異人



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 会議室から出て、子供達に割り当てられている部屋に向かう。


 本格的にこの船の仲間になった以上、色々助けてやらないと。居心地良く過ごせるようにしてやって……暇そうにしていたら遊んでやらないと!


 ウチの弟とも久しく会ってないし、子供と遊ぶのなんて久しぶりだ!


 もう何ヶ月もタルタリカをブッ殺す日々が続いて殺伐としてるから、子供と遊べるのは俺もウキウキしてくる。何して遊ぼうかな!


 ウキウキしながら艦内を進んでいると、星屑隊の仲間と出くわした。


 俺が一番仲良しの同年代の仲間オーク共だ!


「レンズ! バレット! パイプ!」


「うるせえ。叫ぶな、ラート」


「なにやらご機嫌だね」


 3人は端末を手に、機兵の運用について議論を交わしていたらしい。


 レンズとパイプは俺と同じ機兵乗り。ネウロンに来てから出会った仲間だが、タルタリカと戦っているうちに長年の戦友のように連携できるようになった。


 レンズはちょっと口が悪いが、射撃の腕は抜群に良い。


 パイプは真面目で頭が良くて気が効く。「あそこのタルタリカ邪魔だ」「地雷置きたい」って困っている時、大抵はパイプが仕事を済ませてくれている。


 バレットは整備兵の1人。本人は「まだまだ見習いです」と謙遜しているが、機兵乗りの視点で整備してくれる。機兵以外の整備ではヘマしがちで、整備長によく怒られてるけど……いいヤツだ!


「何かいいことあったの?」


「わかるか? わかっちゃうかぁ。さすがはパイプ先生!」


 パイプがオークらしからぬ穏やかな声色で問いかけてくれた。


 レンズは「気持ち悪いニヤニヤ笑いしてるから、誰でもわかるだろ」などと暴言を吐いてくるが、いつもの事だ!


「レンズには教えてやんね。あっち行け!」


「ガキかテメー……。ガキがやっと下船したと思ったら、また戻ってくるし……いつから星屑隊ウチは託児所になったんだ?」


「その子供達の世話係を任されたんだよ。今日から俺らの仲間だからな!」


「面倒事を任されたな。まあ、テメエには似合いの仕事だ」


「ラートは物怖じしないし、レンズの100倍適任者だね」


「ハァ? パイプ、テメー、オレにケンカ売ってんのか?」


「やりたいの? 子守り」


「いや、やりたくねえけど……」


 きょとんとした顔のパイプに問われたレンズが鼻白む。


「マジでガキを預かるのか? いつまでいるんだ?」


「しばらく一緒みたいだぜ」


 そう言うと、レンズは鬱陶しそうな顔でため息をついた。


 子供達に「鬱陶しい」以外の感情はないらしく、端末に視線を落としている。


 黙っていたバレットが「ラート軍曹も大変ですね」と遠慮がちに言ってきた。


「ネウロン人の子供の……それも特別行動兵の子供の世話役なんて……」


「んなことねえよ。俺は嬉しいよ?」


「隊長に頼られているからですか?」


「んー。というか、子供好きなのさ。弟がアイツらと同じぐらいの年頃でさ! 放っておけねえって想いもある。……あんな年で特別行動兵として戦場に出されているのは、正直おかしいって思うしさ」


 ただ、ウチの弟は1人だ。


 何人も世話するのは初めてで、そこはちょっと不安。


「向こうは子供5人いて、技術少尉はあんま頼れそうにないからさぁ……。俺1人じゃ手に負えないかも? ヤバそうな時はお前らも手伝ってくんね?」


「いいよ」


 パイプは即答。


 レンズは無視!


