狂犬



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 新たなタルタリカの群れを捕捉した。


 日に数度タルタリカと戦うことは珍しいことじゃない。海岸沿いでの戦いなら実質、射撃訓練だ。数を減らせて万々歳と喜ぶべき事だろう。


 けど、今日はマズい。


 巫術師の子らが弱っているのに戦闘させるのはマズい。


「星屑隊は出撃しなくて結構! あの程度の群れ、特行兵だけで十分よ」


 さっきの戦闘でデータが取れず、不満たらたらだったらしい技術少尉は嬉々として子供達だけを出撃させようとしている。


 医務室のベッドから無理やり起こされた子供達は、まだ本調子じゃなさそうだ。


 今度は小規模の群れだが、それなりのサイズのタルタリカも混ざっている。1対1でも負ける可能性がある子供達に任せる相手じゃない。


「流体甲冑のデータ取りは上の指示よ。私は上層部の代行者。皆、私の指示に従いなさい!」


 技術少尉は格納庫で偉そうに胸を張り、「犠牲上等」と言いたげな笑みを浮かべている。「それは間違ってる」と意見すべく、進み出ようとしたが――。


「待て、ラート」


「止めないでください、副長……!」


「軍曹のお前が出る幕じゃない」


 俺の首根っこを掴んだ副長は、格納庫の入り口をアゴで指した。


 そこに隊長がいた。艦橋から下りてきた隊長は格納庫を見渡した後、技術少尉の方に向けてゆっくりと歩き出した。


 技術少尉は、子供達を背後に隠しているヴァイオレットに詰め寄り、何やら言っていたが、隊長に気づくと舌打ちをした。


「お前達は何をしている」


「見ての通りよ、星屑隊の隊長。アタシの部隊を出そうとしているだけ。アンタらは特等席で見物させてあげる。流体甲冑の凄さを――」


「機兵の出撃準備は?」


 隊長の声に、副長は「機兵対応班。いつでも出れます!」と答えた。


 機兵の整備をしていた整備長も「問題ないよ」と返している。


 いつも通りの対応。いつもは存在しない異物は――技術少尉は困惑顔で隊長の顔を見つつ、「どういうつもり?」と言った。


 隊長はいつも通りの無表情を浮かべつつ、「逆に問う。貴様の方がどういうつもりだ」と問い返した。


「アタシは第8の監督者として流体甲冑のデータを――」


「技術少尉。指揮権は私にある。客扱いの時間は終わっている。勝手をするな」


「ハァ……?」


 一層困惑する技術少尉の後ろで、ヴァイオレットが目をパチクリさせている。


 ……そういやそうだ。第8の指揮権も、今は隊長が握っているんだ。


 技術少尉が特別な尉官とはいえ、中尉である隊長の方が上官だ。


「……あのねぇ、指揮するのは確かにアンタかもしれないけど、第8を任されたのはアタシ! エンリカ・ヒュー――」


「久常中佐の決定に異を唱えるのか?」


「……あのね! 第8は交国術式研究所所属なのよ!? アンタ、交国人のくせに術式研究所も知らないの!? 玉帝お抱えの研究機関よ!? アンタ、交国の最高指導者に逆らうつもり!?」


