無駄な模索



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 子供達を守るために、巫術師の無実を晴らす。


 無実を晴らしたいが……俺達は「タルタリカ殲滅」「流体甲冑のデータ取り」という任務がある。それを放り出して無実の証拠探しなんて出来ない。


 任務放棄していたらネウロン旅団長の久常中佐にキレられるし、そうでなくとも軍事委員会の執行対象になっちまう。任務はこなさなきゃダメだ。


 任務をこなしつつ、合間にやるべきだろう。無実を晴らすための証拠集めは………どこで証拠見つかるかわかんねーから難しいけどな。


 でも、「戦闘以外で巫術師の有用性を証明する」のはいつでも出来る。


 任務の合間、暇な時間に色々試してみよう!


「つーわけで、今日は整備班に協力仰いでみよう!」


「よろしくお願いします」


「よ、よろしくおねがいします……?」


 お互いに用事済ませて廊下で待ち合わせていると、ヴァイオレットはスアルタウを連れてきてくれた。色々試すなら巫術師がいないとな。


「すまねえな、スアルタウ。遊ぶ時間削ってまで手伝ってもらって」


 隊長に教わった通り、子供の視点に合わせつつ話しかける。


 スアルタウは――恥ずかしがっているのか、怖がっているのか判別つきづらいが――ヴァイオレットの背に隠れ、消え入りそうな声で「いえ」と言ってきた。


 ヴァイオレットが苦笑しながらスアルタウの頭を撫でているのを見るに、人見知りしちゃってる可能性もある。そう思いたい。


「とりあえず格納庫行くか」


「お邪魔になりませんかね……?」


「整備長に許可取ってるから大丈夫だよ」


 午前中は駄目だって言われてたが、今の時間なら大丈夫。


 整備長は隊長とは別方向におっかない人だが、隊長や副長と同じで優しい人だ。巫術師に対する偏見もなさそうだし、大丈夫だろう。


 2人を伴って格納庫に向かうと、格納庫の外に整備長がいた。


 煙草を吸いながら携帯端末をイジっていた整備長は、俺達の接近に気づくと煙草を携帯灰皿に入れ、「来たね」と呟いた。


「初顔合わせじゃないが、改めて自己紹介しておこうかい」


 艷やかな金髪を持つ碧眼のエルフが、容姿に合わないしわがれた声を出す。


「あたしゃ、整備班長のブリトニー・スパナ曹長だ。星屑隊の機械全般をあやして、整備するのが仕事さね」


「そして星屑隊の紅一点! 見目麗しいエルフ様だ」


「300歳のババア相手に何が紅一点だい。見え透いた世辞はやめな」


 整備長がジト目で睨んでくる。


 睨んだ後、俺の頭を指さしつつ、「このバカの脳みそは専門外。救いようがない」と言った。ひどい。自覚あるけど。


「俺はウソ言ってませんよ? 実際、整備長はお美しいでしょ。髪の毛も眼もキラキラしてる。油で汚れたツナギ姿をやめて、おめかししたら男は放っておきませんよ。多分」


「多分じゃなくて、当たり前だよ。あたしゃこれでも王女様だからね」


「ははっ。確かに、星屑隊の王女様って言っても過言じゃないっスね~」


「で、アンタらは?」


「あっ、ヴァイオレット特別行動兵です! この子はスアルタウ君です」


 ヴァイオレットがスアルタウの背中に手を当てて紹介し、ペコペコと頭を下げる。整備長はそれを一瞥して格納庫へ入っていく。


「さっさとやろうか。巫術師のお手並み拝見だ」


「あれ? 整備長が立ち会ってくれるんスか? バレットは?」


 てっきり俺と仲良いバレットに立ち会わせると思ったんだが、整備長は「あたしもそのつもりだったんだがねぇ」と言いながら事情を教えてくれた。


「立ち会い命じたら、あのバカは『腹が痛いです』って言って逃げてね」


「ありゃま……。バレットがサボりとは珍しい」


 バレットは巫術師が――あるいはネウロン人が――苦手な様子だったし、仮病使って逃げたのか。整備長相手によくやるよ。


「まあいいさ。あたしも巫術には興味あるからね」


「整備長、スアルタウ以外の巫術師と面識は?」


「第8の他の子を遠目に見たぐらいだね。他は知らないよ。巫術以外の術式使いに会ったことは何度かあるが、巫術師ドルイドってやつはネウロンにしかいないからね。いや、広い多次元世界だから探せばいるかもだが――」


