ガキと子供



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 巫術師の無実を晴らす。


 あるいは巫術師の有用性を示し、大事にしてもらう。


 どっちも難しそうだが、あいつらを助けるためには何とかしないと。


 手早く栄養補給済ませた後、艦内の情報端末使って何か妙案がないかな……と考えていると、「よう」という声と共に肩を叩かれた。


「あっ、副長」


「何調べてんだ?」


「それは……」


「巫術師絡みの事だろ。……今日も第8のヴァイオレットって女とアレコレ密談してたみたいじゃねえか。内容を報告しろ」


 副長はいつものヘラヘラとした笑みを浮かべつつ、そう言ってきた。


 副長に言っていいんだろうか?


 いや、副長は隊長と同じで信頼できる人だ。副長も厳しいことは言うけど、腹を割って話せば協力してくれるはずだ。


 そう信じ、ヴァイオレットと話したことを包み隠さず報告した。副長は軽薄な笑みを消し、黙って報告を聞いてくれた。


「巫術師の無実を晴らすか、有用性を示すか……。前者は論外だが、後者の案は悪くないんじゃねえの? まだ多少、希望がある」


「あの、俺、あの子達を手伝ってもいいですよね?」


「駄目だ」


「ふ、副長……」


「ウソだよ。この調子で仲良くしてろ」


 副長はニヤリと笑い、俺の背を叩きながら「上手くやってるな」と言った。


「奴らと交流して情報を引き出す。当初の予定通りだ。一時はどうなることかと思ったが、この調子ならお前1人で片付きそうだな」


「俺1人じゃ無理です。あの子達を助けるには、副長達の協力も――」


「ラート。目的を見誤るな。オレ達の目的は『第8巫術師実験部隊の悪事』を暴くことだ。そうすることで星屑隊を守るんだ。悪事の内容は何でも――」


「俺達の目的は、ネウロン人を守り、タルタリカを倒すことでしょう?」


 交国軍人はそのために派遣された。


 第8の子達も守るべきネウロン人だ。


 巫術イドという特殊な力を持っていても、ネウロン人という事実は変わらない。戦場に駆り出されている可哀想な子供達って事実も変わらない。


 俺の言葉に対し、副長は笑った。


 笑っているが、いつもの軽薄な笑みじゃない。


 哀れみを含んだ複雑な笑みに見えた。


「特行兵に感情移入するのはやめとけ。ろくな結果にならんぞ」


「でも――」


「奴らは罪人だ。罪人だから特別行動兵として実戦投入されている」


「あの子達自身は無実ですよ。巫術師ってだけで――」


「アイツらは無実だけど、有罪無罪の真実なんてどうでもいいんだよ」


 副長は俺から少し視線を逸らしつつ、アイツらが無実だと言ってくれた。


「巫術師ってだけで罪人扱いなのが頭おかしいんだよ。法律で規制された銃火器を一般家庭が持っていたら、そりゃ罪人で間違いない。けど、巫術って術式は交国が来る前からネウロンにあったものだ。その時は何の罪もなかった」


「…………」


「だが交国が来て、魔物事件が起こってからネウロンのルールは強引に変えられた。上は巫術師という存在そのものが罪だと定義した。公正な視点で見れば巫術師に罪がなかろうと、交国上層部の決定が優先されるんだよ」


 副長は机を人差し指で「コンコン」と叩き、「ここはもう交国の領土だ。ネウロンの法は上書きされ、交国のルールが優先されるんだよ」と言った。


「まともな奴なら巫術師ってだけで罪人とは思わん。それを信じてるのは根拠のない噂に流されるバカ共だけだよ」


「だったら、あの子達の無実も証明でき――」


「馬鹿野郎。だから有罪無罪はもう関係ねえんだ。交国上層部の決定を真っ当なやり方で覆すのは不可能だ。……どうあっても罪人であるガキ共に肩入れしすぎるとお前の身も危うい。自重しろ」


「自重できません。俺は約束したんです。守るって」


「…………」


 無実の人が裁かれるなんておかしい。


 交国は正義の国家だ。人類の守護者なんだ。


 罪のない子供達を苦しめるなんて、正義の行いじゃない。


「子供が戦場に投入されること事体、おかしなことで――」


「ラート、お前、いま何歳だ?」


「は?」


「質問に答えろ。何歳だ」


「15歳ですけど、それが何か?」


「…………。お前もアイツらと大差ないんだよ。お前も戦場に投入された子供だ」


「なに言ってんスか。俺は大人ですよ?」


「交国の基準だったらな……」


「…………?」


 副長は何を言ってるんだ?


