土竜



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 模索の日々を続けているが、成果らしい成果はまだ見つかっていない。


 巫術師を戦いから遠ざけるための方法を見つけるのは、簡単じゃないらしい。


 しいて挙げるなら「酷い頭痛がする弱点あるので、そもそも戦いに向いていない」ってものがあるが……そんなもん上の人達だってわかっている。


 それがわかっていてもなお、巫術師が対タルタリカに投入されている以上、その点で戦いから遠ざけるのは無理だろう。……巫術師が戦いに耐えられず、壊滅しちまったら結果的に遠ざけられるかもしれんが、そんなの意味はない。


「う~ん……。副長、なんか妙案ないっスか?」


「よく考えてるお前らが思いつかねえなら、報告聞いてるだけのオレが思いつくわけねえだろ」


 ヴァイオレットと一緒に副長のとこに相談しにいったものの、突破口を開くアイデアは見つからなかった。


 それどころか、逆に問題を教えられた。


「技術少尉殿のストレスがエグいことになってんだよなぁ~」


「はあ……。いつもイライラしてるのは遠目に見ててもわかりますが……」


「隊長が『星屑隊と第8巫術師実験部隊の連携はまだ困難なため、第8の実戦投入は当面禁じる』って止めてんだけど、それがご不満みたいでな」


「あー……」


 技術少尉も成果を欲しがっている。


 けど、その成果は俺達が目指すものと相反するものだ。


 技術少尉はフェルグス達だけでいいから出撃させろ――と隊長に求めているらしいが、隊長はそれを断り続けてくれている。


「第8の指揮権も隊長が握っているから、今のところ止められている。けど限度もある。技術少尉が上にかけあったみたいで、星屑隊の隊長は第8を出撃させろって話が正式な命令として届いてなぁ」


 副長が何気ない様子で言った言葉に、ヴァイオレットが身構えた。


「じゃ、じゃあ、あの子達をタルタリカにブツけるつもりなんですか?」


「ガキ共には悪いが、オレ達は星屑隊の人間で交国軍人だ。上の命令には逆らえないから、今回の作戦行動にはガキ1人に同行してもらう」


「副長。マジで言ってんすか……!」


「おう。とりあえず作戦の概要を聞け」


 副長は頬杖つきながら端末を操作し、作戦区域の地図を表示し、説明し始めた。


 星屑隊は機兵対応班が出撃。ダスト3――つまり俺が巫術師1名を同乗させ、作戦区域を巡回して帰還する。そんな作戦だった。


「タルタリカがいたら戦闘する。戦うのはラート以外の機兵対応班。タルタリカと遭遇したらラートは巫術師連れて退避って作戦だ。簡単な作戦だろ~?」


「流体甲冑は出さねえんですか?」


「今回はな。上には『巫術師を戦場に出せ』としか言われてねえし。流体甲冑のデータ取りはまた後日でいいだろ……」


 剣呑とは程遠い呑気な様子の副長を見て、ヴァイオレットと顔を見合わせる。


 お互い、同じような事を思っているようなので……ヴァイオレットに「どうぞどうぞ」と発言を任せる。


「あのぅ……副長さん、同行する巫術師は何をすれば……?」


「索敵の補助。戦闘はウチでやる」


 副長はニヤリと笑い、「巫術は魂の位置を把握できるんだから、索敵の補助なんてお手の物だろ?」と言った。


「まあ、ウチも索敵ドローン飛ばすから、巫術師の出番は無いかもな」


「単なる偵察で終わる可能性もあるんですね。あるいはピクニックか」


「その可能性が高い。この辺りのタルタリカは第一次殲滅作戦で大半を倒したはずだ。地形が穴だらけだろ? 軌道上から第二十三艦隊が<涙>を落とした後だ」


 副長はため息ついて、「第二十三艦隊がネウロンに駐留してくれてりゃ、タルタリカの殲滅なんてもう終わってたのになぁ……」とボヤいた。


「その場合、ネウロンの大地はさらにメチャクチャになってただろうが――」


「ともかく、子供達を戦わせずに済むんですね?」


「今回はな。隊長は偵察任務で茶を濁すつもりみたいだが、この手も何度もは使えない。ガキ共には近いうちに戦ってもらう事になるが、その時は機兵対応班が先に出て敵を蹴散らす形になるだろう。……ラート、なにニヤニヤしてやがる」


