フワフワマンジュウネコ



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:兄が大好きなスアルタウ


「に、にいちゃ……!」


 にいちゃんが走っていく。怒って走っていく。


 にいちゃん1人でどこか行っちゃったらどうしよう。


 そう考えると怖くて、にいちゃんをがんばって追いかける。


 追いかけたけど――。


「あうっ?!」


 どんくさいボクはつまづいて転んじゃった。


 何とか床で顔を打たずに済んだけど、いたい……。


 にいちゃんにも追いつけなかった。


 にいちゃんなら、こんなカッコわるいことしない。ならない。


 にいちゃんに追いてかれるのが怖くて、いたくて、涙がポロポロ出てくる。何とか立ち上がろうとしていると――。


「アルっ!」


 にいちゃんが戻ってきてくれた。


「大丈夫かっ!? ほ、骨とか折れてないかっ?」


「に、にいちゃ……」


「も~……! お前、どんくさいんだから走んなっつーの……!」


「ご、ごめ……」


 にいちゃんはちょっと怒った顔しつつ、ボクを起こしてくれた。


 ホントは怒ってない。心配してくれてるだけ。にいちゃんはとってもやさしい。


 心配したくないからがんばって立って、「骨、だいじょうぶだよ」と言って軽くぴょんぴょんしてみせる。


 ぴょんぴょんした時に涙も「ぴょん」と飛んで、にいちゃんに笑われた。


「泣き虫め」


「うぅ……」


「……ヴィオラ姉と一緒にいりゃ良かったのに」


「ん……」


 そしたら転ばずに済んだ。にいちゃんに心配かけずに済んだ。


 でも、にいちゃんがこのまま海に飛び込んで、どこか遠くに行っちゃったらと思ったら怖くて……。そう言おうとしたけど上手く言えなかった。


 声がつまって言えなかった。


 だから代わりに、にいちゃんの服の裾を指でつまむ。


 遠くに行っちゃわないように。


「まったく。……まだちょっと足とか痛いだろ? 兄ちゃんがおんぶしてやる」


「ん……」


 笑って頭を撫でてくれたにいちゃんがしゃがみ、ボクを背負ってくれた。


「にいちゃん。ありがとう……」


「ん」」


 にいちゃんの背中、お父さんよりずっと小さい。


 でも、安心するし、あったかい。


 ボクが重いのか、「おっとと……」と言ってちょっとフラついたにいちゃんの背中にギュッとしがみつく。


「だ、大丈夫?」


「へーきへーき。よし、じゃあ行くか」


「どこに?」


「甲板。いま、部屋戻りたくねえ。いまヴィオラ姉と顔合わすの、気まずいし」


 最後の方の言葉は小声で、波の音にかき消されそうだった。


 にいちゃんの背に乗せてもらったまま、階段を登っていく。


 トン、トン、テン、と階段を踏みしめる音を聞きながら登っていく。


 船の上に――甲板に辿り着くと、にいちゃんはボクを下ろした。


 でも、ボクは暗くなった海が怖くてにいちゃんに引っ付いた。にいちゃんは「ビビってんのか」と言って苦笑してる。


「黒い海、こわい。見てたら、引きずり込まれそう」


「お……オレ様は別に怖くないぜっ!」


 にいちゃんがそう言った時、ゔおおおお、と不気味な声がした。


