少年囚人兵
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:死にたがりのラート
特別行動兵だろうが、囚人兵だろうが、助けを求められた。
だから味方だ。
タルタリカという共通の敵と戦っている味方だ。
「とにかく逃げよう! 他の生存者を集めてくれ!」
ヒヤッとする場面もあったが、副長が子供達を運んでくれたおかげで、俺達はノビノビと戦えた。帰還中、副長やレンズに何度も怒られたが……それでも子供達を助けることに成功した! つまり作戦成功だ!
先に逃げた救助対象も――俺達とは別行動だが――無事らしい。
あの人達は子供が戦っていることを知っていたんだろうか? 知っててさっさと逃げたとしたら、ちょっとモヤモヤするが……まあいいや、全員無事なんだ。
「助けた奴ら、子供ばっかりだな~」
「見た目はそうだな。実際の年齢はわかんねーぞ」
母艦の格納庫に機兵を移動させた後、ダスト2と――レンズと言葉を交わす。
格納庫には5人の子供と、1人の大人が立っている。
子供のうち1人は、俺達に助けを求めてきた女の子だ。大狼の前に飛び出し、俺を襲ってきた大狼を必死に止めていた女の子だ。
その子は疲れた顔をしていたが、子供達の中で一番の年長者らしく、他の子達の様子を気にかけ続けている。優しい子みたいだ。
一方、助けた奴らの中で唯一の大人は、苛々した様子で副長達と会話している。子供達のことは気にかけていない。
子供達は特別行動兵の証である
「あの大人以外、全員特別行動兵っぽいが、どういう立場なんだろうな」
「知らねえよ。監視役とか……監督役じゃねえの? 尉官っぽいし態度悪いし、あんまり近づかない方が良さそうだ」
そんな会話をしつつ様子を見ていると、子供の1人が――俺を襲ってきた大狼の中から出てきた男子が俺の視線に気づき、睨んできた。
手を振ってみると、余計に睨んできた。
「ラート、あのガキに何した? 睨まれてねえか?」
「何もしてねえよ……。やだなぁ、嫌われちゃったのかな……?」
「くっだらねえ。どうでもいいだろ、んなことは」
「よかねえよ! 多分、俺の弟と同年代の子供だぞ? 仲良くしたくねえか?」
「無い。特別行動兵と関わり合いになって、オレらに何の得がある」
損得で仲良くなりたいわけじゃないんだが――と思っていると、レンズは「さっさと報告と整備手伝い済ますぞ」と言ってきた。
言われた通り、仕事を済ます。
今回の作戦のことで――副長の命令を聞かず、子供達を助けに行ったことで隊長にも怒られると思っていたが、その様子は無い。今のところは。
隊長も副長も助けた子達の対応で忙しいようだ。特に尉官の大人に手を焼いているらしく、その大人がヒステリックにキレている声が聞こえてきた。
俺達も本来の任務後回しにして急いで助けに行ったのに、「助けに来るのが遅い」「もう少しで死ぬところだった!」と叫んでいる。
おっかねえ、と思いながらその場を離れ、船内をブラブラ歩く。
俺が機兵整備の手伝いしている間に、助けた子供と大人は別行動していたようだ。大人はヒステリックに叫んでいたが、子供達はどこに行ったのやら……。
「おっ! いたいた」
医務室の前を通りがかると、例の女の子がいた。
疲れた様子で医務室前の廊下にへたり込んでいる。
俺が近づいてくるのを見て、慌てて立ち上がったが――随分と疲れているのか――ふらついて倒れそうになった。
駆け寄って抱きとめる。華奢な子だ。ちっちゃい。
戦える身体とは思えん。何でこんな子が戦場にいたんだ?