「階級も指揮権も無視する事こそが、玉帝への反逆に当たる。交国軍の軍規を決定したのは玉帝だ。勝手をやりたいなら正規の指令書を持って来い」


 隊長はそう言った後、ヴァイオレット達に視線を向け、「医務室に戻れ」と言った。技術少尉は納得がいかないらしく、隊長相手に食ってかかっている。


「ハァ……。隊長も何だかんだで甘いなー」


 事の成り行きを見守っていた副長はそうぼやいた後、隊長と技術少尉の間に割って入った。そして技術少尉に「まあまあ、落ち着いて」と言った。


「技術少尉殿。隊長の言うことが正しいですよ。正規の指令書持ってきてください。オレ達も軍規破って軍事委員会に怒られたくないんですよ~」


「黙りなさい! 曹長風情が!!」


「そう仰らず。周り見てくださいよ」


 技術少尉が怒り顔で周囲を見回していたが、段々とその表情が強張っていく。


 周囲を落ち着いて見れば、誰が異物かハッキリわかる。


 出撃前の立て込んでいる状況で誰が一番鬱陶しく思われ、睨まれているか、技術少尉本人もさすがに理解できるらしい。


 味方がいない事を理解すると、舌打ちしながら格納庫から飛び出ていった。


 その姿を子供達はキョトンとした顔で見送っていたが、女の子が――グローニャが「今日は戦わなくていいのん?」と漏らした。


 隊長は子供に視線を向け、いつもと同じ硬い声色で「出撃は許可できない」と言った。


「我々は行動を共にするようになって日が浅い。連携らしい連携など出来る状態にない。貴様らは戦闘に参加したわけでもないのに弱っている。足手まといだ」


 隊長の口調が淡々としてるうえに「足手まとい」とか言っちゃうから、グローニャとスアルタウは涙目になっている。ツンツンしてるロッカもちょっとビビッてる。ヴァイオレットも固まっている。


 フェルグスは――。


「舐めてんじゃねえぞっ……!」


 隊長の胸ぐらを掴みに行った。


 が、隊長に顔面を掴まれて止められた。


 ヴァイオレットが悲鳴を上げる中、フェルグスは「クソオークが!」と叫び、隊長に喧嘩を売り始めた。


「お、おい。フェルグス……隊長相手に何やって……」


「フェルグス君っ!?」


「オレ様は戦える! 見下してんじゃねえっ!!」




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:狂犬・フェルグス


 バカにしやがって! バカにしやがって……!


 侵略者のくせにエラそうにして、オレ達のこと見下しやがって!


「隊長だかなんだか知らねえが、テメーなんか怖くねえぞっ! オレは……オレは戦えるっ! タルタリカは全部オレが倒してやるっ……!」


 ナメたこと言った隊長オークを殴ったり蹴ったりしたいのに、顔面掴まれてて届かねえ……! でも、こっちは痛くねえ。バカでかい手で顔面掴まれてもぜんぜん平気だ!


 オレ様は戦える。


 アルやヴィオラ姉は、オレが守るんだ。


 侵略者如きが、見下してんじゃねえ……!


「フェルグス特別行動兵。貴様は自分の立場がわかっているのか?」


「オレ様はお前らより強いっ! 侵略者なんかに負けねえっ!」


 ナメられたら終わりだ。


 明星隊の時みたいになる。


 ナメられないよう、強いとこを見せないと……!


