第18話
「じゃあ、こっちの応接室でしようか、勉強会」
「よろしくお願いします」
大きい屋敷には、応接室がいくつもあるものらしい。さっきの応接室よりも、装飾が少ない、すっきりとした部屋だった。フェリシアとミカエルはソファに腰掛ける。
「こちらの応接室は、アリエーテ卿の仕事の打ち合わせにも使われております」
「詳しいのね。ねえ、少し気になったんだけれど、エミリーは元々アリエーテ家のメイドで、旦那様についてオフィーユ家に来たのかしら」
「その通りでございます。わたしとしては、あまりこちらを離れたくはなかったのですが」
「テオは、けっこう人見知りをするからね、最初は慣れているメイドじゃないと、仕事が回らないだろうからって、父さんが」
ミカエルがそう付け足した。テオドールが人見知り、ということに、フェリシアはあまりピンと来なかった。
「人見知りなのですか、旦那様は」
「うん。きみがそう感じないのであれば、だいぶ信用されているみたいだね」
「そう、なのでしょうか」
「……旦那様の人見知りは、正確には他人を深くまで自分の中に入れない、と言った方がよろしいかと。外面はいい方でございますから」
エミリーがミカエルには聞こえないくらいの小声でそう耳打ちしてきた。
フェリシアに対しては利害が一致しているから、気を遣わなくていいということなのだろうか。少し気になりはしたが、せっかく時間を取ってもらったのだ、勉強会を始めたい。
「ミカエル様、勉強会、よろしくお願いします」
「ミカエルでいいよ。僕もフェリシアさんって呼ぶし」
「では、ミカエルさん、で」
ミカエルは、にっこりと笑って頷いた。そして、エミリーを近くに呼んだ。
「そうだ、エミリー、紅茶を頼んでもいい? きみの淹れる紅茶は美味しいから」
「は、はい! すぐに準備いたします」
エミリーの顔がほんのり赤らんでいる。紅茶を準備する手付きにも少し動揺が見られる。エミリーが会いたかった人、とはミカエルのことかと納得した。ミカエルの言葉一つであんなに照れた表情を見せるエミリーを、とても可愛く思う。
「エミリーの淹れる紅茶も、作る料理も美味しいんだよー。ここしばらく食べられてないから、寂しいなあ」
「お、恐れ多いことでございます」
それ以上言うとエミリーの手元が狂ってしまいそうで、フェリシアは話題を変えた。
「勉強会は、何から始めるのでしょうか」
「そうだなあ。まずは星家と魔法の基本から行こうか」
ミカエルは、すくっと立ち上がると、体を横に揺らしてリズムを取りながら歌い始めた。
“一! 牡羊座のアリエーテは 空を飛ぶ”
“二! 牡牛座のタウルスは 動物とお話”
“三! 双子座のジュミナイは 大変身”
“四! 蟹座のカンセルは 土で支える”
“五! 獅子座のリオンは 火で灯す”
“六! 乙女座のヴィエルジュは 金で飾る”
“七! 天秤座のリーブラは 木で育む”
“八! 蠍座のスコルピオンは 風で舞う”
“九! 射手座のサジテールは 力持ち”
“十! 山羊座のカプリコルノは 元気に回復”
“十一! 水瓶座のヴェルソーは 水で潤す”
“十二! 魚座のピスケスは 守りを固める”
“全てを癒すのは 伝説の 蛇遣い座のオフィーユ”
軽やかに歌い上げたミカエルに、フェリシアは拍手を送った。エミリーも紅茶をテーブルに置いてから、拍手をしていた。
「ミカ様、見事な歌でございましたが、奥様もさすがにその歌はご存じかと」
この歌は、十二の星家と十二の魔法の――正確には十三だが――の関係を覚えるための数え歌のようなものだ。この国の子どもなら、文字とほぼ同時に覚えさせられる。星家、市民の垣根なく。
「えっ、じゃあ、なんで拍手してくれたんだい」
「歌がお上手でしたから……」
「わー、調子乗ったみたいで恥ずかしい!」
ミカエルが、照れ隠しに紅茶をぐっと飲んで、あ、美味しい、と言ってすぐに笑顔になった。エミリーの紅茶の力はすごい。
「じゃあ、今のそれぞれの当主の話からしようか」
「はい、お願いします」
フェリシアは、聞き逃すまいとしっかりと耳を傾けて聞く態勢を取った。
第13星家当主に嫁入りしました、期限付きで。 鈴木しぐれ @sigure_2_5
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