哀れな羊達



■title:星屑隊母艦<隕鉄>・作戦会議室にて

■from:星屑隊隊長


 船に戻り、部下達に「第8巫術師実験部隊は星屑隊預かりになった」と伝える。


 反応は概ね無関心。中には否定的な者もいた。後者の筆頭は副長であり、嫌そうな顔をしながら「ガキの子守を押し付けられたんですか」とボヤいていた。


 ラート軍曹は何故か嬉しそうにしていたが、会議室に呼んで「第8の監視も行う必要がある」と説明すると見る見るうちに顔色が曇っていった。


 実験部隊に不審な動きがあれば報告しろ――という命令に対し、不満げな顔で「なんでそんなこと……」と声を漏らした。


「あんな子供達の何を疑うんですか? どういう事なんですか?」


「順を追って説明しよう」


 巫術師はネウロン魔物事件に大きく関わっていた。政府はそう言っている。


 事件以降、巫術師に対する負の噂話は尽きない。


 曰く、巫術師は人間をタルタリカに変える。


 曰く、巫術師は人間を操る。


 曰く、巫術師はタルタリカと内通している。


 巫術師に関する噂話は枚挙に暇がない。<異能者>や<術式>はネウロンに限らず存在するが、<巫術>という力は交国人われわれに馴染みがない。


 よく知らないからこそ、いい加減な噂話が蔓延る。


 非巫術師のネウロン人ですら――魔物事件の影響で――巫術師を過剰に恐れる者さえいる。噂は野火の如く広がり、燃え盛っている。


「久常中佐は、噂話を信じているんですか……?」


「かもしれん」


「巫術師に関する噂話って、根拠あるんですか?」


「大半は無根拠だ。研究機関の調査により、巫術師に関する噂の殆どが科学的に否定されている。巫術師は人間は操れない」


 普通の人間は操れない。


 巫術師が操れるのは別のものだ。


「噂話を信じてガキの子守り&証拠探しを命令してくるって……久常中佐はドアホにも程がねえっすかぁ?」


「口を慎め副長。ここに盗聴器があったらどうする」


「ねえっスよ。調べてますもん。……でもマジで噂根拠でガキ疑ってんスか?」


「いや、別の事情が大きく絡んでいるはずだ」


 さすがの久常中佐も噂話だけでは動くまい。


 端末を操作し、先日の作戦――ニイヤドでの救出作戦の資料を映す。


作戦説明ブリーフィングで説明したが……ラート軍曹、先日のニイヤド救出作戦で、ニイヤドにどのような者がいたか覚えているか?」


「最優先救出対象のグループと、それを護衛している明星隊がいると聞いていました。実際には第8巫術師実験部隊もいましたね」


「第8は明星隊に随伴していたそうだ」


 ネウロン旅団本部は第8を明星隊の一部として扱っていた。


 あるいは、「特別行動兵のことなどわざわざ話さなくていいか」と軽んじた。


 おそらく村雨隊も第8の存在は聞いていなかっただろう。彼らは第二救出対象である明星隊を放置して、最終戦救出対象だけ連れてさっさと逃げたが。


 本部も村雨隊も程度が低い。


 軍事委員会から厳しい叱責が与えられるか、軍法会議の場に呼び出されかねない失態だ。久常中佐は村雨隊の怠慢は一応報告したようだが、旅団本部じぶんたちの事は伏せているようだ。