 オレ達はやられっぱなしじゃないんだぞ、ってとこ、見せつけないと。


「…………。では出撃しろ。貴様の力を見せてみろ」




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


『結局、ガキのお守りか』


「レンズ。そう言わず助けてやってくれよ」


『ガキ守るように頼まれたのはテメーだろ』


「そうだけど……」


『あのガキ、オレらより強いんだろ? 好きにやらせとけ』


 フェルグスまで出撃する事になった。


 文句言っているレンズにも助力を頼んだが、拒否された。


 血気盛んなフェルグスを俺だけで援護しきれるかなぁ……。


「フェルグス? 聞こえるか? 機兵対応班・ダスト3のラートだ。まずは俺の機兵の肩で待機しててくれ。俺達が敵の数を減らすから、それから――」


『オレ様に命令すんじゃねえ! クソオーク! テメーは黙ってオレを運べばいいんだよ! オレの方が強いってとこ見せてやる!』


「…………」


 扱いが難しすぎて天を仰ぐ。


 笑いをこらえていた副長が「レンズとガキの言う通りだ。好きにやらせとけ」なんて言ってきた。


『死んだら自己責任でいいだろ。お手並み拝見だ』


『特行兵とはいえ、あの子は責任取れる歳じゃないでしょう。副長』


 パイプは心配してくれているらしく、そう言ってくれた。


 副長は「だが本人が――」と言って考えを変えない様子だ。


 フェルグスに聞こえないよう注意しつつ、通信する。


「副長、提案があります。俺を最後尾で発艦させてください」


 フェルグスは俺の機兵が運ぶ。


 流体甲冑は機兵ほど水への耐性がないから、あまり泳げない。タルタリカよりマシな水耐性のようだが、誰かが運ぶ必要がある。


 その役目は俺が担う。


「俺が少し遅れて行くので、その間に一斉射撃で出来るだけ敵を削ってください。ドローンで敵を誘導して固めれば、一気に数を減らせるはずです」


『ガキが楽に勝てるようお膳立てしてやるってか。で、お前も楽する、と』


「当直でも掃除でも何でも代わりますから! 頼みますよ……!」


『しゃあねえ。今回は無料サービスでそうしてやるよ』


 副長は少し笑って満足したのか、「まあ、ダスト3の案で行くか」と言ってくれた。隊長達にも話を通してくれた。


『さあ、出るか。総員、流体装甲展開』


 副長の合図に従い、機兵の流体装甲を十分に展開する。


 機兵のモニターでフェルグスの様子を確認すると、フェルグスも流体甲冑を纏い始めるところだった。


 機兵の流体装甲と同じ黒い粘質の液体が、フェルグスの身体を包んでいく。


 そして3メートルほどの大狼の姿に変化し、軽々と跳躍して俺の機兵に飛び乗ってきた。乗ってきて、「おらっ! さっさと出ろ!」と俺を輸送車代わりに利用してきた。


 流体甲冑が流体装甲の近似技術なら、流体が駆動をアシストしているんだろう。流体は鎧であり、筋肉としても機能する。


 フレームらしいフレーム無しであの身体を支えつつ、ああも軽々と動けるのは大した技術だが……。いや、巫術の力あってこそなのか?


「フェルグス。お前、どうやって流体甲冑を制御してるんだ?」


『あぁん? 巫術に決まってんだろ。流体甲冑に憑依して操ってんだよ』


 憑依。それが魂感知とは別の巫術師の異能。


 なるほど、フレーム無しでも流体制御できるのは巫術ありきの話か……。


 俺達には真似できないやり方だ。


 ただ、巫術師は「死を感知すると酷い頭痛がする」という弱点がある。兵士としてはかなり致命的な弱点だ。鎮痛剤で誤魔化せるとはいえ、薬に頼りすぎると危ういならどっちにしろ兵士に向いてねえ。