 バレットは困り顔を浮かべている。


「それは……。その…………命令でしょうか?」


「え? いや、友達としてのお願いだよ。嫌ならいいんだぜ?」


「では、すみません。自分は……ちょっと……」


「子供が苦手なのか? ちょっと意外だ」


 バレットは申し訳無さそうに頭を何度も下げ、「すみません、整備長と話があるので」と言ってそそくさと去っていった。


 バレットが去ると、パイプがポツリと呟いた。


「バレット、顔色悪かったね」


「そうか?」


「第8が船に乗ってきた時からね。彼らが下船した時はホッとした様子だったけど、戻ってきた時、また顔を青くしていたよ」


「まさか、バレットも巫術師の噂話を信じてんのかなー……?」


「そうだとしても、無理はないね。隊内でもその手の噂話は流れるし」


 パイプは微笑し、「まあ、ウチの隊は血気盛んな人が多いから、『ビビったら負け』とばかりに気にしてない人が多いけどね」と言った。


「バレットはラート達みたいに図太くないから、心配なのかもね」


「俺って図太い?」


「自覚ないの?」


「そ、そっかなぁ~……。でもさぁ、巫術師に関する噂話って大半ウソだろ?」


 巫術師が人を操るとか、巫術師に触るとタルタリカにされるって噂。


 それはあくまで噂。科学的根拠は無いって発表されている。


「大半は根拠無しだね。ただ、巫術師が術式を使うのは確かだ。術式アレは僕らには使えない神秘だ。よくわからないこそ恐れるんだろう」


「パイプは怖くねえのか?」


「怖いさ。怖いから自分なりに調べて、『よくわからない』という状態を改善した。調べてもなおわからないことあるから、恐怖は消しきれていない」


 それでも恐れから遠ざけるほどではない、とパイプは言う。


「恐怖すら理詰めで制御していくか……。さすがは優等生!」


「ホントの優等生なら、ネウロンに左遷されてないよ」


 パイプは微笑を苦笑に変えたが、直ぐに真面目な表情で語りかけてきた。


「僕もラートと同じく子供達と接するのは大丈夫だよ。巫術師に対しての恐怖は多少あるけど、興味もあるからね」


「助かるぜ! 手伝ってくれねえレンズも巫術師が怖いのか~?」


 からかうと、レンズが端末見つつ拳を振るってきた。


 手のひらで受けて軽くひねり、レンズの体勢を崩す。転ばないように背を支えてやったものの、また殴ってきた。腰の入ってねえ拳なんて余裕で捌ける。


 ちょっとじゃれてやると、レンズは「ケッ!」と不機嫌そうな鳴き声を上げ、この場を去っていった。狙撃ならともかく格闘技術は負けねえ。


「ラート。レンズ相手はともかく、バレットにはそういうこと言わないでよ?」


「言わねえよ。相手は選ぶさ。でも、バレットにも『巫術師は怖くないぜ!』ってキチンと説明したら手伝ってくれないかな? バレット自身のためにも――」


「説明は試みた。けど、バレットは説明を聞くことすら苦痛のようだったから止めた。巫術師絡みで彼を刺激するのはやめておこう」


 バレット、そんなにキツいのか……と思っていると、パイプは俺の肩を叩きながら「人それぞれさ」と言った。


 まあ……パイプの意見に従った方がいいか。


 第8がウチと行動を共にする以上、嫌でも顔を合わせることになる。


 バレットもそのうち慣れてくれるだろう。相手は巫術師とはいえ子供だから、フツーより慣れ親しみやすいはずだ。


「とりあえず第8に挨拶しにいこうぜ!」


「僕は食堂に行きたい」


「えぇ~っ……!」


「うそうそ。最初の挨拶ぐらい付き合うよ。勉強したいからラートほどしっかりと子供達との時間を設けられないけど、困った時は相談して」


「すまねえ。出来るだけ自分で何とかしてみるよ」


「うん。挨拶ついでに彼らも食堂に誘ったら?」


「なんで?」


「栄養補給しながら会話するのは良い交流になるそうだよ。僕らは栄養補給それを楽しむ習慣が乏しいけど、彼らは僕らと身体構造違うから」


「ふーん。そういうもんなのか」


 1分程度で終わる作業しながら会話するなんて、変なの。


 いや、喋ってたら1分で終わらないか。でもあんま馴染みねえな。


 まあ、パイプの言う通りにしてみよう!





