ポイントB
■title:フロシキ地方の戦場跡にて
■from:肉嫌いのチェーン
ほんの数十メートルの距離に大量のタルタリカが現れた。
50体は超えているか? 全容はまだ見えない。
コイツら、どこから湧いて来やがった……!?
周囲には森が点在しているが、第一次殲滅作戦の影響で森はところどころ吹き飛んでいる。偵察ドローンも飛ばしているから、この数を見逃すのは有り得ん。
普通は有り得ん。
だが、実際に現れている以上は――。
「応戦しつつ退避!」
指示とは言い難い指示を飛ばしつつ、発砲する。
スアルタウが「異変」を察知していなければ、完全に不意打ちされていた。もっと酷い状況で対応する事になっていた。
だが、この距離なら引き撃ちしつつ逃げれば――。
『撃つな! 撃たないでくれっ! アルが
「はぁっ……!? どういうことだ、ダスト3」
ガキを乗せてるラートが、必死に訴えてくる。
苦しんでいるってことは、例の巫術師の弱点か?
そりゃおかしい。
今回の作戦、遭遇戦になる可能性も考慮して、事前に鎮痛剤を打っていたはずだ。それなのに何で苦しんで――。
『わからねえんです! でも、スアルタウが苦しんでる!!』
「くっ……。全機射撃停止! 逃走に専念しろ!」
■title:フロシキ地方の戦場跡にて
■from:死にたがりのラート
「アル! スアルタウ!? 無事か!? 大丈夫か!?」
呼びかけるが、後ろから聞こえるのはうめき声だけ。
見て確認する暇はない。眼の前にタルタリカの群れが迫っている。
下手に攻撃はできない。
タルタリカを殺すと、スアルタウが死を感じ取って苦しむ。追い打ちをかけることになる。頭痛とはいえ死ぬ可能性もある以上は――。
『ダスト3、状況を』
「スアルタウが苦しんでます! 多分、巫術でタルタリカの死を感じ取った所為です! 呼びかけても返事はありませんが、うめき声は聞こえます!」
船の指揮所にいる隊長に報告し、「ヴァイオレットに繋いでください!」と頼む。ヴァイオレットなら、何が起きているかわかるはず――。
「ヴァイオレット! スアルタウがおかしいんだ! 俺の後ろで苦しんでる!」
こっちはまだ攻撃されてない。
なら、考えられるのは巫術の弱点による頭痛だけ。
「鎮痛剤、打ったはずだよな!?」
■title:星屑隊母艦<隕鉄>・戦闘指揮所にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
「はい! 鎮痛剤なら出撃前に――」
技術少尉がやってきて、アル君の腕を取って注射を――。
横を向く。
指揮所の壁に寄りかかっている女性に視線を向ける。
「少尉、あなた、まさか」
「なぁに。アタシに何か用?」
技術少尉は笑っていた。
冷たい微笑を浮かべていた。
■title:フロシキ地方の戦場跡にて
■from:死にたがりのラート
『アル君は鎮痛剤を打たれてません! 多分、打たれたのは単なる栄養剤です!』
「なっ……!?」
理由はわからん。
だが、ヴァイオレットの言う事なら確かなんだろう。
何故を問うのは帰ってからでいい。生きて帰ってからでいい。
今はとにかく逃げないと。……今日は、さすがに死ねない。
「くっそ……! テメエら、どっからそんな数引き連れて……!」
武器を投げ捨て、少しでも身軽になる。
だが、多少軽くしたとこでタルタリカの追撃を振り切れない。
全速力出せば振り切れるが、それやるとアルに負荷がかかる。俺は耐えられるが、子供のうえに頭痛で苦しんでいるアルが耐えられるかどうか――。
「――――」
タルタリカの群れが距離を詰めてくる。
海岸まで何キロもある。このままだと、遠からず追いつかれる。
■title:フロシキ地方の戦場跡にて
■from:肉嫌いのチェーン
『副長! 射撃許可を! このままじゃあ、ラートは逃げ切れませんよ!?』
レンズからの通信。言われなくてもわかってる。
先行していたダスト2とダスト4は十分な距離を取れている。海までのルートに敵が回り込んでいない限り、問題なく逃げ切れるだろう。
オレも逃げ切れる。だが、ラートはマズい。
射撃できねえうえに、全力で機兵を動かせてない。同乗しているガキが邪魔で本気を出せてない。援護射撃したらガキが死ぬ可能性が――。
『――各機、発砲許可。ダスト3を援護しろ』
■title:フロシキ地方の戦場跡にて
■from:狙撃手のレンズ
『――各機、発砲許可。ダスト3を援護しろ』
「了解。――好きに恨め、巫術師のガキ!」
海に向かって逃げつつ、射撃体勢に入る。
群れの先頭に銃を向け、そのまま――。
『撃つなッ!!』
鞭のような鋭い声。
ラートの声が通信越しに届く。
『この程度、俺が何とかする!!』
何とかするって、攻撃できねえんじゃどうしようもねえだろ……!