「いや、やっぱ副長も隊長も頼りになるなぁ! と思いまして!」


 やっぱ2人共、子供を戦わせるのはおかしいと思ってくれてんだなぁ。


「オレはな~んも考えてねえよ。今回の作戦は隊長が考えたもんだ。ラートが『巫術の魂感知はすごい』って言ってたのを聞いてな」


 副長は表示していた地図を消し、「隊長は情で偵察任務にしたわけじゃないからな」と言い、言葉を続けた。


「隊長は純粋に、第8の扱いに困っているんだ。流体甲冑は戦力になるが、機兵と連携して動くには不向きだからな」


 例えば市街戦で敵の機兵を機兵対応班で対処し、歩兵は流体甲冑に任せるってやり方ならまだ連携しやすい。


 ネウロンに巣食う敵は化け羊であって、人間や天使じゃない。開けた場所で射撃して化け羊を削っていく戦いが多い。


 機兵が後方で射撃に専念し、流体甲冑が前衛を張るのは危ない。


 流体甲冑は野戦でタルタリカの群れを止めきる力は無いし、機兵の誤射でタルタリカごと吹っ飛びかねない。


 俺達は相性が悪い。敵や戦場の影響で相性が悪い。


 明星隊のようなクソ部隊なら「特行兵が犠牲になる? 知らねえ!」と平気で出撃させるかもしれないが、俺達はアイツらとは違う。


「今回の結果は、今後に反映させる。戦闘は機兵対応班が担当し、第8には巫術による周辺警戒を頼むとかな。……技術少尉や上がそれで納得するかは別の話だが、それならまだ連携できるだろ」


「ですね。それで、今回連れて行く巫術師1名は誰にするんですか……?」


「そっちの推薦はあるか?」


 副長がそう聞くが、ヴァイオレットは渋い顔を浮かべている。


 誰も出したくないんだろう。


「私じゃダメでしょうか……?」


「駄目に決まってんだろ。ガキと同じ特行兵でも、巫術師じゃねえんだから」


「うぅ……」


「…………」


 ヴァイオレットは子供達を戦場に行かせず守りたいのに、そのヴァイオレットに推薦させるのは酷な話だ。選べるわけがねえ。


「……フェルグスはどうっスか? アイツは物怖じしねえし」


「アイツは駄目だ。協調性のカケラもない」


「や、でも、乗せるのは俺の機兵でしょ? 俺が責任持ちますよ」


「お前に責任取れる話じゃねーよ。お前どころか他の隊員まで被害が及んだらどうすんだ? いきなりアイツに任せるのは駄目だ」


 副長は俺を呆れ顔で見た後、ヴァイオレットに鋭い視線を送り、「悪いがアイツに隊員の背を任せるのはオレが許さん」と言い切った。


「まあ、お前らに決められる話でもねえか。よし、じゃあデータ持って来い」


「…………? 何のデータですか?」


「巫術師のデータだよ。個人差あるんだろ? 感知範囲とか」


 副長はヴァイオレットに手のひらを差し出し、データを要求した。


 データを見て、今回の同行者に選ばれたのは――。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>・格納庫にて

■from:死にたがりのラート


「おい!! なんでアルを連れてくんだよっ!!」


「フェルグス君、落ち着いて~……!」


 スアルタウをおんぶし、機兵に乗ろうとしているとフェルグスの怒声と、なだめるヴァイオレットの声が聞こえてきた。


 偵察に同行してもらうのはスアルタウになった。


 俺的にはフェルグスに来てもらうのが一番丸く収まると思ったんだが、副長はダメって言うし、巫術の感知能力はスアルタウが一番優秀って話になるし……。


 フェルグスには何度も説明したんだが、何度も怒鳴られた。顔まで引っ掻かれた。まあ、そりゃ怒るわな……! わかるよ!?


 俺らのこと信用できねえから怒るよな……!?


「フェルグス~……。スアルタウはちゃんと連れて帰るから、安心して――」


「クソオーク共!! 離せっ! は~な~せ~っ……!!」


「ははっ……。お前の兄ちゃん、元気だな~……」


「うー……」


 星屑隊の隊員につまみ上げられてもまだ暴れてる。


 つまみ上げた奴を「ゲシゲシ!」と蹴っているので、両足も他の隊員が掴んで止めたが、「うが~!」と吠え、まだ暴れようとしている。


 今からでもフェルグスとスアルタウ交代にしねえか?