「あの救出作戦で、明星隊は助けられなかった」


 第8はともかく、明星隊の隊員達は全員死んだ。


 正確には行方不明となっている。


 久常中佐が作戦後に派遣した調査部隊によると、死体や兵器の残骸や認識票はあったが、死体の損傷が激しく身元の特定は難航しているらしい。


 認識票も回収し切れていない。タルタリカの腹の中のものは特に。


「明星隊、やっぱ壊滅してたんですね……。アレだけの数のタルタリカに囲まれて……俺らが到着するまで戦い続けていたんだから、それも無理ねえか……」


「いや、明星隊は戦う前に逃げたらしい」


「ハァ……?」


「我々が助けた最優先救出対象――明星隊にとっての護衛対象と第8巫術師実験部隊を置いて、さっさと逃げ出したらしい」


「村雨隊どころか、明星隊も敵前逃亡してたわけですかい」


「そうだ」


「任務こなさず逃げてねえの、星屑隊おれたちだけかよ……」


「いやいや、副長。子供達も踏ん張って戦ってましたよ!」


 呆れ、天を仰ぐ副長に対し、ラートが弁護の言葉を吐く。


「ってことは……第8が逃げずに戦ってたおかげじゃないですか! 最優先救出対象を全員無事に逃がせたのは!」


「そう言っても過言ではあるまい」


 質が悪いとはいえ、正規兵の明星隊ですら逃げ出した状況だ。監督者の技術少尉以外、特別行動兵で構成された第8も続いて逃げてもおかしくない。


 だが彼らは踏みとどまった。


 技術少尉がそう命令したのかと思ったが……どうも違うらしい。彼らは護衛対象を見捨てず、最後まで戦ったうえに生き残ってみせた。


 多勢に無勢ゆえに思い切って街に火をつけ、火事を利用してタルタリカの勢いを削ぐ提案をしたのは技術少尉の助手役を務めている少女特行兵の機転らしい。


「正規兵より仕事してる子達なら、なおさら疑う理由ないでしょ!」


「普通はそう判断するだろう。だが面倒な事情があってな」


「面倒な事情?」


「ニイヤド救出作戦の最優先救出対象は、玉帝が派遣した研究者達でな」


「えっ……研究者っぽいなぁ、とは思ってましたけど……」


「交国のトップが派遣した研究者となると、VIPですね」


「ああ。研究者達はタルタリカを警戒し、機兵小隊を4、5部隊つけるよう要望を出していたらしい」


「……護衛の明星隊の規模って、確か……」


「機兵5機。ウチより1機多いだけだな」


「ハハッ、久常中佐が『4、5部隊』と『4、5機の機兵』を聞き間違えたってオチですか。ハハッ…………んなわけねえよな、バカかあの中佐!?」


 大体事情を察したのか、副長が呆れ顔を通り越し怒り顔になっている。


 事情を察せていないラート軍曹は首を傾げている。


 首を傾げ、「何かマズいんですか?」と呟くと、副長が説明を継いでくれた。


「ラート、最優先救出対象の正体は誰だ?」


「だから、それは玉帝が派遣した研究者……」


「そいつらを守る責務を負っていたのは?」


「明星隊?」


「惜しいが違う。ネウロン旅団のトップである久常中佐だ」


 最優先救出対象は無事だった。


 無事だったが、かなり危うい状況だった。


 第8巫術師実験部隊が奮戦せず、我々や村雨隊の到着が1分でも遅れていたら、玉帝が派遣した研究者達は全員死亡していたかもしれない。


「久常中佐はVIPの護衛をケチったんだよ。ケチっても被害ゼロだったらまだ言い訳の余地あるかもだが……護衛としてつけた明星隊は逃げて壊滅。護衛対象は無事でも危険に晒した。その責任は誰にある?」


「采配した久常中佐ですね……。フツーは……」


 ラートもある程度察してくれたのか、私の方を見て言葉を続けた。


「まさか、久常中佐は采配ミスの責任を誰かに押し付けたがっている?」


「残念ながら、その可能性が高い」


 重要人物の護衛とはいえ、機兵小隊を5つも割くのはやや過剰だ。


 だが、それだけいればタルタリカの接近を早期発見するための警戒網を築くことが出来ただろう。小規模の群れなら危うげなく殲滅し、大規模な群れなら早期発見して余裕を持って撤退できただろう。


 久常中佐の采配ではそれが出来なかった。


 研究者達は何とか無事に逃がせたが、危うい状況だった。唯一の護衛機兵部隊は敵前逃亡した。研究者達は良い顔をせず、玉帝に「久常中佐の采配の所為で危険な目に遭いました」と言いかねない。


