鉱山のカナリア



■title:交国保護都市<繊一号>にて

■from:死にたがりのラート


 結局、問題らしい問題は起きなかった。


 第8巫術師実験部隊の子供達は、割り当てられた船室から殆ど出てこなかった。第8を監督している技術少尉がそう命令したらしい。


 時折、話し声は聞こえてきたが……俺や副長がそれとなく聞き耳を立てにいこうとすると、急に声が聞こえなくなった。


 壁越しでも俺達の存在が見えているような感じだった。


 俺は差し入れを持って話を聞きに行こうとしたが、副長に止められた。技術少尉が接触を禁じているって事情もあるが、副長の「下手に関わりたくない」という判断もあって会えなかった。


 ろくに面会できないうちに、船は街に――<繊一号>に到着した。


「このままアイツらとお別れか……。何とか、なんないんですかね?」


「ならんならん。あのガキ共のことは忘れろ」


 甲板から繊一号まちの景色を見つつ、副長に話を振ったが駄目だった。


 悶々とした想いを抱きつつ、街の姿を見る。


 繊一号は魔物タルタリカ事件の惨禍を逃れた数少ない都市だ。


 1年と少し前、交国はネウロン諸国と国交を結んだ。


 この街は交国が積極的に開発に協力した場所で、交国軍の基地も作られていた。そのおかげで1年前の魔物事件でも滅びずに済んだ。


 魔物事件後、交国は都市の名を繊一号と改め、対タルタリカの前線基地にするためにも開発と要塞化を急いだ。おかげで繊一号はネウロン有数の都市に成長した。


「副長~、上陸しちゃダメなんですか?」


「久々の街なんですから、休暇くださいよ、休暇」


「駄目だ駄目だ。今回は実験部隊の護送と、司令部への報告に戻ってきただけ。隊長以外は全員、船上で待機」


「「「え~!」」」


 ネウロンでは珍しい都市への寄港なので、星屑隊の仲間の多くが上陸したがっている。だが、今回は予定外の寄港なので休暇は無しらしい。


 本来は船で移動しつつ、タルタリカ狩ってるはずだったからなぁ……。


「隊長は下船していいんですか? ズルくないですか?」


「司令部から呼ばれてんだから仕方ねえだろ。実験部隊を引き渡して、ニイヤドでの一件を久常中佐に報告しなきゃなんねえんだよ。お前らみたいに遊び目的じゃねえんだから……」


 上陸したくてゴネてた仲間が、副長の言葉を聞いて首を傾げる。


「クジョー中佐って誰だっけ?」


「バカ。ネウロン旅団の指揮官だよ。隊長よりさらに偉い人」


「あぁ~、例の左遷されてきた中佐殿か。まだ生きてたんだ」


「俺らも左遷されてきたようなもんじゃん。対プレーローマの最前線で活躍してるはずが、よくわからんバケモノ退治させられてんだから――」


「…………」


「ラート? 大丈夫か?」


「えっ?」


 皆の会話に耳を傾けていると、副長に話しかけられた。


「顔色悪いぞ」


「そっすか? ……船酔いかなぁ」


「…………。久常中佐に会いに行くのは隊長だけだ。ニイヤドの一件を報告するっていっても、お前が勝手やったことを報告するわけじゃない。気にすんな」


「や……。別に何も気にしてないっすよ」


 知ってる人の名前が出たから、ちょっと……思うところがあっただけだ。


 心配そうな副長に対し、「大丈夫っすよ」と言ってごまかす。


 ごまかしていると、報告に向かう隊長の姿を見つけた。技術少尉や子供達も一緒にいる。……あの子達とは、ここでお別れか。


 このまま見送っていいのか?


 そんなことを考えていると、何故か隊長達がこっちに近づいてきた。背筋伸ばして敬礼すると、隊長が子供の1人に「彼らがそうだ」と言い、俺達のことを手で指し示してきた。


 子供の1人が近づいてくる。


 大狼を――流体装甲を操っていた子だ。俺が危うく撃ちそうになって、女の子が止めてくれたことで撃たずに済んだ男子だ。


 その子はモジモジしながら近づいてきて、「あ、あの」と声をかけてきた。


「お手紙、これ……」


「お、おうっ……?」


 モジモジしてる男子は、紙を折りたたんだものを渡してきた。


 俺が受け取ると、その子は直ぐに他の子のところへ戻っていった。


 他の子の中の1人――俺の機兵の首を狙ってきた男子が、俺を睨んできたように見えた。こうも睨まれるって事は、マジで嫌われてんのかな……? 何で?