 もし仮にフェルグスが戦場で暴れたとしても、俺が死ぬ分にはまあいいだろ――と思っていたが、俺の背に乗ってるスアルタウが遠慮がちに声をあげた。


「に……にいちゃ!」


 遠慮がちだが、頑張って声を張り上げている。


「ボク、平気だからっ。すぐ帰ってくるから……! 皆と待ってて!」


「アル!!」


「ぼ……ボクのこと、信じて!」


 スアルタウがそう言うと、フェルグスはようやく大人しくなった。


 交国軍人おれたちなんてもう眼中にないように――心配そうに――弟のスアルタウのことだけをじっと見送りはじめた。


「良い兄ちゃんだな」


 機兵の操縦席にスアルタウを乗せる。


 操縦席……といっても、殆どを流体装甲で形成するから普段はスカスカの空間だ。流体装甲まとってないと、外から見えるぐらいスカスカ。


 けど、流体装甲で操縦席を作るからこそ、広さも融通が効く。


 操縦者の後ろにもう1人乗せるぐらいは余裕だ。車と一緒で操縦者以外は――どっちにどう動くかが把握しづらいから――酔いやすいんだけどな。


「にいちゃん、すっごくやさしくて……。でも、ごめん……なさい」


「何が?」


「えと、あの、星屑隊の人達、みんな、ビックリしてたし……」


「大丈夫大丈夫。砲弾降り注ぐ戦場よりはずっと静かだから、アイツらも気にしてねえよ。それより酔い止めちゃんと飲んだか? 多分マジで酔うぞ。出来るだけ速度出さねえように気をつけるが、辛い時は言えよ」