 2人で「ひゃっ!」ってビックリしながら抱きつき合う。海のバケモノがボクらを海に引きずり込むためにやってきたのかと思ったけど――。


「あ……これ、タルタリカの鳴き声じゃない……?」


「はっ? くそっ、驚かせやがって……」


 にいちゃんはムッとした顔した後――ボクの身体に抱きついたのが恥ずかしかったのか――そそくさと手を離した。


 ボクは離れたくなかったから、にいちゃんをギュッとする。


 にいちゃんは「甘えん坊め」と言ってまた笑い、甲板に座った。ボクもにいちゃんに抱きついたまま一緒に座ると、頭を撫でてくれた。


「なんもビビる必要ないぞ、アル」


「ん……」


「海からも、タルタリカからも……交国人からも、オレ様が守ってやるから」


「うんっ」


 にいちゃんは強い。


 ボクよりずっと強い。


 でも、多分……交国の方がずっと強い。


 ヴィオラ姉ちゃんが言ってる事は、間違ってないんだと思う。


 交国とケンカしても勝てない。にいちゃんでも、多分勝てない。


 交国は、きっと明星隊みたいな人達が数え切れないぐらいいる。いっぱいいて、いっぱいこわい。だからきっと勝てない。


「…………」


 勝てないだろうけど、でも……そのことにいちゃんに言うの、こわい。


 お前までオレを信じないのか――って言われて、嫌われるのがこわい。


「……にいちゃん」


「ん~?」


 にいちゃんの手に手を伸ばし、ぎゅっと握る。


「ボクら、ずっといっしょにいれるよね……?」


「ん」


「どこまでもどこまでも、ずっといっしょに行けるよね?」


「当たり前だろ」


 にいちゃんも、ボクの手をぎゅっと握ってくれた。


 にいちゃんの方が強く、ギュッと握ってくれた。


 夜の海は怖い。交国も怖い。けど、にいちゃんがいるなら大丈夫。


 あとは、あの子がいてくれたらもっと――。


「…………!」


「にいちゃん?」


「いま、聞こえなかったか?」


「…………?」


 ゆったりしてたにいちゃんが立ち上がり、辺りを見回している。


 たまにタルタリカの鳴き声が聞こえる。それ以上に「ざぱぁん、ざぱぁん」と海の音が聞こえる。あと、「みぃん、みぃん」って鳴き声が――。


「あ……!」


「アルにも聞こえたか!?」


 コクコクうなずき、一緒に探す。


 みぃん、みぃん、と鳴いてるあの子を探す。


 2人でがんばって探すと、船の後ろの方の空に・・あの子はいた。


 みぃん、みぃん、と鳴きながら、ボクらのとこにフワフワ飛んできた。


「マーリン! やっぱりマーリンだ!」


「おい! がんばれ! こっちだ! 追いついてこい!」


「みぃ~ん……!」


 お空に白くてフワフワした丸っこい「ネコ」が飛んでいる。


 丸っこくておデブの真っ白いネコが――風に流されそうになりながら――がんばってボクらのところに飛んできている。


 にいちゃんが船の一番後ろから手を伸ばし、飛んでくるマーリンをつかもうとしている。にいちゃんを支えて、にいちゃんが夜の海にさらわれないようにする。


 にいちゃんとマーリンががんばったおかげで、にいちゃんはマーリンを掴むことに成功した。マーリンがボクらのとこに帰ってきた!


「マーリン……! お前、どこ行ってたんだよ」


「港についてからずっといなくて……心配したんだよ?」


「みぃん」


 さっきまでがんばって飛んでたマーリンは、にいちゃんの腕の中で――悪びれた様子もなく――ゆっくりくつろいでいる。


 喉を「ゴロゴロ」と鳴らしてくつろいでいる。


「もう会えないのかと思った……」


「マーリンがフラッといなくなるのなんて、いつものことだろ」


「にいちゃんもいっぱい心配してた。船の中、うろうろ探してた……」


「……幻覚だ! お前が幻覚を見てただけだ!」


「え~……?」


 マーリンはボクらの友達。


 真っ白い毛並みの<フワフワマンジュウネコ>だ。


 スイカみたいな体型のおデブちゃんで、足も短い。歩くのはすごく大変そうな身体だけど……マーリンはお空をプカプカ浮けるから大丈夫。


 ボクらが交国軍に捕まって、収容所暮らししてた頃からの友達で……お父さんやお母さんに会えないさびしさを、ほっぺペロペロして慰めてくれてた良い子。


 雲みたいにフワフワ浮いてるから、風に流されてピュ~ンと飛ばされていっちゃうこともあるけど、気がついたら戻ってきてる。


 ボクら以外のこと苦手みたいで、人が来るとフラッとどこか行っちゃうこともある。でも、そのうち戻ってくる。


 でも今回は長かったなー……。星屑隊の船を一度下りた時からずっといなくなってたから、もう会えないのかと思って悲しかったんだけど……。


「また会えて良かった」


「だな。ほれ、アルが抱っこしとけ。どっか飛んでいかないように」


「うんっ」


 にいちゃんからマーリンを受け取る。


 おデブだからちょっとプニプニ。真っ白な毛はフワフワで気持ちいい。


 マーリンの抱き心地の良さを楽しんでいると、にいちゃんは頭の後ろで手を組み、「マジであの港に置き去りになってたのかなぁ」と言った。


「だとしたら、スゲー距離を飛んできたんだな。デブのくせに、意外とやるな」


「マーリンはデキる子だから、お月さままで飛んで帰ってくることができそう」


「え~? こいつデブだからムリだろ~」


 にいちゃんが笑いながらマーリンの喉を撫でると、マーリンはちょっと不服そうに「ぷしゅん」と鼻息を吐いた。そんで、にいちゃんの手を甘噛し始めた。


 ボクはどこへだって飛んでいけるんだぞー、と証明したいのか、ボクの腕の中から抜け出し、夜の空をプカプカし始める。


 風に流されてまたどこかに飛ばされていきそうだったので、慌てて尻尾を掴んで止める。マーリンは風でゆらゆら揺れつつ、のんきに毛づくろいをしてる。


「……マーリンはいいなぁ」


「そうかぁ? オレはこんなデブになりたくないぞ」


「でも、マーリンは飛べるよ?」


「そりゃ、フワフワマンジュウネコだからなぁ。飛ばなきゃただのブタネコだ」


「……ボクらもお空を飛べたら、ここから逃げられるのかなぁ」


 逃げちゃダメだけど、ちょっと逃げたい。


 そんな気持ちがふんわりと湧いてくる。


 もう諦めたつもりだったけど、マーリンを見ていると――。


「……大丈夫だ」


 にいちゃんが肩を抱いてくれた。


 重ねて「大丈夫」と言ってくれた。


「オレが何とかしてやる。オレがお前達を守ってやる」


「にいちゃん……」


「交国なんて、オレ様がブッたおしてやる」






【TIPS:フワフワマンジュウネコ】

■概要

 風船のような身体を持ち、空を浮遊する力を持っているネコ。風に逆らって飛ぶほどの力は無く、風に流され暮らしている。


 群れを作って生活しており、外敵が来ると寄り集まって自分達を大きく見せ、外敵を威嚇するが、あまり効果はない。蹴散らされて「にゃぁん」と鳴きながらあちこちに飛ばされていく。


 ペットとして人気があるが、臆病で捕まえるのが難しい生物なので触ることすら難しい。ペットにしても少し目を離すとどこかに飛ばされていきがち。飼い主に懐いていれば気が向いた時に帰ってくる。


 根の国やその他一部地域に住まうネコで、「月からやってきた」という言い伝えがある。多次元世界にはいくつもの「月」があるので、具体的にどの月かは不明。



■味と混沌

 食べると綿菓子のような味と言われているが、真偽は不明。


 フワフワマンジュウネコの身体は<混沌>で出来ており、彼らは命の危険を感じたり、気分で身体を混沌に戻す。そうして姿を消し、安全なところで肉体を再形成する。そのためフワフワマンジュウネコを殺すのは難しい。


 睡眠薬を盛って眠らせたところで混沌になってどこかへ行ってしまう。殺すのが難しいどころか、「殺せた」という正式な記録が存在しないため、「フワフワマンジュウネコを殺す」ということわざは「不可能」を表す。


 後の世の識者であるアンニア・カンピドリオ・シルヴィア氏は不思議な踊りを踊ってネコ達を混乱させ、その身体をベロベロと舐めたところ「綿あめみたいな味がする!」と発見。それを学会で発表し、大いに注目を集めた。


 同氏は混沌になって逃げたフワフワマンジュウネコをストローですすり、味見しようと試みたが、それは失敗に終わっている。



■食生活

 フワフワマンジュウネコは混沌を好んで食べるため、混沌が多く生まれる場所――知的生命体が多く暮らす場所によく現れる。つまり都市部でよく見かける。


 混沌は大量の死人が出る戦場でも大量に生まれるが、フワフワマンジュウネコは悲嘆や恐怖、怒りを含む混沌を好まないらしく、そういった場所では見かけない。


 喜の感情によって生まれる混沌は大好物らしく、祭りの場には大量のフワフワマンジュウネコが飛来する。その習性を利用し、フワフワマンジュウネコを呼ぶ祭りもある。



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