 整備長はそう言いつつ、格納庫の一角に歩いていく。


 そして、そこに鎮座していたドローンを軽く叩いてみせた。


偵察ドローンこいつでいいかい?」


「はい。ええっと、実験しつつ、巫術に関する説明もした方がいいですか?」


「そうしてもらえると助かるね」


 巫術に出来るのは、魂の感知。


 もう1つが憑依。


 スアルタウ達は背嚢ランドセル型の装置を背負い、それに流体の形成を補助してもらう。その流体に魂を移し、自分の身体の一部として操作する。


 憑依できるのは流体に限らない。


 人の手が加わったものなら大抵憑依可能らしい。


「憑依していい?」


「はい、どうぞ。ヴィオラお姉ちゃんがアル君の身体支えておくから」


「ん……」


 ヴァイオレットに身体を支えられたスアルタウがドローンに触れる。


 即座に憑依したのか、スアルタウの身体が力を失う。糸が切れた操り人形のように「だらん」と四肢を投げ出した。


 ヴァイオレットはスアルタウの身体を支えたまま待つ。それでもスアルタウの身体は動かないままだったが――。


「おっ? ドローンが稼働してる……」


「アル君が憑依して動かしてるんです。アル君、カメラも動かせそう?」


 ヴァイオレットはスアルタウの身体を寝かせつつ、そうお願いした。


 するとドローンのカメラが「ウィンウィン」と音を立て、ぐるりと稼働した。


 アルの手はドローンから離れているんだが、憑依は継続してる。


「身体がドローンに接触してなくても、憑依しっぱなしなんだな」


「巫術で遠隔操作できるなら、電波妨害とか恐れずに操作できそうだね」


「いえ、遠隔操作できるのは数メートル程度なんです。操作可能な距離は個人差ありますが、アル君だと10メートルぐらいですかね」


 ヴァイオレットの説明を聞いた整備長は「実戦だと役に立ちそうにないね」とこぼした。


 ドローンに搭乗すれば憑依で操作し続けられるが、索敵用のドローンは無人機だからなぁ。人なんか乗せて無理に飛んだら落っこちそうだ。


 それに、んなことやらせたらスアルタウが危険な目に遭う。巫術師に危ない橋を渡らせないって目標を達成できねえ。


「憑依したまま離れすぎると死ぬのかい?」


「いえ……。魂が肉体に戻るだけです」


「そうかい。それで、これ以外に出来ることは?」


「このドローン、どこか壊れているところはありませんか?」


 ヴァイオレットは「その箇所を当ててみせます」と言った。


「巫術師の子達は、憑依した物体の状態を自分の身体以上に把握できるんです。あ、どこが壊れているかは言わないでくださいね」


「壊れてるってほどじゃないが、そろそろ手入れしなきゃいけない箇所はある。それがどこかわかるかい?」


 整備長が腕組みしつつ、問いかけてくる。


 大丈夫なのか? スアルタウは整備の専門家じゃないし、子供だ。巫術が便利だとしても、専門的な話はわからないと思うが……。


 心配しながら見守っていると、スアルタウは自分の身体に戻ってきた。


 目をパチクリとさせながら起き上がり、ドローンに駆け寄る。そして、ドローンを指さしながら小声で語り始めた。


「脚のとこが、だいぶ疲れてるかも……」


「ローラーだね。確かにそろそろ交換しようとしてたとこだ」


「あと、この子の心臓……? のとこも調子悪くて……。心臓の傍のとこがちょっと調子悪いような……?」


「心臓……。ひょっとしてエンジンかい?」


 整備長はドローンの外装を手早く外し、内部を覗きこんだ。


 スアルタウにもよく見せ、違和感を感じたところを詳細に聞き取っていく。


 スアルタウの言葉は感覚的で、専門的なことはわかっていない様子だった。だが指摘は的確だったらしく、整備長は「ああ、確かにエンジン傍のヒンズがくたびれてるね」と言った。


「面白い力だね。確かに自分の身体以上に不良箇所を理解してる。そんじょそこらの整備士じゃ太刀打ちできない能力だ」


「ろくに解体せずに分析できるのはスゲーな。超能力みたいだ」


「実際、この子らが使えるのは超能力の類だろう」


「ああ、そういやそうか。便利だなぁ、巫術師」


 整備長と一緒に関心していると、ヴァイオレットが嬉しそうに微笑んだ。


 スアルタウを直接褒めると、恥ずかしそうにヴァイオレットの背中に隠れてしまった。でも、実際これは大したもんだよ!


