ネウロン人虐殺



■title:星屑隊母艦<隕鉄>・作戦会議室にて

■from:死にたがりのラート


 世界は無数に存在する。


 数えきれないほど多く存在する世界の総称を<多次元世界>と呼ぶ。


 <ネウロン>は無数にある世界の1つに過ぎないが、確かに人の営みが存在する世界だった。だがその営みも1年前の事件で破壊された。


 事件の名は魔物タルタリカ事件。


 交国の庇護下にあった平和なネウロンに、魔物が――タルタリカという魔物が大量発生し、ネウロン人の9割を死に追いやった。


 交国軍が動かなければネウロンは滅びていただろう。当時、ネウロンにいた交国の駐留部隊にも大きな被害が出たが、それでも交国軍は奮戦し、何とかネウロン人を絶滅の危機から救った。


 ただ、事件は収束していない。


 交国軍はネウロン総人口の約1割の保護に成功したものの、タルタリカを殲滅しきれていない。タルタリカ殲滅作戦は現在も続いている。


 魔物事件で大きな被害を受けたネウロン駐留軍は<ネウロン旅団>として再編成され、ネウロン中で暴れているタルタリカの駆除を続けている。


 俺達、星屑隊は事件後に派遣されてきたから、事件当時のことはよく知らないが……タルタリカの凶暴さは理解している。魔物事件は本当に酷い事件だと思う。


 この魔物事件には、ネウロン現住の異能者が関わっている。


 交国軍上層部は調査の結果、そう発表している。


 その異能者というのが<巫術師ドルイド>だ。


 でもまさか、あの子供達が巫術師だったなんて……。


「ラート軍曹。貴様も巫術師が魔物事件を起こしたことは知っているだろう」


「ええ、まあ……。そうらしいですね」


 ネウロンで活動する交国軍人として、魔物事件に関する話は聞いている。


 聞いているが詳細までは知らない。


「でも、本当に巫術師が起こした事件なんですか? ネウロンって蒸気機関がある程度の後進世界ですよね? そんな世界の奴が大虐殺できるんでしょうか」


「事実、死んでいる。タルタリカも存在している。巫術師は常人に扱えない術式を行使できる異能者だ。常識では測れない手段を使い、タルタリカを呼び出した……あるいは作ったのだろう」


「具体的にどうやったんスかね」


 魔物事件は巫術師と、ネウロンのテロリストグループが起こしたもの。


 そう聞いているが、具体的に「どうやったのか?」は知らない。


 タルタリカがどういうものか、ある程度は知らされているが――。


「手段については、私達も聞かされていない。軍事機密だ」


「上は手段を特定しているんですよね? だから秘密にしている」


 模倣犯が出た場合、ネウロンは完全に滅びかねない。


 ネウロンだけで済むとは限らない。他の世界でもタルタリカが大量発生した場合、完全鎮圧まで多くの犠牲が出かねない。


「何もわかっていないから、テキトーに『巫術の所為』ってことにして、臭いものに蓋している可能性もあるぞ」


 副長がニヤつきながら上を疑う発言をした。隊長に咎められるんじゃ――と思ってヒヤリとしたが、隊長は何も言わなかった。


「まあ、巫術師が怪しげな術を使うのは確からしい。だから上も『巫術師は危険な存在』として身柄を拘束し、監視下に置いている」


「警戒しているだけで、巫術師=罪人ってわけじゃあ無いんですよね?」


「さあな。色々と悪い噂は聞くけどな。巫術師に触られたら、タルタリカにされるとか――」


 副長は頬杖をつきながらそう言った後、「あのガキ共も巫術使って悪さしたから特別行動兵にされたのかもしれんぞ」と言った。


 俺は正直、その意見には同意しかねた。


 巫術師が警戒すべき存在だとしても、子供を戦場に立たせるのはどうなんだ? もし仮に罪を犯していたとしても、牢屋で監視下に置くもんじゃないのか?


 俺はバカだから上の考えはよくわからん。


「……ラート軍曹。貴様にとって、あの子供達はどういう存在だ?」


「どう、とは?」


「深く考えなくていい。本心を話せ」


 隊長に話を振られる。


 隊長の視線に緊張しつつ、言われた通りに言葉を絞り出す。


「守るべき対象です。一般人かどうかはともかく……子供ですし」


「…………」


「俺達はネウロン人を守るために派遣されてきたんです。よくわからん術が使えようと、子供は守るべき存在だと思ってます。……えっと、その、ウチの弟と同世代っぽく見えるんで、余計に庇護欲が湧くと言いますか……!」


 隊長は黙っている。


 無表情のまま、ジッとこちらを見ている。


 あぁ……俺、またマズいこと言ったのかな?


