明星隊と不和
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:死にたがりのラート
「巫術ってマジ凄えな。通信機みたいな小さなものにも憑依できるし、分解せずに診断できるってのはやっぱ凄えよ」
協力してくれた整備長に礼を言い、3人で格納庫を出る。
技術少尉はあーだこーだ言ってたが、有意義な時間だった。俺は巫術の凄さをさらに理解出来たし、巫術の力は整備長にも好評だった。
「この調子なら整備以外にも色々出来ることが見つかりそうだ」
「ですね。絶対、そうですよね」
ヴァイオレットもニッコリ笑ってくれてる。
スアルタウはまだヴァイオレットの背に隠れてるけど……格納庫で一緒に時間過ごすうちに、小さな声で俺の言葉に応えてくれるようになった。
巫術の力について理解深まったうえに、少し仲良くなれたみたいで良かった。
まあ、俺が「侵略者の一味」って認識はまだ覆ってないだろうし……一歩前進したぐらいかもな。それでも大きな一歩だと思うことにしよう。
「そういえば、巫術師ってネウロンじゃどういう仕事してたんだ?」
「え?」
「交国に売り込むために巫術の使い方を模索してるわけだが、そもそもネウロンで巫術師がどんな仕事してたかわかれば、その辺りも売り込みに役立つんじゃねーかと思ってよ」
「なるほど、確かに」
ヴァイオレットは頷いたが、なぜか頬に手を当てて困り顔を浮かべた。
巫術のこと色々知ってるし、頭の良い子なんだが……なぜかこの質問の答えには窮してるみたいだった。チラリとスアルタウに視線を送るのが見えた。
視線を送られたスアルタウは、ヴァイオレットの背に隠れながらボソボソと喋って質問に答えてくれた。
「えと……特別な仕事とかは、別に……。鉱山が崩れた時、埋まっちゃった人達の位置を探すのに巫術師が呼ばれたとか……そういう事はありますけど……」
「あぁ、確かに。救助の現場にも役立ちそうだな!」
救助対象が途中で死んで、その死を感じ取って苦しみそうなのは問題だが。
医者とかも向いてるのかな? 事故現場とかで巫術をトリアージに活かしたり……。いや、そっちも頭痛が酷くなりそうだな……。
「巫術に慣れてきたら……大人になってきたら、頭痛も少しは慣れてくるので……。大人になったら、ふつーの仕事する人も、多いですっ。ふ、巫術なくてもできるような、ふつーの仕事」
「まあ、何年も頭痛と付き合ってきたら慣れる事もあるのか……?」
「あとは、えっと……シオン教団に勤める人が、多いかも?」
「神職か。交国だとあんま馴染みねえなぁ……」
「ご、ごめんなさい」
「あ、いや、スアルタウが謝る必要なんてないんだぜ? 単に交国とネウロンだと宗教事情とか違うなー、って思っただけだからさ」
「ごめんなさ――」
きゅう、と音が鳴った。
音が鳴ったのはスアルタウの腹だった。腹の虫が鳴ったみたいだ。
自分でもビックリしたのか目を見開いていたスアルタウが、俺達の視線を受けて顔真っ赤にして「ごめんなさい」と言った。消え入りそうな声で。
大声で笑ってしまいそうなのをこらえる。
「腹減ったのか。そうだ、一緒に栄養補給行こうぜ」
「えいようほきゅー……?」
「…………? あっ、食事のことですか?」
「そうそう。食堂にさ、一緒に行かね? 他の子らも誘って」
栄養補給しながら会話するのは良い交流になる。パイプがそう言ってた。
前回は誘えなかったが、今度こそ――と思いながら誘ってみる。
ヴァイオレットは笑って「いいですね」と同意してくれた。スアルタウは顔を赤くしたまま硬直しているが、嫌がっているわけではなさそうだ。多分。
「直ぐにフェルグス君とロッカ君とグローニャちゃん呼んできますね」
「ああ、ゆっくりでいいぞ。俺は先に食堂行って席取っとくわ」
そう言ってヴァイオレットとスアルタウを見送るつもりだったが……歩き出したのはヴァイオレットだけだった。
スアルタウはヴァイオレットの背から離れ、俺の傍までトコトコ歩いてきた。