 実際、近いことは言ったのだろう。


 だから、中佐は慌てて責任をなすりつける相手を探している。


「明星隊は敵前逃亡。村雨隊は怠慢。オマケに旅団長は護衛ケチって部下に責任押し付けようとしている……。いやぁ、ネウロン旅団は人材豊富だなぁ~!」


 副長はそう言って笑った。


 ただ、笑みがやや引きつっている。


 久常中佐の矛先が我々に向きかねないことも察しているのだろう。


 いや、もう向いているな。星屑隊に第8を押し付けてきたのだから。


「交国軍とは思えない質の悪さだ。ネウロン旅団は無能の缶詰ですか?」


「ネウロン旅団に限らず、質が悪いところは悪い。交国軍も巨大な組織だからな。血の巡りが悪い場所はどうしても生まれる」


 ネウロンが辺境の世界という事情もあるのだろう。


 優秀な人材は他所に回されている。星屑隊も上層部にとっては「要所に回さなくていい人材」だ。腕はともかく、問題児が多いからな。


 率いている隊長わたしにも大きな問題がある。


 その問題は考慮されていないだろうが――。


「久常中佐の判断も100%誤っていたとは言い切れん。ニイヤド周辺のタルタリカは前々回の殲滅作戦で駆除されていた。あそこまで大規模の群れが来たのは、予想外だったのだろう」


