ドルイドの弱点



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 ヴァイオレットから色々と頼まれた翌日。


 沈んでいた太陽が昇り始めた頃、隊長から呼び出された。


 海沿いに追ってくるタルタリカがまとまった数になったため、機兵対応班で討伐する。いつも通りの仕事を、いつも通りにこなすことになった。


 沖合に待機した船から発進、機兵4機で浅瀬まで移動。


 機兵の脚部が少し浸かる程度の浅瀬だが……大量の水が苦手なタルタリカ共は波打ち際で吠えるばかり。こっちにやってこない。


『いつも海沿いでやりあえるなら楽な相手ですね。タルタリカは』


『いつもこんな戦闘やってたら腕が鈍る……』


 明るい声色で現状を喜ぶパイプに対し、レンズがボヤいている。


 それを聞きつつ母艦を見ると、今日はいつもより遠くで待機しているのが見えた。俺達を下ろした場所からさらに遠くに船影が見える。


 あんな遠くで待機しなくていいのに、今日はどうしたんだろうな……と思っていると、母艦にいる隊長から発砲許可が下りた。


 流体装甲で機兵用の銃を生成し、各自発砲開始。海のおかげでタルタリカが寄ってこないため、訓練所の的を狙うより楽に終わった。


「殲滅完了、っと……」


『よし撤収。タルタリカほどではないとはいえ、機兵も水に弱いんだからな。混沌エネルギーの無駄遣い避けるためにとっとと帰投するぞ』


『『『了解』』』


 副長の声に応じ、隊列を組んで母艦に戻る。


 順番に着艦し、機兵を格納庫に入れて流体装甲を解く。


 流体装甲を常時展開しているとエネルギーとなる混沌を食い続ける事になる。それに、混沌を流体装甲にすると重量が増す。


 船に余計な重り乗せないためにも流体装甲を解く。何気なく使ってるけど、流体装甲も大概おかしなことやってるよなぁ……。質量保存の法則を無視してるし。


「副長。今日はもう戦闘無しっスよね?」


「多分な。この辺りは繊一号に近いからタルタリカの数も少ないし……今日はこれで終わりと思うが……」


 隊長は端末で偵察ドローンから送られてくる情報を見つつ、「何かあったら呼ぶから、ひとまず休んでろ」と言ってくれた。


 これならヴァイオレットのところに行けそうだ。


 昨日、約束したからな。


 今日はもっと詳しい話を聞かせてもらうって。今後の相談もしないと。


 早くヴァイオレットのところに行きたくてソワソワしていると、副長がニヤリと笑って「そんなにあの女のとこに行きたいのか?」と聞いてきた。


「な、なんのことですか?」


「とぼけんな。お前が第8の女と話し込んでたのは知ってんだよ」


「えっ……。俺、盗聴器でも仕掛けられてるんですか?」


「んなわけねえだろ。お前のデカい声が聞こえてきたから盗み聞きしてたんだよ。あと、あの女連れてウロウロしてたしな」


 聞こえてたのか。知られてたのか。


 背中を冷や汗が伝う。


 いや、別にやましい話をしてたわけじゃない。咎められることは話していない。……多少、上層部批判の言葉は吐いてたかもだけど。


「奴らと交流すんのは予定通りだろ。そのまま上手くやれ。仮に『脱走させてください』って頼んできたら報告しろ。久常中佐に恩を売るのも悪くない」


「いや、そんなことにはならないかと……」


「どうだかなぁ。だが、1つわからねえことがある」


「……なんですか?」


終身名誉姉シュウシンメイヨアネってなんだ……?」


 それは俺もわからねえ。


 多分、ネウロン的な言葉なんだろう。脳が理解を拒んでいる。


 真剣な表情の副長に対し、なんと言えばいいのか迷っていると――艦橋から隊員がやってきた。どうも揉め事が発生しているらしい。


「先程の戦闘について隊長と技術少尉が口論してまして……。いや、食ってかかってるのは技術少尉なんですけどね?」


「またヒスってんのか、あのネーチャン」


「ええ……。星屑隊だけで戦闘終わらせたので、流体甲冑のデータが取れなかったと文句を言ってまして……」


「めんどくせえなぁ、技術屋は」