「あれ? アル君、一緒に行かないの?」
「ん……。軍曹さんと先に行ってる~……」
「そう? ラート軍曹さん、お手数おかけしますが――」
「おう、俺が責任持って食堂連れて行く!」
胸板叩いて請け負う。
内心、ちょっとビックリしてるが、これはチャンスだ。
スアルタウと仲良くなるチャンスだ。
2人でヴァイオレットを見送った後、「じゃあ食堂行くか」と呼びかける。スアルタウはコクコクと頷き、俺の後ろをトコトコ歩き始めた。
ヴァイオレットも小さいが、スアルタウも小さい。
庇護欲をくすぐられ、手を差し出す。スアルタウは一瞬小首を傾げたが、おずおずと小さな手で俺の手を握ってきた。
「行くか」
スアルタウがうなずくのを見届け、再び歩き出す。
ゆっくりと。スアルタウの歩幅に合わせて歩く。
急に巡ってきた仲良くなるチャンス。何を話したものか……と考えを巡らせていると、意外なことにスアルタウが言葉を投げかけてくれた。
「格納庫でのこと、ありがとうござい……ます」
「へ?」
「えと、あのっ……技術少尉さんから、庇ってくれて……」
「あぁ」
庇ったと言えるほどじゃねえよ、と返す。
本当にそうなので、感謝されると頬が熱くなるだけだ。
嬉しくないわけじゃないが……俺はまだ何にも出来てねえ。
「あの時どうにかなったのは、整備長とヴァイオレットがいてくれたおかげさ。俺は階級に弱い情けない男だから、技術少尉に頭ごなしに言われたらピーピー泣くしかできねえ」
「で、でも、軍曹さんいなかったらボクらが叩かれてたかもだし……。軍曹さん、ほっぺ叩かれた時、わざと避けなかったんじゃ……?」
「そりゃ買いかぶりすぎだ。俺が鈍臭いだけだよ」
あの場を何とかする解決策なんて思いつかなかった。
ブチギレてる技術少尉に逆らいすぎると、一層怒らせることになる。結果的にあの場は退いてくれたけど、あれで良かったのか怪しいもんだ。
「お前達を庇い、守ってるのはヴァイオレットだ。あいつはお前らが危ない目に合わないよう色々頑張ってるしさ」
スアルタウもそれはよくわかってるのか、コクコクと頷いている。
「ヴィオラ姉ちゃん、いつもボクらを守ってくれるんです」
「優しい子だよな」
「ちょっと頭はおかしいけど……」
「あ、ウン。やっぱちょっとおかしい扱いなんだな」
「自分をお姉ちゃんと言い張る異常者の時がありますけど……ボクらのことホントによく考えてくれてるから、実質お姉ちゃんでいいんだと思います」
「だな」
特行兵にされた子供達と一緒にいるために、交国軍人に喧嘩売るような子だからな。頭おかしいが、良い意味でおかしいと言っていいだろう。
いや、軍人を車でブイブイと追い回したのには引くけど……。
「……でも、ボクらのこと心配しすぎて、危ないことよくするから……そこはちょっと、心配、です……」
「うん……。そう、だろうなぁ」
「ヴィオラ姉ちゃんや、にいちゃんがいなかったら、前の部隊で――」
スアルタウが口に手を当て、黙る。
何か言いかけたが、ハッとした様子で口に手を当てている。
「前の部隊って、明星隊のことか? ニイヤドで一緒に行動してた……」
「えと、あのっ……」
立ち止まり、スアルタウの手を握ったまましゃがむ。
怖がらせないよう、努めて落ち着いた声色を出すようにする。
「まさか明星隊にイジメられたのか? あいつら、子供置いて逃げるとか交国軍人の風上にも置けねえと思っていたが……もっと酷い事してたのか?」
「…………」
「……悪い。嫌なこと聞いちまったか……?」
「にいちゃんが、ボコボコ殴られたりしてました……」
「フェルグスが?」
特別行動兵だからといって、暴力振るっていい道理はない。
そんなの正義の行いじゃない。
俺と同じ交国軍人がそんなことをしたのが信じられなくて、息が詰まる。だがスアルタウの苦しげな表情を見ると信じざるを得なかった。
「明星隊の人達とは、最初から……あんまりうまくいってなくて……」
「…………」
「最初は、軽くツンツンされたり、足を引っかけられたり……つばを吐きかけられたりとか、それぐらい、だったんですけど……」
