タルタリカの弱点



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 食堂まで行ったものの、引き返すことになった。


 全員、栄養補給は終わったものの、だべっている奴らが何人もいた。


 ヴァイオレットが「人がたくさんいるところはちょっと……」と嫌がるので、甲板に上がることにした。今は誰もいないようだ。


「ここでいいか?」


「はい」


 ヴァイオレットがいつでも船内に駆け込める位置に座ってもらい、俺は少し離れた場所に座る。襲うつもりは一切ないが、怖がらせないようにしないと……。


「あの……すみません。ラート軍曹さんとパイプ軍曹さんが挨拶に来てくださったのに、あんなこと……」


「あ、いや。アレは俺の考えなしの結果だから気にしないでくれ」


 まず最初に謝られた。


 まだ怯えているヴァイオレットに対し、本当に気にしなくていいと告げる。……怖い相手との関係がこじれないよう話つけにくるって、華奢な子なのに結構度胸あるのかも。


 さっきは――俺自身に敵意なかったとはいえ――声荒げたりしちまったし、図体がデカい俺のことは怖かっただろう。それなのに子供達を守ろうとしていた。多分、今も守ろうとしている。


「まず、謝りたくて。そちらの隊長さんに聞いて、ラート軍曹さんの部屋の前で待っていたんです。……すみません、突然会いに行って」


「いや、嬉しいよ。俺も話をしたかったし」


「…………」


「さっきの事は俺が謝るべき話なんだ。ホント、スマン!」


 少しでも誠意を伝えようと思い、再び土下座する。


 ヴァイオレットは「頭を上げてください!」と言い、慌てた様子で駆け寄ってきた。土下座を止められ、「謝らないでください」と言われる。


 しばし、「いやいや、俺が悪い」「私達の方が――」と問答をする。


 キリが無いのでほどほどのところで切り上げる。ヴァイオレットの肩に手を当て、座っていたところに戻ってもらう。


 ……マジで身体が華奢すぎる! 俺達、オークよりずっとちっちゃい! 肌硬くないし、なんかこう……庇護欲がムクムクしてくる!


 ヴァイオレットの肩の感触を思い出して悶々としていると、ヴァイオレットに「あの……」と呼びかけられた。不審げな顔で。


 咳払いして誤魔化し、話を進める。


「ええっと、それで?」


「先程、お部屋の前で待っていたのは謝罪したかったのと……。あと、子供達のことで相談があって――」


「困り事か!?」


 思わず食い気味に言うと、ビビられた。


 ダメだダメだ。声の大きさとか、控えないとビックリされる。


「なんでも……。何でも相談してくれ。俺に出来ることなら何でもする」


「……本当になんでも? 助けてくれるんですか?」


 潮の匂いが胸いっぱいに広がる夜の船上で、ヴァイオレットが胸の前で手を組む。一層、身をこわばらせているように見える。


 信じてもらうために「何でもだ」と重ねて宣言する。


「脱走手伝え、とかは無理だけどよ。それ以外なら大抵手伝うよ」


「軍曹さん、なぜ助けようとしてくれるんですか? 私達は他人ですよね」


「確かに他人だけど、俺は交国軍人としてネウロン人を守りに来たつもりでさ」


 ネウロン人視点だと、そうは見えないかもだが――。


「お前らには『侵略者』と見られているかもしれないけど、俺は守りに来たんだ。だから手を貸すのは当然のことだ」


「私達は特別行動兵ですよ?」


「そこは関係ねえ。というか――」


 お前らが特別行動兵扱いされていることに、ちょっと疑問がある。


 上の人達には色々考えがあるんだろうけど、「巫術師」ってだけで子供を戦場に出しているのはおかしいと思う。思っちまう。


「お前らは、悪い奴には見えない」


「私達のこと、何も知らないのに?」


「そりゃそうだが……。逆に聞くけど、お前ら悪いことしたのか?」


「してませんよ……! あの子達が悪い子に見えますか!?」


 ヴァイオレットがムッとした顔を浮かべ、強い口調で言ってくる。


 言った後に語気の強さに気づいたのか、ハッとしながら「すみません……」と謝ってくる。いいんだよ、と手で制しつつ聞く。


「巫術師ってだけで特別行動兵にされただけ。そうなんだろ?」


「はい……。私は交国軍人さんに殴りかかって――」


「おいおいおい」


 そうだ。


 ヴァイオレットは巫術師じゃねえんだよな!?