 副長は頭を掻き、「隊長の応援行ってくるわ」と艦橋に行ってしまった。


 俺も少しだけ艦橋を覗きに行く。ヴァイオレットがいないかな、と思いつつ。


 でもいなかったので、艦内をうろつき、あの子の姿を探す。


 第8の子達の船室の扉を叩いたがいなかった。子供達の姿もない。第8を救助した時のことを思い出しつつ、医務室に向かうとヴァイオレットはそこにいた。


「ヴァイオレット?」


「あ……。ラート軍曹さん。おかえりなさい」


「おう。……大丈夫か?」


 ヴァイオレットは医務室の椅子に座り、ベッドに寝かされた子供達を見ていた。


 ウチの軍医少尉が子供達の診察をしているみたいだ。全員、ちょっと具合が悪そうだ。ニイヤドで初めて会った後、ウチの船まで連れ帰った日と似ている。


「巫術師って、かなり身体弱いのか?」


「といいますか……感受性が強すぎるんです」


 ヴァイオレットは立ち上がり、医務室の外に出るよう促してきた。


 子供達の傍で話をして起こしたくないらしい。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


「ラート軍曹さんは、巫術師ドルイドについてどの程度ご存知ですか?」


「ほぼ知らん」


 医務室前の廊下で軍曹さんは首を横に振り、「世の中には<術式>っていう摩訶不思議な術があることは知っている」と言い、言葉を続けた。


巫術イドって術式については何もわからん。巫術師に会ったのもあの子達が初めてだからさ。全てのネウロン人が使える術式なのか?」


「いえ、使えるのは一部の人だけです。ネウロン人なら誰でも使える可能性はあるんですけど……実際に巫術師として覚醒するのは一部だけです」


 ネウロン人は遺伝的に巫術の才能を受け継いでいる。


 けど、体系化された技術ではないので、巫術師として覚醒するには偶然に頼らないといけない。親が巫術師でも子供が巫術師になるとは限らない。


「巫術ってどんなことが出来るんだ? 火の玉とか飛ばせるのか?」


「いえ、そういうのはさすがに……。出来るのは<魂の感知>と<憑依>です」


 子供達の玩具として手に入れた木の玉を取り出し、軍曹さんに見せる。


「この玉を人間の魂だと思ってください」


「おう……?」


「巫術師は、遮蔽物に阻まれていても魂の位置が感知できます。感知可能距離は個人差がありますが……」


 木の玉を手の中に握り込む。


 少し離れたところで腰を落としていた軍曹さんに近づく。軍曹さんは私が急に距離を詰めてビックリしたのか、ちょっと驚きながら立ち上がった。


「こうやって隠されても、巫術師は魂の位置を検知できます」


「へ、へー……。何かの授業でチラッと聞いた覚えあるんだが、人間に限らず大抵の生命体は魂持ってるよな」


「ですね」


「目の前に生命体がいる時点で、そこに魂があるってのは俺でもわかるぜ?」


「正確な位置までわかりますか?」


 木の玉を両手で隠した後、離し、両手をそれぞれ握り込んだ状態で見せる。


 右の手と左の手。どちらに木の玉を握り込んだかわからない状態にする。


「どこに木の玉たましいがあるか、わかりますか?」


「右手の方がちょっと大きい……。右だな!」


「正解は左足です」


「おおっ……!?」


 右手左手、どっちの手にも木の玉は握り込んでない。


 背の高い軍曹さんの死角をつき、握り込んだフリをして木の玉を落とし、左足で受け止めただけ。「器用だな」と関心している軍曹さんに告げる。


「巫術師なら引っ掛かりません。この木の玉が魂なら、ですけど」


「魂限定の透視能力と、位置把握レーダー能力ってことか?」


「はい、その通りです」


「だからか……」


 軍曹さんは何か思い当たることがあったらしく、アゴを触りつつ言葉を続けた。


「ニイヤドでお前らと会った時、スアルタウの操る大狼がタルタリカのコアを正確に潰していた。そこに魂があるとわかっていたから正確に潰せたのか」


「そうです。魂の位置把握は巫術師の子達、大得意ですから」


 ただ、得意すぎるのも考えもの。


 便利な感知能力は、巫術師の大きな弱点になっている。


