第一章 はじまりの契約結婚
第1話
彼女は、走っていた。真っ暗な中をひたすら走っていた。どこまでも続く闇の中を走るのは怖かった。足を止めてしまいたかった。それでも、後ろから追ってくる何かに捕まることの方が怖いと、本能が感じていた。
前を走る人影だけが頼りだった。必死についていくが、徐々に離れてしまう。手を伸ばしても、その背中に触れられなくて、不安が一気に押し寄せてくる。
「待って!!」
伸ばした手は天井に向かっている。夜寝る前に付けた明かりはついたままだし、窓の外からは朝日の気配があって、永遠に続くような暗闇などではなかった。
「夢、ね……。最近はあまり見なかったのに。誕生日に最悪の目覚め方だわ」
フェリシアは再び眠る気分にはなれず、体を起こした。隣には妹のクロエがすやすやと穏やかな寝息を立てていた。その顔を見て、ようやく心が落ち着いた。
外の空気を吸うために、フェリシアは、羽織を肩からかけて、家を出た。早朝の石畳はまだ冷たさがあり、街はまだ目覚めてはいない。賑やかで活気のある街の雰囲気も好きだが、この静かな時間も、また心地がいいと思う。
何度か深呼吸をしてから、フェリシアは、家の中に戻った。朝ごはんを作らなければ。
「あれ……? お姉ちゃん?」
「ごめんね、起こしちゃったわね」
「あー!! お姉ちゃんより早く起きて、プレゼント枕元に置いて驚かせようと思ってたのに!」
クロエは、ぷくーっと頬を膨らませながら、可愛らしい計画を全部話していた。用意していたらしいプレゼントを部屋から持ってくると、クロエはそれをフェリシアに差し出した。
「十六歳のお誕生日おめでとう、お姉ちゃん」
「ありがとう、クロエ」
クロエが渡してくれたのは、可愛らしくリボンでラッピングされたお菓子だった。
「それはね、美味しいって噂のトリュフチョコレートだよ。お姉ちゃん、いつもあたしばっかりにお菓子くれるから、あたしがお姉ちゃんにあげようと思って!」
確かに、いつでも好きなだけ高価なお菓子が買えるほど、うちは裕福ではない。せめてクロエにはたくさん食べて欲しいと、思っていた。それを今年七歳になるクロエが理解していたことは少し複雑だが、一生懸命に選んでプレゼントしてくれたことは、素直に嬉しい。
「ありがとう。すごく嬉しいわ。後で一緒に食べましょう」
「それはお姉ちゃんの分だから、お姉ちゃんが食べるの!」
「そう? でも一緒に食べた方が楽しいわ」
クロエは、それじゃあ、と嬉しそうに頷いた。こんなに美味しそうなチョコレート、独り占めしたらもったいない。
「さあ、顔を洗って、朝ごはんにするわよ」
「はーい」
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