侵略者/守護者



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 第8の子達から離れ、隊長達のところに報告に戻る。


 俺がしくじって、あの子達を怖がらせた。怖がらせただけではなく星屑隊にとっても不利益な行いをしてしまった。


 隊長は黙ったままだったが、副長は笑って「そうか。そんなに気にしなくていいぞ」と言い、俺の頭を軽く叩いてきた。


「これでアイツらとの仲がこじれて、脱走されたとしてもとっ捕まえればいいだけだよ。んで、久常中佐のお望み通りに突き出して終わり。簡単だろ?」


「そんなのダメですよ! アイツらの無実を晴らしてやらないと」


「無実を晴らすどころではないよな。お前らの声、こっちまで届いてたぞ」


「う……」


 確かに、仲良くするどころではない。


 関係を持つどころか、壊した俺がどのツラ下げて言ってんだって話だが……。


 俺のしくじりだ。悪いのは俺で、あの子達は悪くない。


「全部オレが悪くて、あの子達はな~んにも悪くない。ニイヤドでの件もあの子達に悪いことはない――って言いたいんだろ」


「はいっ!」


「バカタレ」


 副長に頭を叩かれる。


「隊長が言ったこと、もう忘れたのか。『全てを疑え』って言われただろ。ガキ共が無実だって決め打ちすんな」


「でも……」


「オレはガキ共が疑わしく見えてきたぞ。お前は馬鹿で暑苦しいが、友好的に接した。それに対して食ってかかってきたわけだから、奴らが交国軍人に敵意を持っているのは明らかだ」


 俺に限らず、誰が話しかけても敵意を向けられる可能性がある。


 それは明星隊も一緒だったはずだ――と副長は言う。


「でも……俺はアイツらと仲良くなりたいです。守ってやりたいです」


「いや、無理だろ」


「えっ? 何で?」


「そりゃあお前、ネウロン人にとってオレ達は――」


 副長は何か言いかけたが、口をつぐむ。


 俺から少し視線を逸らした後、「ともかく――」と言いながら言葉を続けた。


「ガキ共に感情移入しなくていい。奴らは罪人。特別行動兵だ。深く考えず、隊長やオレの言うことを聞いていればいいんだよ、お前は」


「…………」


「返事は――」


「ラート軍曹」


 副長の言葉を隊長が遮った。


 黙って腕組みしていたが、会議室の椅子を引っ張ってきた。


「この椅子を第8の特別行動兵と思え」


「は、はあ……?」


「この特別行動兵に対し、お前はどのように接した?」


 隊長の意図がわからず、手をさまよわせながら困惑する。


 隊長は瞬き1つせず俺を見つつ、「早くしろ」と言ってきた。


 促され、先程のことを思い出しながら軽く再現する。


「こんな感じで……その、話をしてました。俺の声が大きくて――」


「目線の高さは固定か?」


「え? はい、そうですね……?」


「高い。子供の目線の高さに合わせろ」


「…………?」


「実際に体感させるか。膝を曲げて姿勢を低くしろ」


 隊長に肩を押さえられ、しゃがむよう促される。


 言われた通りにする。俺と同じく困惑している副長はともかく、腕組みしながら無表情に見下ろしてくる隊長は怖いな……。椅子で殴られるのかな……。


「ラート軍曹。体躯のある副長に見下されると、恐怖心を感じるだろう」


「隊長の方が怖いっス!」


「そうか……。まあ、ともかく、それが子供の視点だ。記憶しておけ」


 隊長に首根っこを掴まれ、立たされる。


「オークの我々と、ネウロン人の彼らでは体格が大きく違う。相手が子供となると一層違う。人は動くうえに大型のものに対し、本能的に恐れを抱く。話をするなら彼らの視界に合わせてあげなさい」


「はい! いや、でも、俺はもう……」


 アイツらと関わらない方がいいんじゃないのか?