 じゃあ、アイツらとちょっと事情違うよな?


「そんなちっこい身体でよく軍人にケンカ売れたなぁ。でも、ちょっと殴りかかったぐらいなら留置所で頭冷やして来い、って言われるだけじゃないか?」


「殴りかかったら頭を軽く押さえられて、呆れた顔で追い払われたので……。装甲車を盗んで軍人さん達を追い回しました」


「おいおいおい……! 殺人未遂……!」


「確かにアクセルをベタ踏みしましたが、殺意はなかったんです。はい。軽くハネたら特別行動兵にしてもらえるかな、って」


 それ、ホントに殺意なかったのか?


 顔に似合わずヤンチャすぎる。


 ちょっと引いていると、ヴァイオレットはバツ悪そうにうつむき、「あの時は必死で……」と涙声を漏らした。


「……何があったんだ?」


「フェルグス君とアル君が特別行動兵として連れていかれることになって……。あの子達の無実を晴らすのが無理なら、せめて一緒についていこうと思って」


 特別行動兵にしてもらうための罪状求めたってわけか。


「フェルグス君とアル君は仲良し兄弟ですけど、さすがに子供だけ送り出すのは不安で……」


「あの2人、兄弟なのか。アルっていうのは、スアルタウの愛称?」


「そうです」


「ほ~……」


 俺も弟のいる身だ。同じ「兄貴」のフェルグスに親近感湧いちゃうな。


 まあ、フェルグスは俺のことメッチャ嫌いで睨んでくるから、仲良くなるの難しそうだけどな……。


 スアルタウの方はまだ望みがある……のか? 機兵対応班に手紙くれたりしてたしな。兄貴は気が強くて弟は気弱って、真逆の性格だなぁ。


「そういやお前、『ヴィオラ姉』って呼ばれてたな。あの子達の姉なのか?」


「違いますが姉です」


「違いますが姉です??」


「血の繋がりは一切ありませんが、姉としての心構えは持っています。私はフェルグス君、アル君、ロッカ君、グローニャちゃん全員の『終身名誉姉おねえちゃん』です。皆の了解も得ています。ウソだと思うなら聞いてみてください」


「なるほどね」


 頭がおかしいわけね。


 そっとしておこう。頭おかしいだけで善良っぽいしな。


 他人のために交国軍に喧嘩売るとか中々できねえよ。


「免許証もありますよ。見ますか……?」


「ハハッ……。遠慮しとく……」


「でも、私は所詮、実質他人なんです……」


「だろうな!?」


 わかってんじゃん! 紛うこと無き他人だよ!?


 俺はどんな感情を抱いてこの子と話せばいいの?


 ヴァイオレットが沈痛な面持ちだから、余計にわかんねえよ!!