 ああ、年上の副長から見たら、俺も子供達も大差ない未熟な存在って言いたいのかな。まあ確かにしたたかにやってる副長からしたら、俺もガキかもだけど……。


「ともかく、自分の身を最優先に考えろ。お前はオレ達うえの指示を聞いてりゃいいんだ。お前が特行兵のガキ共について責任を負う必要はない……」


「嫌です。アイツら守りたいですっ!」


 副長相手なので正直に逆らう。


 だっておかしい! 子供達が苦しんでるのはおかしい!


 鼻息荒く訴えかけると、副長は俺の頭を叩いてきた。「バカ、アホ。危ない橋を渡るな」と言い、とても困った表情を浮かべながら平手で叩いてきた。


「お前なんて図体デカいだけのガキだ。でも、お前は交国の正規兵だ。無難にやってりゃいいんだよ。……下手したらお前も特行兵にされるぞ」


「アイツらを傍で守りやすくなりますね!」


「馬鹿野郎。……家族を守れなくなるぞ? 弟、いるんだろ」


「あっ……」


「特行兵は、正規兵と扱いが全然違う。実家への仕送りどころか……家族と会うことも難しくなる。最悪、もう二度と家に帰れなくなる」


「…………」


 俺が仕送りできなくなったら、母ちゃんは困るだろう。


 弟だって困る。


 でも、あの子達を見捨てるのはおかしい。


「上の人達に怒られないよう、上手くやればいいんですよね?」


「…………」


 副長は頭を押さえ、ため息をつき、再び「肩入れするな」と言ってきた。


「俺が軍人になったのは、弱い奴らを守るためです。その区別に交国人とか異世界人って人種の違いを持ち込みたくない」


「…………」


「俺達は正義の味方です! 正しいことやってれば、上の人達もわかってくれる。そうだ! 上の人達も何か勘違いしているだけで――」


「もういい。黙れ、クソガキ」


 鼻を摘まれ、怒られる。


 すっ転びそうになったが、何とか体勢を整える。


「言ってもわからねえなら、現実の壁にぶつかって来い」


「このまま、あの子達を手助けしていいって事ですよね?」


「いいけど……何があったか逐一、オレに報告しろよ。隊長の前に……」


「隊長の前に?」


 どういうことだろう。


 隊長も副長と同じで、信頼できる上官だと思うけど。


「隊長は、オレが会ってきた中で一番まともな軍人だ。人間としても信頼している。多分、オレが一番信頼できる人だ」


「だったら――」


「でも、あの人は交国軍人だ。クソ真面目な軍人で、家庭も……ある」


 だから先に副長オレに報告しろ。


 副長はそう言い、部屋を出ていった。


 もう少し話が聞きたいから呼び止めたものの、副長は「寝る。おやすみ」と言って自分の部屋へと帰っていった。


 副長は何が言いたかったんだ?


 子供達とか、俺とか、隊長について……。


 そんなことを考えて悶々としていると、調べ事する気分ではなくなったので切り上げる。また明日やればいいだろう。


 そう思いながら自室に向かっていると、囁くような声が聞こえてきた。


「我らの救世主、我らの―――」


 小さな声。子供の声。


「つぐないの旅を終えたタマシイたちが―――還り―――」


 波の音が邪魔で、よく聞き取れない。


「我らは彼らが踏み鳴らし――――道を――続ける事を誓い――」


 一区切りごとに別の子が喋っているらしい。


「我らは彼らの遺志を継ぎ、これからも旅を――――」


 フェルグス達の声だ。


 間違いない。


 何をしているんだろうと思い、声の方向へ――甲板へと進む。


「―――哀しみこそすれ、怒りに――――、平穏を――――誓います」


「われらは――を胸に、しょくざいを続け―――誓います」


「旅路の果てで、貴女様と再会できる事を信じています」


「旅路の果てで、先人達と再会できる事を信じています」


「「「「主よ、いつの日か、貴女様の愛で、汚れなき魂をお救いください――」」」」


 最後は全員で声を合わせていた。


 甲板にフェルグス達がいた。


 ヴァイオレットはいないが、スアルタウ、ロッカ、グローニャの姿はあった。


 子供達4人が陸地に向かって頭を垂れ、胸の前で手を組んでいる。


 波音はうるさいが、4人の周囲だけは静寂に包まれているような……厳かな空気が流れているように見えた。あれは、祈りを捧げているんだろうか……?