『ダスト1、出るぞ』


『ダスト2、出撃』


『ダスト4、出ます』


『おい! クソオーク! 他の奴らもう出たぞ!? お前も急げ!』


「了解了解」


 フェルグスは止めても無駄だし、隊長も止めてくれなかった。


 まずは副長達に敵を可能な限り減らしてもらって、フェルグスが安全に戦える状況を作らないと……。


『ダスト3、出ます!』


 フェルグスを連れ、格納庫を飛び出す。


 流体装甲は防水に必要な最低限に留め、機兵の軽量化を図る。


 水上移動用のホバーで海上を滑っていく。先行する副長達は浅瀬に辿り着くと砲撃兵装を形成し、一斉射撃を開始した。


 海岸沿いに次々と砲撃が着弾し、タルタリカが肉片と化して吹っ飛び始める。


 流体甲冑は砲身だけではなく砲弾も生成できる。砲身内に直接砲弾を生成するため、再装填が速い。砲撃がタルタリカを蹴散らしていく。


 敵が肉薄してこないため、鈍重な砲撃装備でも遠慮なく撃てる。銃撃より無駄が多いため混沌エネルギー消費も相応に上がるが――。


『おい! クソオーク! お前だけ出遅れてるじゃねえか!』


「装甲を軽量化してもお前が重くてさ……。いつもより速度出ねえんだよ」


 言い訳しつつ、砂浜の様子をよく見る。


 タルタリカの鳴き声は聞こえるが、砲撃によって巻き起こった砂煙で姿がよく見えない。肉片がボトボトと海に落ちてきているが、まだ敵はいるはずだ。


「フェルグス。お前、頭痛は大丈夫か?」


『クスリ打ったから平気だっつーの! それよりさっさと進め!!』


「砂煙で視界が悪い。状況を見定めてから――」


『オレ様の出番がなくなったらどうすんだよ!』


 別にそれはそれでいいんだよ。危ない目に合わせずに済むから。


 そう思いつつ砂浜の様子を見ていると、不意に機兵が揺れた。


「あっ! 馬鹿野郎……!」


 辛抱できなかったフェルグスが機兵の肩を蹴り、飛び出していた。


 蹴られた衝撃で崩れた体勢を何とか立て直し、フェルグスを見る。


 フェルグスは海に溺れて流体甲冑が解除されるかと思ったが――上手く水深の浅い場所にたどり着き、陸地に向かって爆走している。


 流体甲冑が水を含み、溶け始めているようだが、無理やり再生させて押し切っている。マズい、このままじゃ陸地に辿り着かれる。


「待て! フェルグス!」


 そう言って待つ奴じゃない。


 思わず舌打ちしつつ、全速力でフェルグスの後を追った。




■title:フロシキ地方の海岸にて

■from:狙撃手のレンズ


『フェルグスが先走りました! 俺も一緒に陸地に上がります!』


 ダスト3ラートがしくじったらしい。


 ガキは陸地まで突っ走り始めている。砂煙で視界が悪くなっている状況で近接戦闘挑むとか、タルタリカ有利に動くバカめ。


『ダスト4、オレ達も切り込むぞ。ダスト2、援護頼む』


『了解』


「了解……」


 砲撃装備を解除しつつ、レーダーのダスト3とガキをよくマーキングしておく。


 使い慣れた狙撃銃を生成し、風上に移動して備える。


「ガキのお守り確定……」




■title:フロシキ地方の海岸にて

■from:死にたがりのラート


刀身形成ブレードロード


 流体装甲で斧を形成し、構える。


 砂煙の視界不良の中で射撃するとフェルグスが危うい。


 砂浜に到達した瞬間、襲いかかってきたタルタリカの生き残りを踏み潰す。飛びかかってきた奴を斧では切り殺す。


「フェルグス! どこだ!?」


 砂煙の中で動く影は見える。


 だが、タルタリカかフェルグスの操る流体甲冑か判別しづらい。


「くっそ……! おい! こっちだバケモノ共!!」


 外部スピーカーでタルタリカに向け、吠える。


 タルタリカにこっちの存在をアピールする。


 無茶に攻撃してフェルグスに危害加えるより、どっしり構えて囮になろう。


 タルタリカもこの砂煙には参っているのか、こっちに向かって複数の影が突進してくる。フレームをやられないよう気をつけて受けつつ、相手確認しつつ潰していくしかねえ。


 そう思って迎撃体勢を整えると、迫っていた影の1つが別の影に食いついた。


 こっちに向かってくる影が背後から迫る影に1体ずつ潰されていく。


 タルタリカはよっぽどの事がない限り同士討ちしない。フェルグスの仕業だ。