 久常中佐はネウロンのタルタリカ殲滅を急いでいる。


 調査の護衛に回す戦力を、タルタリカ殲滅に回したのだろう。


「でも、VIPの要望は無視したんですよね」


「そうだな」


「あれぐらい大規模な群れなら、偵察衛星で早期捕捉できなかったんですか?」


「そのようだな」


 運悪く捉え損ねたか、旅団の情報部に怠慢があったのかはわからん。


 あるいは、まったく別の要因で見逃したのかもしれない。


「ともかく……久常中佐が第8に嫌疑を向けているのは、『そうであってくれ』という願望混じりのものだろう。あくまで私の推測だが――」


「隊長の読み通りでしょうよ。責任逃れは久常中佐の十八番・・・だし」


 副長はそう言いつつ、チラリとラート軍曹を見た。


 わずかに俯いているラート軍曹は、その視線に気づいていないようだった。


「しかし、責任押し付けるなら明星隊と村雨隊っていう適任者いるじゃないですか。前者に関しちゃ押し付けても反論してこないでしょ?」


「それだけでは足りないと判断したのだろう」


「素晴らしい判断ダナー」


 護衛が要望より少なかったのは事実だ。


 その判断は誤魔化しきれん。


 交国軍人の行動の是非を問う機関は――軍事委員会はそう簡単には欺けん。


「ハァ……。オレらもついてないですね。尻拭いさせられるとは」


「そうとも限らん。久常中佐の読みが当たっている可能性もゼロではない」


「第8が、交国軍を実際に裏切っているって事ですか?」


「それは無いんじゃないんですか? あの子達がそんなこと……」


「ラート軍曹。子供相手だからといって甘くなるな」


 第8の子供達を悪く言われるのは――心情的に――よく思わないらしく、反論してきたラート軍曹を咎める。


「彼らが本当に裏切った可能性も考慮すべきだ」


「でも、アイツらが頑張ったおかげで研究者の人達は助かって――」


「彼ら自身も生き延びた。何故、生き延びることができた?」


 逃げた明星隊は壊滅した。


 逃げなかった第8は生き残った。


「久常中佐が睨んでいるように、第8がタルタリカと通じていたのであれば……彼らが生き残ったのもうなずける」


「そんなバカな! アイツらが生き残ったのは、アイツらが頑張ったからですよ! あと、俺達も助けに行きましたし……!」


「助けに行って攻撃されていたな。ラート軍曹」


「う……。そ、そりゃ……あの子も生きるのに必死で、混乱してたんでしょう」


「交戦記録は私も見た。聞いた。貴様を攻撃した巫術師の子供は、『交国軍人は信用できない。ネウロンから出ていけ』とのったまったそうだな」


 あの少年は交国軍人に敵意を持っている。


 動機はある。


 久常中佐にはこの件を正確に報告していないが、ラート軍曹が攻撃されたのは事実だ。……敵意を持つ事情は概ね察することができるが。


「私も第8巫術師実験部隊を本気で疑っているわけではない。しかし、彼らに落ち度はないと決め打ちしてかかるのは危険だ。視野は広く持て」


「俺は……あの子達を信じたいです」


「信じるに足る根拠などあるまい。全てを疑え」


 第8巫術師実験部隊を信じるべきではない。


 久常中佐も信じるべきではない。


 星屑隊隊長わたしも信じるに値しない。


 信じたいなら、全てを疑ってかかるべきだ。





■title:星屑隊母艦<隕鉄>・作戦会議室にて

■from:肉嫌いのチェーン


「隊長、明星隊についてなんですが――」


 ラートが何か言いたげに表情を曇らせている中、話題を変える。


明星隊やつらが逃げた時と、その後について詳しく教えてもらえませんか?」


「明星隊はタルタリカの接近に気づけず、放棄された市街地で戦闘を開始した。そこから5分ほど戦闘を行い……形勢不利と見て逃げ出した」


「戦闘は……まあ、当然やってたか。最終的に逃げたとはいえ」


 オレ達がニイヤドに行った時も、明星隊が戦闘した痕跡はあった。


「ラートも見たよな? 明星隊の機兵の残骸」


「あぁ……。ありましたね、1機。大破してましたが……」


「その1機がまず最初にやられたそうだ。第8巫術師実験部隊の証言では、その犠牲が皮切りとなって明星隊は逃亡を開始した」


 その逃走開始の10分前、司令部からオレ達に救出作戦の話が来たようだった。オレ達が急いで現場に急行していた時、明星隊はさっさと逃げ出していた。


 奴らは「護衛対象を連れていたら逃げ切れない」と判断したんだろう。


 回転翼機なり方舟があれば、護衛対象を空路で逃し、明星隊は身軽かつ任務達成した状態で逃げられたんだろうが……そこは久常中佐の落ち度だな。護衛減らすなら退路ちゃんと用意しとけっつーの。


「明星隊は逃亡したが、第8は護衛の死守を命じられたようだ」


「囮のつもりだったんスかねぇ」


「かもしれんな。……明星隊は逃げた後にもタルタリカの群れに出くわし、包囲殲滅されたようだ。衛星の観測映像は残っていないが、彼らが壊滅した現場の検証と回収された戦闘記録媒体からそう考えられている」