「子供達が今の生活で気が滅入っていても……特別行動兵という立場なので、本当の家族と会わせることも出来ないんです」


「そう……なのか?」


 特別行動兵は実質、囚人兵だ。


 罪や違反の恩赦を受けるために従軍し、監督者の指示に従って戦う。ちゃんとした休暇や給与がある正規兵とは扱いが全然違う。


 家族と会えないのも当然だろう。そういう制度だからな。


 ただ、あの子達は子供だ。


 甘えたい盛りの子が親と会えないのはかなり辛いだろう。


「半年に一度ぐらい会えないのか? 親御さんは生きてんだよな?」


「無事と聞いていますが、ずっと面会させてもらえないんです」


「通信で声を聞くぐらいは――」


 そう聞くと、ヴァイオレットは悲しげな表情で手をギュッと握りしめつつ、「そういうことですら許可が出ないんです」と言った。


「許可いただけるのは電子手紙メールぐらいで……。それも監督者の許可が……技術少尉の許可がないと出来なくて」


 出せたとしても1ヶ月に1回程度。


 その「1ヶ月に1回」ですら、今は出来ていないらしい。


 理由は「ニイヤドで技術少尉わたしを危険な目に合わせたため」「特行兵としての任務を十分に果たせていない」というものだそうだ。


 細かい状況は知らんが、パッと聞いた感じクソみたいな理由だな。


 ……家族と会えないどころか連絡も自由に出来ないって、マジかよ。


「全てのタルタリカを倒したら家族と再会できる、と言われてるんですけど……それって当分先の話ですよね?」


「そう、なるだろうな……。交国軍が本気を出せばタルタリカ殲滅なんて1ヶ月もかからず終わると思うが、現状じゃ……」


 ネウロン中にいるタルタリカを殲滅するには、旅団戦力じゃ不足している。


 タルタリカの数は多すぎる。コツコツと減らしているから、いつか殲滅しきれるとは思うが、今のペースだと何年かかるやら……。


 方舟をもっと回してもらえれば、楽にタルタリカと戦えるんだが。


「タルタリカは恐ろしい化け物だが、不滅の怪物じゃない。弱点もある」


海や河を渡れない・・・・・・・・って弱点ですか?」


 そうだ、と言って頷きつつ、離れた場所にある陸地を指差す。


 ちょうど、タルタリカが海岸を歩いていた。俺達の船が気になるのか、海岸沿いにノシノシと歩いて追ってきている。


 タルタリカは人間を見ると火に群がる蛾のように襲いかかってくる。


 だが、奴らは俺達の船まで到達できない。


 砂浜を洗う波に怯え、海に入れずにいる。時折、こちらに向けて悔しそうに鳴いているが……海を泳いで襲いかかってくることはない。


「奴らの身体は流体で出来ている。流体は水を浴びると結合が弱まり、柔らかくなっちまう。大量の水を浴びると、最悪の場合、分解する」


「タルタリカは全身の殆どが流体……でしたっけ?」


「そうだ。だから海に入ったら身体を維持できず、溶けちまう」


 コアは残るが、身体が無ければ泳げず溺死する。


「機兵の流体装甲も水に弱いが、流体の形成能力が段違いだからなぁ……。機兵なら一応、海でも活動可能。だから海沿いで作戦行動し続ければ――」


「一方的に攻撃できる。犠牲が出ない」


「そうだ」


 軍上層部も海沿いで戦闘する事を推奨している。


 だから派遣されてきた戦力もそう多くない。


 問題は「そんな悠長な作戦行動してられるか!」と言いたげな人がネウロン旅団の旅団長していることだが……それは今関係な話だ。


「だからタルタリカとの戦いは、必ず俺達が勝つ。現状の戦力だと何年もかかるだろうが……それでもいつか勝つ」


「交国の正規兵さん達は安全に戦わせてもらえるかもしれませんが、子供達はそんなの許されないんです」


 ヴァイオレットは厳しい表情で立ち上がり、陸のタルタリカを指さした。


「しっかり陸地でタルタリカと戦って、流体甲冑のデータを取ってこい――と命令されているんです」


 それが実験部隊の仕事。危険な仕事だ。


 無茶をさせられてるってことは、頑張ってタルタリカ狩っていったところで、殲滅完了まで生き残れる保証はない。


 生きて家族と再会できる保証がない。


「俺達も陸地で戦うよう命令されているよ。今のネウロン旅団長の方針がそうなんだ。ただ、機兵で戦うのと流体甲冑で戦うのとでは、安全度が段違いだよな」


「機兵なら多少、タルタリカに襲われても平気ですよね」


「ああ。流体甲冑は――」


「2、3体のタルタリカに食いつかれたらもう……。1体相手でも下手したらやられます。大型のタルタリカとかは歯が立たない事も……」


 データ取るにしても、相手が悪すぎるよな。


 何で上は、流体甲冑でタルタリカに挑ませてんだ……?