「あの野郎……!」


 俺を囮にしつつ、したたかにタルタリカを潰していってる。


 思わずキレたが、頭の片隅では舌を巻いている自分がいた。アイツ、猪突猛進なようで案外冷静に動いている。


「巫術で位置把握してんのか……!?」


 砂煙で視界不良だろうと、巫術で魂の位置を感知している。


 流体装甲で受けたタルタリカを潰そうとしていると、鋭い動きで距離を詰めてきた大狼が――フェルグスがタルタリカの頭を食いちぎった。


『囮、ゴクローさん!』


「へっ……! どういたしまして! そろそろ俺の後ろに隠れてろ!」


『ふざけんな! 横取りは許さねえぞ!?』


 砂煙が晴れてきた。視界が開けていく。


 黒い肉片が散乱し、どす黒く汚れた砂浜にはまだタルタリカの生き残りがいた。


 大半の仲間が溶けて消えつつある中、闘志たっぷりの咆哮を上げている。普通の獣なら恐れ逃げてもおかしくないのに、化け羊共はまだやる気だ。


『テメーはそこで見てろ!』


 大狼フェルグスが駆ける。


 一箇所に固まっている4体のタルタリカに向け、駆けていく。


 俺じゃ追いつけない。速い。


 最高速度なら勝てるが、初速は大狼の方が速い。俺がフェルグスに追いつく頃には化け羊共との近接戦闘に入っているだろう。


「――――」


 横に飛び――フェルグスを射線から外したうえで――タルタリカに向けて機銃を撃つ。当たりどころがよくなければ仕留めきれんが、援護には十分。


 大狼が化け羊に突っ込み、右前足の爪を振り下ろす。


 それで先頭のタルタリカは半身をゴッソリ持っていかれ、溶けていった。


 その1体に攻撃した隙に、他3体が大狼に攻撃を仕掛けたが――。


『遅えッ!』


 叫んだ大狼から、3本のが生えた。


 流体を槍の形にし、タルタリカ共を串刺しにした。


「フェルグス! お前、いま何した?」


『流体甲冑で刺しただけだよバーカ!』


 そう言い、フェルグスは次の獲物に向かっていったが――次はなかった。


 化け羊の生き残り達はレンズの狙撃で頭部や胴体に風穴を開けられ、倒れていた。副長とパイプの機兵が放つ銃撃でしっかりトドメを刺されていった。


 獲物を取られたフェルグスが不満げに「クソオーク共!」と叫ぶ中、先程の光景を思い出す。大狼から流体の槍が生えた光景を。


 似たような事は機兵でもできる。


 機兵の流体装甲も槍の形成ぐらい可能だ。


 可能だが……形成した瞬間に3体同時にやるのは難しいはずだ。流体装甲の武器形成は自由自在に見えて、実際はそうじゃない。


 形成できる場所は決まっているのに、フェルグスは形成と同時に攻撃した。


 アイツ、どうやって……。


『戦闘終了。さあ、帰るぞガキ』


『くそっ、くっそ……! オレ様1人で倒せたのに……!』


『言ってろ。だが、想像よりやるねぇ』


 副長はいつもの調子で笑いつつ、フェルグスを褒めている。


 褒められるだけの活躍をしたよ。機兵乗りでもないのに大したもんだ。


「さあフェルグス、帰ろう。俺の機兵に捕まれ」


『はぁ……。クソ……。舐めてんじゃねえぞ、クソオーク共……』


「舐めてない。お前は立派な戦士だよ」


 そう言い、フェルグスが機兵に乗りやすいように機兵をしゃがませた。


 その時、傍に転がったタルタリカの残骸が視界に入った。


 もう死んでいる。流体の身体が溶け、消え始めている。


 ただ、コアは溶けずにいる。


 いずれ腐るだろうが――。


「…………」


 フェルグスがそれを見ないよう、砂を被せて隠す。


 見ない方がいい。


 見ると気分が悪くなる。


 だって、それには手足が・・・生えているから――。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 フェルグスを船に連れ帰ると、直ぐに医務室へ運ぶ事になった。


 元々調子が悪かったのに無理をしていたようだ。「自分で歩ける」と強がりを言っていたが、担架に乗せると直ぐに疲れた様子で眠り始めた。


「凄かったですね、彼。アレが流体甲冑か」


 医務室までフェルグスを運んだ後、後からついてきたパイプが関心した様子でそう言った。その後ろから来たレンズは「へっ。あの程度の動きなら、銃で簡単に捉えられるよ」と言っている。