 隊長が会議室の壁にニイヤド周辺の地図を表示する。


 明星隊が逃げていったルートと、時間が表示される。


 明星隊が壊滅したのはニイヤドから10キロ離れた地点。海に向けて逃げていたはずが敵の群れと出くわし、突破できず、内陸部に追い立てられた末にやられちまったようだ。


「逃げ始めて3時間後に壊滅ってことは……オレ達が現着した時点ではまだ生き残りがいたんですね。大人しくニイヤドに籠城してりゃ望みはあったのに」


 特行兵共が生き残ったことを考えると、あのガキ共は意外と使える。


 上手く使ってりゃ、生き残っていたのは明星隊だったかもしれない。


 任務放棄して敵前逃亡なんかしちまったら恩給も……いや、オークのオレ達にとっては無意味な話か、恩給それは。


「尻尾を巻いて逃げ出して壊滅か。逃げたくなる気持ちも理解できるけど、ダセエ最期だな、そりゃあ……」


「生きたまま食われたんですかね、全員……」


「グロいこと言うなよ、ラート」


「生存者がいる可能性はある」


「つっても、実質死亡の行方不明でしょ? 死体がハンバーグ状態だから、誰が誰かわからねえ。だからまだ生きているかもしれねえ、ってだけ」


「明星隊の機兵は、2機しか残骸が見つかっていない」


「おー……?」


 そりゃ、確かに生きている可能性あるな。


 隊長がディスプレイに壊滅現場の写真を表示する。


 明星隊が最期を迎えたと思しき場所には、機兵1機と装甲車の残骸が見つかっている。最初にニイヤドでやられたヤツと合わせて、機兵の残骸は2つ。


「残り3機の一部は見つかっているが、完全な状態では見つかっていない」


「タルタリカに食われたとか……?」


「バカ。さすがにそりゃ無いだろ」


 タルタリカは機兵の装甲を食い破るが、それはあくまで流体装甲の話だ。


 機兵のフレーム部は流体装甲ではない。別の合金で作られているため、いくらタルタリカでも流体装甲のように食い荒らせないはずだ。


「バカでかいタルタリカなら丸呑みにできるかも?」


「何十メートル級のタルタリカだよ。そんなヤツいたら偵察衛星が見つけてる」


「でも、救出作戦当時、衛星はニイヤド周辺を捉えきれてなかったんでしょ?」


「だとしても、それ以前から目撃されてたはずだろ」


「ああ、それもそっか。……普段は海の中に隠れてるとか?」


「それが有り得ない・・・・・のは、お前もよく知っているだろう」


 ですよねー、とラートが言葉を漏らす。


「生き残りがいるとしたら見つけたいっスね。子供達を置いて逃げたうえに、死守命じる交国軍人の風上にも置けない人間とはいえ……生き残りの証言さえあれば、子供達の無実を証明しやすくなる」


「そいつはどうかなぁ……。『オレ達が逃げざるを得なかったのは、第8の所為だ~!』って罪なすりつけてくるのがオチじゃねえか?」


「ありそうなのが怖いっスね……」


「隊長。所在不明の機兵3機の痕跡は残ってないんですか?」


 10メートルの巨体が逃げたら、足跡が残ってそうなものだが――。


「見つかっていない。現場はタルタリカの群れに踏み荒らされているからな」


「あ~……そりゃそうか」


「識別信号も拾えていない。……仮に生き残りがいたとしても、その者達が脱走兵になっていたら司令部に位置を気取られないよう、信号は切るだろうが」


「脱走したとこで、逃げ場ないと思うけどなぁ」


「同感だ」


 ここはネウロン。タルタリカが跋扈している世界だ。


 他所の世界と違って、人混みに紛れるのは難しい。タルタリカの群れに混じったところで殺されるのがオチだ。異世界に逃れるのも不可能だろう。


 ネウロンにも街はあるが、全て交国軍の支配下にある。街の外から逃げ込もうとしたら見つかって軍法会議行きだ。


 明星隊の生き残りがいたとしても、実質死んでる。詰んでいる。任務放棄したのは事実だし、出頭したところで軍事委員会に厳しく裁かれる。


 ネウロンの大自然に潜伏したところで、交国軍の前にタルタリカにやられるだろう。それなのに逃げたのは馬鹿としか言いようがないが……逃げずに戦って無惨に死ぬより、逃げて少しでも生き延びようとする気持ちも理解できる。


 死ぬのが怖いのは当たり前だ。


 上の奴らは脱走兵を「臆病者」「非国民」とか罵ってくるんだろうな。空調の効いた居心地の良い部屋で、快適に過ごしながら。


「現在も逃走中じゃなくて、機兵をタルタリカに盗まれた可能性は?」


 ラートの言葉に対し、即答は出来なかった。


 バケモノ共が機兵盗むなんて上等なこと出来るかよ。


 そんな考えがよぎったが、即答は出来なかった。


 タルタリカの中身・・を考えると……。


「盗んで、どうする」


「ええっと……。例えば、流体装甲を食べるためとか? 機兵を破壊せずにおけば、混沌機関によって流体装甲はほぼ無尽蔵に補修できますし。混沌の貯蓄は必要になりますが、それは時間を置けば出来ますし……」