「…………」
「でもどんどんひどくなっていって……グローニャは、家族にもらった木彫りの人形……海に捨てられたりして……」
「そいつは……すまん」
心苦しさと怒りが同時に込み上げてくる。
怒りをぶつける相手はいない。行方不明の機兵に乗って逃げた明星隊がまだいるかもしれないが、少なくともこの場にはいない。
いま、怒るべきじゃない。俺が怒りで顔を歪めたらスアルタウを怖がらせてしまう。明星隊の代わりに「本当にごめんな」と謝る。
「にいちゃんは海に飛び込んで人形を取り戻そうとしたけど、明星隊の人にジャマされて……。そんで、にいちゃんが明星隊の人に噛み付いたら大変なケンカになっちゃって……」
「それでフェルグスが……」
ボコボコにされたってことか。
流体甲冑を使っていたならともかく、生身の子供が交国軍人に勝てるとは思えない。フェルグスだってそれはわかるはずだ。でもあいつは抗った。
抗って、叩きのめされた。
交国がネウロンに来た事。魔物事件の事。自分達の境遇も納得いってないだろうに……交国軍人から直接殴られたとしたら、俺達のこと敵視するのは当たり前だ。
「本当にごめん。お前達に、ひでえことしてるな、俺達は」
「軍曹さんはなにもしてないよ……?」
「いや、同胞のやったことだ。俺も謝罪しないと」
謝るぐらいじゃ足りないだろう。
「お前達全員に謝らないとな。フェルグスにもグローニャにも――」
「こ、この話、ヒミツだから言わないで」
スアルタウがこっちの手をギュッと握り、止めてきた。
「にいちゃん、交国軍人さんこと皆きらいだし、グローニャも人形のこと思い出して泣いちゃうから……。ほ、ホントは言っちゃいけなかったんだけど、でも、あのっ……」
「わかった、言わない。……ホントにごめんな……」
やっぱり俺は何も出来ていない。
交国軍人に嫌なことされた記憶は、第8の子達全員のトラウマになっているだろう。そんな状態で俺達を信じるのはとても難しいはずだ。
親に頼ろうにも、親には会えねえ。
大人の技術少尉にも頼れねえ。ヴァイオレットは頼りになるが、ヴァイオレットだけで何でも解決できるとは思えない。
明星隊のアホ共め。
質の悪いクソ軍人だとは思ってたが、ここまでクソとは……。
しかし、明星隊とそこまで上手くいってなかったとは。
それってつまり、明星隊をやる動機は十分――。
いやいやいや……! こいつらは子供だぞ!? 明星隊に仕返しして、勢い余って殺したとは思えん! そんなことするはずがない!
百歩譲って動機あったとしても、証拠は何もない。第8を見捨てて逃げたのは明星隊だ。明星隊を殺したのはタルタリカだ。こいつらは単なる被害者だ。
「軍曹さん……?」
「あっ、そのっ……。ほ、星屑隊はどうだ? 星屑隊の中に、お前らにイジワルしてくるやつとかいないよな? いたら俺に教えてくれ。こらしめてやるから」
幸い、星屑隊には何かやってくる奴はいないらしい。
遠巻きに見られている程度で、明星隊よりは居心地がいいらしい。
「まあ、何かあったら俺に教えてくれ。絶対に守るから――」
「アルになにやってんだ! クソオーク!!」
「あっ、にいちゃ――」
全速力で走ってきたフェルグスが体当たりしてきた。
スアルタウの悲鳴を聞きつつ、フェルグスの身体を支えながら尻もちをつく。
「に、にいちゃん!?」
「くそっ、はなせっ! アルをいじめるならブッ殺してやるっ!」
「にいちゃんっ、やめて……!」
血相を変えたスアルタウがフェルグスに抱きつく。
フェルグスは弟を守るのに必死らしく、俺に敵意を向け続けてくる。
でも、その不信は当然のものだ。
フェルグスが怒る気持ちはわかる。俺も同じ立場に立たされて、憎い相手と弟が2人きりで話をしていたら冷静ではいられなくなるだろう。
どう弁解したらいいか迷っていると、ヴァイオレットもやってきた。事情を話すとヴァイオレットも血相を変えたが――。
「紛らわしいことしてた俺が悪いんだ」