「だ、だいじょぶです」


 コクコクうなずくスアルタウの口にマウスピースを持っていき、噛ませておく。改めて搭乗中の注意事項を説明しておく。


 説明しつつ、俺も機兵に乗り、周囲に流体装甲を流し込んで操縦席を本格的に形成していく。


「鎮痛剤は打ったんだよな?」


「はい、さっき技術少尉が来て……」


「ごめんな、あのクスリあんまり使わないほうがいいってヴァイオレットに言われてるんだが、陸地に上がる以上は敵に遭遇する可能性もあるから」


「大丈夫、です。使いすぎなきゃ大丈夫って、ヴィオラ姉ちゃんも言ってるから……。ぜんぜん、平気ですからっ……」


「うん……。言いたいことあったら、俺の背中を蹴れ。思い切り蹴れ」


「け、蹴るのは……ちょっと……」


「ダメダメ。機兵が動いてる時に喋って、舌噛んだりしたら危ないだろ? 喋りたい時は蹴って合図しろ。ほれ! 練習するぞ~! 俺の背中をボコボコ蹴れ」


「うぅー……」


 スアルタウはかなり遠慮して蹴ってきた。


 もっと強く! もっと思い切って! と言い、スアルタウに遠慮なく接してもらおうとしていると、レンズがドン引きした声で通信してきた。


『お前、ガキに何やらせてんの?』


「いや、俺は単に……。つーか、何でレンズに聞こえてんの?」


『機兵対応班全員に届いてるし、指揮所にも通信繋がってるぞ……』


「マジ? いや、まあ、別にやましいことなんてしてないし」


『ガキに無理やり蹴らせて、気持ちよくなってたのに……?』


「ちげーよ!! 何かあったら知らせてもらうためのことで……!! つーかそもそも俺達オークは蹴られたところで痛みすら――」


『ダスト3、私語は慎め』


「あのっ、隊長、これは違くて……」


『黙れ』


「ハイ」


 なんかめちゃくちゃ誤解された気がする。


 機兵は既に流体装甲纏ってるし、格納庫にいたヴァイオレット達には聞こえてなかったっぽいのは救いかな。うん……。


 隊長はいつも通りの平坦な声だが、レンズ達の声は若干引いているような気がして、ちょっと心が折れそうになる。


 だが、スアルタウが「軍曹さん、だいじょうぶですか……?」と不安げに聞いてきたので、気合を入れ直す。……しっかりしねえと。


「大丈夫だ。よっしゃ、行くぜスアルタウ。お前の力、期待してるからな」


「は、はいっ!」




■title:星屑隊母艦<隕鉄>・戦闘指揮所にて

■from:ヒューズ技術少尉


「特行兵とはいえ、少年兵相手に興奮するとか恥ずかしい男ね」


 さっきの通信のことを鼻で笑ってやると、全員無視してきた。


 星屑隊の隊長は相変わらずの無表情。指揮所にいる他の隊員も、アタシなんて最初からいないみたいに振る舞っている。


 この船に乗ってから何度目かわからない舌打ちをする。


 星屑隊はクソよ。


 いや、明星隊も他の部隊もクソよ。


 こんな辺境の世界にいるクソ共は全員クソ。なんでエリートのアタシがこんなクソみたいな世界にトバされなきゃいけないのよ……。


 成果上げて本国に戻りたいのに、どいつもこいつも足を引っ張ってくる。


 助手ヴァイオレットは無能な働き者で、アタシ抜きでどうでもいい話を進めようとする。どいつもこいつも、アタシに敬意を払わない。


 ネウロン人は家畜みたいに従順・・・・・・・・って聞いてたけど、あんなのウソ!


 ウチの部隊のガキ共はどいつもこいつもクソ! 特にあのフェルグスってガキは狂犬みたいで、アタシを何度も苛立たせてきた!