 手紙を俺に渡して用事は済んだのか、隊長も実験部隊の子らも船を降りていった。それを見送った後、手紙を開く。


「お前宛の手紙か? 特行兵のガキから?」


「俺宛というか、俺達宛ですね」


 俺達、星屑隊の機兵乗り宛の手紙だ。


 ニイヤドで助けた礼が書かれている。ちまちました字で「皆を助けてくれてありがとうございます」と書かれている。


「えっ……最初に助けた奴らと違って、律儀でかわいくないですか? ほら! 一番最初に助けてに来てくれた人に特にお礼を言いたくてって書いてますよ!? 一番最初に助けに行ったの、俺っすよね!? うわ~!」


「ガキの手紙ではしゃぐのか、お前……」


「はしゃぎますよ! 嬉しくないですか!?」


 感謝されるなんて久々だ。


 ネウロンでの作戦行動って、部隊の仲間以外に会うことないからな。


 ネウロン人を助けるためにこの世界にやってきて、初めてネウロン人に感謝されたかもしれない。副長は呆れ顔だが、俺は嬉しい!


「えっ? どうします? 原本これは副長が保管しておくとして、俺もコピーもらっていいですか!? せめて!」


「いらねえよ、オレは……。主にお前に宛てた手紙なんだし、お前が持っとけ」


「いいんですか!?」


「捨てるべきだと思うが……まあ、いいか。どうせもう会うこともねえだろ」


「またどこかで会えますよ。きっと」


 同じ世界にいて、同じ敵と戦っているんだ。


 戦友として再会する機会はきっとある。




■title:交国保護都市<繊一号>にて

■from:肉嫌いのチェーン


 手紙如きではしゃいでいるラートを見ていたものの、見てて不憫になってきたので視線をそらす。


 久常中佐の件で少し青ざめていたのが、ガキから手紙もらって回復した。それは良いことかもしれないが、相手は特行兵だしなぁ……。


 ラートは甘ちゃんだ。


 奴らに肩入れして苦しまなきゃいいんだが……。


「……んなことより、目先の問題に目を向けるべきか」


「副長! なんか言いましたか!?」


「独り言だよ。ほっとけ」


 ガキのお守りは終わり。


 これで本来の任務に戻れるはずだ。


 久常中佐とかいう、クソ無能に面倒事を押し付けられなければ……。




■title:<繊一号>ネウロン旅団司令部にて

■from:星屑隊隊長


 第8巫術師実験部隊を繊一号基地の守備隊に預けた後、司令部に向かう。


 ネウロン旅団の旅団長トップ・久常中佐の執務室に通され、ニイヤドの一件について報告をしようとすると――久常中佐への通信が繋がった。


 久常中佐はその通信への応答を優先。執務室から追い出されはしなかったため、黙って迂闊な中佐の話に聞き耳を立てる。


「だから……! 銀兄さんからも口添えしてくれよ! 神器使いを派遣してくれたらタルタリカなんて一ヶ月とかからず殲滅できるんだよ! いまの戦力じゃ無理だ! 下の奴らが無能揃いだからっ!」


 外見は只人種に類似している久常中佐は、秒単位で機嫌を悪くしている。


 自分の要望が通らず、ネウロンでの作戦行動も上手くいっておらず、苛立ち続けているようだ。


「ボクの指揮に問題があるって言うのか!? 兄さんは白瑛を与えられているから、そんな上から目線のことが言えるんだよ! ボクには無能なオーク達しか――はっ? 兄さんはまたオーク共を弁護するのかい? 奴らは実際、タルタリカを殲滅できてないじゃないか!!」


「…………」


「ぼ、ボクがオーク共に劣っているって言うのかいっ? ボクは……ボクは! 玉帝の息子なんだぞ!? 兄さんと同じで……! ボクの能力を疑うということは、お母様の能力を疑うようなものだぞっ!」


「…………」


「ボクは自分のためにタルタリカ殲滅を急いでいるんじゃない! さっさと奴らを殲滅しないと、光姉さん探すのも捗らないだろっ!? 兄さんは姉さんがこのまま見つからなくてもいいって言うのか!?」