 助けてくれ~と思いつつ、副長の方を見る。


 副長は副長で呆れ顔を浮かべていた。


「あのなぁ……ガキといってもアイツらは特別行動兵。一般人のガキと同一視するな。隊長は優しいからお前のバカ発言許すだろうが、他所の部隊長相手に同じ言葉を吐くと鉄拳制裁されるかもしれんぞ」


「で、でも……本心を話せって……。上官の命令、っスよ……?」


「世渡り下手のバカ軍人め。お前よく軍曹になれたな」


「軍学校の授業、真面目に受けてたので! 態度は優等生でした!」


「悪い、前言撤回する。バカじゃなくてアホだわ」


 副長は両手を広げて肩をすくめた後、話題を変えてきた。


「ともかく、あのガキ共は特別行動兵。しかも巫術師。あやしげな術を使うのは確かだ。あと、妙な兵器もな」


「あの大きな狼になるやつですか? アレが実験中の新兵器?」


「<流体甲冑>と言うらしい」


 隊長が口を開く。


「正確には新兵器ではなく、運用の目処が立ったから引っ張り出してきた骨董品のようだ」


「運用の目処っつーと……?」


「巫術だ。流体甲冑は制御方法やエネルギー貯蔵装置の小型化に苦心していたが、巫術はその代替になるらしい。巫術師に使わせることで現在のサイズで運用可能になったそうだ。いや、運用試験をしている段階と言うべきだな」


「流体甲冑って、ひょっとして<流体装甲>の親戚ですか?」


「そうだ」


 隊長が会議室の端末を操作し、交国軍の兵器の映像を表示する。


 主に機兵の映像が流れ始める。


 フレームがむき出しの機兵の機関エンジン部から黒く粘ついた液体が這い出てくる。その液体は機兵全体を覆い、機兵の装甲に変化していく。


 あの液体が流体。


 <混沌>というエネルギーから作られる物質だ。


 混沌は<混沌機関>というエンジン兼貯蔵装置に保存されており、それを消費することで機兵のような大型兵器が稼働する。


 混沌機関は混沌を流体に加工することも可能で、加工された流体は機兵の装甲や武器に変化する。装甲が破壊されれば瞬時再生も可能となっている。


「流体甲冑は、巫術師を混沌機関の代わりとし、小型化に成功した流体装甲だ」


「操縦者兼機関エンジンって事ですか。スゲーですね、巫術師」


「通常の混沌機関と比べ、混沌の貯蓄量や生成可能な流体は限りがあるようだが……歩兵に随伴させやすいあのサイズはそれでも有用だろう」


「…………。タルタリカと似てますね」


 アゴを掻きつつ、言う。


 タルタリカの肉体は再生する。脳を破壊しない限り、再生し続ける。


 流体装甲も再生する。混沌機関を破壊しない限り、再生し続ける。


 どっちも大元の仕組みは同じだ。


 混沌を流体に変換し、装甲にくに変えている。


「その通りだ。混沌機関は機械的に流体を制御し、タルタリカは生物的に流体を制御している。流体甲冑はタルタリカ側に類似した技術だな」


「でも、タルタリカ由来の技術じゃないですよね? 装甲も甲冑も」


「そうだ。流体装甲は1000年以上前から多次元世界に存在する技術であり、流体甲冑も昔の発明品だ。逆は有り得るかもしれんが」


「逆というと……流体甲冑を参考に、タルタリカが作られたとか……?」


 タルタリカが発生し始めたのは1年前。


 多次元世界には魔物と呼ばれる化け物は色々いるが、<タルタリカ>という種はネウロンで初めて発見されたものだ。中身はともかく……。


「わからん。タルタリカの生成方法は軍事機密となっている。……副長が言うように『何もわかっていない』可能性は十分にあるがな」


「ありゃ。隊長、何か掴んでるんですかい?」


 頬杖ついて話を聞いていた副長が口を開く。


 自分が言い出した『交国軍はタルタリカの生成方法を理解していない』という説を、隊長が支持する口ぶりなのが気になったんだろう。


「何も掴んでいない。私は情報通ではないからな」


「でも隊長、根拠ねえ話なんて軽々しく口にしねえでしょ」


「何もないから何もわかっていない、という推測をしているだけだ」


「オレも何もわからないですよ……いまの説明じゃ」


「タルタリカは兵器として有用だ。奴らは一夜にしてネウロンの大地を覆い尽くし、ネウロン人の9割を消し去った。ネウロンに駐留していた交国軍にも被害を与えてきた」


 とてつもない大虐殺だ。


 多次元世界には世界が滅んだ例なんていくつもあるが、世界崩壊や特定世界の人類抹殺なんてそう簡単に起こせるものじゃない。


「タルタリカより機兵の方が強い。しかし、歩兵よりタルタリカの方が強い。そしてタルタリカの展開能力にも目をみはるものがある」


「確かに……」


「タルタリカは生体兵器として有用だ。上が『タルタリカの発生方法』を完璧に把握しているのであれば、既に兵器として運用しているだろう」


 隊長の発言にギョッとする。


 副長は俺ほど驚いてはいないが、背筋を正して耳を傾けている。


「ま~、効率重視の我が国なら使うでしょうね」


「敵に対してならな」


「しかし、実際に使われていたとしたら大事件になっている。そういう話は流れてこないから上は『タルタリカの作り方』を理解してないって話ですか?」


「あくまで推測だがな。生成方法は把握しているが、条件が整わないという可能性もある。一夜で世界を覆う展開能力は尋常のものではない」


 淡々と口と眼だけ動かしていた隊長が小さくため息をつき、「話がそれたな」と言いながら言葉を続けた。


「ともかく、巫術師は警戒しておくべきだ。彼らはその異能ゆえに収容所で拘束あるいは特別行動兵として戦場に駆り出されている。そのことを不満に感じ、術式を使って反旗を翻してくる可能性がある」


