第16話

 今日も、飛行魔法を使わない馬車で移動する。案外アリエーテ家とオフィーユ家は、近いところに屋敷があるらしい。


 小さなお城、と表現するのが正しい気がする。そんな屋敷を目の前にして馬車は止まった。入るのに躊躇してしまいそうだが、テオドールに馬車から降りる時にエスコートされて、そのまま手を取られているから、進まざるを得ない。フェリシアの緊張なんてお構いなしだ。


「訪問の約束をしていた、テオドール・オフィーユだ。取次を頼めるかな」

「お待ちしておりました。こちらへ」


 使用人に案内されて、フェリシアとテオドールは応接室にやってきた。白いレースのテーブルクロスの上に、花が上品な花瓶に飾られている。部屋のあちらこちらに小さな花が置いてあり、来客をリラックスさせる空間だ。


「久しぶりだね、テオ。いや、オフィーユ卿と言った方がいいかな」

「いつも通り、テオで構いませんよ。父さん」


 応接室にやってきた、テオドールの養父母。二人とも小柄で、胡桃色の髪はふわふわとしていて、どこかリスを連想させる。柔らかい雰囲気で、二人が部屋に入ると、和やかな空気になった。テオドールから二人とも今年で四十五歳だと聞いていたが、そう感じさせないほど可愛らしい。


「アリエーテ卿、アリエーテ夫人、初めまして。フェリシア・オフィーユと申します」


 フェリシアは、ドレスの裾をつまみ、膝を折って二人に礼をした。フェリシアの一挙手一投足が、オフィーユ家の今後に関わると、自覚はある。現プリム・エトワールの前なのだから。


「初めまして、オフィーユ夫人。私は第一星家アリエーテ家当主、ディヴィッド・アリエーテ。こっちが妻の」

「シャルテ・アリエーテです。よろしくね、フェリシアさん、と呼んでもよろしくて?」


「はい。もちろんです」

「フェリシアさん、どこかで会ったことがあるかしら」

「……」


 アリエーテ家とスコルピオン家、特別親しいわけではないが、星家として交流はあっただろう。もしも会っていたとしても、七歳以前のこと。現にフェリシアは覚えていなかった。


「申し訳ございません。覚えがなく……。ご無礼をお許しください」

「いいのよ。わたしが似た子と勘違いをしているだけかもしれないもの。初めましてから、スタートしましょう。甘いものはお好き?」


 フェリシアが頷くと、すぐに紅茶とケーキがやってきた。客人が来るということで、予め用意されていたのだろうか。さすがの手際だ。


「客人を理由に、きみが食べたいだけだろう」

「まあ。いいじゃないの。美味しいものは皆で食べた方が美味しいもの。ねえ、フェリシアさんもそう思うでしょう?」

「はい、そうですね」


「客人を巻き込むんじゃない。すまないね、フェリシアさん」

「いえ。とても美味しそうなケーキに、目を奪われてしまいました。皆さんと一緒にいただけるのは、光栄です」

「まあ。なんて可愛らしいのかしら。いい子を見つけたわねえ」


 とても仲のいい夫婦だと、思った。軽口を言い合う様子は、微笑ましくすらある。フェリシアの両親が、仲良く話しているところを、あまり見た覚えがない。遥か遠い、幼い頃の記憶の中に一緒に食事をしていた時のことは薄っすら残っている。


「ケーキを食べながらだけれど、報告しますね。俺はフェリシアと共に、コンクールに出ます」


 テオドールは、義父と義母にそう静かに宣言した。義父は、持っていたティーカップを置き、テオドールに向き直った。


「本当に、出るつもりかい」

「出ます」


「……おそらく、反対が起こる。長い間、十二の家で行なってきたコンクールに、突然十三番目が入るとなれば。だから、オフィーユ家についても沈黙の状態になっている。私単独で、声明を出してもいいが、贔屓だのいわれて、逆効果になりかねない。すまないな」


「父さんが気にすることじゃないです。認めてもらえるようにします。必ず」

「テオがそう決めたのなら、頑張りなさい」

「無茶はだめよ?」

「はい、分かっています」


 テオドールが、子どもの顔をして、二人からの激励を受けているのを見ながら、フェリシアはケーキを食べていた。スポンジケーキとクリーム、そしてフルーツ、のシンプルな組み合わせなのに、とても美味しい。


 応接室のドアが、コンコンとノックされた。部屋にいる者の視線がドアに集まる。


「ミカエルです。入っても構いませんか」

「ああ、入って来なさい」

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