■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 パイプと一緒に子供達のところに行く。


 繊一号への道中に割り当てられていた部屋と同じ――隊長の個室の近くだ。


 近づいていくと、あの子達の話し声が聞こえてきた。


「マーリンがいないの……」


「う、うーん……。その辺に隠れてるかもしれないよ~……?」


「さっきの港に置き去りになってるのかも……!」


「お、落ち着いて、アル君。きっと大丈夫だよ」


 声の主は廊下にいた。


 俺達宛ての手紙を渡してくれた男の子と、年長の女の子――技術少尉に平手打ちされた女の子が話をしているようだ。


 2人に声をかけようとすると、その傍の部屋から別の男の子が出てきた。


「…………」


 俺を睨んできた子――ニイヤドで俺を攻撃してきた子だ。


 俺達が近づいてくるのに気づいたのか、部屋から出てきて廊下にいる2人と俺達の間に割って入ってきた。その子の影響で、廊下の2人もこちらに気づいた。


 睨む視線に少し気圧されつつ、「お、おう!」と声をかける。今更緊張してきて声が上ずる。ダメだダメだ、頼ってもらえるよう「頼りがいのある交国軍人」らしく振る舞わねえとな……!


「第8巫術師実験部隊の皆! 俺はラート軍曹。星屑隊の機兵乗りだ!」


「「「…………」」」


 子供3人の視線が俺に向き続けている。


 1人はずっと睨んできている。他2人は身をこわばらせているように見える。


 向こうも緊張してるみたいだな……!


「お前ら、今日から星屑隊おれたちと行動を共にする。仲間になるわけだ! これからよろしくなぁ!!」


「「「…………」」」


 元気よく挨拶したものの、反応は鈍い。


 ただ、元気よく挨拶した甲斐あってか、「だれぇ~……?」と言いながら残りの子供2人も部屋から出てきた。これで5人全員揃った。


 技術少尉の姿はない。あの人は苦手だから別にいいけど。


「ええっと……。あっ、こっちのオークはパイプ軍曹な! 俺と同じ機兵乗りで、頭が良い! ニイヤドの戦いでも一緒にいたんだぜ?」


「こんにちは。これからよろしくね」


「は、はい……。よろしくお願いします……」


 技術少尉に平手打ちされていた年長の子が、おずおずと頭を下げてくる。


 その子は気まずげに少し視線を泳がせた後、「ニイヤドでは助けていただいてありがとうございました」と言い、「私達が明星隊ってウソついたことはごめんなさい……」と頭を下げてきた。


 ウソのこと気にしなくていいのに、律儀な子だなぁ!


「明星隊云々のことは気にすんな! それより、ほっぺ大丈夫か?」


「へっ?」


「お嬢ちゃん、技術少尉に平手打ちされてただろ。あれ、俺が話を聞こうとした所為だよな? ごめんなぁ……。でも今日から仲間ってことで、技術少尉にも喋る許可は取ったから! あ、機密とか話す必要はないからな!」


「あー……。ええっと、ヒューズ技術少尉はいつもあんな感じなので……」


 年長の嬢ちゃんはそう言って、初めて笑顔を見せてくれた。


 ちょっとぎこちなさはあるけど、笑顔は笑顔だ。


 子供達の顔、疲れた顔や怒った顔ばっかだったから、笑顔見れるのは嬉しい。これからもっと仲良くなっていけば、もっと笑顔になってくれるはずだ。


「あの、ええっと……自己紹介がまだでしたよね? 私、特別行動兵のヴァイオレットと申します。私は巫術師ではないんですが――」


「あ、そうなのか?」


「はい」


 第8の一員だから、子供は全員巫術師だと思ってた。


「私は技術少尉のお仕事を手伝っていて……。あと、子供達の身の回りのお世話をしています」


「ははっ。子供達って、ヴァイオレットも子供だろ?」


「私は大人ですっ!」


「背伸びしたい年頃か……」


「違いますぅっ……! た、多分……」


 身長140cmぐらいだから、背伸びしても小さいままだな。


 でも、嘘を言っているようには見えない。本当に大人なのかも。


 異種族の年齢はよくわからん。


 オークには女もいねえから、異性となると余計にわからん。俺、エルフの整備長のことも最初子供と思ったしなぁ……。実際、数百歳の大人のお姉さんだから見た目で判断しすぎるのはダメだな。