しかも、特別行動兵って立場で。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい……」
「大丈夫か? 疲れてるなら医務室のベッド使わせてもらえよ」
そう勧めて医務室の扉を開くと、大半のベッドが埋まっていた。
他の子供達が眠っている。酷く疲れているのか、泥のように眠っている。
頭に葉っぱや花をつけているが、そこはかとなくしおれているように見えた。
「私は、大丈夫です。あの子達みたいに、薬を使われたわけではないので……」
「薬?」
妙な言葉が聞こえたので聞き返すと、女の子は縮こまって黙ってしまった。
言いたくないのか、言えないのか。
気まずい沈黙が流れたので慌てて話題を変える。
「ええっと、アンタだよな? 俺達に助けを求めたの。明星隊の人間……じゃあ無かったってことだよな?」
「ご、ごめんなさいっ……。明星隊の人達が落とした通信機を勝手に使っただけで……。必死で……う、うそついて、ごめんなさいっ……」
余計に青ざめさせちまった。
いや、いいんだよ。
明星隊とか関係なく助けたかったから、位置を知らせてくれて助かった。
そう言ってなだめたが、女の子はずっと表情をこわばらせている。
「わ、私達は<第8巫術師実験部隊>と言いまして……正規兵ではないですけど、それでも一応、交国軍の味方なのでっ……!」
「タルタリカと戦ってくれてたよな。つーか、お前らの戦い方、凄えな」
タルタリカを瞬殺した身のこなし。機兵の首を狙えるだけの優れた運動能力。
機兵の方が強いが、歩兵用の装備としては有用に見えた。タルタリカの脳の位置を正確に潰してみせたのが偶然じゃないなら、そのカラクリも知りたい。
「アレってなんだ?
「え、ええっと、アレは流体甲冑と言って――」
「助手!!」
鋭い女の声が響く。
それを聞いた女の子が「ひゃいっ?!」と言って飛び上がり、声のした方向を見た。俺も釣られて同じ方向を見る。
そこにはさっきヒステリックに叫んでいた大人がいた。そいつは苛々した表情のまま近づいてきて、女の子に平手打ちを見舞った。
「っ……!」
「ちょっ……! 何して……」
「黙りなさい、オークの――」
「オズワルド・ラート軍曹です」
相手の階級章をチラリと見る。
レンズが言っていた通り、尉官――少尉だ。
ただ、通常の階級章とは違う。
「アンタの名前なんかどうでもいいのよ、軍曹。
「いえ、俺はこの子達が心配で――」
平手打ちが飛んでくる。
咄嗟に止めようとしたが――上官相手だ――やめておく。
バチンッ、と頬が鳴る。痛みはない。最初からない。
「黙れ。アンタの意見は求めてないのよ」
「申し訳ありません、少尉殿。ところで俺に手伝えることはありますか?」
「ここから消えろ! 目障り!」
「了解であります!」
バッと敬礼した後、少尉殿に平手打ちされていた女の子に「ごめんな」と言ってその場を後にする。俺の所為で叱られちまった……。
向こうの上官は相当カリカリしているようだ。あの女の子も相当参っているようだし……他の子達があそこまでグッタリしているのは、何か引っかかる。
「特別行動兵で構成された実験部隊かー……」
薬がどうのこうの言ってたし、ちょっと変な部隊だな。
そんなことを考えつつ――医務室の方を振り返りつつ――歩いていると、
向こうの10倍怖いけど……。
「おう、ラート。何で振り返りながら歩いてんだ?」
「医務室にいる子供達が気になって。後ろ髪を引かれる想いで歩いてたんです」
「お前も髪ねえだろ。オークなんだから」
「モノの例えっスよ……!」
ニヤニヤ笑っている
副長もオークだから禿頭だ。星屑隊は整備長と軍医以外、全員オークなのでリアル後ろ髪引かれる奴はそういない。
この場にいるもう1人のオーク――隊長も禿頭だが、隊長は副長のように笑っていない。無表情でジッと俺のことを見ている。
その視線に気づき、思わず背筋を正していると、隊長が話しかけてきた。
「ラート軍曹」
「はっ!」
「先程、エンリカ・ヒューズ技術少尉の声が聞こえた。話していたのは貴様か?」
「えんりか……?」
「お前が助けた実験部隊の少尉殿だよ。医務室の方でキレてなかったか?」
誰のことか分からず戸惑っていると、副長が助け舟を出してくれた。
「はい。少しだけ話しました。……そのぅ、俺が実験部隊の女の子と話をしていたら『機密を聞き出そうとしている』って思われたらしくて、怒らせちゃって……」
「そうか。ニイヤドでの戦闘の件も含めて報告しろ。会議室に行くぞ」
「はっ……はいぃ……」
あぁ、俺、隊長に怒られるんだなぁ……。
予想していたとはいえ、鉄の如き無表情の隊長に淡々と怒られるのは怖い。いつも無表情だからフツーに話してても怖いのに……。
青ざめていると、副長は隊長に見えない位置でニヤニヤ笑いつつ、俺を見ている。副長、弁護してくれねえかなぁ……。副長の指示に従わなかったからダメだよなぁ……。
■title:星屑隊母艦<隕鉄>・作戦会議室にて
■from:死にたがりのラート
軍法会議にかけられるのかも――と思いつつ、ビクビクしながら会議室に辿り着いたが、覚悟していたほど怒られなかった。
隊長は瞬きもせず、ジッ……と報告を聞き続けてきた。怖くて冷や汗は流れ続けたが、軍法会議にかけられる事は無さそうだ。良かった!