「魂で位置把握するなら、戦場だと結構役に立つな。タルタリカの脳を一撃で潰せるのはかなり良い。アイツらの再生能力は厄介だからなぁ」


「良いことばかりではありません。巫術師は死を――魂が大きく傷つく瞬間を感知すると、頭が強く痛むんです」


 戦闘に役立つなんてとんでもない。


 巫術師は、戦場との相性がとても悪い。


「ひょっとして、フェルグス達がいま寝込んでるのは……」


「先程の戦闘の影響です」


「あ~……。す、スマン。俺達がタルタリカをバカスカ殺しすぎた所為か」


「いえ、距離があったので大事にはなってないです。それに星屑隊の先生がいま診てくれてますから。でも、戦闘ある時は事前に教えて欲しいです」


 戦闘区域と船の距離があったから、大事にならなくて良かった。


 もうちょっと離れていたら、子供達が調子崩さずに済んだけど。


 ……でも、この船、戦闘が始まる前に沖合に移動してたし……船の誰かが巫術師の特性を理解し、戦闘区域から離れようとしてくれてたのかも?


 フェルグス君達は巫術師として優秀だから、感知能力の広さから苦しむことになったけど、一般的な能力の巫術師ならアレぐらい距離があれば平気だったんだろうし……。


 誰が距離を取ってくれたんだろう?


 技術少尉ではない。あの人は子供達を戦わせたがっていた。となると星屑隊の人しかいないし、船を動かす命令できる人なんて限られているけど――。


「ええっと……ヴァイオレット? すまん、怒ってるよな……?」


「あ、いえ……。ちょっと考え事してただけです。すみません。私がもっとちゃんと説明していれば避けれた事ですし……」


 船が移動していた件は脇に置き、軍曹さんへの説明を続ける。


 私だけじゃ子供達を守れない。理解してくれる人が増えないと。


「ともかく、巫術師は戦闘との相性が最悪なんです。気をつけないと日常生活でも頭痛で倒れることもあるほどで……」


「でも、ニイヤドでは戦えてたよな?」


「鎮痛薬を服用してましたから……」


「薬で死を感知した時の頭痛を踏み倒してたのか?」


 頷く。


 鎮痛薬を使えば痛みを和らげ、戦闘もできる。


 けど、まったく問題がないわけじゃない。


「鎮痛剤を使っても痛みを完全に踏み倒せるわけではありません。意識が覚醒していると、どうしても感じ取ってしまうので。それに……交国が処方している薬、効果は高くても服用しすぎると身体への負担が……」


 あの子達はまだ子供だ。


 大人でも過剰に使うのは危うい薬を何度も飲まされていると、身体にどんな障害が発生するかわからない。鎮痛剤あれば戦えるけど過剰摂取は絶対ダメ。


 でも、交国は子供達に負荷をかけてくる。


 長時間の戦闘は薬の連続投与で対応しろ、と言ってくる。


 あの薬、副作用で身体の調子結構崩れるのに……。


「軍曹さんがいれば、タルタリカからあの子達を守ってもらえる。でも、タルタリカの危険がなくても鎮痛剤を使い続けていると――」


「最悪……身体がブッ壊れる?」


「その可能性もあります」


 ネウロンで戦わされている巫術師は、消耗品のように扱われている。


 話を聞くと、第8巫術師実験部隊だけの話じゃない。他の実験部隊でも巫術師は大きな負荷をかけられている。


 流体甲冑のデータ取りよりも、巫術師に負荷をかけるのが目的みたいに……。


「だから……だから、ラート軍曹さんに助けて欲しいんです……!」


「おっ、おうっ……!」


 軍曹さんのおっきな手を取り、訴えかける。


 私だけじゃ助けられない。それは今までの事で痛感した。


 明星隊の時も、私だけじゃ駄目だった。……皆死んじゃうところだった。


 私も、いつまでもあの子達と一緒にいられるとは限らない。あの子達の味方になってくれる人を増やしたり、この状況を変えないと。


 どんな手段を使ってでも。


「お、俺が出来ることなら何でもする。とりあえず、落ち着いてくれ」


 軍曹さんは私の肩を押して距離を取り、また腰を落とした。


 ひょっとして、私を怖がらせないように視線合わせてくれてるのかな……?