「憑依した機器の診断能力は、絶対に整備に役立つ!」


「あとは具体的な知識を身に着けていけば、整備士として活躍できるだろうね。いや、現状でも助手としてやっていけそうだ」


「ですよね!? そうですよねっ!?」


 ヴァイオレットが嬉しそうに興奮している。


 役立つのは事実。お世辞でも何でもないからなぁ。


 専門家の整備長ですら認めてくれたんだ。巫術は整備に役立つ。機械なら何でも憑依で診断できるなら、軍部以外でも引く手数多だろう。


 他にも憑依で診断してみよう――という事で、整備長に他の機器を診る許可をもらった。大きなものから小さなものまでアルは何でも憑依してみせた。


「次、これに憑依したらいいですか……?」


「おう。あ、スアルタウ、ぶっ続けで憑依してるが疲れないのか?」


「ぜ、ぜんぜん大丈夫です。1日中憑依してても疲れたりはしません」


 問いかけると、スアルタウは恥ずかしそうに俯いてそう答えた。


 何言っても睨んでくる兄貴フェルグスとは真反対の性格してるなぁ。


「疲れるというか、痛いのは、誰か死んじゃった時で……」


「頭痛、結構キツいんだな」


「いまも、ちょっとチクチクしてます……?」


「えっ? 今も?」


 付近で戦闘が起きている報告はないが――。


「海の中で、お魚さんがたまに死んでるから……」


「あぁ、なるほど……。自然環境の中ならそうなるか。結構痛むのか?」


 スアルタウはふるふると頭を横に振り、「軽くツンツンされるぐらい……です」と言った。


 頭痛が酷くなるのは人間か、それと同程度の存在が死んだ時の話。海の魚が多少死ぬぐらいなら薬はいらないようだ。


 ヴァイオレットが「人里離れた場所なら、そこまでつらくないそうです」と補足してくれた。まあ、それでも不意に頭が痛むのはつらそうだな。


「整備長。ちょっと一服しましょうや」


「そうだね。あたしもヤニ休憩してくるよ」


「ぼ、ボクまだがんばれますっ! 憑依、ぜんぜん疲れないし……」


「いやぁ、実は俺の脳みそが疲れてんだ。整備長とヴァイオレットが難しい話してっから、バカの俺はついていくのがやっとでよぅ」


 とりあえず休めや、と勧める。


 食堂で水でも貰ってこよう――と思いつつ、格納庫から出ていこうとすると、「なに勝手なことやってるの!」と鋭い叫び声が聞こえてきた。


 女性の声だ。


 技術少尉がプリプリ怒りながらやってきた。ヴァイオレットとスアルタウの方へ突進していく勢いだったので、「やあ、どうも」と言いながら割って入る。


「どうしたんスか、技術少尉」


「しらばっくれるな! 第8はアタシの部隊よ!? アタシの手駒を軍曹のアンタ如きが勝手に使ってんじゃないわよ!」


「スンマセン。ウチの整備の仕事、手伝ってもらってて……。でもこれってウチの隊長の許可も貰ってますよ?」


「アタシは許可してない!!」


 技術少尉が俺を突き飛ばそうと張り手してきたが、胸板で跳ね返す。


 よろけた技術少尉が転ばないよう支えてやると、こっちの手を振りほどいて睨みつけてきた。抜き身の刃みたいにツンツンした人だなぁ……。


「技術少尉。アンタらもウチの船の乗員なんだ。星屑隊の雑用を手伝ってくれてもバチは当たんないよ」


 整備長は技術少尉の肩をポンポンと叩き、その眼前に煙草を差し出した。


「苛つくのはヤニが足りてない証拠さね。あたしのを分けてやろう」


「黙れニコチン中毒者! 息が臭い! 寄るなっ!」


 整備長の手が払い除けられ、煙草が宙を舞う。


 床に落ちないよう飛びついてキャッチすると、技術少尉はヴァイオレットのことをキッと睨み始めた。


「どうせまたアンタの仕業でしょ!? 助手! 何度言ったら分かるの!? 第8の実験計画はアタシが決めるのっ! 特行兵の分際で、アタシの完璧な計画を汚すな! アタシから成果を横取りするつもり!?」


