第10話

 フェリシアは、俯いてグッと自分の手を握りしめた。こんなに図々しく昨日知り合ったばかりのテオドールを頼ってしまうなんて。迷惑なことは分かっている。でも、他に相手が思い浮かばなかった。


「フェリシア、俺は迷惑だとか思っていないよ」

「え……」


 心が読まれたかと思った。驚いて顔を上げたら、穏やかな表情のテオドールと目が合った。


「昨日、俺が言ったこと、覚えてる?」

「……」

「大丈夫、言って」


 フェリシアは、口を開きかけて、閉じた。それを口にしてもいいのだろうか。戸惑いながらも、テオドールの優しい目を見ていたら、素直に声が出た。


「……助けて、ください」

「ああ、必ず」


 その一言が、とても頼もしかった。抱きしめられたかのような、安心感があった。大丈夫だと、思えてきた。


 家に着いて、テオドールはトランクの中から、回復魔法と身体強化魔法のカードを取り出した。フェリシアは、回復魔法のカードを受け取り、それを母の体に使っていった。テオドールは、肺のあたりを中心に身体強化魔法を施していた。


「これで、呼吸を助けられるから、少しは楽になるよ」


 二人が魔法を使い終わる頃には、母の呼吸は安定していた。熱もましになっているが、起きたら、解熱薬を用意しておこう。


「良かった……」


 フェリシアの体から力が抜けていく。母の規則的な寝息を聞いて、ようやく安心することが出来た。二人の処置を後ろでおろおろしながら見ていたクロエも、ほっとしたようで、母の横で、眠ってしまった。


 昨日の夜、余計なことを考えた罰なのではないかと思えた。きっと、難しく考えなくていい。フェリシアは、テオドールに頭を下げて礼をした。それから、真っすぐに目を見つめて言った。


「オフィーユ卿。私は、治癒魔法が欲しいです。だから、私の三か月を差し上げます」

「契約に乗る、ということ?」

「はい」


 テオドールは、驚きと喜びが半々の表情をしていた。てっきり、計画通りにいった不敵な笑みでも浮かべるかと思っていたのに。本当にプロポーズが成功した人みたいな反応で、フェリシアの方が照れてしまいそう。


「では、さっそく儀式をしようか」

「今からですか?」

「母君の病気を治すのなら、早い方がいいだろう?」

「それは、そうですけれど、オフィーユ卿が治すのではないのですか」


 そう聞くと、テオドールはきょとんとした顔をした。この人は意外と顔に出るタイプなのかもしれない。


「君が治す方がいい。俺がしてしまうと、君は俺への恩とか負い目とかで、何も言えなくなる。下僕が欲しいんじゃなくて、伴侶が欲しいんだからね」


 フェリシアが何か言う前に、テオドールは続けた。


「それに、君もそうするつもりだっただろう? 助けを求めに来た時、治して欲しいとは言わなかった。治癒魔法については納得した後だったというのに」

「そう、ですけど」


 確かに、治して欲しいとは言わなかった。あの時は意識してそう言ったわけではなかったのだが、心の奥底ではそう考えていたらしい。自分でも言語化する前の気持ちを先に言われて、何だか悔しい気分だった。


「よし、行こうか」

「わあっ」


 フェリシアの体がふわりと浮いた。テオドールが、フェリシアを横抱きにしてすたすたと歩いていく。


「降ろしてください! 私、重いですから」

「重くないよ」

「いえ、あの、身体強化魔法をご自分に使っていますか!?」

「そんなの使わなくてもフェリシアは軽いよ」


 何を言っても、降ろしてくれない。暴れようかとも思ったが、それで地面に落ちても困る。フェリシアは観念して、テオドールの服に少しだけ掴まった。

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