「タルタリカは食事を必要としない。奴らは日光と大気中の混沌によって生存している。あえて流体装甲を食べる必要は無いはずだ」


「ですよね~……」


「ともかく、明星隊の生存者は確認されていない。だが機兵3機が所在不明となっている。壊滅予想地点よりさらに離れた場所で見つかる可能性はあるが、そちらは久常中佐が探させている」


 オレ達の役目はガキのお守り。


 それも、いつ不満爆発するかわからん特行兵のお守り。


 ヒステリックな技術少尉付きだ。やってらんねえ~……。


「事情説明は以上だ。副長とラート軍曹には引き続き、第8を見張ってほしい」


「積極的に交流して、仲良くなってもいいんですよね!?」


「ラート……」


 特行兵相手に真顔でのたまうラートを視線で咎めると、「いや、でもっ、情報探るなら話も出来た方がいいでしょう!?」と言ってきやがった。


「テメーはガキと馴れ合いたいだけだろ」


「そっ……そんなことは……」


「いいか。相手は特行兵だ。あんまり入れ込むとキツいぞ」


 言っても無駄だろうな、と思いつつ告げる。


 ラートは僅かに視線を泳がせた後、「でも見張っているだけじゃ、何の証拠も得られませんよ」と返してきた。


「向こうが俺達を嫌っていたとしても、これから仲良くしていけば分かり合えるはずです。信じ合えるはずです。俺はそう信じています」


「隊長、馬鹿が何か言ってますが……」


「…………。ひとまず、ラート軍曹の案で行くか」


「マジすか?」


「やった! あっ、い、いえ、わっかりました~」


 満面の笑みを浮かべたラートが、俺と隊長の視線を受けて苦笑いを浮かべて取り繕う。ガッツポーズを止め、手を背後に隠して取り繕う。


「ラート、お前、本当に情報引き出せるのか……?」


「任せてくださいよ! 俺、アイツらと歳近い弟いますんで、子供の接し方には自信あるんですよ?」


「…………」


「えっ、なんですかその、何とも評し難い顔は」


「いや……なんでもねえよ」


 情報を引き出すために交流するのは理にかなっている。


 ラートが遊び気分じゃなければ良い案だ。


 まあ、隊長もラート案で行くって言ってんだから別にいいか。とりあえずラートに任せて俺は少し距離取って見守ればいい。


 ガキ共と、ラートの両方を見守っておこう。……ラートが取り返しつかないほどほだされてしまった時が怖い。


「ラート軍曹。目的は情報の引き出しと監視だ。彼らと表面上馴れ合うのは好きにすればいいが、これも任務だということを忘れるなよ」


「はいっ!」


 返事だけは立派だ。


 不安しかねえ……。


「でも、いいんですか? 先任軍曹であるレンズ差し置いて、俺がこんな超重要な任務を任されちまって……」


「レンズ軍曹は副長以上にやりたがらないだろう」


「レンズは『はあ!? ガキの子守りだぁ~!?』ってキレるだろ」


「そうかも」


 レンズには一応話を通しておこう。


 同年代のラートが重要な任務――面倒な子守り――を任されていると知ったところで、「あの馬鹿、嬉々として貧乏くじ引いたんですね」と呆れそうだ。


「あ、そうだ隊長。指揮権はどうなるんですか?」


「第8巫術師実験部隊は私の指揮下に入った。技術少尉は難色を示したが、久常中佐の命令には逆らえまい。明星隊の時も明星隊の指揮下に入っていたようだから、その時と同じだ」


「そりゃ良かった」


 向こうはヒステリック技術少尉が指揮しまーす、星屑隊と連携せず好き勝手やりま~すってなったら大変だ。そうならなくて良かった。


「今の第8は客人ではない。同じ船に乗り、作戦行動を共にする以上、交流を完全遮断するのは許容できないと伝えている。技術少尉にな。嫌な顔はされたが、繊一号に来る道中のように面会すら拒否される状況ではない」


