第11話
オフィーユの屋敷にそのまま連れていかれて、そこからエミリーが付きっきりで儀式のための準備をしてくれている。何も持たずに来たので、ドレスや装飾品など、全て用意してもらうことになった。神殿への手配もテオドール自らやってくれたらしい。
「やはり、この白いドレスがお似合いですー。可愛らしいお顔を引き立たせるために、耳飾りは小さめのパールで。ネックレスはお揃いのものでもいいですが、少し大きめのトップのものでも。ああー、どれも可愛らしいです」
「あの、エミリー」
「はい。フェリシア様はどちらがお好みでございますか」
「用意してもらっておいて言うのも、おかしな話ですけど、やけに準備が良すぎませんか」
「まあ、フェリシア様、わたしに敬語などお使いにならないでくださいませ。これから、この家の奥様になられるのですから」
エミリーは、不満げにそう言った。使用人がいる生活からは長年離れていたから、少し違和感がある。だが、敬語なしで話さなければ、エミリーは答えてくれなさそうだ。
「ええっと、やけに準備が良すぎないかしら」
「ここだけの話でございますよ」
満足そうな笑顔になったエミリーが、声を潜めてそう切り出した。
「旦那様は、絶対に妻に迎えたい人がいるのだと、準備をなさっていました」
「えっ、そうなの。でも確か、私が来た時、エミリーは驚いていたわよね」
ディナーに誘われて屋敷に来た時、エミリーは突然の来客に驚いていたはずだ。事前に準備をしていたなら、エミリーも知っていたのでは。
「はい、驚きました。旦那様が本当にお相手を連れて帰られたことに、びっくりです。正直、本当にそんな方がいるのか、半信半疑だったので。ご友人すら少ないのに、と」
また本人がいないところで、友人が少ないことを言われている。テオドールがむくれている様子が目に浮かぶ。
「そして、お相手の方が了承していないとおっしゃったので、旦那様が断られているという事実に、またびっくりしました」
「なるほど……」
「ですが、こうしてフェリシア様がお受けになったことは、喜ばしいことでございます。旦那様なら、フェリシア様にお似合いでございます」
「……逆じゃないかしら」
こういう時は、主人を立てて言うものだ。フェリシアならばテオドールにお似合いである、と。
「いいのです。今日からわたしはフェリシア様付きのメイドでございますから」
「そうなの」
「今、決めました。後で交渉して参ります」
「ふふふっ」
主人に対してなぜか自信満々にそう言うエミリーの様子が可愛らしくて、フェリシアは笑ってしまった。
「終わりました。鏡でご覧になってくださいませ」
フェリシアは、鏡に映った自分の姿に息をのんだ。肩口からふわりと広がった袖にも、すらりとしたシンプルなシルエットのドレスにも、白地に銀色の糸で繊細な刺繍が施されていて、動くたびに美しい。耳飾りとネックレスは、上品にパールで揃えた。髪は、エミリーのお任せで、ふわふわに巻いてくれた。
「とてもお綺麗ですー! 世界で一番、フェリシア様が綺麗です!」
「褒めすぎよ。でも、エミリーのおかげで素敵な装いになったわ。ありがとう」
「まあ、なんて嬉しいお言葉でしょう」
ドアがノックされる音と共に、テオドールの声がした。
「楽しそうな声が聞こえたけれど、準備が出来たのかな」
「はい。旦那様もご覧ください、フェリシア様とてもお綺麗ですよ」
ドアがゆっくりと開かれると、正装を身に纏ったテオドールが顔を出した。紺色のベストに、背の高さが際立つすらりとしたグレーのスラックス。淡いグレーのロングジャケットから覗くカフスは、フェリシアのドレスの刺繍と同じく銀色だ。
「……!」
テオドールは、フェリシアの姿を見ると固まってしまった。
「あらあら、旦那様、フェリシア様に見惚れて何も言えなくなってしまいましたよ」
「……ああ、すごく綺麗だよ」
ぼーっとしたまま、独り言のように言われたそれが、お世辞ではないことは分かった。顔が熱くなるのを感じて、フェリシアは自分の頬を軽く叩いた。
ハッと我に返ったらしいテオドールが手を差し伸べてきた。
「行こうか、フェリシア」
「はい」
フェリシアは、その手を取る。これが、結婚への第一歩目。お互いの目的のためのただの契約。フェリシアは、ぐっと気を引き締めた。
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