「奴らを<繊一号>に連れて行くまで、しっかり監視する必要がありますね」


「そうだ」


「んじゃ、オレとラートで見張っておきま~す」


「えっ、俺?」


「頼んだぞ。2人共」


 隊長は「これで話は終わりだ」と言いたげに立ち上がり、スタスタと会議室を出ていった。実験部隊の監視役なんて、俺に出来るんだろうか?


 不安になりつつ副長の傍に歩いていくと、「まあ大丈夫だろ」と言ってくれた。


「妙な動きを見せたら撃ち殺せ。相手は特別行動兵だ。オレ達に対して反旗を翻してくる動機なんていくらでもあるだろうし……殺しても大事にならんだろ」


「冗談……ですよね?」


「半分は本気だ。巫術師が本当に危険かはともかく、奴らは交国軍人おれたちを憎んでいる可能性が高い。いつでも動けるよう警戒しておけ」


第8巫術師実験部隊むこうは技術少尉が取り仕切っているんですよね?」


「だからこそだよ」


 副長が立ち上がり、笑う。


「あのヒステリックババアが、ガキ共と良好な関係を築けていると思うか?」


「それは……。確かに……」


「巫術師が……本当に罪ある存在か怪しいもんだ。上は『巫術師』ってだけでレッテル張って、危険な人体実験を行っているように見えるよ。オレは」


 副長は笑っているが、眼は笑っていない。


 呆れ、あるいは怒りを隠すために笑っているように見えた。


「実験に付き合わされるガキ共は不憫だが、不憫な目にあってるってことは不満も大きいはずだ。奴らを繊一号に護送する間、その不満が爆発しないように監視する必要がある。上の愚行の尻拭いはやりたくねえだろ?」


「不憫な子達だからこそ、守ってやるべきでは?」


 交国軍人は人々を――人類を守るために戦っている。


 自国民だけではなく、他国の弱者を守るためにも戦っている。


 あの子達も庇護対象のはずだ。副長はあの子達の境遇に理解を示しつつ、それでいて腫れ物扱いしているだけじゃないのか?


「具体的にどう守るよ? どうやって不満を解決してやる?」


「それは――」


「上は『巫術師』ってだけで画一的に裁いている。老若男女関係無しにな。その状態を軍曹に過ぎないお前が変えられると思うか?」


「いや、でも! 一緒にいて守るぐらいは――」


「出来ねえよ。奴らは繊一号に送り届けたらサヨナラだ。お前は星屑隊の人間で、ガキ共は実験部隊の特行兵なんだ。……出来ないことをやろうとして、余計な面倒事を抱え込もうとするな」


 反論しようとすると、副長に肩を掴まれた。


 叩くように強く添えられた手指が、俺の肩をギュッと締めてくる。


「お前に出来るのは、ガキ共をそれとなく監視して星屑隊を守ることだ。奴らを暴発させるな。お前、また命令違反する気か?」


「…………」


「お前は一応、軍事委員会に睨まれている身だ。腫れ物としてネウロンに左遷されたようなもんだ。ここで問題起こすと、今度はどこに飛ばされるかわからんぞ?」


「…………」


「ガキ共も舐めてかかるな。化け物タルタリカにされたくねえだろ?」


 副長は手指の力を緩めた後、俺の肩を「ポンポン」と叩き、「自分の身を第一に考えろ」と言って会議室を去っていった。






【TIPS:多次元世界】

■概要

 世界は1つではなく、無数に存在する。その総称を<多次元世界>と言う。


 今でこそ世界は星の数ほど存在しているが、西暦の時代は1つしかなかったと言われている。


 その1つが<地球>という惑星に只人種が暮らしていた世界だった。その世界は滅びの危機に瀕していたが、選定の剣を抜いた勇者がそれを救った。


 その勇者が只人種以外の人類と、無数の世界を創った<源の魔神>である。



■源の魔神と多次元世界の現状

 源の魔神は古き名を捨て、救世神アイオーンと名乗り始めた。彼は救済と復讐のために数多くの世界を作り、そこに人類を含む生命の種を撒いた。


 それが多次元世界の始まりである。


 源の魔神は死亡したと言われているが、彼が世界と人類を管理するために作り上げた組織<プレーローマ>は存在し続けている。


 ただ、源の魔神がいなくなった事件以降、プレーローマは内部抗争によって混乱期に入り、人類を管理しきれていないのが現状である。


 交国を始めとした強国は好き勝手に振る舞っており、ネウロンのような弱小世界は強国に虐げられている。



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