「よし! 早速あの子達に挨拶してきます! 困ったことあったら俺に相談してくれって! あと、船内も案内してあげた方がいいですよね!?」


「はしゃぐなはしゃぐな。距離の詰め方を間違うなよ……絶対警戒されるぞ」


 どこかウキウキした様子のラートは会議室から出ていこうとしたが――扉に手をかけた瞬間、振り返って隊長に問いかけた。


「そうだ隊長。1つ聞き忘れていたことが」


「なんだ」


「この間の作戦で助けた最優先救出目標……玉帝が派遣した研究者って、あんな廃墟でなにやってたんですか?」


 もっともな疑問だ。


 玉帝は交国の最高権力者。


 それが派遣した研究者が何を調べていたのかは、オレも気になる。


 期待して隊長の返答を待っていたが、期待した答えは得られなかった。


「不明だ。調査目的は公開されず、機密になっている」


「機密かー……。あそこ、結構デカい街だったみたいですし……再興するための事前調査でもしてたんですかね?」


「さあな」


 不明だとしても、隊長の推測が聞けると思ったが、隊長は黙っている。


 隊長に変わって「再興のための事前調査は違うと思うぞ」と言う。


「その心は?」


「立地が悪い。タルタリカ殲滅出来ていない現状で、あんな守りにくい場所に都市作るのは危険だ。オレが都市計画の担当者なら反対するね」


 ニイヤドは魔物事件以降、放棄された都市だ。


 今は誰も住んでおらず、魔物事件発生初期の戦闘で荒れ放題。タルタリカ殲滅作戦の影響もあり、都市内は瓦礫も多く散乱している。


 あんな廃墟を再興するより、もっと良い立地がある。


「なるほどぉ。じゃあ別目的か」


「――とも言い切れないかもな。マジで再興したかったのかもしれない」


「え。どっちなんスか?」


「オレは『再興のための事前調査じゃない』と思っているが、ニイヤドは特殊な土地だから……再興して支配下に置く動機もあるんだよ」


「特殊な土地?」


「シオン教って知ってるか?」


 ラートが首を傾げる。不勉強な奴め。


 まあ、オレらが知ってたとこで、あまり意味のない情報だが――。


「シオン教っていうのは、ネウロンで最大の信者数を持つ宗教だ。あくまでネウロン限定の宗教とはいえ、この世界での影響力はバカにできないもんがある」


「宗教っすか……。なんか怪しげっすねぇ」


「同感だ。でも、ネウロン人は信じてんだよ」


 今はどうか知らん。信仰を失っているかもしれない。


 いや、逆に信仰心が強まっている可能性もあるかもな。


 交国の支配下じゃ、他に縋るもんが無いから――。


「ニイヤドはシオン教の聖地なんだとよ。世界中から信者が訪問してくるほどの聖地だったから、アレだけの規模の都市だったそうだ」


「へ~!」


「今は完全な廃墟だがな。それでも聖地を押さえておけば、ネウロン人のコントロールも容易く――」


「雑談はその辺にしておけ。……ラート軍曹、第8への挨拶はどうした」


 隊長がオレ達の話に割って入ってきて、ラートに会議室から出るよう促した。


 ラートは「すみません」と軽く頭を下げた後、「それじゃ子供達のとこ、行ってきます!」と張り切って行ってしまった。大丈夫かねぇ。


「……隊長、やっぱ人選ミスでは? パイプに任せた方がビジネスライクにやってくれたような……」


「ラート軍曹ほどバ……真っ直ぐな方が、情報が引き出しやすいだろう」


「いま『バカ』って言おうとしました?」


「副長。根拠なく上官を疑うな」


「え~……。でも、マジでどうしますか? ラートがバカなのはいいんですけど、久常中佐が満足いく結果を出せないと、俺達の立場も危ういんでしょ」


 久常中佐は生贄を探している。


 自分が大きく責任を問われず済む理由を探している。


「問題ないとは言えんが、ニイヤドでの作戦行動記録は既に軍事委員会に提出している。お前達が迅速に任務をこなしてくれたおかげで、星屑隊が責められる可能性は低い。軍事委員会は公正な組織だ」