「機兵の方が強えよ。あんな犬ころじゃ機兵には勝てねえ」


「オレもそう思うが、歩兵なら楽に蹴散らしそうだな。アレは」


 レンズは否定的な様子だったが、副長は認めてくれた。


「車両並みの速さで立体的に動き、歩兵用の火器じゃ仕留められないケダモノは侮れんぞ。機兵が入っていけない場所に投入するのに丁度いい」


「あいつら、目も良いですよ。巫術使えば魂の位置がわかるから……」


 砂煙による視界不良の中でも問題なく動いていた姿と、ヴァイオレットから聞いた話を思い出しながら解説する。


「つまり、市街戦なら屋内や地下に隠れている敵の位置も把握できるんです」


「巫術ってのは便利だなぁ」


「便利すぎて、死を感知すると頭がクッソ痛くなるみたいですけどね。鎮痛剤を使えば痛みを抑えられるみたいですが、乱用は危険みたいです」


 だから出来る限り戦闘は星屑隊で受け持って、カバーしてやってほしい。


 副長とレンズとパイプにそう求める。パイプは快諾してくれたが――。


「知らねえよ。何でオレらがガキのお守りしなきゃならねえんだ」


「レンズ……」


「さっきの戦闘だって浅瀬から射撃続けてりゃ、効率的かつ安全に倒せた。それをあのガキの所為で危ない橋を渡されたんだぞ」


 レンズは不機嫌そうに顔を歪め、「軍組織に足並み乱すバカをいれんな」と言って去っていった。


 言わんとすることもわかるが……。


 前途多難だと思っていると、医務室からヴァイオレットが出てきた。


 フェルグスはひとまず問題ないらしい。


 星屑隊ウチの軍医であるキャスター先生がそう言ってくれたらしい。


「皆さん、すみませんでした……」


 ヴァイオレットはフェルグスの独断専行について謝ってきたが、「気にしないでくれ」と返す。副長は「ちゃんと躾けてくれ」とツレないこと言うので、軽く肘でつついておく。


「悪い。ヴァイオレット。助けるって言ったのに止めれなくて」


「いえ、飛び出していったのはフェルグス君ですし……。皆さん、本当にすみません。星屑隊の方々だけだったら危険なく終わらせられる戦いだったのに」


「まあその件はいいや。それより聞きたいことがあるんだけどよ」


 副長がヴァイオレットの肩を叩きつつ、言葉を続ける。


「最後にあのガキがタルタリカを同時に3体仕留めてたんだが、ありゃあなんだ? タルタリカのいる位置に向けて、ピンポイントで槍が飛び出ていたが」


「流体装甲でも同じこと出来ますよね? 流体で槍を作っただけですが――」


「槍は生やせるが、自由な位置に生やせるわけじゃない」


 流体装甲で物質を生成するのは、それなりに高度な技術を使っている。


 生成する装甲や武器の形は、あらかじめ設計図プログラムが用意されたものを生成しているだけ。生成箇所も設計図で設定している場所になる。


 粘土こねるように、リアルタイムで形や場所を設定するのは不可能だ。


 副長の言う通り、あの攻撃はちょっとおかしかった。


 タルタリカがいる位置を狙いすまし、生成するなんて機兵にはできない。


「あの子達は出来るんです。生成物をリアルタイムで設定・生成することが」


「設計図が設定されてるんじゃないのか?」


「いえ、流体甲冑は流体装甲と違って、そんな機能がありません」


 大狼の姿も設計図があるわけじゃない。


 だからまともに使えず、倉庫に眠っていた。


 しかし、巫術師は設計図無しで流体甲冑を制御できるらしい。


「あの子達は流体甲冑に憑依することで、自分の身体として流体を制御しているんです。巫術師だからそんなことが出来るんです」


「なるほど……。アドリブで何でも作れるってわけか」


「限度はあります。流体甲冑は混沌機関を巫術師の肉体で代用しているので、生成できる物質のサイズにはかなり制限がありますから」


 限度内なら思うがままに生成できる。


 だから狙った場所に槍を生やせたのか。


「フェルグス君は第8で一番戦うの得意で、流体をこねるのも大得意なんです。ただ、鎮痛剤無いと頭痛で倒れちゃうんで……。その、助けてあげてください……」