 集中しているようなので、声をかけるタイミングに迷っていると――フェルグスが「バッ!」とこちらに振り向いた。


 巫術の感知能力で俺に気づいたんだろうか? 最初、驚いて目を見開いていたが、直ぐに俺を睨み始めた。睨みつつ、小さなスアルタウとグローニャを背後に庇う形で立ち始めた。


「なんか用かよ。クソオーク」


「いや……お前らの声が聞こえてきたから、何してんのかと……」


「脱走なんてしねーよ!」


「疑って見に来たわけじゃねえよ。ただ――」


 誰が何をしているのか気になっただけ。


 そう言おうとしたが、俺が言葉を続けるより早く、フェルグスが「行こうぜ!」と言って皆を引き連れ、去っていった。逃げるように去っていった。


 本当に脱走しようとしていたわけじゃないんだろう。


 ボートの用意どころか、救命具すら身に着けていない子供達が飛び込むには危険な海だ。陸まで辿り着けたとしても、そこにはタルタリカがいる。


「シオン教ってやつの祈りかな……?」


 ネウロンではそんな名の宗教が流行っていたらしい。


 アイツらも信者なのかも。


 でも、何で祈ってたんだ?


 何に対して祈ってたんだ……?




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:肉嫌いのチェーン


「青臭いガキめ……」


 自室のベッドに寝転がり、ラートとの会話を思い出す。


 アイツは馬鹿だ。青臭い正義を振りかざし、交国の正義を信じている。


 だがいずれ気づくだろう。それがとっくの昔に錆びついていることを。


「ただ、アイツがガキ共を信じ、守ろうとしているのは正しいかもな」


 そこはラートを見習わないといけないかもしれない。


「巫術師はそれなりに使えそうだ・・・・・


 タルタリカ相手に使い潰すのは勿体ない能力を持っている。


 大きな弱点があるようだが、そこはクスリ漬けにすればいい。


 巫術師に対する評価はもうちょっと改める必要がありそうだ。ラートを見習って「仲良く」なっておけば、後々役に立つかもしれない。


「隊長は最初から見抜いていたのかねぇ……?」


 隊長はおそらく、巫術師に関してある程度の知識がある。


 どの程度かはわからないが、ガキ共を久常中佐に押し付けられても鬱陶しがっている様子はなかった。感情的になった隊長なんて想像し難いが――。






【TIPS:流体装甲】

■概要

 強靭にして柔軟な兵器技術。<混沌>というエネルギーを流体という物質に変換し、装甲や武器を瞬時に作成することができる。一種の3Dプリンタ。


 流体装甲は単なる装甲生成技術に留まらず、様々な用途で活躍している。



■質量保存法則無視

 流体装甲は混沌エネルギーの状態で保管されていると重量が存在しない。


 そのため「戦場に到達するまでは軽装甲にして機体重量削減」し、「戦場に到達すると重装甲に変化させる」という使い方ができる。


 これによって流体装甲装備兵器は重量削減と省スペース化に成功している。



■強化外骨格

 流体装甲は金属としての性質を持ちながらも、人間の筋肉のような機能を持たせることも可能となっている。


 これによって流体装甲を装備する機兵は流体装甲だけで、巨体を軽やかに動かす十分な運動性能を獲得している。機兵にとってフレームは骨であり、流体装甲が筋肉あるいは強化外骨格なのだ。


 この機能を十分に活用するため、機兵は生物を模したものが多い。最もメジャーなのは人型機兵である。



■修復能力

 流体装甲は戦場で破損しようと、破損箇所に流体装甲を継ぎ足すことで瞬時に修復が可能となっている。そのため流体装甲装備兵器はかなりしぶとい。


 このしぶとさは整備性向上にも一役買っている。


 流体装甲は混沌がある限り修復し続けるので、長期間の作戦行動にも耐えやすい。流体装甲ではない金属部分も流体装甲で補修し、ごまかしながら使う事が可能となっている。


 損耗の激しい箇所は最初から流体装甲で設計しておくのが好ましいが、流体装甲は水に溶けやすいため、防水性はよく考慮しなければならない。多少の雨なら修復し続けることで防水可能だが、水を使った兵器で弱点を突かれる事もある。



■武器・弾丸生成

 流体装甲は様々なものを作れるため、装甲に限らず、武器・弾丸も必要に応じて生成可能となっている。


 流体装甲に必要な混沌は大抵どこでも補給できるため、通常の兵器より補給を大幅に削減可能となっている。


 通常、流体装甲は念じれば何でも作れるものではない。


 制御・出力装置に生成物のデータを入力しておかなくてはならない。そのデータの作成は高度な技術が必要で現場で容易く出来ることではないが、交国などの強国は自国でデータを作成してアーカイブ化に成功している。



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