「私は、巫術師が戦い以外でも役立てることを証明したいだけで……」


「だから憑依使って整備士の真似事? 無駄な努力ね」


 唾を飛ばしながらキレていた技術少尉だったが、「無駄な努力」という言葉は笑みを浮かべながら吐いた。


「無駄って、どういう事っスか? 巫術が整備に役立つのは確かですよ?」


「そういう実験は本部がとっくの昔にやってんのよ……! それを今更後追いしたところで無駄なのっ! アタシ達はここでしか出来ないことで成果を上げなきゃ駄目なのよ!」


「それが流体甲冑のデータ取りですか。でもそれこそ、技術少尉が言うところの本部がしっかりデータ取ってるんじゃないっスか?」


 平手打ちが飛んでくる。


 ばちんっ! といい音が鳴ったが、後先考えずに叩いたのか技術少尉がすっ転びそうになる。今度は腰に手を添えて支える。


 技術少尉は怒り顔で俺の手を払い除け、「上の指示だから仕方ないでしょ!!」と吠え、格納庫から出ていった。


「ら、ラート軍曹! 大丈夫ですか……!?」


「ぐ、軍曹さん……。いたくないの……?」


「へーきへーき。痛みとかねえから」


 心配そうに駆け寄ってきたヴァイオレットとスアルタウに「元気だぞ!」とアピールする。俺は大丈夫だ。向こうの方が手を痛めたんじゃないかね。


 整備長に煙草を返すと、「巫術の整備活用は既にやってるってのは事実なんだろうね」という言葉が返ってきた。


 その言葉に対して「技術少尉の言う本部って、軍上層部のことですかね?」と問いかけると、整備長の代わりにヴァイオレットが答えてくれた。


「技術少尉が言ったのは交国術式研究所の本部だと思います。第8は交国軍の監督下に置かれてますが、所属は一応術式研究所なので」


「その研究所だと、巫術の整備活用は『有用』ってみなされなかったのかな」


 ついそんなことを言ってしまった。


 ヴァイオレットの表情がこわばる。せっかく見つけた希望だったのに、俺が技術少尉に同調するようなこと言っちまったから――。


 わたわたしながら「いや、役立つに決まってる!」と取り繕っていると、整備長も「役に立つのは確かさ」と言ってくれた。


「憑依による診断は常人じゃ出来ない離れ業だ。軍上層部にしろ、その本部とやらにしろ、それがわからない節穴のはずがない」


 それでもネウロンで流体甲冑のデータを取っているのは、「それはそれで有用」という考えなんだろう――と整備長は言う。


「上は整備に限らず、色んな方法を試しているんだろうさ。ガキを特行兵として戦場に投入するのは非人道的だが、交国にとっちゃまだかわいいもの・・・・・・・・さね」


「まるでもっと酷いことやってるような事を……」


 整備長の物言いに引いてると、軽く笑われた。


「300年も生きてると、色々と目にするからね」


「ふぅむ……」


「まあ、これに懲りずに色々試してみな。流体装甲で整備の手間が少なくなっているとはいえ、星屑隊の整備は色々大変でね」


 手伝いならいつでも歓迎だよ、と言い、整備長がウインクする。


 子供達が格納庫にちょくちょく出入りすると、バレットは嫌がるかなぁ。まあ、そこはガマンしてもらうってことで。


 落ち込んだ様子だったヴァイオレットは「ありがとうございます」と言って頭を下げ、「色々と試してみます」と言葉を返した。


「巫術は、常人には無い力なんです。きっと……きっと何か道があるはずです。消耗品みたいに使われずに済む道が……」


「ああ、ヴァイオレットの言う通りだ」


 まだ模索し始めたばっかりなんだ。


 失敗しようと、また頑張ればいいだけの話だ。


