第12話

 神殿は、柱や壁、天井や床にいたるまで、大理石で出来た建物。少し靄のかかった白い大理石に囲まれたここは、神聖な雰囲気のある場所だ。


 フェリシアも、幼い頃に来たことはあった。星家では、子どもが無事に育つようにと、三歳、五歳、七歳の節目に、神殿で簡単な儀式をする習慣がある。


 三歳では、聖水に足を付ける。五歳では、ロウソクに灯った聖火をそっと吹き消す。七歳では、ローブを着て神殿の中央にある水晶に手を当てる。この七歳の儀式の際に、手の甲に紋章が浮かぶのだ。


「オフィーユ卿は、七歳の儀式の時はどうでしたか」

「そりゃ、驚いたよ。ただ、付き添いが両親しかいなかったからね。騒ぎにはならなかったよ。世間に知られて騒がれたら、平穏な幼少期を過ごせない、と隠すことにしてくれた。フェリシアがしていたように、手の甲にだけ変身魔法を使ってね。それ以外は何も変わらなかった」


「そうでしたか。いいご両親ですね」

「ああ。ただ、俺は養子だからね。正確には養父母かな、本当にいい人たちだよ」

 星家で養子を取るのは珍しい。だが、そんな話を昔聞いたことがある気がする。


「もしかして、アリエーテ家ですか」

「ん、知ってたんだ」

「いえ、今話を聞いて思い出しました。アリエーテ家が銀髪の少年を養子に取ったという話を聞いたことがあるだけです」

 テオドールは、そっか、と呟いただけだった。


「フェリシアは? 七歳の儀式はどうだった?」

「そこも、調べているのではないですか」

「まあ、そうだけど。聞かせてよ」


 フェリシアは、話すのを少し躊躇ったが、テオドールはほとんど知っているのだろう。なら、隠しても仕方のないこと。


「私の場合は、付き添いが両親以外にも、親戚の人たちがいたので大騒ぎでした。現れるはずのない、突然変異の紋章が出てきたのですから、当然の反応だったのかもしれませんが、当時はよく分かっていませんでした」


 隠すことを辞めた手の甲をちらりと見る。この紋章のせいで、何かが決定的にズレてしまった。


「儀式の後すぐに離れで暮らすように言われました。本邸では徹底的に私の紋章のことは隠されました。その後は……ご存知の通り、家を追い出されました。これで満足ですか」


 自分から七歳の儀式の話題を出したことは棚に上げて、フェリシアは、テオドールを睨み付けた。ただ、その反応は予想していたらしく、テオドールは小首を傾げただけだった。


「これからは、蛇遣い座の紋章を隠す必要はない。君らしく、いればいいよ」

「私らしく、なんて……」


 コツン、とよく響く靴の音がした。神官がやってきた。年配の男性と、二十代くらいの若い男性の二人。頭に高さのある帽子をかぶり、肩から足元まですっぽり覆うローブを身に付けている。


「では、これより結婚の儀式を始めます。二人は前へ」


 年配の神官が厳かな口調でそう言った。もう一人は補助のような役割らしい。フェリシアとテオドールは、示された場所に並び立つ。


「汝、テオドールは、フェリシアを妻とし、共に歩むことを誓いますか」

「はい。誓います」


 テオドールは、微笑みながらそう口にした。よくもまあ、出会ったばかりの人に対して誓えるものだと思ったが、誓いの文言が『愛することを』ではなく、『共に歩むことを』なのは少しほっとした。


 彼とは愛し合うために結婚するのではない。お互いの目的のため、条件を呑んだから。それならば、共に歩む、という誓いには反しはしないだろう。


「汝、フェリシアは、テオドールを夫とし、共に歩むことを誓いますか」


 神官は、フェリシアに対して、同じことを問いかけた。フェリシアは、これから夫になる、テオドールを見上げた。穏やかな笑みのテオドールに対して、フェリシアは凛とした表情を崩さない。


「はい。誓います」


 誓いの言葉の後は、誓いの口付け。


 この国での誓いの口付けは、二人は互いの手を取り、相手の手の甲に口付けをする。背が高いテオドールは、フェリシアが口付けをしやすいように、中腰になってくれた。背伸びをしようとしていたフェリシアは、何だか肩透かしのような気持ちになった。


 互いの左手の甲に口付けが落とされる。


「これからよろしくね、フェリシア」

「はい。よろしくお願いいたします。オフィーユ卿」


「夫婦になるのだから、君もフェリシア・オフィーユになる。俺のことはテオと呼んで」

「……承知しました、旦那様」

「うーん、頑なだね」


 誓いの口付けを経て、左手の甲にある紋章が淡い光を放っている。第十三星家オフィーユ家の証である、蛇遣い座の紋章が。


「続けて、対の指輪の贈呈へ」


 若い神官が、ふかふかの小さなクッションの上に乗った指輪を、テオドールの前に持ってきた。当主の指輪の力を分けた、対の指輪。この対の指輪には、主を見定めるような意思はなく、当主の手から伴侶に付けることで、認められたこととなる。魔法を生み出す者として。


 テオドールがフェリシアの左手を取り、その指に、対の指輪をゆっくりとはめていく。当主の指輪よりも、小ぶりな石が付いた指輪は、フェリシアの手に馴染んだ。


「これにて、儀式を終了します」

 神官たちは、粛々と儀式を終えて、帰っていった。


 フェリシアは、指輪をはめた手を高く、天井へとかざした。これで、治癒魔法を使うことが出来る。母を治すことが出来る。

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