第15話 新しい武器を作ろう

 目が覚めたら、目の間にエスメラルダの顔があった。


「うぉ……っ!」


 思わず飛び起きた俺が改めて顔を左下に向けると、やはりそこにはエスメラルダがいる。

 だが彼女は俺のことを見てはいなかった。目を閉じ、安らかな寝顔ですぅすぅと規則正しい寝息を立てている。


「びっくりした……」


 どうやらエスメラルダは、寝る時に横を向くタイプらしい。そういえば昨日同じテントで寝た時も、背中合わせだったとはいえ横向きだったような気がする。

 今回はたまたまこちら側を向いていたというだけだろう。まったく、心臓に悪い展開だ。


「変な時間に目が覚めちまったな。……二度寝するか」


 窓の外はまだまだ暗い。時計の針が示す時間も、まだ真夜中だ。睡眠が不安定になるあたり、どうやら自分で思っていた以上に疲れていたらしい。明日以降も不測の事態に備えて数日は警戒行動に当たる予定である。久々のベッドなのだからここでしっかりと回復しておかねばなるまい。

 再び横になり、目を瞑る。隣から聞こえてくる寝息に少しだけ心を乱されながらも、やがて俺の意識はとっぷりと沈んでいった。



     ✳︎



「おはようございます、中尉殿」

「ああ、おはよう」


 翌朝。窓の隙間から差し込んでくる朝日に起こされて自然と目を覚ました俺がリビングに向かうと、そこでは既に寝巻きからかっちりと軍服に着替え終えたエスメラルダが椅子に座ってコーヒーを嗜んでいた。


「中尉殿の分もありますよ。今お淹れしますね」

「ありがとう」


 寝起きのぼんやりとした頭では、警戒任務もままならない。睡眠時間は足りているのだから、カフェインを摂取して脳を目覚めさせなければならない。


「今日はどうする予定ですか?」


 沸騰する寸前の温度に沸かした湯を丁寧に注ぎながら、エスメラルダが問うてくる。その手つきは慣れたものだ。彼女もまたコーヒー党なんだろうか?


「今日から数日は、不測の事態に備えて待機する予定だ。場合によってはもう一度山に立ち入ることも考えている」

「待機ですね」


 少し濃いめに淹れたコーヒーを差し出してくれるエスメラルダ。まだそれほど彼女にコーヒーを用意してもらったことはない筈なのだが、もう既に俺の好みを把握されているようだ。相変わらず細かい気配りが上手というか、よく人を見ているなと感心させられる。


「待機となると……少し暇になりますね」


 この村にはろくな観光スポットが無い。主な産業も林業なので、商業もあまり活発ではない。農業や酪農が中心でないということは、当たり前だが目立ったグルメがあるわけもない。

 あるとして、せいぜいが山菜と山の獣肉を使った田舎料理くらいだろうか。それも昨日の夕食時に口にしたが、別段感動するほど美味かったかといえば申し訳ないがそうでもなかった。

 第一、今の俺達は軍務に服役中である。あまり大っぴらに観光を楽しむわけにもいくまい。


「観光もだめ、食事も微妙。さりとて訓練で消耗するのも本末転倒……することがないな」


 待機とはそういうことだ。常に戦力を万全な状態に保ったまま、ひたすら暇を持て余すことになる。だがそれはあまりにも無駄なように感じるのだ。


「そうだ、新しい武器を作ろう」

「武器ですか?」

「ああ」


 ここ数日の任務ですっかり忘れていたが、そもそも俺は技術士官なのだ。本来の仕事は魔道具や兵器の開発であって、決してこんな雪中行軍を強いられる前線部隊の兵士などではないのである。

 そして技官であることを標榜するのなら、たとえどれだけ恵まれない状況下にあろうと最低限の仕事はこなせなければなるまい。俺にはそれを可能とする自負がある。

 何より、先のキルソードカリブーとの戦闘で気付いた点もいくらかある。それを踏まえながら、エスメラルダ向けに新しい武器を作ってやることにしよう。


「なあ、エスメラルダ。お前の銃を改造してもいいか?」


 軍人にとって銃火器の携行は必須なので、エスメラルダもまた今回の遠征に際し小銃を一挺持ってきていた。


「はい、構いません。どうせ銃魔法が使えなければ魔物相手にはあまり効果もないですし」


 だが、今回彼女は小銃を実戦では使っていなかった。銃魔法を使えないエスメラルダにとって小銃とは無用の長物なのだ。


「その銃魔法を使えるようにしてやる」

「は……はっ!? あ、いえ、失礼しました。そっか……中尉殿ならできますよね。できちゃいますよね……」


 エスメラルダは銃魔法を使えない。厳密に言えばこの間作ってやった魔力コンデンサがあるから使えないことはない。

 だがやはり一度コンデンサを経由するので即応性には欠けるし、何より魔力ロスが非常に大きい。ならそのまま『魔弾』を放ってしまったほうがよほど威力面でも効率面でもコスパが良いのだ。

 そういった事情から、エスメラルダは戦闘魔法士にとって半ば必須技能扱いされている銃魔法の習得を諦めかけていたのだが――――今回、俺はその銃魔法発動のプロセスを銃自体に仕込むことで解決を図るつもりである。

 そうすれば「魔力馬鹿」のエスメラルダの戦力評価は桁違いに跳ね上がるのだ。一気に第一線級の魔法士にキャリアアップである。


「まあ、任せろ。俺がお前を強くしてやる」


 エスメラルダは宝石の原石だ。磨けば光る。だが今のままではどうやったって磨けないし、ゆえに彼女の輝きもくすぶったままである。

 俺の役目はそんなエスメラルダ本来の光を取り戻し、輝かせることだ。難しくはあるが、無理難題ではない。俺にはそれができるのだ。



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はぐれ駐屯地の窓際技術士官 常石 及 @tsuneishi

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