「ラート軍曹」
「はい!」
「今回は軍事委員会に報告しない。副長が貴様の命令無視に関し、『必要な判断でした』と報告してきたからな」
「あ、ありがとうございます……!」
「次は覚悟しておけ。貴様は軍曹だ。現場の指揮を任されていたのは副長――アラシア・チェーン曹長だ。上官の命令には従え」
隊長はナイフのように鋭い視線で俺を睨みつつ、言葉を続けてきた。
「もし仮に貴様の判断が正しかったとしても、従うべきは上官の判断だ。チェーン曹長の判断が間違っていたとしても、お前がそれを正す必要はない」
「…………」
「優先すべきは正しさではなく、秩序だ。命令不服従が横行すれば作戦遂行能力が低下する。貴様が常に正しい判断が出来るとは限らない。結果的に正しかった独断専行より、命令遵守による失敗の方がマシだ」
「……はい。申し訳ありませんでした」
頭を下げる。
隊長が言っていることは正しい。
正しいと、思う。
皆が好き勝手に動く部隊なんて、軍組織として不健全だ。
軍学校でも散々教わった内容だから、わかってはいるけど……。
「ニイヤドでの作戦行動に関しては以上だ。以後気をつけるように」
「はい……」
「……え? 隊長、ニイヤドでの説教、もう終わりですか?」
隊長は目を閉じて話を打ち切ってくれたのに、副長は話を続けてきた。
「もうちょっと怒ってくださいよ~。今回もラートの悪癖が――無茶する悪癖が出てきたんですよ? 死ぬ可能性もあった。結果オーライはダメなんでしょ?」
「私の判断に異を唱えるのか? 副長」
「やだなぁ、これはお願いですよ」
隊長はいつも通り淡々としている。氷で出来たナイフのような振る舞い。
副長はいつも通り軽薄な様子だ。隊長相手でも物怖じせず、言葉を返している。
「優秀な機兵乗りが減るのは隊長も嫌でしょ?」
「代わりはいる。我々は交国という巨大兵器の部品のようなものだ」
「ハハッ。ラート並みの機兵乗りは補充されないでしょ」
「能力が多少劣っていようと、命令に従えばそれでいい」
「一から躾直すより、今いるラートの調教した方が効率的では?」
「ラート軍曹は機兵対応班の兵士。貴様の部下だ。躾は貴様がしろ」
隊長も副長も平常運転。
けど、今日は珍しく……なんか……少し喧嘩しているように感じる。
いや、これは副長が突っかかってんのかな?
何か副長の機嫌を損ねること言ったのかな……?