 また怖がらせてしまうんじゃ……。


「困難だと感じるなら他の者に任せる。諦めたいなら言え」


「……誤解は解きたいです」


「そうか。では可能な限り関係改善に努めろ」


 隊長は「私からは以上だ」と言い、指揮所へと戻っていった。


 副長はその後を追い、「大丈夫なんですか?」と問いかけている。俺も同じ感想だけど、誤解を解きたいとも思っている。


 何とかしたいが――。


「ハァ…………。どうすりゃいいのやら……」


 隊長達への報告を終えた後、食堂で栄養補給を行う。


 いつもなら10秒ぐらいで終わるんだが、今日は早食いする気分じゃない。


 ヴァイオレット達の怯えた顔を思い出し、ため息ばかりついてしまう。


 ゼリーパンを無理やり口にねじ込み、片付けていると「大丈夫ですか?」と声をかけられた。視線を上げると、友達ダチの姿があった。


「おう、バレット……」


「珍しく時間かけてますね。……ひょっとして第8のことで何か?」




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:不能のバレット


「どうぞ、軍曹」


「すまん……」


 食堂でため息つきながら落ち込んでいたラート軍曹を格納庫に誘い、カップに白湯を入れて差し出す。軍曹は億劫そうにそれを飲み、またため息をついた。


 第8巫術師実験部隊との間に何かあったらしい。


 衝突するだろうな、という予感はあった。


 相手はネウロン人だ。俺達が・・・彼らと馴れ合うことなんて出来ない。


 格納庫の隅っこでフレームむき出しの機兵を見上げつつ、白湯を飲んでいると、ラート軍曹は第8との間にあった「衝突」について教えてくれた。


「俺、あいつらに嫌われちまった……。怖がらせたから」


「……多分、それ以前の話ですよ」


「えっ?」


「彼らが怯えたのは『交国軍人』だからです。軍曹、ネウロン人との交流経験なんて殆ど無いですよね? あってもおかに上がった時、ネウロン人の店員と二言三言、言葉を交わすぐらいでしょう?」


「あ、ああ……。まあ、ネウロン人の友達なんていねえけど……」


 星屑隊の任務はタルタリカ殲滅。


 船に乗ってネウロンの海を回り、化け羊を殺して回るのが仕事だ。


 ネウロン人と会う機会なんて、基本的に補給や休暇のために港に寄った時ぐらい。深い関係を築くことはそう無い。


 交国支配下の港にいるネウロン人は、交国軍人に慣れている。仕事として応対するぐらいなら問題ない。裏では俺達のことを嫌っていても、表に出さない。


 開拓街や収容所で働いているネウロン人なら……交国軍人相手でも体面を取り繕わないかもしれないけどな。いや、そういう奴らも揉めて暴力とか振るわれたくないだろうし、上手くやってくるかもな……。


「俺はあの子達と仲良くなりたい。守るためには仲悪いと不便だしよ」


「まあ……そうかもですね」


「でも、俺はあの子達の怒りや恐怖をちゃんと理解してやれてない気がするんだ。馬鹿で無神経な自覚はあるんだ。『交国軍人だから怯える』って、なんなんだ?」


 ラート軍曹が困り顔を浮かべている。


 パイプ軍曹にも――子供達と仲良くなれなかったことについて――理由を聞いてみたものの、「一度よく考えてみた方がいい」と言われ、答えは教えてもらえなかったらしい。


 ラート軍曹は……悪い人ではない。


 ただ、立場を理解していない。


 交国人とネウロン人の立場。両方をわかっていない。


 ……以前の俺と同じで……。


「彼らにとって、自分達は『侵略者』なんです」


「それ。フェルグスも言ってた。それっておかしくね?」


「交国はネウロンを守るためにやってきた。後進世界のネウロンを――文明の発展が遅れているネウロンを助けるためにやってきた」


「そうだ。それって悪いことか?」


「軍曹は交国の大義を、本気で信じているんですね」


 軍曹が一層、キョトンとした顔になる。


 コレを言うのは俺の立場を悪くするかもしれない。


 けど、軍曹にはよくしてもらっているし……俺の発言を軍事委員会に言いつけたりはしないだろう。本当に困っているようだから教えてあげるべきだ。


「ネウロンを守る。ネウロンを文明化する。それってネウロン人にとって『余計なお世話』っていうんですよ。有難がる人もいるでしょうけどね」


「いや、俺らいないとネウロンはタルタリカに滅ぼされるだろ? もっとヤバい天使バケモノ共がやってきて、もっと酷い状況になるかもしれねえ」


「……軍曹。自分達はネウロン人にとって、異世界の住人です」


 俺達は異物だ。


 本来、この世界に存在しないもの。


「ネウロンは長く、異世界と交流してこなかった。そんなところに突然、交国という異物がやってきた。俺達が単なる旅人なら受け入れてもらえる余地はあったかもしれませんが……俺達は、ネウロンを支配しています」


