい。


 だから秋雨隊の隊長も作戦行動を控えようとしたが……久常中佐はそれを許さなかった。「さっさと戦え」と秋雨隊にせかした。


「結果、機兵2機大破、4機中破で敗走したらしい。当然死者も出た。それなのに中佐殿は『悪いのは秋雨隊だ』って主張してるんだとよ……」


「…………」


「あんな中佐、さっさと更迭しちまえばいいんだ。そうしない上の奴らが考えていることもよくわからん。交国軍はいつから人材不足に陥ったんだ?」


 何とも言い難い話だ。


 実際、普通なら更迭されていそうなものだ。


 そうなっていないのは……久常中佐が特別な存在だからか?


 久常中佐の親は玉帝。


 交国の最高権力者だ。


 玉帝の子は久常中佐以外にも何人もいるとはいえ、ひょっとして特に可愛がっている子なんだろうか……。それで失態を多目に見ている……?


 そんなこと、有り得るんだろうか。


「上が無能だと、現場の俺達は苦労するな」


「まあ……俺らが死んでも、家族は養えますから。恩給で」


 交国軍の戦死者遺族への支援は手厚い。


 過酷で誉れ高い戦場に送られがちなオークに対しては特に手厚い。


 俺が死んでも恩給出るから母ちゃんも安心だろう。俺の仕送りなくても、弟は立派な学校に行けるだろう。だから安心して命を賭けられる。


 そんな話をすると、副長は「恩給も交国もお前を救わない」と呟いた。


「仮に恩給があったとしても、それで全てが救われるわけじゃない。死んじまったらお前自身はそこで終わりだ」


「それは……そうかもですが、家族の心配をせずに済むのは助かりますよ」


「家族なんかより、自分のことを心配しろ」


「はあ……」


「…………。まあ、今のお前に何を言ったところで無駄か……」


 副長は苦々しそうな表情を浮かべ、一時、俺から視線を逸した。


「お前は自分の命を軽く見過ぎだ。さっきタルタリカに襲われた時、発砲を止めてきただろ。スアルタウが死にかねないから」


「はい。……やっぱ怒ってます? 上官である副長の命に背いたから……」


 怒られるのはわかっていたが、副長なら理解してくれると信じていた。


 実際、何とかなった。俺だけの力でスアルタウを守れたわけではないから、「結果論だろ」と言われたら返す言葉もねえが。


 副長は俺の言葉を聞き、少し笑い――俺の胸ぐらを掴んできた。


「当たり前だろうが狂人くそやろう。勝手に死のうとしてんじゃねえよ」


「……生きてますよ、俺は」


「あの時、上手くいかなかったら死んでただろうが! 特行兵庇って、テメエまで死んだら機兵対応班おれら全員に迷惑かかってたんだぞ!?」


「副長達なら逃げ切れたはずです。そりゃ、機兵1機失うのは痛手でしょうけど……。でも、守るべき対象を見殺しになんて出来ませんよ!」


「特行兵を『守るべき対象』とやらに入れんな。何度言わせんだよ……!」


「でもっ、副長も最初は発砲止めてくれましたよね!?」


 スアルタウが苦しみ始めた時、それを知らせると副長は止めてくれた。


「副長だって、あの子を守ろうとしてくれた!」


 俺の頼みを「知ったことか」と跳ね除けず、攻撃せずにいてくれた。


 発砲許可した後も、俺が止めると殺さずに対応してくれた!


「副長だって、あの子を『守るべき』と思ったんでしょ? 隊員おれたちに被害が及びそうな時、上官として厳しい判断をしてくれてるだけだ」


「違う」




■title:フロシキ地方・水没都市<アサ>にて

■from:肉嫌いのチェーン


「バカで甘い俺の代わりに、悪者ぶって貧乏くじ引いてくれてるだけだ!」


「違う!!」


 馬鹿野郎を突き放す。


 転び、水の中に落ちていったが手は差し伸べない。


 オレはオレのために堅実な判断をしているだけだ。


 お前らがいた方が、「オレ自身のためになる」と判断しているだけだ。


 来るべき日に備えているだけだ。




■title:フロシキ地方・水没都市<アサ>にて

■from:死にたがりのラート


 鼻に入った水でむせていると、頭上から副長の怒声が飛んできた。


「前々からクソ甘い奴だと苛々してたが、第8が来てからのお前は度が過ぎてんだよ! オレを舐め腐って命令違反繰り返しやがって……!」


「……すみません」


「謝っても遅えんだよッ! 次に命令違反したら軍法会議に送ってやる! テメエの大好きな恩給も貰えねえ立場にしてやってもいいんだぞ!?」


 怖くて縮こまる。久しぶりに副長にガチで怒られてる。


 けど、「次」か。


 あくまで「次」にしてくれるんだな。


 やっぱり、副長は優しい。


 軍人として間違ってる俺に情けかけてくれてるんだから……。


「本当に、すみません」


 陸地に上がり、水を滴らせながら副長に頭を下げる。


 副長は苛立ちながら舌打ちし、「オレは休む。テメエは見張りしつつ、ガキの世話してろ!」と言い、機兵の方へ歩いていった。


 副長は優しいけど、怖い。怒鳴られた恐怖でまだ心臓がバクバク鳴ってる。


 怒られるのは嫌だし、恩給がなくなるのは……本当に困る。家族に仕送りできなくなって、恩給すら用意できなくなった俺には何の価値もない。


「でも……」


 俺は守るために軍人になったんだ。


 スアルタウ達を見捨てるのは嫌だ。




■title:フロシキ地方・水没都市<アサ>にて

■from:兄が大好きなスアルタウ


「…………」


 ラート軍曹さんの魂が、こっちに戻ってくる。


 慌てて寝床に戻り、目をつむる。


「スアルタウ? ん……? 寝てるのか~……?」


「…………」


「うーむ……。顔色、ちょっとは良くなってきたか……? はぁ、良かった……。寝てるなら栄養補給はまだ先でいいか」


 軍曹さんはボクが寝ていると思って、直ぐ出ていってしまった。


 それで副長さんのところに歩いていって、何か話していたようだけど、また怒鳴られていた。……多分、ボクの所為で怒られてる。


「…………」


 胸がちくちく痛む。


 これはたぶん、鎮痛剤じゃどうしようもない。



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