■title:フロシキ地方の戦場跡にて
■from:死にたがりのラート
「
流体装甲を大量形成。
本来なら重装甲にし、どっしりと防御を固めるためのもの。
だが、この数のタルタリカ相手には悪手。
タルタリカに噛みつかれたら、流体装甲を剥ぎ取られる。
だから、ここは――。
「
■title:フロシキ地方の戦場跡にて
■from:狙撃手のレンズ
ラートが流体装甲を増設する。
だが、装甲として固まる前にパージしやがった。
ドロドロの黒い流体が大量に弾け、脱落していく。
普通なら何の意味もねえ無駄撃ち。
「なるほど――」
パージされた固化前の流体装甲が、タルタリカの群れに激突する。
固まってない状態だから、黒い水をブッかけられたような状態。
銃弾や砲弾に比べたら大した衝撃じゃねえ。
でも、ぶっかけられたタルタリカの
「目眩ましと足止めか……!」
固まり切っていない流体は、粘つく黒い液体。殺傷能力はほぼない。
しかし、逃げる機兵に追いつくために全力疾走していたタルタリカ達がそれを喰らうと、視界を塞がれる。化け羊共でも速度を緩めざるを得なくなる。
足元にばらまかれた流体に足を取られ、速度を緩めざるを得なくなる。
中にはすっ転びそうになったり、速度を緩めた拍子に後続のタルタリカに激突される馬鹿の姿も見えた。
ラートと敵の距離が僅かに離れる。僅かに時間を稼いだ。
タルタリカは
「ダスト3! お前、そんな馬鹿げた手段で海まで凌ぐつもりか!?」
『これならスアルタウを守れる!』
「エネルギー持たねえだろうが、バカ!!」
流体装甲は無限に使えるわけじゃねえ。
機兵のエンジン――混沌機関に貯蔵された混沌が材料として必要になる。
今みたいな使い方はそう何度も出来ない。機兵1機分の流体装甲を何度も捨ててりゃ、直ぐに混沌が枯渇する。
敵は一時足止めしただけ。
タルタリカが追って来れない海まで、まだまだ距離がある。
一時は速度を緩めたタルタリカの群れは、もう立て直している。流体装甲による目潰しを食らわなかった奴らが前に出てきてラート機に突進していく。
ラートは同じ手を使おうとしたが、それより早く別の機兵が流体を放った。
■title:フロシキ地方の戦場跡にて
■from:死にたがりのラート
『世話が焼ける……!』
「副長!」
ダスト1が俺の機兵に併走し始め、何かを投げた。
ドロリとした黒い液体――固化前の流体を機兵の手で振りまいた。
さっき俺がやった時より少量だが、先頭を走っていたタルタリカの顔面に命中した。タルタリカ共が玉突き事故を起こす。
「副長! あんまやりすぎないでくださいよ!? 事故って同士討ちされてもスアルタウが危うくなるんですからっ!」
『うるせえ、射撃しねえだけ有り難く思え!』
逃げつつ、副長と共に牽制する。
海までまだまだ距離がある。
2機で交互に牽制しても、混沌が足りるかどうかは怪しい。いや、このペースだと確実に持たないな……!
