閑話 水族館へ(後編)
クリアに聞こえたこともあって、桃香にはそれが女性のような声だとわかった。
どうしても気になって塔矢に声を掛ける。
「塔矢くん、また聞こえたよ。たぶん、女の人……」
それを聞いて、塔矢は周りを見渡した。
ただ、周りには多くの人がいて、誰の言葉かはわからない。
「聞こえたのって、どんな内容?」
「『怖い』とか『次で』とか……。よくわかんない」
「なんなんだろうな」
塔矢は電車を待ちながらも、考えを巡らせる。
そのとき、次の電車がホームに入ってくる知らせが入った。
『そろそろ……!』
その声にはっとして、桃香は周りにきょろきょろと視線を向ける。
そのとき――。
ホームの少し後ろ、ぽつんとひとりで電車が来る方を凝視している少女――自分より少し歳下くらいだろうか――に視線が留まった。
(あの子……)
断定はできないけれど、直感でなんとなくその少女が声の主だと思った。
何か……思い詰めたような表情が、周りと違っていて、なぜか目についたのだ。
「塔矢くん、あの子――」
急いで塔矢の腕を掴み、その少女を指差した。
塔矢もすぐに見つけてくれたようだ。
「もしかして……」
塔矢もその異変に気づく。
そして、暗闇のトンネルから、電車のライトがキラッと光ったのが見えたとき。
見ていた少女は、躊躇しながらも、ホームに向かって足を踏み出した。
「――ちっ!」
慌てて塔矢が駆け出す。
電車とその少女の間に向かって。
一瞬、塔矢のほうが早く、少女の行く手を阻む場所に立った。
「――きゃっ!」
突然目の前に現れたように見えただろう。
少女は塔矢を見た瞬間、急ブレーキをかけてその場に止まった。
――プアーン!!
その直後、運転士がホーンを鳴らす音が地下鉄のホームに響き渡る。
タイミングを失って、少女が呆然とする様子を、塔矢と――少し離れた場所から桃香が見ていた。
◆
「……死ぬつもりだったのか?」
電車がホームで待っていた乗客を乗せて走り去ったあと、残された少女に塔矢が声をかけた。
それまで呆然としていた少女だったが、自分の行為が気づかれていたことに驚く。
「……うん。……あなたは、誰?」
「すまないな。僕は遊びに来てて、たまたま君を見かけたからだけ」
すぐに桃香も塔矢の横に駆け寄る。
少女は血の気のないような顔で、ふたりに小さく頭を下げた。
「そう……。ごめんなさい。目の前で事故になったら、迷惑かかるよね……?」
「いや……僕たちのことより、君は……。……話くらいなら聞けると思うけど?」
周りのことを気遣うような少女がなぜ、という驚きしかなくて。
塔矢は心配が尽きなかった。
「ううん、時間を取らせるのは……」
「まぁ、いいからいいから。場所を変えようよ」
「ええっ……!」
桃香が強引に少女の手を取って、改札口に向かう。
最初は引きずられるようにしていた少女だったが、やがて観念したのか手を繋いだまま、素直に桃香の後ろを付いて歩く。
改札を出て階段を登ると、地上に出る。
近くをきょろきょろしていた桃香だったが、土地勘がなくて、その少女に尋ねた。
「このへん、なんか喫茶店とか話できる店、知らない?」
強引に連れ出したのにも関わらず、それを自分に聞くことが少し面白くて、少女は表情を緩めた。
「ふふ、この辺りなら、そうですね……マクドでもいいですか?」
「ん、いいよっ。案内して」
「わかりました」
今度はその少女が先導して、ふたりが後ろを付いていく。
目的の店はすぐ近くだったみたいで、順に入り口から入った。
「とりあえず飲み物くらいかな。私、コーラで」
「僕はバニラシェイクにするよ。君は?」
「えと、私は……オレンジジュースで」
塔矢がまとめてみんなの分を注文している間に、桃香は少女と空いていたテーブルに座った。
すぐに受け取りのための番号札を持った塔矢も合流して、桃香の隣に座る。
飲み物だけの注文だったおかげか、すぐにテーブルに届けられた。
「……で、電車に飛び込もうって思っていたので間違いない?」
「はい……」
「やっぱり。そんな感じがしたんだよー。……理由は聞かないほうがいい?」
心配そうな顔で桃香が聞くと、少女は首を振った。
「いえ……。あたし、付き合ってる彼がいるんですけど……。彼、あたしの親友とも二股してるって、昨日知って……」
「うわ、ヒドいね……」
「だから、あたしが死んだら、彼もちょっとは後悔するかなって」
そう答えた少女に、桃香は黙って考え込んだ。
自分が同じ立場だったら、どうするだろうか。
もし塔矢が隠れて別の女と付き合っていたりするのなら……?