スアルタウも弁護してくれたし、誤解は解けた。
フェルグスはまだ俺を睨みつつ、弟のスアルタウを背中に庇っているが……それでいい。ひとまず、この場の誤解を解ければ十分だ。
「つか、腹減ったろ? 食堂行こうぜ」
少しずつでも償っていくしかない。信じてもらうために。
それが俺のすべきことだ。
「まだ艦内には不慣れだろ? 俺案内するからついてきて――」
「お前の案内なんかいらねー! 行くぞ、アルっ!」
「あっ、にいちゃ……」
フェルグスはスアルタウを連れ、さっさと食堂に行っちまった。
ヴァイオレットに平謝りされつつ、苦笑いする。
先に行ったフェルグス達を歩いて追おうとすると――。
「あ、ロッカ君。そっちから行く?」
「ん」
ロッカはロッカで別の道を歩き始めていた。
「そっち、遠回りになるぞ?」
「うっせえ。好きにさせろ」
ぶっきらぼうにそう言ったロッカは、俺がついていこうとすると軽く睨んできた。ヴァイオレットがまた「すみませんすみません」と頭を下げてくる。
「俺の体臭が臭かったのかな……?」
「いや、その……そうじゃなくて……」
「ロッカちゃんは海きらいなんだよぉ」
「海が?」
ヴァイオレットの背に隠れていたグローニャが「ぴょこん」と顔を出し、そう教えてくれた。問い返すと「ひゃ~」と言ってまた隠れられた。
代わりにヴァイオレットが答えてくれた。
「ここまっすぐ行くと船端で……。ロッカ君、出来る限り海に近づきたくないみたいで。といっても、船の上なので避けようはないですけど」
「船酔いとか大丈夫なのか?」
「そういうのじゃ無いみたいなんですよねー……? 海というか、水場そのものが苦手っぽく見えるんですけど……」
ヴァイオレットも原因はよくわかっていないらしい。ロッカに聞いても「なんでもない」「なんでもねえって!」と返してくるようだ。
……まさか明星隊に何かされたんじゃ。
そんな疑問が湧いてきたものの、グローニャがいるので聞くのは控える。
いや、仮に明星隊絡みならヴァイオレットも知ってるか……?
第8との距離がほんの少しだけ縮まったが、まだまだわからんことだらけだ。
とにかく食堂に向かおう。
フェルグスが星屑隊の隊員とケンカしてたらマズい。
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
フェルグス君がまたラート軍曹さんと揉めてる時は血の気が引いた。ラート軍曹さんがおおらかな人で良かった……。
星屑隊の人達も、明星隊の人達とは違う。ラート軍曹さんみたいに接してくる人はいないけど、遠巻きに見られるだけなら平気。
このまま少しずつ良くなっていくといいけど……。
「ヴィオラ姉、パンちぎって寄越すのやめろ」
「まあまあ。フェルグス君達は食べ盛りなんだから」
「いらねえって。ヴィオラ姉が食べるもんがなくなるだろ」
「私はスープで十分」
「ヴィオラ姉、好き嫌いしたらメッ、だよぉ」
子供達にパンを分けようとしていると、フェルグス君に止められ、グローニャちゃんにはほっぺを「ぷぅ!」と膨らまされながら止められた。
ほっぺ膨らませつつ、トレーに置かれたビタミン剤をそっと私のトレーに置こうとしてきたけど、それは「好き嫌いしちゃダメだよ」と言って止める。
「やだやだぁ。おクスリ、きらいっ! ぷんっ!」
「これはただのビタミン剤だから大丈夫」
私達の食事は粗末なパンと具のないスープ。足りない栄養は薬で補う。
明星隊の時から3食これ。食料事情に関しては改善の兆し無し。むしろもっと悪くなっていきそうな気配すらある。
フェルグス君とロッカ君はまだ11歳。
スアルタウ君とグローニャちゃんなんてまだ10歳にもなってないのに……こんなものしか食べさせてあげれないなんて。
私達が特別行動兵だからって事情もあるけど、交国軍事体が食に力を入れていない。……軍曹さん達の方がもっとヒドいもの食べてるし……。
「どうした。足りねえのか? 俺のパン分けてやるぞ」
トレーに食事乗せてやってきたラート軍曹さんがやってきた。