 第8巫術師実験部隊は、アタシの部隊。


 皆、そのことを忘れている。理解していない。


 今回のこの作戦は、それを理解させる良い機会になる。


 きっとそう。


 タルタリカさえ現れれば、奴らは簡単に――。




■title:フロシキ地方の海岸にて

■from:死にたがりのラート


「ほい、上陸っと。どうだ、スアルタウ? 機兵の視点は」


「た……高くて、ちょっと、こわい、です。あっ、だ、だいじょぶですっ……」


「ははっ。落っこちたりしないから大丈夫だ。怖いなら下はあんまり見ず、遠くの景色を見るようにしな」


「はい。……わぁ……」


 スアルタウを後ろに乗せ、上陸する。


 先に上陸していた機兵対応班の皆が軽装のまま周辺を警戒しているが、戦闘が始まる様子はない。偵察ドローンや指揮所からも敵が来た報告はない。


 このまま呑気なピクニックになってくれりゃいいんだが……。


『よし、お前ら行くぞ。ダスト4、先行しろ』


『了解』


 パイプ機を先頭に、内陸に向けて進んでいく。


 機兵に驚いた鳥達が飛び立っていくのが見えるが、タルタリカの姿はない。


 そこら中の地面にクレーターが見えるが、敵の姿はない。


「前情報通り、そこら中ボッコボコですね」


『この辺は随分マシな方だぞ。内陸部の方なんて湖が出来ているほどだからな』


 それはさぞ壮観だろうな。


 スアルタウにも見せてやりてえ――と思ったが、さすがにそれはマズいか。


 タルタリカ殲滅のためとはいえ、交国軍の攻撃でネウロンの大地がボッコボコになってる光景だからなぁ……。フェルグス辺りは絶対キレるぞ。


 今回、そこまで内陸部まで行く予定はない。


 陸の奥深くまで行くとタルタリカと遭遇して逃げる時に大変だからな。多少は蹴散らせばいいとはいえ、複数の群れに遭遇して囲まれたら面倒だ。


「スアルタウ。ちょっと飛ぶぞ、口開くなよ~」


 小さな谷を飛び越え、着地する。


 着地の衝撃を出来るだけ和らげるため、流体装甲を衝撃吸収モードに変える。消費が少し重くなるから自分だけなら使わないが、今回は客が乗ってるので使う。


 飛び越えると、尻を軽く蹴られた。


「い、いま、フワってなりました! フワって!」


「気分いいだろ~?」


「はいっ」


 大抵ボソボソと喋るスアルタウが、珍しく声を張っている。興奮気味だ。


 全高10メートルの機兵に乗っていると、自分が巨人になったみたいな気分になるから楽しいよな。俺も初めて機兵を動かした時の興奮を思い出す。


 あの時は制御ミスってすっ転んで、教官にぶん殴られたっけ。いい思い出だ。


『スアルタウ。付近にタルタリカらしき反応はあるか?』


「あ――。い、いえっ、それっぽいのは、ぜんぜん、見えない……ですっ」


 副長からの通信に、スアルタウが慌てて答える。


 副長は「そうか。こっちでもタルタリカの反応は確認できない」と言ってきた。


『今日は気楽にしててくれ。慣れない機兵に乗って索敵するのはキツいだろ』


「び、びっくりしっぱなしですけど、楽しいですっ」


『ウブな反応してくれるじゃねえか。ダスト2、ダスト3、ダスト4、お前らも数年前はこういういかにも少年っぽい反応してただろ?』


『してねえっスよ』


「してました!」


『仰るとおりです』


 ダスト2は――レンズは不機嫌そうに否定したが、パイプも肯定してくれた。


「副長はどうだったんですか?」


『オレか? オレはもう忘れちまっ――』


「みんな止まってっ!」


 スアルタウが急に叫んだ。


 言われた通りに停止。全機が装備を構え、戦闘態勢に移行したが――。


「あ、あの、ごめんなさい……! 逃げてる子がいただけで……!」


『あぁん……? あぁ、ダスト4の足元か』


 レンズ機が、武器を下ろして先頭のパイプ機を見る。


 こっちも見ると、パイプ機の少し先でイノシシの群れが逃げ回っていた。


 機兵に驚き右往左往していたが、レンズが銃口向けて「さっさとどっか行け」と言うと、俺達から遠ざかる形で逃げていった。


『んだよ、猪かよ。そんなもんでわざわざ止めんな。タルタリカかと思った』


「ごっ、ごめんなさい……」


『まあまあ、ダスト2、落ち着いて。キミは足元の森にいた猪に気づけたの?』


『気づいても止まらず踏み潰してたよ』


『乱暴だなぁ。僕達が気づけなかったものに気づいたスアルタウ君を褒めるべきだと思うよ。巫術ってすごいねえ』


 パイプがスアルタウを褒めてくれた。


 レンズは舌打ちし、副長は笑っている。


『その調子だ、スアルタウ。見つけてほしいのはタルタリカなんだがな』


「ごめんなさい……」


『巫術の感知で、タルタリカとそれ以外を見分けることは出来ないのか?』


「それは、できないです……。タルタリカの魂の大きさ、その辺の動物とそこまで大きく変わらないから……」


 巫術を使えば遮蔽物越しでも魂は観える。


 虫の魂すら観えるそうだから、自然環境の中だとそこら中に魂が観えるらしい。


 ヴァイオレットが子供達から聞いた話によると、周りの大地いっぱいにたくさんの光を感じる状態になるらしい。それはそれで壮観だろうが――。


『何でもかんでも捉えちまうんじゃ、レーダーとしては役立たずだな』


「あぅ……」


「いるかいないか判別できるだけ凄えよ。偵察ドローンの熱源探知じゃ、タルタリカは捉えづらいんだ」


 ドローンや機兵の視界にも限界がある。


 スアルタウの感知能力にも限界があるが、両方を合わせて多角的に判断したら精度は高まっていくはずだ。


 レンズにそう説明したものの、「成果出してからいいやがれ」と冷たくあしらわれてしまった。コイツほんと口悪い! 相手子供なのにさぁ~……!


『スアルタウ君、ちょっといいかな?』


「は、はいっ」


 俺とレンズがギャーギャーと言い合い、副長に叱られていると、パイプがスアルタウに話しかけてきた。


『魂の位置は、常に最新のものが観えるんだよね?』


「はい」


『ということは、魂の動きだけでも多くの情報がわかるんじゃない? 動物にも動きの癖があったり、群れのリーダーが先頭を走る列を形成しているとか……』


「そ、そうです。そういうの、あります、です」


 スアルタウはオドオドしつつ、その手の「癖」について教えてくれた。


 普通の動物は、自然の異物に敏感。


 特に機兵のような巨体には直ぐ反応し、一目散に逃げていきがち。どんくさい奴が逃げ遅れている事もあるそうだがそういう傾向があるらしい。


 対して虫のような生き物はもっと反応が鈍い。


 機兵が起こす振動に反応するが、動物ほどさっさと逃げていかないらしい。


 地面の中にいる虫達は揺れに反応して慌てて地面に出てきたりするそうだが、動物ほどの距離は逃げられないらしい。


「小さい魂がギュッと同じ箇所にいるのは虫が多くて、木の枝の高さのとこに並んでいるのは鳥さんが多くて……おにいさんが言うように群れで一番えらい子が先頭を走って列を作ってること、あります」


