第2話

 フェリシアは、水魔法をミルクポットに使い、顔を洗う水と料理に使う水を一度に出した。まとめて出す方が、無駄がなくていい。顔を洗ってから、いつもの藍色のワンピースに着替える。前掛けのエプロンも一緒に身に付ける。長い髪はサイドテールでまとめる。


「お姉ちゃん、パンに挟むの、ハムとレタスでいい?」

「いいわよ。あ、今日は卵も使いましょうか」

「わーい、ちょっと豪華だー」


 クロエは、ハムとレタスを切ってパンを待ち構えている。フェリシアは、火魔法をフライパンに少しだけ纏わせて、鮮やかな黄色のスクランブルエッグを作る。パンもこんがりと焼き目がつくくらいに焼いて、具材を挟み込む。朝ごはんの完成だ。


「いただきます」

「いただきます」


 二人はテーブルに向かい合って座り、サンドイッチを頬張った。やっぱり焼き立てのパンは香ばしくて美味しい。


「おいしー。お母さんにも持ってく?」

「調子が良さそうだったらね」

「あたし、見てくるー」


 自室で寝ている母の様子を、クロエが見に行った。母は病気がちで、その日の体調次第で、起き上がれることもあれば、ずっと眠っていることもある。


「少し調子がいいから、後で食べるって!」

「良かったわ。パンは柔らかめで作っておきましょう。クロエ、出来る?」

「もちろん」

 朝食の準備は、クロエに任せて、フェリシアは母の部屋に向かった。


「お母さん、調子がいいのね」

「ええ。愛しいフェリシア、お誕生日おめでとう」


 母は、フェリシアを抱き寄せて、そう言ってくれた。頭をぽんぽんと撫でられるのは、少し子どもっぽくて恥ずかしいけれど、嬉しいものは嬉しい。


「お母さん、一応、回復魔法をしてくわね。朝食はクロエが持って来てくれるわ」


 回復魔法の籠ったカードを母の体にそっと乗せる。カードが溶けていくのと同時に魔法が効力を発揮する。


「いつもありがとうね。……ごめんなさいね」

 母は伏し目がちに謝っていた。母のそういう顔はあまり見たくない。だから、フェリシアは、笑顔で首を振る。


「全然、気にしないで。私はこの仕事を気に入っているわ」

 クロエが入ってきたのと入れ違いで、フェリシアは部屋を出た。


 仕事の準備をしなくては。フェリシアの仕事部屋には、たくさんの薬草が並んでいる。フェリシアの仕事は、薬草を育てて、薬として調合すること。回復魔法があっても、治る過程で痛みはある。主に鎮痛薬が必要とされることが多い。


「クロエ、お母さん、私これから配達に行ってくるわね」

「はーい、いってらっしゃい」


 薬を求める人のために、配達もしている。薬を鞄に詰めて、フェリシアは箒を手に取った。ふと違和感を覚えて、箒をじっと見つめた。魔法の残量が少ない。


「クロエ! 飛行魔法の充填し忘れてるわよ」

「あー! ごめんなさい!」

「行き帰りの分はあるから、このまま行くわ」


 フェリシアは、箒に対して平行に座り、箒の先には鞄を引っかけた。飛行魔法を使えば、箒はフェリシアを乗せたまま浮き上がり、空を自由に飛ぶことが出来る。


 この国の日常は、魔法によって支えられている。この国に暮らす者たちは皆、魔法を使うことが出来る。ただし、使うだけ。物自体に魔法が込められているパターンと、トランプのようなカードを媒介にして使うパターンが存在する。幼い頃に、カードをトランプのように遊んで怒られるのは、この国の子どもたちの通過儀礼のようなものだ。


 魔法を生み出すことが出来るのは、特別な十二個の指輪。それを代々受け継ぐのが、十二星座の加護を受ける、十二星家せいけの人々。市民は親しみを込めて、彼らのことを御星様おほしさまと呼ぶ。この国の政治は、星家の当主たちによって行われている。十二ある星家の中での政治的なリーダーをプリム・エトワー

ルという。一番星、という意味だそうだ。


 星家、プリム・エトワール、どれもフェリシアにはもう関係のないことだ。

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