 久常中佐は部下である私がいるというのに、苛立ちを隠さない。


 親族との通信を続けつつ、執務室の机を叩きながら声を荒げ続けている。


 通信先にいる人物もそれを把握しているのか、怒りを隠さない久常中佐は厳しくたしなめられ始めたが――。


「もういいっ! 兄さんに頼ったボクが馬鹿だった!!」


 久常中佐は通信機を壁に投げつけ――それだけでは怒りが収まらなかったのか――机を思い切り叩いた。思い切りが良すぎたのか、手を痛めていた。


 まるで子供だ。


 交国広しと言えど、ここまでの指揮官は初めてお目にかかる。


 しばし痛みにうめいていた中佐だったが、私が咳払いすると存在を思い出してくれたのか、居住まいを正してこちらを見てくれた。


 見てくれたが、まだ怒りが隠せていない。最悪のタイミングで報告に来てしまったらしい。……あまり良い話にはなりそうもない。


「報告の続きをしてもよろしいですか?」


「さっさとしろ!」


 先の一件の報告は、村雨隊が先に済ませている。


 私も報告書を作成し、司令部に通信で説明した。久常中佐はそれだけでは満足しなかったらしく、私を司令部に呼びつけた。


 幸い、先に逃げた村雨隊が虚偽報告したわけでは無いらしい。最優先救出対象である研究者達も無事に助けることができた。ニイヤドにいたはずの交国軍人で行方不明者は出ているが……目標は達成している。


 だが、久常中佐は苛立ち続けている。


「――以上が星屑隊からの報告です」


「以上? まだあるだろ無能! 奴らは問題を起こさなかったのか!?」


「奴らというと、第8巫術師実験部隊の事ですか?」


 そう言うと、久常中佐は「そうだ!」と叫びながら机を叩いた。


 また手を痛め苦しんでいるのを少し見守った後、第8についての報告を加える。


 彼らは繊一号への航路上でも問題は起こさなかった。


 ニイヤドでの戦闘の影響で実験機材を持ち出せなかった技術少尉が日に1回、突然激昂していた程度だ。いまの久常中佐と比べれば可愛いものだった。


 救出作戦中、第8の特別行動兵の1人がラート軍曹の機兵を襲った件は……誤魔化した。本来ならあったことをそのまま報告するが、今回は意図して伏せた。


 少年は機兵とわかっていて襲ったそうだが、火災による視界不良で機兵と大型のタルタリカを誤認した――という内容で報告書を作成した。


 久常中佐がそれに気づいた様子は無い。だが、第8巫術師実験部隊について思うところがあるらしく、執拗に「実際は何か悪さをしたんじゃないか?」と聞いてきた。


「奴らは絶対、何かしたはずだ! そうでないと明星隊の件はおかしい!」


「…………」


「貴様、今月に入ってネウロン旅団の部隊がいくつやられたか知っているか? あの雑魚共に……タルタリカなんかに!」


「いえ」


「3つだ! 今月だけで3つの部隊が獣ごときにやられたんだ! 機兵がタルタリカごときにやられるなんて、おかしいと思わないか!?」


「確かに。ネウロン駐留部隊再編成後では、最大の被害ですね」


 タルタリカは侮っていい存在ではない。


 数は大量。機兵を倒す手段も持っている。


 ただ、明確な弱点を持っており、その弱点を突けば一切被害を出さずにタルタリカの数を減らしていける。人間や天使を相手取るより格段に楽な相手だ。


 久常中佐が敵の弱点を突かず、作戦を立てているという問題はあるが……。


「ニイヤドで明星隊がやられたのは、第8の所為だ!」


「…………」


「貴様ら星屑隊には、そのことについて調べてもらう」


「ニイヤドに戻り、戦場跡をよく調べろという事でしょうか?」


「それはもうこちらでやっている! 貴様らには第8を預かってもらう」


 星屑隊にとっては面倒事だが、悪くない話だ。


「不審な動きがあれば直ぐ報告しろ! わたしに、直接」


「不審な動きというのは……例えば、彼らが交国軍に対して非協力的な動きを見せたり、脱走の兆しのことでしょうか?」


 久常中佐はしかめっ面で頷き、「そうだ。他、ニイヤドで化け羊共と共謀していた証拠が見つかったら提出しろ」と言った。


「明星隊を失ったのは第8の所為だ! 奴らの悪事の証拠を掴み、軍事委員会に提出し、責任を追及してやる……!」


「…………」


 久常中佐がこのようなことを言う理由が、少し、わかってきた。


 船に戻ったら副長に話しておこう。アイツは「ガキの子守のうえに、証拠探しですか」などとボヤきそうだが、上官の命令だ。従ってもらわねば。


 あとは……ラート軍曹にも協力してもらうか。




■title:<繊一号>ネウロン旅団司令部にて

■from:ネウロン旅団長・久常竹


 無愛想な星屑隊隊長が退出していく。


 奴は比較的有能だ。ボクほど有能じゃないが、ボクの言うことをよく聞いている。他の部隊長達は、慇懃無礼な無能ばかりだ。


「あの隊長が上手くやってくれればいいが……」


 救出作戦後、ニイヤドに派遣した調査部隊は「第8巫術師実験部隊の悪事」の証拠を見つけていない。多分、現場にはもう何も残されていないだろう。


 無いなら別の証拠を作らないと。


 第8巫術師実験部隊が交国に対し、悪感情を抱いていた証拠を掴まないと。……そうしないと、ニイヤドでの「失態」がボクの所為にされてしまう……!


「第8の犠牲者が増えれば……」


 第8が星屑隊に対して牙を剥けば、交国への叛意を示す十分な証拠になる。


 牙を剥いた結果、星屑隊が壊滅しても旅団長ボクの所為じゃない。巫術師部隊なんていうおぞましいものの所為だ!


「あのバケモノ共の所為で、光姉さんが……!」


 光姉さんさえ見つかれば、お母様を執り成してくれる。


 ボクを辺境の世界ネウロンから脱出させてくれる。


 ボクは、こんな辺境で腐っていい人材じゃないんだ……!






【TIPS:星屑隊】

■概要

 交国軍・ネウロン旅団所属の機兵小隊。強襲揚陸艦<隕鉄>を使い、ネウロンのタルタリカ殲滅作戦に参加している。


 配備されている機兵は4機。他、回転翼機1機と作戦支援ドローンも搭載されている。ドローンは主に索敵・観測に用いられるが、小規模な火力支援も可能。


 ネウロンの魔物事件発生後、ネウロン旅団再編成のために呼ばれた部隊で、部隊員の殆どがネウロンで初顔合わせとなった歴史の浅い部隊。


 部隊員のうち1名は魔物事件発生当時からネウロンに配属されていたが、精神的な問題で本来の職務が遂行できなくなり、星屑隊に拾われている。



■主な部隊員

□部隊長:サイラス・ネジ中尉

 オーク。35人で構成された星屑隊の隊長。部隊で二番目に寡黙。


□副長兼機兵対応班長:アラシア・チェーン曹長

 オーク。ダスト1。寡黙な隊長と違って多弁で軽薄。その軽薄さゆえに隊員らにも親しまれ、兄貴分として扱われている。


□機兵対応班員:ダグラス・レンズ軍曹

 オーク。ダスト2。機兵による狙撃・砲撃支援が主な仕事。口は悪いが狙撃の腕は優れており、機兵対応班内では信頼されている。


□機兵対応班員:オズワルド・ラート軍曹

 オーク。ダスト3。無茶をしがちだが、それでも生き残る腕利きの機兵乗り。座学以外の面では非常に優秀。


□機兵対応班員:ギルバート・パイプ軍曹

 オーク。ダスト4。レンズ軍曹やラート軍曹のように突出した能力は持っておらず、機兵乗りとしては平凡な腕前。だが丁寧な援護で信頼されている。


□整備班長:ブリトニー・スパナ曹長

 エルフ。星屑隊唯一の女性。星屑隊の整備全般を取り仕切っている。星屑隊最高齢で部隊長以外、誰も頭が上がらない。


□医療班長:バイロン・キャスター軍医少尉

 牛系獣人の男。部隊で一番寡黙。



■隕鉄

 星屑隊が母艦として利用している強襲揚陸艦。


 混沌機関が搭載されているが飛行能力はない。流体装甲展開能力はあるため、必要に応じて装甲強化や武装生成を行い、機兵対応班を支援している。



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