第4話
フェリシアの店には、薬を買いに来たり、痛みの相談に来たりする人、世間話をしてパンやお菓子を分けてくれる人もいたり、普段から忙しく過ごしている。
ただ、三人の生活を支えるには足りていないのも事実。回復魔法は、傷や病気を直接治すものではなく、失った体力や気力を回復させるもの。それでも、病気がちな母には必要不可欠なものだ。そして、やや値が張るものでもある。
「あら、もう胃の薬が少ないわ」
陽が傾いてきた頃、仕事がひと段落したので、在庫をチェックしていたら、普段そんなに減りの早い方ではない胃の薬がかなり減っていた。確かに、今日は胃の不調を相談する人が多い気はしていた。
「屋台で酒を飲む人が増えたからねー、胃薬に頼ろうってやつも多いんだよ」
店にあるカウンター越しに、常連さんが教えてくれた。なるほど、皆コンクールで浮かれているのか。
「まだコンクールが始まったわけでもないのに、昼間から飲む人が多すぎます」
「フェリシアも成人したんだろう。飲めばいいのさ」
「仕事中です。というか、どうして皆が私の誕生日を知っているんですか」
「クロエちゃんが、お姉ちゃんの誕生日まであと何日! ってここ数日言って回ってたもんだらから、そりゃ知ってるさ」
フェリシアは、反射的にクロエの方を振り返った。クロエは満面の笑みでピースを向けてきた。
「もう、恥ずかしいからそんなことしなくていいのよ」
「だって、皆に祝ってもらった方が嬉しくない?」
「それは……。私、胃の薬を持ってくるから、店番お願いね」
「お姉ちゃん照れてるー」
「店番してて」
「はーい。分かってるって。終わったら屋台行こうよー」
「ええ」
フェリシアは、仕事部屋から胃の薬、それからいくつか必要になりそうな薬を見繕って店に持っていくことにした。コンクールで市民が盛り上がるのは知っていたが、始まる前からこんなだとは。前回は、楽しむ余裕もなかった。今回は、クロエと屋台に行ったり、少しは楽しめるだろうか。
突然、店の方から歓声が聞こえてきた。悲鳴などではなく、どこか楽しげな声。ともかく、フェリシアは用意出来た薬だけ持って店に戻る。
「お姉ちゃん! 御星様が来たの!」
興奮が抑えきれない、クロエの声が一番に飛んできた。屋台に行きたい、なんて吹っ飛んだらしい。
星家の人々は、市民にとっては政治を任せる存在であると同時に、ちょっとしたアイドルみたいな存在でもある。滅多に街中では出会わないから、偶然会えたら幸運になるとまで言われている。容姿端麗な人が多い、というのも理由の一つだろうけど。
「フェリシア?」
渦中の人物は、フェリシアを見てそう問いかけてきた。見知らぬ背の高い男の人だ。彼は問いかけと同時に首を傾げて、さらりと銀髪が揺れている。柔和な雰囲気を纏っているのに、眼差しは力強くて、不思議な感じがする。
「はい。フェリシアは、私です」
「誕生日おめでとう」
花束を手渡された。赤、黄色、オレンジ、ピンク、など色とりどりの花が一つになった花束は、フェリシアの視界が一瞬、花でいっぱいになるくらい大きいものだった。クロエが持ったらきっと前が見えなくなってしまうだろう。
「お姉ちゃん、御星様と知り合いなの!?」
クロエをはじめ、店の近くにいた人たちが、興味津々な視線をフェリシアに向けてくる。
フェリシアは改めて、目の前にいる男性を見た。彼の左手の甲には、紋章が浮かんでいる。星家の人々だけが持つ、星座の加護を受けた証。確かに、この人は星家だ。でも、彼には見覚えがない。ただ、その紋章は――。
「フェリシア、俺の妻になって欲しい」
「…………は?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます