消えない敵意



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


 食後。ゆっくりと水を飲みながら待ってくれていたラート軍曹さんに「この後、お時間いただけませんか?」と声をかける。


 軍曹さんが快諾してくれたので、今日の整備のことや今後について話をしようとしたんだけど――。


「いてててて! 腹がいてえ!」


「フェルグス君……!?」


 お腹を押さえ、声を上げ始めたフェルグス君に駆け寄る。


 軍曹さんがフェルグス君を抱え、医務室に連れていこうとしたけど――フェルグス君は「触んな! 交国人!」と言ってその手を払い除けた。


 やむなく私が肩を貸して医務室に連れて行く。ロッカ君にグローニャちゃんを任せ、心配そうなアル君と一緒に医務室に向かう。


 満足な食事を用意できないどころか、腹痛まで起こさせてしまうなんて……ロイさんとマウさんに――フェルグス君とアル君のご両親に顔向けできない。


 せめて何とか治療しないと……! って焦っていたけど――。


「……あのクソオーク、ついてきてねえよな?」


「フェルグス君?」


 医務室に辿り着く前に、フェルグス君はケロッとした表情になった。


「えっ、もしかして仮病?」


「そうだよ。ヴィオラ姉もアルもこっち来い」


「ええ……なに……?」


 フェルグス君が何をしたいのかわからず、それでもついていく。


 完全に人気がなくなったところでフェルグス君は床に座り、私を咎めてきた。


「ヴィオラ姉、なんであの交国人とつるんでんだよ。ワケわかんねーんだけど」


「それは……」


「アイツらの所為で父ちゃん母ちゃんと会えないし、アイツらの所為で世界ネウロンはメチャクチャになったんだぞっ」


「それは確かに……そうなんだけど」


 私はフェルグス君達ほど、交国への怒りはない。


 平和だった頃のネウロンを知らないから、フェルグス君ほど怒れない。恐怖や疑問はあるし、フェルグス君達の扱いを見ていると怒りも湧くけど……。


「喧嘩しても何も解決しないよ……。交国が単なるチンピラで、頼りになる大人が助けてくれそうならまだ衝突できるけど……交国は巨大すぎる。歯向かっても踏み潰されるだけだよ……」


 交国のことも、よく知っているわけじゃない。


 けど、ネウロンと交国の国力を比べると、子供と大人ほどの差があるのがわかる。簡単に覆せる差じゃない。……勝てる相手じゃない。


 いや、そもそもネウロンにはもう、まともな国家が無い。


 死体ネウロンじゃ太刀打ちできない。


「アイツらにペコペコ頭を下げてたら、舐められるだけだ!」


「脅威じゃないと思ってもらえれば、それでもいいよ」


「ムチャ言われるだけだろ……。交国人は信用できない。信じちゃダメだ」


 フェルグス君が怒る理由もわかる。


 交国は酷い国。……本当に酷い国。


 ネウロンで魔物事件を起こしたのが本当にネウロン人だったとしても、それだけで全ての巫術師を「危険な存在」「犯罪者」と扱うのはどうかしてる。


 老若男女関係なく、戦場に投入するなんて……どうかしてる。


 そうしなきゃ勝てないって話でもないのに……。


「ラート軍曹さんは……ネウロン人や巫術師に対する偏見もなさそうだし……話が通じる人だと思うの。信じていいと思う」


 あの人の振る舞い全部が演技とは思えない。


 良い意味で不器用な人だと思う。


 今まで会ってきた交国の悪い人達は、最初から悪意をぶつけてきた。それ以外の人達は無関心だった。……交国人に対する良い思い出はない。


 でも、ラート軍曹さんは……他とちょっと違う。……と、思う。


 思うというより、「そう思いたい」だけなのかな……?


 でも多分、信じなきゃ始まらない。


「信じなきゃ仲良くなれない……って思いたい。私も」


「あいつらは全員クソだ。信じちゃダメだ。お前もそう思うよな? アル」


 フェルグス君がアル君の肩を抱き、呼びかける。


 アル君は困った様子でおどおどしている。フェルグス君はそれでアル君も同意してくれたと思ったのか、胸を張って言葉を続けた。


「交国人に媚びる必要なんてねえ。敵は全部オレ様がやっつけてやる……!」


「そ、そんな乱暴なこと言っちゃダメ……!」


 慌ててフェルグス君の口を抑える。


 こんな会話、交国の人に聞かれてたら弁解するのが難しい。


 フェルグス君を説得しようとしたけど、手を振りほどかれた。


「敵よりオレを信じてくれよ!」


「当然信じてるよ。信じてるけど、戦って解決する問題じゃないの」


「オレのこと信じてねえじゃねえかっ!」


 フェルグス君はムッとした表情を浮かべ、「オレはヴィオラ姉のこと信じてるのに」と言ってくれた。


「ヴィオラ姉がクスリを調整してくれたおかげで、前より楽になったんだ。この間は……クスリ飲んでない時に頭ズキズキしたのが響いたけど、クスリさえあればオレは誰にだって勝てるんだよ」


「あんなモノに頼っちゃダメ……! 鎮痛剤はあくまで最後の手段だよ……」


「大丈夫だって。アル達は弱いからヤバいかもだけど、オレ様なら平気だもん」


「平気じゃないって、何度も説明したでしょっ……!?」


 フェルグス君は鎮痛剤に耐性があるわけではない。


 アル君やグローニャちゃんに比べたら、死への耐性があるだけ。10歳にもなってない2人に比べたらって話に過ぎないから、過信できる強さじゃない。


「薬なんか使わないで済むよう、交国の人と……星屑隊と協力しなきゃダメなの。……星屑隊の人は、ラート軍曹さんは明星隊の人達とは違う」


 きっと協力できる。


 きっと協力してくれる。


 ……明星隊あのひとたちとは違う。

 

「何でオレに任せてくれねえんだよ……。オレより交国人を信じるのかっ?」


「そんなことない。でも、フェルグス君はまだ子供――」


「っ……! 子供扱いすんなっ!」


 フェルグス君に伸ばした手が払い除けられる。


 少し痛くてビックリする。私以上にギョッとしているフェルグス君がバツの悪そうな顔になり、「ごめ――」と言ったけど、直ぐに口をキュッと結んだ。


「……オレを信じてくれよ。あんなクソオークじゃなくて」


「信じてるよ。でも……暴力じゃ何も解決しないの」


 暴力を使うのは交国の方が遥かに上手。


 暴力は、より強い暴力で叩き潰されるのがオチ。


 交国に逆らっても勝てない。……真っ当な方法では勝てない。


「拳を突き出すんじゃなくて、手を取り合おう? そうしたくない気持ちはよくわかるけど……でも、勝てないケンカなんてしちゃダメ。冷静になって……」


「ケンカせず交国を受け入れた結果、ネウロンがどうなったのか……ヴィオラ姉だって、わかってるだろ!? 見てきただろっ?」


「う……」


 フェルグス君は肩を怒らせ、「ヴィオラ姉はぜったい、後悔する」と言ってきた。睨んできた。


 その目はちょっと涙目になっていた。


「オレに頼っておけば良かったって……ぜったい、後悔するからな!?」


「フェルグス君……!」


 フェルグス君は怒り、走り去っていった。


 私達の間でオロオロしていたアル君も、「にいちゃ、待って……!」と言ってフェルグス君を追いかけていってしまった。


 ちゃんと説得できなかった自分に対し、ため息をつく。


 私にもっと力があれば、フェルグス君も信じてくれたのかな……。


「…………」


 フェルグス君が怒る理由もわかる。


 交国は、私達の敵。


 ネウロンの日常を破壊した侵略者。


 許せない気持ちはわかる。……私だって、明星隊の人達の事は許せない。



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