そんなことは絶対にないと信じてはいたけれど、その場合は……同じことをするだろうか。
(私なら……しないかな。でも、たぶんもう学校には行かないと思う。顔を合わせるのも辛いから)
考えは状況によって違うだろうけれど、この少女がそういう選択肢を選ぼうとしたことも理解できた。
「……その彼って、クラスメートだったり?」
「いえ、私中3なんですけど、彼はひとつ上で高校に通ってます」
それを聞いて、桃香は少しホッとした。
「別れるつもりは?」
「……昨日の今日なので、まだ。彼は別れたくないって言ってくれていますけど」
「勝手なことは言えないけど……私なら別れると思う。だって、もう信じられないよね?」
「ええ……。でも……」
聞いていると、まだこの少女は自分の意思を決めきれてないように思えた。
突発的に電車に飛び込もうとしたり、別れるべきなのかそうじゃないのかも含めて。
「まだ高校生にもなってないんだから、いくらでも良い人見つかるよ。私、いま高3なんだけど、付き合い始めたの今年だよ? まだ3ヶ月くらいだもん」
もう長く付き合っているようにも思えたけれど、数えてみればまだそのくらいしか経っていない。
たったそれだけの期間で将来を誓い合うほど、大切だと思える人と出会えたことが奇跡だと思う。
「そう……でしょうか?」
「絶対そうだよ。そもそも、中学の頃に彼氏いた子、少なかったもん。大体みんな高校入ってからだよ。だから、みんなより早くいろんな経験できたって思うくらいでいいと思うよ?」
「……ありがとうございます。辛いのは変わらないんですけど、もうちょっと考えてみることにします」
「ん、そのほうがいいよ。――ね?」
急に桃香に振られて、塔矢は慌てて返事を返した。
「あ、ああ――」
そう言いながら、塔矢はバニラシェイクを強く啜った。
◆
ふたりはその後少女と別れて、元の予定だった観光をしてから、帰りのバスに乗った。
「……目の前で事故起こらなくてよかったよー」
「うん。桃香のおかげ……かな?」
「にしし、私偉いにゃ?」
「そうだな、偉い偉い」
機嫌よく笑う桃香を褒めると、彼女は満足そうにしていた。
桃香にとっては、以前は異能があることがむしろマイナスだと思う人生だった。
けれども、そのおかげで塔矢と出会えたし、今回のようなことにも役立つのなら、今はプラスに思っていた。
そのおかげで塔矢に褒めてもらえたことが嬉しくて。
これからの残りの高校生活も、きっといろんな楽しいことがあると夢を馳せた。
◆
だいぶ間が空いてしまいましたが、なんとか水族館編が書けましたε-(´∀`; )
次から2学期編ですが、まとめて投稿したいので、書き溜めてからにするつもりです。
気長にお待ちくださいm(_ _)m
【本編完結】異能力者の私だって、人並みの青春を妄想してもいいよね!? 長根 志遥 @naganeshiyou
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