「巫術について、もう2つ教えてくれ。何で死を感じ取ると頭が痛むんだ?」


「それは……教団も理解していないようです。巫術師に命の重みを理解させるため、という伝承が残っているぐらいで、科学的な根拠は……」


「教団?」


「シオン教団です。聞いたことありませんか? シオン教」


 自分の衣服のスカートを少し広げつつ、軍曹さんに見える。


「私が着ているのも教団の修道服を改造したものなんですが――」


「シオン教なら知ってる。あれ? ヴァイオレットで教団の人間なのか?」


「いえ……。着るものが無いので、収容所に余っていた修道服をいただいただけです。私は教団の人間じゃないですよ。…………たぶん」


「…………?」


「ま、まあ、私のことなんて、どうでもいいじゃないですか!」


 誤魔化し、巫術師の話に戻る。


「シオン教団は巫術師の保護を続けてきたんです。死を感じ取ると酷い頭痛がして、最悪、死に至る巫術師の保護を」


 巫術は力だ。


 でも、大きな弱点を持っている。


 まだ未成熟な子供達が巫術師として覚醒した時、自分の力で死んでしまった例もあるらしい。普通の街だと不意に人死が出ることもあるから、人里離れた場所に保護施設を作ってそこで保護してあげるのも教団の仕事らしい。


「巫術師のことは教団がよく知っているようですが……頭痛発生のメカニズムは解明していないようです。その……宗教組織なので、伝承で思考停止しちゃってたと言いますか……」


「なるほど。ともかく、ハッキリした原因はわかんねえ。とにかく死を感知したら頭が痛むってわけか」


「距離は個人差あるんですが、調子良い時は2、3キロぐらい感知します」


「結構広いな」


 特に痛むのは人の死。


 大型の動物の死もそれなりに痛いらしい。虫や小動物ならそこまで痛まないそうだけど、近くで大量に死ぬのを感知するとさすがに痛むんだとか。


「あともう1つ。巫術師は感知能力以外の力もあるって言わなかったか?」


「憑依ですね。巫術師は自分の魂を体外に出せるので、その魂を物体に憑依させて干渉できるんです。流体甲冑もその応用でやってまして――」


「幽体離脱か? それって危なくねえの?」


「そこは大丈夫です。ただ、長距離の憑依が出来ないだけです」


 出来るのは、ほんの数メートル。


 憑依状態を維持するには、憑依している物体の直ぐ傍に居続ける必要がある。


 だからあの子達は、流体甲冑で出撃させられている。


「憑依に関しては……実際に見ていだいた方がいいですね。子供達が元気になったら実演してもらおうかと……」


「そりゃ助かる。……でも俺、アイツらに怖がられねえかなぁ……?」


 ラート軍曹さんがうつむき、両手の人差し指を突き合わせている。


 大きな身体に似合わない不安そうな顔をしてる。叱られた大型犬みたい。


「私もついてますから……。大丈夫です。こ、今度は暴言とかも言わないよう、しっかり言っておくので……!」


「いや、暴言ぐらいいいんだよ。ウチの隊にはフェルグスよりずっと口の悪い奴らいるし。子供達が怖がらねえか心配なだけで――」


 パン、パン、パン、と手を叩く音がした。


 誰かが手を叩きつつ、近づいてくる。


「助手。ガキ共を叩き起こしなさい」


「ぎ、技術少尉……?」


 指揮所で星屑隊の隊長さんと話をしていたはずの技術少尉が近づいてくる。


 ……嫌な予感がする。


「戦闘準備。流体甲冑のデータ取りの好機よ。さっさとしなさい」



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