第14話
「俺たちも帰ろうか」
「はい」
飛行魔法のない馬車に揺られて帰ることにした。
フェリシアは、向かい合って座るテオドールに、改めて頭を下げた。
「ありがとうございました。おかげで、母を治すことが出来ました」
「治したのは君だよ。俺は何もしていない」
「オフィーユ卿……いえ、旦那様がいなければ、出来なかったことです。今度は私が契約を守る番、ですね」
フェリシアは、気になっていたことをテオドールに問いかけた。
「コンクールに出るというのは、オフィーユ家の存在を認めさせるため、という認識で合っていますか」
「そうだね」
「認めさせるだけなら、十二星家の当主に治癒魔法が本物だと認めさせて、そう発表するようにすればいいです。でも、旦那様はコンクールに出ること、それから、推測ですが、プリム・エトワールを目指していますよね」
テオドールは、微笑みながら頷いた。初めて会った時と同じ、意志の籠った強い目をしている。
「俺は、作りたいものがあるんだ」
「作りたいもの、ですか」
「児童養護施設」
その単語は、さすがに予想していなかった。フェリシアは、驚いたのと同時に何故、と思った。今も児童養護施設はいくつか存在しているはずだ。新しく建設したい、ということだろうか。
「俺は、アリエーテ家の養子だと言ったけれど、どこかの星家の出身というわけじゃない。捨て子なんだ」
「!」
「アリエーテ家の前に捨てられていた。それをメイドが見つけて、父と母が育ててくれたんだ。同じ頃に生まれたアリエーテの息子と同じように」
「……その話を、私にしてよろしいんですか」
「いいよ。フェリシアになら」
そう言って微笑むテオドールの感情は、色々なものが混ざり合っていて汲み取れない。
「俺の生まれは星家ではないし、そもそもどこの誰かも分からない。スコルピオン家の生まれのフェリシアに、敬語を使われるような人間ではないんだよ。普通に話してくれて構わない」
「旦那様はオフィーユ家当主です。『当主』に敬語を使わないなんて、あり得ません。それに、実家は関係ないと、あなたがそう言ったではありませんか」
「ははっ、そうだね。設定はきちんと守らないと」
今の笑い方には少し寂しさが見えた気がした。フェリシアは、ちらりと外の景色に視線を逃がしながら、小さな声で付け足した。
「ですが、旦那様がそう望むのなら、二人の時は普通に話しても……いいわ」
「ああ、お願いするよ」
当主なのだから、命令でもすればいいのに、お願いとは。フェリシアは、口元だけで微笑んだ。
「話が逸れてしまったね。児童養護施設は、今もあるけれど、裕福な家に養子を取ってもらうことを待つことが基本だ。星家の使用人として雇われることもあるけれど、それも稀。だから、待つだけじゃない、自分で生きていけるように、教育や仕事を与える場所を作りたい」
「児童養護施設と、就職支援を合わせたイメージかしら」
「ああ。俺は運が良かっただけだからね。でも、人生を運に決められるのは許容すべきじゃない」
アリエーテ家の当主は、現プリム・エトワールだ。飛行魔法のアリエーテ家がプリム・エトワールになったおかげで、国全体の飛行魔法の整備が進んだという。新しく何かをするには、お金と信頼が必要だ。お金は星家と認められれば、ある程度の保証はされる。そして、プリム・エトワールは、この国の最大の信頼を持つ。
「それなら、私も……」
フェリシアの口から思わず声が零れた。ハッとしてフェリシアは自分の口元を押さえた。
「フェリシアも、欲しいものがある?」
「いえ、何でもないわ」
「駄目だよ。言って」
しばらく黙り込んでいたけれど、結局は根負けしたフェリシアが口を開いた。
「……病院を、作りたいの」
「病院か。治癒魔法を前提としたものは、存在しないからね」
「ええ。母を助けたいっていうのが、一番だったわ。でも、そういう人が困らないようにしたいの」
蛇遣い座の紋章を持った時に抱いた、誰かの役に立ちたいという思い。今のフェリシアの手には、紋章を隠す変身魔法はなく、対の指輪が輝いている。もう、思いを隠す必要もない。
「治癒魔法を皆が使いやすいように流通出来れば、もっといいわね。結局は、オフィーユ家が認められなければ意味はないのだけれど」
「俺が構想している施設の子が、病院で働けるような同線を作るのもいいかもしれない」
「そうね」
「じゃあ、俺たちは、インフラ整備ドリーム同盟、って感じかな」
「……」
「駄目?」
「ダサいから却下よ」
フェリシアが、バッサリとそう言ったのに、テオドールは楽しそうに笑っていた。フェリシアも、言葉にすらしていなかったものを当然のように夢と言ってもらえたことは、悪い気はしなかった。
「俺たちは目的のため、プリム・エトワールを目指す。これからよろしく、フェリシア」
「ええ、こちらこそ。旦那様」
「テオって呼んでくれないんだ」
「あくまで旦那様、ですから」
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