 巫術師がネウロンにしかいない存在だから? それならネウロンの外に――異世界に連れていけばいいだけのはずだ。どういう意図なんだろう。


「皆がタルタリカと戦わされる時、出来る限り守っていただけますか……?」


「それが頼み事か? そんなの言われるまでもねえ。守るさ」


 胸を叩いて請け負う。


 実験データ取るために戦う必要あるんだろうが、程々でいいんだろう。


 いつでも機兵で割って入れる位置で見守りつつ、ヤバそうなら支援する。大量のタルタリカがいる時は船まで逃し、俺達が受け持つ。


 死んだらデータすら取れなくなるんだ。あの怒りっぽい技術少尉殿でも、「死んで来い」と命じるほど天使・・じゃねえだろう。


「そうか、俺が機兵乗りだから頼みに来たのか」


「ええっと……それもあります。けど……」


「けど?」


「……子供達に会いに来てくれた軍曹さん、最後に頭を下げてましたよね」


 土下座した。


 俺が出来る精一杯の謝罪のつもりだった。


「頭を下げて顔を上げた時、軍曹さん、泣きそうな顔してたから……」


「そっ……それは、さすがに気の所為じゃねえかなっ……!?」


 恥ずかしくなり、赤面しながら否定する。


 そうだったかもしれねえ。あの時は必死だったから。


 でも、軍人として恥ずかしすぎる醜態だ。


 真偽はともかく否定したが、ヴァイオレットは苦笑して「でも、あんな顔してたから頼ったんです。ホントは良い人なのかも、と思って」と言った。


「ニイヤドでも私達を助けてくださって……。私がウソついたことも、別にいいって。……正直、交国軍人さんってだけで怖いですけど」


「そう……だよなぁ。怖いよな?」


「でも、このままずっと怖がるだけだと、何も変わらないと思ったんです。信じないと何も変わらないと思ったから、貴方を頼ったんです」


 ヴァイオレットの表情はまだぎこちない。


 多分、今でも交国軍人おれの事が怖いんだろう。


 子供達のためならヤバイことするし、若干狂っているが、無茶だけじゃ解決できないのがわかっている。……仕方なく交国の従っているだけなんだろう。


 今も怖いはずだが、それでも強い意志を感じる瞳が、まっすぐ俺を見ている。


「私は、子供達を助けるためなら何でもします。……信じさせてくれますか?」


「もちろんだ。信じて良かったって思ってもらえるよう、俺も頑張る」


 まだ100%信じてもらえたわけじゃねえ。


 けど、信じてもらうための橋頭堡は築けた。


 ヴァイオレットが勇気出してくれたおかげで。


 その勇気に報いたい。


「俺は、お前達を守るためにネウロンに来たんだ。だから守るよ。必ず」


「お願いします。タルタリカだけでも大変なのに……あの子達も、現状にすっかり参っちゃってて……。幻覚が見える子もいるほどなんです」


「そっ、そこまでなのか……」


「はい……。一応、星屑隊の船に戻ってきてからは見えなくなったみたいですけど、それもいつ再発するか……」


 参っているのはヴァイオレットも同じなんだろう。


 つらそうに額を押さえ、俯いている。


「……現状のままじゃダメなんです。このままじゃ、あの子達はタルタリカに殺されるかもしれない。恐ろしいのはタルタリカだけじゃないんです」


 ヴァイオレットが近づいてくる。


 ツカツカと歩いてきて、小さな手で俺の手を取り、握りながら見つめてきた。


 小さな手だ。俺の弟も――まだチビだから――小さな手だが、ヴァイオレットのそれは、弟とは別種の小ささを感じた。柔らかい女の子の手だった。


 手を取られ、正面から見つめられている状況にドギマギし、声が上手く出ない。赤面しながらヴァイオレットを見つめ返すことしか出来ない。


「私は、現状を変えたいんです」




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:歩く死体リビングデッド・ヴァイオレット


「子供達が戦わずに済むよう、何とかしたいんです」


 戦い続けていたら、現実に殺される。


 ラート軍曹さんに守ってもらえるとしても、危険なのは変わりない。


 ……薬に殺されるかもしれない。


「協力していただけるなら……私、何でもしますからっ!」


 だから手を貸して欲しい。


 守るだけじゃない。


 別のこと・・・・も手伝ってほしい。


 ラート軍曹さんの手を取り、懇願した。


 軍曹さんは無言で首を縦に振り、私の願いを聞き届けてくれた。


 この人が本当に信用できる保証はない。


 でも、今はこの人しかいない。


 この人にすがるしかない。……本当に優しい人だと、信じるしかない。






【TIPS:「天使」という比喩】

■概要

 交国において「天使」という言葉を比喩に使うと、「邪悪な存在」「人類の敵」という意味になる。「天使のような人」というのは褒め言葉ではない。


 これは交国に限った話ではない。多次元世界において、異世界に進出している人類文明ほど「天使」という言葉を悪い意味で使う。


 これは異世界に進出するほど<天使>の脅威と所業を知る影響である。異世界の存在を知らず、自分達の世界に籠もり続けている文明の中には「天使」という言葉を褒め言葉として使う者が多い傾向にある。



■実在する天使

 天使は多次元世界を造った源の魔神が創造した知的生命体である。


 彼らは只人種に光輪や光翼を生やした姿に見えるが、寿命は身体機能は只人種と大きく異なる。源の魔神の指示で人類を監視し、人類を増やし、人類という種を刈り取っていた。


 源の魔神亡き今でも天使達は人類と敵対し続け、「人類の敵」として恐れられている。そんな天使達が所属する大組織<プレーローマ>は人類文明と戦い続けており、交国においてもプレーローマは筆頭の敵対勢力となっている。

 


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