そんな疑問を抱いていると――取り付く島のない隊長と「お願い」するのはやめたのか――副長が小さくため息をつき、俺のことを見てきた。
「隊長からお許し出たし、ビシバシしごいてやるからな!」
「ぅ……。は、はい……」
副長の言葉に少しビビる。
内心、「八つ当たりか?」と考えてしまった。
でも、命令にちゃんと従わなかったのは俺だ。俺が悪い。
それに副長は八つ当たりとかしないだろう。しごきもたかがしれている。長い付き合いというわけではないが、隊長も副長も公正な人だ。
「……本当にすみません、隊長、副長」
改めて謝罪する。
悪いのは俺だ。
けど、あの子達を助けたことに後悔はない。
後悔はないが、副長に逆らったことに罪悪感はある。
「すまねえと思うなら、次から命令に従え。……あと自分の身は大事にしろ」
「すみません……」
「で、隊長。実験部隊の件も聞いておきますか?」
「そうだな。ラート軍曹、技術少尉との会話を報告しろ」
「はい」
医務室の前であったことを報告する。
大した話はしてないけど――。
「要するに、話をしていたらキレられたってことか。沸点低いネーチャンだな」
「俺が機密を聞き出そうとしてると思われたんですよ。俺の所為であの子まで巻き込んじまって……」
技術少尉に平手打ちされていた女の子を思い出す。
ただでさえ疲れた様子だったのに、あんなことまでされて……。
「すみません。俺の所為で救出対象とモメちまって」
「技術少尉に関しては気にしなくていいよ。オレ達だってあのネーチャンにはブチギレられたんだから。『助けに来るのが遅い~』って。ねえ、隊長」
「気が立っているのだろう」
隊長がそう言った後、副長が俺の顔を見てきた。
「ラート。それ以外に気になることはなかったか?」
「子供が戦わされているのは気になりました」
「アイツらは特別行動兵だ。年齢なんか気にするな」
「いや、でも――」
これは上官への口答えになるんだろうか。
そんな考えがよぎる。
だが同時に、医務室のベッドでグッタリしていた子供達の姿もよぎった。あれを見た時の感情に押され、思っていることを言ってしまう。
「子供が戦わされているのは、やっぱ……おかしいですよ」
「アレはただの子供ではない。
ネウロン人。この世界の先住民。
俺達、交国軍が
「アイツら、頭に葉っぱや花つけてましたけど……それに秘密が……?」
「アレはただの植毛だ。多くのネウロン人が持つ身体的特徴」
副長が否定しつつ、言葉を続けた。
「お前も見ただろ。アイツらが狼みたいに――いや、タルタリカみたいになって戦っているところを」
「はい。でも、あれは交国軍の新兵器じゃ……?」
「一応、新兵器みたいだ。けど、アレ使えるガキ共もおかしいんだよ」
副長の言葉の意味がわからず、黙っていると、隊長が説明を継いでくれた。
「彼らは
【TIPS:人種と植毛】
■
最も古い人類種。これといった特徴はない。
西暦の時代に滅びの危機に瀕していたが、<源の魔神>によって存続し、他の人類種のルーツとなった。只人は現在も数多く存在している。
■オーク
人類の一種。源の魔神が人類を苦しめる目的で作った戦闘種族。灰色の肌と戦士として優れた肉体を持っている。男性しか生まれず、存続のために他種族の女性の協力が不可欠となっている。
過去、その「協力」は非合意で行われていた。兵士として多くのオークが在籍している交国では、そのような行為は法律で厳しく罰せられる。
■ネウロン人
只人種の一種。ただし、「植毛」という身体的特徴を持つ。
植毛とは「毛髪の一部が植物に似た形に変化している」というもので、葉っぱ型、花型、鹿の角のように木の枝型の植毛を生やす者もいる。
あくまで毛髪の一部が変化しているだけなので、切り落としても何の問題もない。花型の植毛を持つ男性が男性らしい外見を求めて植毛を切り落としたり、枝型の植毛が邪魔だから切り落とすということも行われている。
基本的に個々人が好きに切り落せばいいのだが、地域によっては植毛は切り落としてはいけないという風習もある。
植毛が取れると寿命が縮むという迷信を信じ、植毛を大事にする者も少なくないが、科学的な根拠はない。あくまで迷信である。
■交国人による植毛狩り
ネウロン人を「保護」している交国人の中には、植毛を「気持ち悪い」「植物に寄生されている」とし、切除を強制する者もいる。
このような行為は交国の法においても暴行罪等に問われる行為だが、実際に裁かれている交国人は殆どいない。
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