 ヴァイオレットはそう言い、俺達に頭を下げてきた。


 フェルグスは言動に問題があるが、戦いの才を持っている。


 けど、それは鎮痛剤ありきのガラスの才能。


 大きな弱点を持っている。だが、才能を持っているのは確かだ。


 それを「勿体ないな」と考えてしまった。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


 フェルグス君が隊長さんに食ってかかった時はどうなることかと思ったけど……今日も何とか生き延びてくれた。


 でも、これで終わりじゃない。


 あの子達は特別行動兵のままで、交国軍がネウロンを支配し続けている。


 今日を生き延びても、明日も生き延びられるかはわからない。技術少尉は子供達のことなんて何も考えてくれない。自分の成果にしか興味がない。


「ヴァイオレット。お前もちゃんと休まなきゃダメだぞ」


「あ……。はい」


 グローニャちゃん達を船室に連れていき、医務室で寝ているフェルグス君の顔をぼーっと眺めていると、ラート軍曹さんが心配そうに声をかけてくれた。


 好意に感謝しつつも、改めて話をする。


「……これが巫術です。薬を使わないと戦闘なんて出来ない術式です」


「目を見張る力を持っているが、『死を感じ取ると酷い頭痛がする』って弱点と、『薬の乱用は危うい』ってとこが怖いよな」


 巫術は確かに便利なところがある。


 便利だけど、致命的な弱点があるから戦闘なんかに使うべきじゃない。


「戦場で子供達を守って欲しいんですけど、それは――」


「その場しのぎ。根本的な解決にはなってない」


「そうです……」


 軍曹さんは……良い人だと思う。


 階級的に技術少尉に逆らえる人ではないけど、自分の手が届く範囲なら手助けしてくれる。……今日の戦闘も危険を顧みずフェルグス君を助けてくれた。


 でも、この人もいつまで助けてくれるかわからない。


 軍曹さんが別の部隊に飛ばされたり、私達の方が別の戦地に行くよう命令されたら……軍曹さんには頼れない。子供達はまだ薄氷の上に立っている。


「根本的な解決のためには……」


「方法は2つあります。1つは巫術師ドルイドの無実を証明すること」


 フェルグス君達が戦わされているのは「巫術師だから」という理不尽な理由。


 望んで巫術師になったわけでもないし、その力を悪用したわけでもない。交国が「巫術イドが魔物事件を引き起こした」と言ってるだけ。


「俺も正直……この子達が特別行動兵扱いされているのは疑問だ。けど、上はそれを妥当と考えて判断してるっぽいしな……」


「私は……妥当とは思えません」


 こんなこと言うと叱られるかもしれない。


 けど、軍曹さんは真剣な顔つきで私の言葉を待ってくれた。


「私も巫術の専門家というわけではありませんが、巫術師にタルタリカを創造する力なんてありません。あるのは魂感知と憑依の力だけです」


「魔物事件と巫術師が無関係なら、『巫術師は危険』って上の判断を覆せるかもしれない。そしたら特行兵の立場は解かれるかもな」


「……そう思いたいです」


 実際は望み薄。


 交国はハッキリ言って横暴な国だ。


 ネウロンを保護する、文明化する――などと上から目線で大層なことを言っているけど、実際はネウロンを支配しているだけ。ただの侵略者。


 子供達を特別行動兵にしている時点でかなりおかしい。巫術師をタルタリカと戦わせて実験データを取っているのも非効率でおかしい・・・・・・・・


 無実を証明できたとしても、難癖つけてくる可能性はある。


 だから1つ目の案は、そこまで期待できない。


「子供達を救う2つ目の案は、戦闘以外で・・・・・成果を出す事です」


「弱点抱えて無理に戦うより、他で活躍できるって証明するのか?」


「そうです」


 巫術は常人には使えない特殊な力。


 戦闘なんかより、もっと社会に貢献できる用途があるはず。