『タルタリカの場合はどう?』


「タルタリカは横一列のこと、多いです。この辺の生き物で、そういう列作って地面走ってるの、そんな、いないから……」


『群れを作っているタルタリカは比較的見分けやすいんだね』


「です……。あと、タルタリカぐらい群れを作ってる生き物、陸地だと、あんまり……。いたとしても空を飛んでる鳥さんとかだったり、海の中にいる魚さんとかだったりで……見分けやすい、です」


『なるほど。よく観察してるんだねぇ』


「えへへ……」


『ある程度見分けつくんなら、最初からそう言えっつーの』


「レンズ!」


 パイプに褒められて照れ笑いしていたスアルタウだったが、レンズがまた不機嫌そうに口出ししてきたのでションボリしちまった。


 くそー……アルが喜んでくれてたのに、水を差しやがって。


 でも、パイプは結構よく見てくれてるなー。


 パイプにも巫術師の凄さは伝わったはずだ。


 上層部に巫術師の凄さを証明していくだけじゃなくて、星屑隊の皆にも証明していけばもっと仲良くなりやすいかもな……。


「話、へたくそでゴメンなさい……」


「気にすんなって、スアルタウ。レンズの暴言に一々耳を貸してたら病むぞ」


『率直な意見だよボケ』


「通信切ってやがれダスト2!」


「あと、えっと、ああいうのは見えない……です。踏むと、ボーンってなるやつ」


「んんっ……? ああ、地雷か?」


「ですです。魂、ないから……」


 まあ、ふつー兵器に魂は宿ってないからな。


 巫術で憑依してない限りは。


「ジライがこの辺あったら、気づけないかも、です。ごめんなさい……」


「ああ、大丈夫大丈夫。交国軍は地雷も使うが、ネウロンで使ってるのは流体装甲製の地雷だ。アレは1時間程度で消えるからこの辺にはねえよ」


 スアルタウの緊張をほぐすために少し話をしつつ、予定された巡回経路を回る。


 回っている間もスアルタウの巫術観測に活躍してもらう。タルタリカは見つからないが、他の動物の魂がどこにあるか当ててもらう。


 悪態ついてばかりだったレンズも、俺達では見つけられない魂の痕跡をバンバン当ててみせるスアルタウに対し、段々と無言を貫くようになっていった。


 舌を巻いているのか、あるいはもっと不機嫌になってるかはわからない。


 ただ、段々と静かになったのはレンズだけではなく――。


『さて、中間地点まで到達。あとは予定のポイントで隕鉄に拾ってもらえば終わりだが……スアルタウ、まだ行けそうか? 元気なくなってるみたいだが』


「あっ……! だいじょうぶ! ですっ」


『無理に声を張らなくていい』


 副長の指摘通り、スアルタウの元気もなくなってきている。


 機兵に乗る、という慣れない作業が負担になってるのかな。


 機兵って結構揺れるからなぁ……。これでもかなり丁寧に乗ってるつもりだが初乗り&自分が操縦してるわけじゃないなら疲れるもんだろう。


 副長は「休憩するか」と言った。


 スアルタウは「大丈夫です!」と言い張ったが、副長は「今回の偵察は休憩も込みで考えている。予定通りだ」と言ってくれた。


『ダスト3、外の空気を吸わせてやれ』


「了解。よし、スアルタウ、こっち来~い」


 操縦席全部の流体装甲を解き、外の光景を見せる。


 第一次殲滅作戦の爪痕が残るクレーターだらけの大地だが、それでもネウロンの大地は死んでいない。そこら中に原生林が残っている。


 火事で焼けた痛々しい森も見えるが、再生の兆しも見える。自然は強いな。


「わぁ……」


 俺の手を手すり代わりにしたスアルタウがその光景を見る。


 スアルタウの頭に生えている葉っぱみたいな毛――ネウロン人の植毛のような鮮やかな緑色の命がそこら中でまた芽吹き始めている。


「軍曹さん、こんな高いところから見ると、ボクら鳥になったみたいだね?」


「だな。なんなら機兵の手のひらに乗せて、もっと高くから見てみるか!?」


「そ、それはちょっと怖い、かも……」


 俺の腕をギュッと掴んでいるスアルタウが恥ずかしそうに笑う。


 下を見るとへっぴり腰でちょっと怖そうにしている。


 あと、なんか……ちょっと顔色悪いか?