「整備士としては垂涎の技術だけどね、巫術は。頭痛が酷いってのは気になるが憑依による診断は魅力的だ。人工物なら何でも憑依できるのかい?」


「大抵のものは憑依できると思います。ただ、カメラとかついていないと視界が確保できませんけど」


「じゃあ、この船も乗っ取れるんだね」


 一瞬、沈黙が流れた。


「船の操縦奪って、好き放題する事も可能ってわけだ」


「そ……そんなことしませんよ……!」


「そうですよ。こいつらはそんな悪さしません」


 弁護すると、副長は笑みを浮かべつつ、「技術的には可能な話だろう?」と言って火の点いていない煙草を咥えた。


「巫術師は船も機兵も乗っ取り、あたし達を皆殺しにすることもできる。交国の正規兵といえども機兵と生身でやりあうのはほぼ不可能だ」


「整備長、何が言いたいんですか……」


「単に技術の話をしているだけさ」


「可能だとしても、こいつらはそんなことやりませんよ」


「根拠は?」


「そりゃ無いですけど、俺はそう信じてますから」


 整備長の話にはギョッとした。


 そういう事も可能なのか、と思ってしまった。


 でも、それでも俺は子供達を信じてる。


「信じる根拠は?」


「それも無いっす! でも、信じなきゃ仲良くなれないですよ。仲間を疑ってギスギスするって、兵士としておかしいですもん」


 そう主張すると、整備長は両目を閉じて鼻で笑ってきた。


 隊長はこのオークガキの躾け、ちゃんと出来てないようだね――と呟いた後に目を開き、「ラート軍曹。お前の言いたいこともわかるよ」と言った。


「まあ好きにしな。あたしゃどうなろうと知ったこっちゃない。巫術でしばらく楽できりゃいいねぇ、としか思わないよ」


「信じてください、整備長さん……。私も子供達も星屑隊の人達に対して、悪意を抱いたりしませんから……」


「あたしに対して弁解する必要はないよ。あたしゃ別にどっちでもいいんだよ。星屑隊が壊滅して、あたしも死んじまっても……まあどうでもいい話さ」


 整備長は笑みを浮かべながらヴァイオレットとスアルタウを見て、「あたし以外の奴らはどうかわからんよ」と言った。


「あたしゃいつ死んでもいいが、他の奴らはどう考えるかわからない。ラート軍曹のようなお人好しばっかりじゃないからね。巫術に対する理解を深めたら、それはそれでアンタらを恐れるかもしれないよ」


「…………」


「ただ、1つ忠告しておこう。ネジは――星屑隊の隊長は、アンタらじゃ手に負えないよ。船乗っ取ろうが機兵を乗っ取ろうがね」


「……そんなことしないという根拠を示せばいいんですね?」


「提示できるのかい?」


「今は無理です……。でも、私も信じますから」


 ヴァイオレットは真剣な表情で胸に手を当て、整備長と俺を交互に見た後、「軍曹さんを見習って信じます。信じてもらえるように頑張ります」と言った。


 そう言ってもらえるとちょっとむず痒くなる。


 整備長はまるで副長のようにニヤニヤ笑い、俺の尻をベシベシ叩いてきた。


「一度揉めたって聞いてたが、なかなかどうして信頼されてるじゃないかい」


「いや、そんな! まだまだ全然ですよ。俺はまだ何も出来てないですから」


 俺だけの力で守りきれてないし、状況は何も変わってない。


 ヴァイオレットみたいに妙案も思いつかねえ。


 信頼してもらえるだけの事は、何もしてねえ。


「と、とりあえず、休憩したらもうちょっと整備の方向性を考えてみましょうよ! 先に試した人がいるとしても、俺達は俺達で試してみたら何かしらの気づきがあるかもしれねえからさ!」