「それってパン……なんですか?」
「それ以外の何に見える?」
「大きなゼリー、ですかね……」
軍曹さんが持ってきたのは赤黒いゼリーと水だった。
ゼリーは船が揺れるとふるふると震えている。
「半分正解だな。ゼリーパンだし」
「ゼリーパン……」
「グローニャ、それきらいっ! キモいし、味しないしっ」
グローニャちゃんが「むぅ」と顔を歪め、ゼリーパンに向けて手を振っている。「バイバイね! バイバイねっ!」と言いながら。
それを見たラート軍曹は苦笑しながらゼリーパンを「むんず」と掴み、「食べやすくていいんだけどなぁ」と言いながら食べ始めた。
噛むというより、吸うように食べた。ふかふかのパンではなく、ぶにぶにのゼリーパンだからゼリーをすするように食べている。
軍曹さんは一瞬でそれを食べてしまった。
「お前らもゼリーパン食べればいいのに。栄養満点だぞ? これ食ってるから
「い、いえ、大丈夫です……」
ラート軍曹さん達はおっきいから、栄養面では実際に十分なんだろう。
でも、あんなの子供達に食べさせるのは気が引ける。
「軍曹さん達はゼリーパン好きなんですか……?」
「好きだな! 水感覚で食べられるし。気分で硬さも変えれるしよ」
「でもそれ、味しないでしょ……」
「いやぁ、そもそも俺達って味覚ねえしな」
軍曹さんは事も無げにそう言った。
まさか味覚障害が――と考えていると、軍曹さんは「オークってそういう種族なんだよ」と教えてくれた。
そうだったっけ? 私の知るオークは……どうだったかな? 思い出せない。
「不便を感じたりしないんですか……?」
「味覚なんて最初から無いからなぁ。美味いって感覚がイマイチわからん。腹が減ってたまらない時に食べるゼリーパンとか、喉が乾いてたまらない時に飲む水の感覚に近いって聞くけど」
ラート軍曹さんは水を一口飲んだ後、「味わかんねーから毒とか盛られるとヤバそうだけどな!」と言って明るく笑った。
「嗅覚はちゃんとあるから、それで何とか感じ取るしかねえな。まあ逆に便利だと思わねえか? 栄養さえあれば何でも食えるんだからよ」
「それは、まあ、たしかに……」
交国軍にはオークが沢山所属していると聞いたことある。
実際、ネウロンにもオークの軍人さんをよく見かける。星屑隊も整備長と軍医さん以外は全員オークだし……明星隊もオークの軍人さんで構成されていた。
味覚ない人達がいるから、ゼリーパンなんていうおかしなものが普及しているのかもしれない。栄養さえあればいいなら食べやすいものがいいんだろうし……。
でも、正直、不気味に思う。
食事は単なる栄養補給。
効率だけ突き詰めていった兵器みたいで……。
「俺から見たら、お前らの方が不便じゃね? と思っちゃうな。味で一喜一憂しなきゃならねえとか、めんどくさくねえか?」
「う、うーん……。そういうものなんでしょうか……」
一理あるかもしれない。
けど、味で一喜一憂できるのは幸いなことだと思う。
食事は楽しいこと。……十分な食材さえあれば、楽しい。
第8巫術師実験部隊への配給品は――いま私達が食べているパンやスープ以外にも――色んな缶詰があるけど、それは技術少尉が独占している。
技術少尉に譲ってもらっている配給品が尽きたら、私達は軍曹さん達と同じものを食べないといけない。栄養は問題ないにしても、味のないゼリーパンしか食べられない食事はつらい時間になりそうだ。
「…………」
「ヴァイオレット? どうかしたか?」
「あー……いえ、なんでもないです」
ラート軍曹さんに「何とかできませんか?」と頼ろうとして、やめる。
何でもかんでも頼っていたら呆れられるよね……。
明星隊に同行していた時より希望が見えてきた気がするけど、全てを解決する日は遠そう。
軍曹さんが栄養剤らしきものをバリバリ食べているのを見つつ、現状に思いを巡らせているとまた暗い気持ちになってきた。
【TIPS:交国軍の食料事情】
■概要
交国軍の食事は「多次元世界指折りのマズさ」と言われている。