『副長! オレとダスト4が出来る限り敵を引き付けます! 副長はそのバカのお守りをお願いします!』
レンズ機とパイプ機が敵の側方に周り、空に空砲を撃ちながら存在をアピールする。群れの一部がレンズ達の動きにつられ、離れていく。
今回の群れがどこから現れたのか、まだわからん。だが、目先の相手に食い付いていく考えのなさはタルタリカだ。いつものタルタリカだ。
『ラート! スアルタウはまだ回復しないのか!?』
「無茶言わんでください! この子はまだ子供なんですよ!?」
最初よりうめき声は小さくなっているが、まだ苦しんでいる様子がある。
このままタルタリカを殺さず逃げれば、海に辿り着く途中で回復してくれるかもしれない。そしたらもう少し速度を出せる……はずだ。
問題は、スアルタウは化け羊以外の死を感じ取ってもダメージ受ける事。
逃げる途中、そこらの野生生物が俺達もしくはタルタリカに殺された場合、スアルタウはまた苦しむ。
鹿や猪程度なら鎮痛剤無しでも耐えられるらしいが、弱っているいまならキツいはずだ。トドメになる可能性もある。
海まで逃げ切るのは難しい。
何か手は――。
『ダスト1、ダスト3。地図情報を更新した。ポイントBに迎え』
「隊長……!?」
タルタリカから逃げつつ、地図を表示する。
地図には隊長の指定したポイントがマークされている。
それと、そこに至る経路も書かれている。偵察ドローンや偵察衛星から集めた情報を元に新しい逃走経路を考えてくれたんだろう。
ただ、このルートは――。
『あと3キロ進めば河がある。そこで大きく距離を稼げるはずだ。だが、今のダスト3では海に到達する前に再び追いつかれるだろう』
『ポイントBなら海より近そうですね』
副長も地図を見たのか、そう言った。
そして言葉を続けた。
『ですが隊長、これ内地に向かうルートですよ』
『ポイントBには湖に
『『了解』』
海に逃げられないのは不安だが、隊長の指示に従う。
もう少しで河だ。飛び越える準備をする。
『それと、ドローンによる支援を開始する』
偵察ドローン2機が俺達の上方にやってくる。
どちらも偵察が仕事だが、攻撃手段が無いわけじゃない。
2機が小型誘導弾を放つ。
誘導弾はタルタリカに向かわない。
俺達が向かう方向に――河の前に着弾し、爆発する。
俺と副長は誘導弾が起こした土煙を突っ切りつつ、河を飛び越える。
一足に飛び越えることはできなかった。細心の注意を払いつつ、河の途中で着地し渡河に成功する。
後続のタルタリカ達は――土煙が邪魔で河に気づかない。
十数体が土煙の先にあった河に落ちていった。即死はしないが、河の水で身体を僅かに溶かされ、パニックに陥っているようだった。
何とか河に落ちずに済んだ奴らもいたが、そいつらは河を渡れず、悔しげに吠えている。吠えつつ、河沿いを走って渡れる場所を探し始める。
あるいは囮として暴れているレンズ達の方へと駆けていく。
海は遠くなったが……ひとまず、敵の群れを振り切ることに成功した。
このままポイントBに逃げよう。
■title:星屑隊母艦<隕鉄>・戦闘指揮所にて
■from:星屑隊隊長
「ダスト1、ダスト3が群れを振り切りました」
「サテライト1をポイントBに先行させろ。他のドローンはダスト2、ダスト4の逃走経路の下調べをさせろ」
「了解」
「ダスト2、ダスト4。敵を引き付けつつ、ポイントAに来い」
『『了解』』
ひとまず凌いだ。
機兵対応班と偵察ドローンの位置を映したディスプレイから視線を離し、技術少尉に掴みかかろうとしている特別行動兵を止める。
「ヴァイオレット特別行動兵。指揮所から退出しろ」
「でもっ……! 技術少尉が……!」
「急場は凌いだ。スアルタウ特別行動兵はダスト3が必ず守る」
揉め事が起きる前にヴァイオレット特別行動兵を退出させる。
その後、ヒューズ技術少尉に視線を送る。
……面白くなさそうな顔をしている。
「技術少尉。後で聞きたいことがある」
「ええ、ええ、どーぞどーぞ。暇つぶしなら付き合ってあげる」
不敵な笑みを浮かべる技術少尉から視線を切り、ダスト1とダスト3に――副長とラートに通信越しに話しかける。
「ダスト1、ダスト3。先程も伝えた通り、貴様らは特別行動兵と共にポイントBに潜伏・籠城しろ。2日以内に救援を送るか、撤退経路を確保する」
『ダスト1、了解。もし帰れなかったらスンマセン』
「殉職は許可できない。生還しろ」
『厳しいなぁ~……。了解でーす』
スアルタウ特別行動兵は危うい状態だろうが、この場は凌いだ。
凌げたのは……巫術の影響が大きい。
スアルタウ特別行動兵が敵の接近に気づいていないと、機兵対応班は不意をつかれていた。奴らが簡単にやられるとは思えんが、被害は出ていただろう。
……やはり巫術師は有用だな。
有用で、危険だ。
交国を揺るがしかねない力を持っている。
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