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:整備長のスパナ


 青臭い軍曹が照れた様子で始めた休憩の後、再度整備の方向性を模索する。


 軍曹の言う通り、先人が試したことだろうと再度試すのは悪くない。新しい成果を得られずとも何かしらの気付きは得られるかもしれない。


 まあ、あたしとしちゃ、解体せずに的確な点検が出来るだけで便利だけどね。ちょくちょくやってくれると楽が出来ていい。


「さっきは悪かったね。試すようなこと言って」


「いえ……。整備長さんの仰ることは、もっともな事ですから……」


 ラート軍曹とガキが機器に触れてるのを見つつ、嬢ちゃんに謝っておく。


「……私達を信じられる証拠ではないかもですけど、この船を乗っ取ったところでどうにもならないってこと、私達はわかってるつもりです」


「まあ、方舟ならともかく、フツーの船舶乗っ取ったところでネウロンから脱出することは出来ないからねぇ」


「はい……。交国軍の追跡から逃れることも不可能だと思います」


 嬢ちゃんはその辺、わかっているんだろう。


 ただ、考えたことはあるんだろうね。


 特行兵って立場なら逃げたくなるのもわかる。……この子達も交国に振り回されている立場だろうから、嫌になるだろう。


「冷静に考えりゃそうなんだが、星屑隊ウチのバカ共の中にはその辺の理屈がわからず、アンタらを恐れる者も出てくるかもしれない。その時は隊長に頼りな」


「隊長さんに?」


「アイツは融通の効かない時もあるが、部下の躾けはそれなりに上手くやってる。星屑隊は脛に傷を持つバカが多いが、隊長はそいつらの手綱をちゃんと持ってる。隊長に頼れば暴走した部下にアレコレやられることはないよ」


 アイツは噂話や単なる懸念で部下が暴走するのは止める男だ。


 殺す時は殺す容赦のない奴だが、そこまで行かなきゃ大丈夫さ。


 まあ、ラート軍曹に好きにさせているから、殺してどうこうって段階ではないだろう。多分、アイツも第8の事を見極めようとしている。


 星屑隊のこと優先だろうけどね。


「そういえば、さっき巫術師の本体と憑依対象の距離が離れた時の話を聞いたじゃないか。離れ過ぎたら本体に戻るって話」


「はい?」


「巫術師本体の身体が死んだ場合は、どうなるんだい?」


 即座に身体に戻るのか。


 あるいは、ずっと機械に取り憑き続けるのか。


 単なる知的好奇心で聞くと、ヴァイオレットは少し表情を歪めた。


「それは……」


「言いたくないならいいよ。興味本位で聞いただけだから、重要な話じゃない」


「私も実際に見たわけではないのですが……通常、巫術師は本体の身体が死に至ると、魂も死に至るようです。身体が死んでも多少、猶予はあるようですが……」


「どっちにしろ死ぬのか。魂だけで永遠に生きるってわけじゃないんだねぇ」


「はい。……技術少尉がそんな実験データを見せてきただけなので、真実かどうかはわかりません。知りたくもありません」


「あの嬢ちゃんがやったのかい?」


「さすがにそこまでは。……本部のデータを見せてきただけだと思います」


 やることやってんだねぇ、上の奴らも。


 昔も今も大して変わらんね。


 変わらないからこそ、交国は多次元世界指折りの軍事国家になった。部品みんしゅうを取り替えながら戦い続ける機械巨人の如く、強権を振るい続けている。


 いつか我が身の重みに耐えかね、自壊する日も来るかもしれない。


 だが、少なくともそれは今ではないんだろうね。


「…………」


「ん……? 整備長さん、どうかなさいましたか? 私の顔に何か……?」


「いや、何でもないよ」


 交国が終わる日まで、この子達は生き残れるのかねぇ。


 あたしには関係のない話だが……。






【TIPS:術式と巫術】

■術式について

 数多の世界が存在する多次元世界には、様々な神秘が存在する。


 術式もその神秘の1つである。術式は「魔法」「魔術」「呪術」「妖術」「ブラックボックス」など様々な呼び方や種類が存在しており、科学的に解明出来ていないものも多い。



■流体装甲

 実のところ、流体装甲も広義の意味での<術式>である。


 必要な機器さえあれば誰でも使える術式として普及しているだけで、真に流体装甲を理解している者はほぼいない。


 開発者の■■の■神すら「よくワカンネーけど、なんか便利だからこれでヨシ!」といういい加減な発言を残している。



■交国の術式

 交国は多次元世界指折りの巨大軍事国家だが、流体装甲や神器以外に術式らしい術式は普及していない。


 機兵や方舟といった流体装甲装備兵器による物量だけで、数多くの術式使いをなぎ倒してきた。生半可な神秘など、黒鉄の物量の前では藁の家に過ぎない。



■巫術

 ネウロンで開発され、普及した術式。魂に関する事象干渉を得意とする。


 全てのネウロン人は巫術師として覚醒する可能性を秘めているが、大きな弱点を持っているため、皆が欲しがる祝福というわけではない。


 本来は弱点など存在せず、問題点も外部機器で解決した戦闘用術式だった。



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