「オークさん達みたいに大きくないから子供に見えるかもしれませんが、私は大人です。……大人のつもりです」


「そうなのか。いや、悪いな、子供扱いして」


「い、いえ……」


「ともかく握手しようぜ!」


 そう言ってヴァイオレットに手を差し出すと、ペチンッ! と叩かれた。


 叩いたのはヴァイオレットではなく、俺を睨み続けている男子だった。


「きたねえ手でヴィオラ姉に触んな! クソ軍人!」


「おぉっ……?」


「ふぇ、フェルグス君!?」


 俺の手を叩いた男子は――フェルグスって子は随分怒ってるみたいだ。


 血相変えたヴァイオレットがフェルグスの手を引いて下がらせ、「ごめんなさい! ごめんなさい!」と平謝りしてくる。


「ごめんなさいっ! 交国軍人さん相手に……! こっ、こんなこと……!」


「離せよ! ヴィオラ姉っ!」


「ダメっ!」


「お、おい、落ち着け落ち着け。こんぐらい痛くねえから。つーか、俺達って痛み自体ねえから全然大丈夫なんだぜ~?」


 相手の緊張解くためにおどけて言ったものの、ヴァイオレットは表情を一層強張らせた。フェルグスは気持ち悪いものでも見るような目つきだ。


 なんだろうな~……。なんで俺、フェルグスに嫌われてんだ?


 というか、第8の皆に嫌われている可能性が――いや、そんなことないはず。だって俺、ヴァイオレット以外にも感謝されたし!


「あ、おい。俺のこと覚えてるよな? 手紙渡してくれただろ!?」


「ひゃっ……!」


 廊下でヴァイオレットと話していた子に話しかける。


 繊一号についた時、俺達宛に手紙をくれた子。


 その子に元気に話しかけたが、ビクッと肩を震わされた。


「ラート、声量はもう少し抑えた方が……。脅かしているみたいだよ」


「そ、そうか? 悪い」


 パイプに背を叩かれ、忠告される。


 緊張を隠すために声を張りすぎたか。落ち着け落ち着け。


 俺はコイツらと仲良くなりたいだけなんだ。


「ええっと……改めて自己紹介な? 俺はオズワルド・ラート軍曹」


「ラート軍曹さん……」


「そう。お前の名前は?」


「アル、言わなくていい!」


 フェルグスが割って入ってきてそう言ったものの、ヴァイオレットがその口を押さえてペコペコと頭を下げてきた。


 そんな中、アルって呼ばれた子は――フェルグスのことをチラチラと横目で気にしつつ――名乗ってくれた。


「ボクの名前は、スアルタウです……」


「スアルタウ。よろしくなぁ」


「……はい」


「あと2人だな。名前教えてもらってないの」


「グローニャはね。グローニャだよ~」


 ヴァイオレットの後ろに隠れていた小さな女の子がそう言う。


 ヴァイオレットよりさらに小柄だ。こっちはさすがに子供だろう。俺が「グローニャね。覚えたぜ」と言うと、直ぐに隠れてしまった。


 最後にもう1人いるが――。


「お前さんは?」


「……名簿とか見たら? 特別行動兵オレらの情報全部管理してんだろ」


 最後の1人――フェルグスと同い年ぐらいの子供が、投げやりに言う。


 フェルグスみたいに睨んでくるわけではないが、不機嫌そうにしている。投げやりな口調をヴァイオレットに窘められると、しぶしぶ名前を教えてくれた。


「……ロッカ」


「ロッカー?」


「ロッカ! チッ……! 気分わりい……!」


 ロッカは舌打ちをし、部屋の中に戻っていった。


 ヴァイオレットは再びペコペコと謝ってきた。「すみませんすみません!」「ろ、ロッカ君は船苦手みたいで! 具合悪くて……!」と弁護してきた。


 ヴァイオレットは優しい子だが、優しすぎて謝りすぎだな。ペコペコ謝りすぎて首痛めそうだ……。


「謝らなくていいって。俺のことは家族みたいに気安く扱ってくれ!」


「……家族、ですか……」


「おうっ! でも困ってたらガンガン頼ってくれよなっ!」


 胸を力強く叩き、告げる。


「俺達、交国軍人はお前達を守りに来たんだ」


 ネウロンは弱い。


 文明も未発達の後進世界だ。


 だから交国おれたちが守ってやらないと。


 先進世界として、後進世界の文明化も助けてやらないと!