後に再現された交国軍の糧食を食べた識者のアンニア・カンピドリオ・シルヴィア氏は「マズいというか、虚無の味がする」と語っている。
交国軍ではゼリーパンを代表とする「栄養はあるが味のない食事」が広く普及し、それ以外も味気ないものが多い。
そのためゼリーパン等を食べさせられた捕虜達が「捕虜虐待だ!」と騒ぎ、国際的に問題になった事もある。
交国軍内部でも軍の食事のマズさはたびたび問題になっており、少しずつ改善しているが、あくまで「少しずつ」でしかない。
■オーク達には好評
交国軍の主力を担う多数のオーク達は味覚がないため、交国軍の食事に問題を感じていない者が多い。「直ぐ食べられるからいい」「くだらんテーブルマナーとかないから最高」と絶賛する者の方が多い。
特にゼリーパンは大人気。ゼリーパンは生成時に硬さも選べるため、水に近いドロドロの状態にして飲み物感覚で食べたり、木片程度の硬さにして食感を楽しむこともできる。水分を抜いた硬いゼリーパンは長期保存も可能となっている。
軍上層部も安価で保存期間が長いゼリーパンを絶賛している。味は大不評だが、人に食べさせる分には都合がいいと絶賛している。
■軍上層部を苦しめるゼリーパンの日
虚無の味がすることで評判のゼリーパンだが、前線にいない軍上層部の人間も週に1回はゼリーパンを食すことが義務付けられている。
これは<犬塚特佐>という軍人が玉帝に「後方でぬくぬくと暮らしている参謀達も前線のメシを食うべきだ」と提言して始まった習慣で、まともな味覚がある軍上層部の人間は毎週、<ゼリーパンの日>は揃って憂鬱そうな顔をしている。
マズい以前に味がしないゼリーパンを食べた軍上層部の者達は、「なんとかこの苦痛を軽減しよう」とあれこれと策を考えた。
最初、「ゼリーパンに味をつけよう!」という案が出たが、「味付け無しでコスト削減しているので不可」ということで玉帝に却下された。
次に「調味料で味をごまかそう!」という案が出た。これは軍上層部で流行り、軍上層部では作戦会議の代わりに「ゼリーパンに何をつければマシな味になるか」の議論が行われることもあった。
ゼリーパンの日の考案者である犬塚特佐は大いに憤慨し、上層部から調味料を取り上げるように玉帝に上告した。
手製の林檎ジャムをつけてゼリーパンを食べていた玉帝は難色を示したものの、犬塚特佐に玉帝含む軍上層部の横暴をリークすると脅され、仕方なく「ゼリーパンへの調味料使用禁止令」を出した。
この使用禁止令は直ぐには機能しなかった。
調味料禁止を不服に思った軍上層部の者達は、瓶に調味料を隠し持ち、「これは香水だ」と言い張ってゼリーパンに使用した。
業を煮やした犬塚特佐は特佐の捜査権限を使って軍上層部への強制捜査に踏み切り、172名の違反者を発見した。この違反者には頬をふくらませるほど林檎を食べた後、ゼリーパンを食するという口内調理を試みていた玉帝も含まれた。
犬塚特佐がこの捜査結果を公表した結果、ようやく軍上層部のゼリーパンへの調味料使用禁止令は守られるようになった。
■交国オーク食文化の変化
犬塚特佐が交国上層部の調味料使用を公表した事は、前線に変化を与えた。
ニュースに出てきた軍幹部が「これは調味料ではなく、香水」という苦しい言い訳をし、それを見たとあるオークが興味本位で柑橘系の香水をゼリーパンにかけたところ、「うまい気がする」と周囲に漏らした。
これによって前線のオーク達に「ゼリーパンに匂いをつける」という文化が広がっていった。味覚はないが、嗅覚があるゆえに変化していった。
現在の交国軍では食堂に味付け用の香水や調味料が常備されるようになり、交国軍の食事事情は若干改善された。
軍上層部にも調味料禁止令を解く話が何度も持ち上がっているが、犬塚特佐が強く反対しているため、禁止令は未だ解かれていない。
軍上層部のゼリーパンは、今日も虚無の味がする。
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