「かなり疲れてるのか? 顔色悪く見えるが……」


「えと……だいじょうぶ、だと、思うんですけど……」


「ウンコでもガマンしてんのか?」


「そ、そうじゃなくて……えと、ちょっとだけ、ズキズキしてて……」


「ん……? 鎮痛剤、打ってもらったんだよな?」


 スアルタウがコクリと頷き、注射した場所を見せてくれた。


「こんな早く効果切れるもんなのか?」


「そんなこと無いはず……なんですけど……?」


「うーん……?」


 もっと早く顔色気にしておいてやるべきだったな。


 少し迷ったものの、副長に通信を繋いで知らせる。薬のことはよくわからんが、ひょっとしたら今日のスアルタウは体調不良なのかも? それで弱ってるとか?


「副長、予定より早く帰ることは――」


『無理だな。どっちにしろ、最短ルート通って船と合流するつもりだから』


「ですよねぇ……」


『帰り道は巫術観測はやらなくていい。じっとさせとけ』


 副長が優しい声色で言うと、スアルタウは表情を強張らせて「大丈夫です」と言い張った。だが、ここは甘えておけと言う。


 普段の俺達は巫術無しで戦っている。


 ドローンの偵察支援だけでもっと内陸部に行った事もある。大量のタルタリカに追われながら海まで逃げた事もある。今日ほど平和ならいつもより楽なぐらいだ。


 スアルタウがションボリしているのは心苦しいが、今日は十分働いてくれた。


「やっぱ巫術ってスゲーよ。俺達には見えないものが見えてんだからさぁ」


「…………」


 弱点さえなけりゃ、偵察だけでも十分な仕事ができそうだ。


 いっそのこと回転翼機に乗って空から索敵支援を……するのは危ないか。


 タルタリカは石や土砂を投げてくる。重装甲の機兵ならともかく、流体装甲すら装備していない回転翼機じゃ撃ち落とされる可能性もある。


 せめて、憑依可能距離が伸びればな……。


 そしたら色んなものを遠隔操縦できる。


 機体がやられても巫術師の魂は本体に戻る。死なずに情報を持ち帰れる。


 そのうえ、巫術観測で敵の位置も丸わかりになる。


 死を感じ取って頭が痛むって弱点も、頭が――術者の本体が離れたところにあれば、頭痛まで発展しないんじゃねえのか?


 ……いや、なに考えてんだ、俺。


 俺達がやりたいのはスアルタウ達を戦わせない事だ。


 戦わせる方向で考えてたら本末転倒だ。


『ダスト3、遅れてるぞ。何かあったのか?』


「あ。スンマセン」


 考え事をしていたら、殿を走っている副長に注意された。


 先行するパイプとレンズに追いつくため、集中して操作する。


 アレコレ考えるのは帰ってからで――。


「軍曹さんっ……!」


 スアルタウが呼びかけてくる。


 俺を蹴るのを忘れ、焦った声で呼びかけてくる。


「どうした?」


 立ち止まり呼びかける。


「あっ、ダメ! 止まっちゃダメ!」


 周辺を確認する。異常は何もない。タルタリカの群れは見えない。


「どっちに行けばいい?」


「そのまま真っすぐ!」


『スアルタウ、何か観えたのか?』


「魂! 魂がたくさん、こっちに来てますっ!」


 アルが指示してきた方向を警戒しつつ、いつでも戦えるように備える。


「…………?」


 だが、敵の姿は未だ見えない。


 ドローンの映像にも何も映らない。機兵各機とドローンから送っているデータを精査している戦闘指揮所からも「敵影無し」という報告が帰ってくる。


 スアルタウだけが取り乱している。




■title:フロシキ地方の戦場跡にて

■from:兄が大好きなスアルタウ


 モグラ・・・? 虫?


 違う。


 ぜったい違う。


 こんなたくさんいない!


 こんな、一気に――。




■title:フロシキ地方の戦場跡にて

■from:死にたがりのラート


「スアルタウ。お前には一体、何が観えて――」


「逃げてっ! はやくっ! 逃げてっ!!」


 取り乱す理由が、ようやくわかった。


 正面から・・・・大量のタルタリカが襲いかかってきた。



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