 魔物タルタリカ事件のような悲劇は繰り返しちゃならねえ。


 それに、邪悪な天使・・共からも守ってやらないと――。


「俺達はお前らの味方だ。信じてくれ!」


「何が『守りに来た』だよ……。侵略者が正義面してんじゃねえよッ!」


 フェルグスが吠える。


 ヴァイオレットの手を振りほどき、食って掛かってきた。


「侵略者? なに言ってんだ。俺達は――」


「ごめんなさい! ごめんなさいっ! この子、まだいまの環境に慣れてなくて……! 弟のアル君以外の家族と離れ離れで気が立ってるんです! 許してあげてくださいっ……!」


「ヴィオラ姉! 離せっ! この侵略者クズを倒さねえとダメだろ!?」


「無茶言わないでっ……!」


 フェルグスは何を言ってる?


 ヴァイオレットは何におびえている?


「だ、大丈夫か――」


 2人を落ち着かせようと手を差し伸べたが、ヴァイオレットが「ひっ!」と悲鳴をあげる。まるで俺に殴られるのを恐れるように。


 よく見ると、他の子の顔も強張っていた。


 スアルタウはビックリして固まっている。


 グローニャも目をまんまるに見開き、「ヴィオラねえちゃ……」と言いながらヴァイオレットに抱きついている。


 皆、バケモノでも見るような目をしている。


 バケモノなんていない。ここにはタルタリカなんていない。


 いるのは俺達オークだけだ。


「ま、待て! 違う! 俺は技術少尉みたいなことはしねえよ!? あの人は交国人だが……あの人みたいなのはごく一部しかいねえよ?」


「じゃあ何でネウロンに侵略してきたんだよ!」


「侵略じゃない! 俺達は後進世界のお前らを守りに――」


「ラート」


 パイプが肩に手をかけてくる。


 これぐらいにしておこう、なんて言ってくる。


 なんでそんなことを言うんだ?


「出直そう。いま何を言っても威圧するだけだよ」


「何言ってんだテメエ」


 やるべきことは明白だ。


 フェルグス達の誤解を解かないと。


「お前達は誤解してる。俺達は侵略者じゃない。逆だ」


「バカ言うな! お前らは異世界からネウロンに侵略してきただろうが……!」


「違う! 俺達は侵略者からお前達を守りに来たんだ!」


 敵はタルタリカだけじゃない。


 タルタリカが発生する前から、ネウロンには危機が迫っていた。


 多次元世界は広い。数え切れないほどの国家が存在している。野心的な侵略国家も確かに存在する。でも、交国は違う。交国は人類を守る存在だ。


 敵は国家だけじゃない。


 人類を滅ぼそうとする邪悪な組織も存在する。


「ネウロンはプレーローマって大組織に狙われていたんだ。交国が来なけりゃ、お前らは天使共に滅ぼされるかもしれなかったんだぞ」


「ぷれーろーま? なに言ってんだ。そんなもん知らねえ!」


「知らなくて当然だ。異世界の存在だからな」


「オレ様が知ってんのは、交国だ! 交国が来たからネウロンはメチャクチャになったんだよっ! 人がいっぱい死んで! 前みたいな生活できなくなって――」


「それはタルタリカの所為だ!」


「違う! 交国おまえらの所為だ!」


「何だと!!」


 聞き捨てならねえことを言いやがる!


 カッとなって叫ぶ。


 すると、ヴァイオレットが立ちはだかってきた。


 初めてあったあの日。大狼を――スアルタウを庇う形で両手を広げ、立ちはだかってきた時のように、今度は子供達全員を守る形で立ちはだかってくる。


 顔を青ざめさせながら。


 涙目になりながら。


「殴るなら私にしてくださいっ! この子達はまだ子供なんですっ!」


「ヴィオラ姉! どいてくれっ!」


「ダメに決まってるでしょ!? また明星隊の時のようなことに――」


 なんだよ。


 なんで皆、俺を怖がるんだ。


 俺達はお前らを守りに来たんだぞ?