「支配じゃなくて保護だろ?」


「交国都合で言えば保護です。でも、ネウロン人にとっては違うんですよ」


 全てのネウロン人が俺達を憎んでいるわけではない。


 自分達ネウロンより遥かに上の技術をもたらす交国のことを有難がる者もいるだろう。けど、ネウロンは交国がきっかけで大きな事件が起きている。


魔物タルタリカ事件は、交国の所為で起きた事件です」


「それは違う。アレはネウロンのテロリストが巫術師の力を利用して起こしたテロだろ? 交国はテロリストやタルタリカを狩るために戦ってるんだぞ」


「でも、俺達がネウロンに来なければテロは起こらなかった」


 軍曹がハッと口を開く。


 でも、直ぐに眉間にしわを寄せ、「……交国がテロを誘発したって言いたいのか?」と言ってきた。そんなわけない、と言いたげに。


「交国は多次元世界指折りの巨大軍事国家です。その存在だけでも、ネウロンのような後進世界に大きな影響を及ぼすんですよ」


 テロがどういう経緯で起きたか、詳しくは知らない。


 知りたくもない。……魔物事件は思い出したくもない大事件だった。交国本土では「画面越しの他人事」だろうと、アレは凄惨な事件だった。


 ネウロンは小さな池だ。


 そこに交国という大岩を投げ入れれば、大きな波紋が起きる。


 いや、交国の影響力は隕石が落ちたようなものだ。


「交国が来たから魔物事件が起きた。そう考えるネウロン人は多いはずです」


「そんなの……!」


「詭弁かもしれません。でも、ネウロン人の日常は、異世界の住人によって――交国によって終わりを迎えた。人口の9割が死ぬという大惨事に繋がった」


 ネウロンのテロリストが起こした事件だとしても、「ネウロン人じぶんたちの罪」として受け止めるのは難しいはずだ。


 そもそも、本当にネウロンのテロリストがやったのか?


 わからない。俺にはわからない。


 本当は考えたくもない。


 ……家に帰りたい。


「交国軍がどれだけ頑張っても……ネウロン人には認めてもらえないのか? 俺達は何やっても侵略者って扱いなのかな……」


「…………」


「いや、他所からやってきて、この世界を保護している時点で侵略者って事実は変えられないのか? ……どうすりゃいいんだ」


 ラート軍曹が表情を歪め、頭を抱える。


「俺達がネウロンに来なきゃ、タルタリカ以前に人類の敵プレーローマが無茶苦茶してたかもしれねえのに……。それでも俺達は来ない方が良かったのか?」


「ネウロン人はプレーローマの怖さを知りません。その名を出しても『知らない』と言われるのがオチです」


「……実際、『そんなもん知らねえ』って言われた」


「でしょう?」


 知らないものより、身近な知ってる異物ものの方が怖いだろう。


 ネウロン人にとって、身近な異物が「交国」なんだ。


 ラート軍曹は命がけで戦っている。


 交国の大義を信じて、ネウロン人のために戦っている。その想いが報われるかは怪しいと思う。異世界の戦線で戦っている同胞達にすら「ネウロンに派遣されている奴らは獣狩りなんて楽な仕事してる」と蔑まれている。