「でも、久常中佐の親が出張ってきたらどうですか?」


「中佐の親は――玉帝・・は、軍事委員会以上に厳格な御方だ。子息といえども容赦はすまい。血縁者に限っても、久常中佐の代わりなど何人もいるからな」


 そこは……どうなんだろうなぁ。


 久常中佐の親は――玉帝は交国の支配者だ。


 軍事委員会に口出しできる数少ない有力者だ。何人もいる子供の1人に過ぎないとはいえ、肉親相手なら大目に見る可能性もあるんじゃないだろうか。


 オレがそう思っていることなど見透かしているのか、隊長は「玉帝が寛大な処置をするようなら、久常中佐もここまで焦っておらんだろう」と言った。


 それは確かに。


 親の七光りで許してもらえそうなら、今も焦っていないか。


「現状では、星屑隊が咎められる可能性は低い。しかし、第8巫術師実験部隊を預けられ、彼らについて調査する任務を受けた以上、成果無しでは『証拠隠滅に協力した』などと言いがかりをつけられるやもしれんな」


「うげ……。そいつはクソですねぇ」


「軍事委員会は公正に審査してくれると思うがな。少なくともニイヤドの件については。……ただ、我々の監視下で第8が脱走などしようものなら、その件では厳しく詰められるだろう」


「肝に銘じておきます」


 ともかく、オレ達は第8巫術師実験部隊と行動を共にする事になった。


 これがより大きな面倒事の火種にならないことを願う。






【TIPS:シオン教団】

■概要

 ネウロンで最大の信者数を誇る宗教<シオン教>の教えを守る団体。


 宗教組織だが、ネウロン最古の企業と呼んでも過言ではない存在。シオン教団の運営費は寄付ではなく、ほぼ事業収入で賄っていた。


 宗教組織でありながら自立できる経済力を持っていた事が信者を増やすことに大きく寄与している。権力者達もシオン教との良好な関係を保つのが効率的と考え、ネウロンのほぼ全ての国で国教とされていた。


 交国がネウロンにやってきて以降、シオン教の影響力は次々と削がれている。魔物事件でネウロンが壊滅的な被害を受け、シオン教の中心人物達も次々と不審死を遂げていったこともあり、現在のシオン教は事実上の解散状態にある。



■ニイヤド

 シオン教の聖地でもあり、総本山でもあった都市の名称。魔物事件で多数の死者が出て、タルタリカに占拠された。現在も放棄され、廃墟になっている。


 ニイヤドが聖地となった経緯には、シオン教の信仰対象である神が大きく関わっている。


 シオン教は「叡智神」という神を信仰しており、ニイヤドはその神がネウロンで最初に降り立った場所と言われている。


 一説には、叡智神は使徒達に向け、自分達が降り立った場所を「ここが今日から私達の『新しい宿』になる」と言い、「新宿ニイヤド」と名付けたと伝わっている。



■叡智神

 シオン教の信仰対象。使徒達を連れ、ネウロンに降り立った知恵の神。


 1000年前、ネウロンから立ち去ったと言い伝えられている。その後の消息は不明だが、信者達は叡智神の帰還を願い続けている。


 叡智神さえ戻ってきてくれれば、邪悪な交国しんりゃくしゃを退けてくれると考え、密かに祈りを捧げ続けている。


 それがまったく無駄な行いだと知らないまま。



■試作型ドミナント・プロセッサー

 ネウロンに敷設されていた■■■■■の作品。


 使徒エーディンに任され、■■■教と合わせて■■■■人の洗脳・矯正に利用されていた。その影響で■■■■人は■■■無い平和■■■過ごす■■■出来たが、長きに渡る■■は■■を餓狼から家畜に変えてしまった。結果、■■■■人は交国にろくに抵抗できないまま支配される事となった。


 ネウロンに敷設されていた■■■■■・■■■■■■は破壊され、二等権限者である使徒エーディンも行方不明■■■■■る。



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