 巫術師を戦闘なんかで酷使するより、他分野で大貢献できることを証明したら……横暴な交国への交渉材料になるはず。


「軍曹さんにも他分野それを探すお手伝いをお願いしたくて……」


「おう、任せとけ。……つっても、俺は頭悪いから自信ねえが……」


 出来ること頑張るよ、といって軍曹さんが苦笑する。


「でも、他分野だろうと成果出るなら技術少尉も食い付いてくるんじゃねえのか? 成果があるならあの人も交渉できそうだが――」


「技術少尉はちょっと、難しいです」


 同じようなことは何度もお願いした。


 けど、時間の無駄だと言われた。


「ある程度成果が出たら交渉に持ち込めるかもしれませんが、現状では難しいです。あの人も結構頑なというか、マイペースというか……」


「なるほど……。まあ、技術少尉には頼れないにしても、この船には頼れる人が色々いる。その人達にも力を借りようや」


「……はい」


 ラート軍曹さんに頼るだけでも結構勇気が必要だったけど、他の星屑隊の隊員さんは……どうなんだろう。


 明星隊の時はダメだった。


 けど、軍曹さんがそう言うなら……今回は、信じていいのかな……?


 ラート軍曹さん以外だと、隊長さんも頼れるのかも?


 口調は厳しいけど、今日最初の戦いで船を出来る限り沖合に移動させたのはあの人だと思う。星屑隊の指揮官なんだから船の移動ぐらい簡単に指示できる。


 フェルグス君達の感知範囲が広いから調子を崩しちゃったけど……一般的な巫術師ならあれぐらい沖合に出ていれば回避できたはず。


 隊長さんは、私がお願いするまでもなく配慮してくれたのかも。


 ということは、隊長さんも巫術について理解しているのかな……?






【TIPS:特別行動兵】

■概要

 交国の軍規違反者や犯罪者を兵士として動員する制度。他国で言うところの<囚人兵><懲罰部隊>などに当たる。


 特別行動兵の多くは過酷な戦場や労務を与えられ、任を終えるまで生き残れる確率は七割ほど。ただ、交国正規兵の軍紀違反者を除くと生存確率三割まで低下する。何とか生き残った後も「事故死」が発生する事もあるが、交国内でも問題視する者は少ない。


 問題視しないよう、政府が管理している。



■特別行動兵の扱い

 特別行動兵全体の管理は軍事委員会の仕事だが、軍事委員会の人員が現場での管理に派遣される事は稀。大抵、現地の正規兵に任される。


 交国の正規兵の多くは特別行動兵の事を疎んじている。「犯罪者に対する蔑視」という理由も大きいが、特行兵は軍事訓練に参加した事がない者も多いため、足手まといになりやすいという理由もある。


 特行兵と正規兵の足並みを合わせるのは難しく、危険な偵察に派遣しても使える情報を持ち帰ってくる可能性は低い。そのため特行兵は雑用や肉体労働を命じられる事が多い。戦況が悪くなると貧弱な武装だけ与えられ、実質的な特攻を命じられた例もある。


 正規兵のストレスのはけ口にされる特行兵もいる。


 扱いの悪さから寝返る特行兵もいるため、その存在は正規兵に疎んじられがち。交国軍内部でも特行兵不要論も持ち上がっているが、特別行動兵制度は存続し続けている。



■ネウロンの特別行動兵

 ネウロンでは巫術師が「魔物事件を起こす存在」として流体甲冑のデータ取りも兼ねて特別行動兵にされている。


 現場の正規兵達は上層部のこの判断に対し、「なぜ危険な存在に武器を与えているのか?」「流体甲冑のデータ取りなら対タルタリカ戦に限る必要はないのでは?」などの疑問を抱いているが、軍上層部は何故か巫術師を対タルタリカ戦闘に投入している。


 ただ、全ての巫術師がネウロンで特行兵と戦っているわけではない。大半は交国本土の研究所に送られ、そこで強制的に実験に参加させられている。


 交国国内ではこの件は報道されておらず――交国政府の情報封鎖の影響もあり――交国外にもこの動きはあまり知られていない。



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