 増援も来ない。


 タルタリカは大した敵じゃないんだから、今の戦力で何とかしろと言われる。ネウロン旅団の長である久常中佐は無茶な指揮をしてるし……。


「だからもう、割り切るべきですよ。軍曹」


「割り切るって、何を」


「ネウロン人と交国は、分かりあえない存在なんです。自分達の関係は修復不可能なほどズタズタになっている」


 人口の9割が死んで、交国の力添え無しでは存続できない世界。


 大事件を経験したネウロン人が心穏やかに俺達と握手できるものか。


「オマケに、第8の子達は……巫術師です。巫術師だからって理由で特行兵にされて、無理やり戦場に出されている。交国に対して悪感情持たないわけがないんですよ」


「…………。それでも俺はあいつらと握手したい」


 ラート軍曹は立ち上がり、静かだが力強い声でそう言った。


「信じてほしい。俺達は敵じゃないって」


「無理ですよ……」


「俺は、一度拒絶されただけだ。まだまだ頑張ってみる」


 軍曹はそう宣言し、「話聞いてくれてありがとな」と言って去っていった。


 その背を黙って見送る。


 軍曹は良い人だ。


 でも馬鹿だ。何も知らない馬鹿だ。


「……何も知らないから、あんな馬鹿げたこと言えるんだろうな」




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


「バレットには啖呵切ったものの……どうすりゃいいのやら……」


 自室に戻る道すがら、呟く。


 カッコつけて宣言したはいいものの、「じゃあ具体的にどうする?」って問われたら「それがわかったから苦労しねえ!」と言わざるを得ない。


 一度拒絶されただけといっても、その拒絶が結構デカいんだよな。


 ネウロン人は交国人を嫌っている。俺は自分で思っているほどお綺麗な存在じゃない。向こうにとって俺達は侵略者に過ぎない。


 そこを知れたのは一歩前進だと思う。バレットに感謝だな。


 ただ、それだけとも限らないんだよな……? あの子達は特別行動兵だ。巫術師であるだけで「罪がある」と言われ、戦わされている立場なら普通のネウロン人よりもさらに俺達を憎んでいる可能性はある。


「……わかったフリするのは無しだな。俺はまだ何もわかってねえはずだ」


 アイツらのこともよく知らない。


 子供達を守ろうとしているお姉さんのヴァイオレット。


 手紙を渡してくれたスアルタウ。


 敵意をむき出しにしているフェルグス。


 ふわふわした雰囲気のグローニャ。


 フェルグスとはまた別種の敵意を向けてきたロッカ。


 その程度しか知らない。アイツらが俺に敵意を向け、怖がってきた理由を直接問えたわけじゃない。理解者ヅラするのは10年早い。


 理解したい。寄り添いたい。守りたいし、信じてほしい。


「どうすりゃいいんだろうなー……」


 隊長は「子供達の視線に合わせて話せ」って言ってたし、アイツらと話をする時は地面に這いつくばった方が警戒されずに済むのかな……? などとアホなことを考えながら歩いていると、自室の前に人影が見えた。


 ウチの隊員じゃねえ。


 あれは第8の――。


「ヴァイオレット?」


「あっ……! こっ、こんばんは……!」


 俺の部屋の前でそわそわしていたヴァイオレットに話しかける。


 俺が近づいてくることにギリギリまで気づかなかったのか、俺の声でビクリと肩を震わせていた。……イカン、また怖がらせてる……。


「…………」


 一歩、二歩と後退り、膝を曲げて視線を落とす。


 効果あるかわからん。だが、隊長の言っていた理屈は理解できる。


「どうした? 迷子にでもなったのか? お前らの部屋なら――」


「いえ、その、ラート軍曹にお話があって……」


「俺に?」


 予想にしていなかった言葉に驚き、立ち上がりかける。


 しゃがんだ姿勢を維持し、考える。立ち話もなんだし、部屋の中で――いや、俺と狭い部屋に入るのは絶対怖いよな? じゃあ別の場所がいいか。


「ええっと……。食堂でも行くか? そこで話を聞くよ」


 そう提案すると、ヴァイオレットはおずおずと頷いた。






【TIPS:ネウロンの文化水準】

■概要

 ネウロンの文化水準は交国より劣っている。交国は多次元世界でも上位の先進世界の国家のため、比較対象が悪いがネウロンの文化が遅れているのは確かだ。


 ネウロンでは広範囲で蒸気機関が普及していたが、混沌機関は普及しておらず、異世界との交流はほぼ存在していなかった。


 ネウロン人にとって異世界の存在は伝承上のものに過ぎなかった。シオン教が異世界の存在だけは教えていたため、信じていない者はあまりいなかったが、異世界と交流しようにも手段がなかった。実質、失われている。



■1000年の平和

 ネウロンの文化・技術は交国より劣っているが、ある一点においてはどの先進世界にも負けないものを持っていた。


 それは「平和」である。


 ネウロンは1000年間、戦争を行わず平和を保ち続けてきた。小規模な紛争すらろくに発生しておらず、どのネウロン国家も軍事組織を持っていなかった。


 あるとしても社会秩序維持のための警察組織程度で、どこも治安が非常に安定したこともあって警察組織の仕事もそれほど多くなかった。


 この事を知った歴史学者の多くは「シオン教がそれだけ強い力を持っていた」と結論づけているが、平和の理由はそれだけではない。


 交国が来て以降、この平和は終わりを迎えた。


 平和だったからこそ、ネウロン人は交国にろくに抵抗できなかった。




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