 何で怒る。何で泣く。俺達が何をした・・・・・・・


「ラート……」


「んだよ、パイプ!」


「キミが声を荒げるから、皆怖がっている」


「――――」


「騒ぐから他の隊員も様子を見に来た」


 言われ、気づく。


 星屑隊の隊員が少し遠巻きに見ている。「揉め事か?」と言いたげな顔で、俺達の様子をうかがっている。


 これ、俺が子供達をイジめているように見えてるのか……?


 俺が悪いんだよな……。一応……。


 何で、ここまで怖がられるのか……わかんねーけど……。


「…………」


 どうすればいいかわからず立ち尽くしていると、パイプに押しのけられる。


 俺を押しのけたパイプはいつもの穏やかな声色で話し始めた。


「ごめんね。ラート軍曹には悪気がないんだ」


「…………」


「ラート軍曹がキミ達のことを想っているのは本当だ。伝わってないと思うけどね。でも、ニイヤドでの戦闘でラート軍曹は危険を顧みず、キミ達を助けに走った。死ぬ可能性もあったのにキミ達のために命を賭けた」


「…………」


「まあ、『それが何?』って言われるかもしれない。僕達は立場が違うから……認識のズレもある。そう表現すること事体、キミ達には腹立たしい事だろうけど……本当にラート軍曹に悪気はないんだ」


 パイプが第8の子らに話しかける。


 返事はない。


 フェルグスは俺達を睨み続けているし、ヴァイオレットは涙目で震えながら子供達を守ろうとしている。俺達は敵じゃないのに。


「ラート、とりあえずキミはあっちに行って」


「なんで――」


「いいから。キミ達もひとまず部屋に戻って」


 パイプに軽く押される。子供達も部屋に戻るよう促される。


 まだ誤解は解けてない。


 でも、俺が何を言っても怖がられる。


 いや、怖がられない姿勢を取れば――。


「待ってくれ!」


 廊下で手と膝をつき、土下座する。


「スマン! 怖がらせるつもりはなかったんだ! 本当にスマン!」


「…………」


「信じてもらえないだろうけど、信じてもらえるよう頑張るから――」


 返事はなかった。


 頭を上げると、子供達はもう部屋の中に入っていた。


 ヴァイオレットだけが――怯えた表情で――俺を見ていたが、パイプと俺と野次馬達に頭を下げ、無言で扉を閉めた。


 弟と同年代の子らの相手なんて、楽勝だと思った。


 現実は違った。


 仲良くなるどころか、怒らせ、怖がらせるだけだった。






【TIPS:交国のネウロン侵略】

■概要

 新暦1241年。巨大軍事国家・交国は突如、辺境の後進世界であるネウロンを侵略。ネウロンにろくな軍事力が無かったこともあり、交国は概ね無血でネウロンを制圧した。


 交国の最高指導者である<玉帝>はネウロン侵略を「侵略行為」と言わず、「プレーローマ等の人類の敵から守るために必要な措置」「後進世界文明化の一環」と称した。これまで攻め落としてきた世界と同じく、侵略行為と認めていない。



■人類連盟の動き

 多次元世界の人類平和と安全維持のために働きかける<人類連盟>は交国のネウロン侵攻を咎める立場にあるが、そうする様子はない。


 むしろ、交国を支持する動きを見せているほどである。


 その動きは「魔物事件で滅びの危機に瀕しているネウロンを救うべき」という人道的な建前に支えられたものではなく、人連に大きな影響力を持つ強国の意向によるものである。この強国には交国も含まれる。



■交国の世論

 交国の大衆は自国のネウロン侵攻について、概ね無関心である。


 後進世界であるネウロンの保護及び文明化は必要と言われるどころか、ネウロンを知らない者も多く存在している。魔物事件については「ネウロンのテロリストの仕業」として大きく報道されたが、それも一時的なもの。


 大衆は最新のニュース、娯楽に目を奪われ、辺境で滅びかけているネウロンに対して眼差しすら注がない。所詮、画面越しに映る異世界の話だ。



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