第十五話 横澤家の危機
九月十八日、木曜日の十二時過ぎ、八馬は雑貨店の裏にカイとリュウを呼びつけた。
「
「いくらくれるんだ」
手を差し出すカイに、八馬はトンカチと十円札を二枚渡した。
「首尾によってはボーナスを出すぞ」
「アニキ、これでごはん食べられるね」
目を輝かせるリュウを見たカイは、無言で十円札をポケットに突っ込んだ。そのままきびすを返す。
「リュウ、行くぞ」
厩橋を渡り、大通りから一本入った所に横澤家のバラックがある。カイとリュウはやはり仕事に出かけて誰もいない山本家の裏から近づいた。
雨戸を再利用したドアはスライド式で、家にいるときは中から心張り棒を置いているが、出かけるときは外付けの南京錠をかけている。その横に木製の郵便受けがあり、「横澤」と書かれているのをカイは確認した。
トタンをかき集めた建物は経年劣化でサビが全体的に浮いているが、窓代わりのベニヤ板がはまっている側のみ焼け残った板切れを寄せ集めている。
「リュウ、トンカチを貸せ」
カイの言葉にうなずいたリュウは、ボロボロの学生服の下に隠したトンカチを取りだす。トンカチを受け取ったカイはベニヤ板の窓を叩き壊し、そこから屋根の上によじ登った。リュウは下で見張り役だ。
トタン屋根の上には重し代わりの石が乗っている。カイはその石をどけるとトタンをはがした。そのまま下のリュウに渡す。二枚はがしたところで、カイはバラックの内部をのぞき込んだ。金目のものでもあるかと思ったのだ。だが、カイの目に入ったのは横澤家の家族写真と位牌の乗った木箱だった。思わず手が止まる。
「ずらかるぞ。トタンは川に捨てるんだ」
リュウに声をかけるとカイは屋根から降り、トタンを持ち上げて頭に乗せた。
「なにしてるの」
思わず呼びかけた槙代の声に驚いたらしい二人は、そのまま隅田川の縁にトタンを投げ捨てて走り去った。
数時間後、中学校が終わった
南京錠を外し、ドアを開けた康史郞は目を疑った。天井にぽっかり穴が空いている。
「台風に吹き飛ばされた……わけじゃないよね」
後ろからのぞき込んだ征一が声をかけるが、康史郞はそのまま部屋に上がり込んだ。窓も壊されていることを確認すると肩掛けカバンを征一に渡し、再び外に飛び出す。
「ここで見張っててくれ」
手がかりを探して家の周囲を探し回っていた康史郞を呼び止めたのは、工場の仕事を終えて戻ってきた槙代だった。
「康史郞君、どうしたんですか」
「おばさん、トタン見かけなかった」
「そういえばお昼に帰ってきたとき、二人組の子どもが隅田川の土手に捨ててたわ」
「ありがとう」
康史郞は礼を言うのも早々に隅田川に向かった。いつも釣りをしている川の縁にトタンが散らばっている。あわてて側に駆け寄るが、川は台風の影響で増水し、草むらもぬかるんでいた。
「ウワッ!」
トタンにつまずいた拍子に右のズック靴が脱げ、川に落ちた。ズック靴はそのまま隅田川に浮かんで流されていく。だがトタンをそのままにはしておけない。康史郞はひとまず家に戻ることにした。
「手を貸してくれ。トタンを運ぶんだ」
「康ちゃん、それよりズックどうしたの」
出迎えた征一は康史郞の泥だらけの靴下を見て言った。
「川に流された。トタンを運んだら探しに行ってくる」
「僕もつきあうよ」
征一の申し出を康史郞は断った。
「征一は夕飯までに帰らないとまずいだろ。それより『まつり』にいる姉さんに早く帰るよう伝えてくれ」
「うん」
康史郞は答える征一の手を引っ張ると走り出した。
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