第17話 新しい家
目黒にある了のマンションは広々としてリビングにはグランドピアノがあった。
「一応防音はしっかりしているから夜弾いても大丈夫なんだけど、隣は完全防音室だから。」
案内されたリビングの隣の部屋は完全防音室になっており、ドラムやギター、キーボードなどの機材があり、アップライトピアノもあった。
「とりあえずシャワー使って。」
タオルを借り、シャワーを浴びながらこの先どうなるか、と正直わくわくした気持だった。あの子供の時とは状況は違うけど……
「あー、さっぱりした。」
恵子の後にシャワーを浴びた了は、了のTシャツと短パンをダブダブと着る恵子を見て思わず、
「やばい、超かわいい。」と言って上半身裸のままで抱き着いた。
恵子は頭が爆発しそうなくらいドキドキとした。しかしいつも、男性に触れられてあんなに嫌なのに、なぜなのかしらと思って頭をうずめつつあ見上げると了が頭を撫でていた。
「疲れた?眠いでしょ。俺、こっちで寝るから、あっちの寝室使って。」
そう言ってTシャツを着ながら恵子を寝室に促した。
「いや、それじゃ悪いでしょ、私ソファでいいよ。それに今日お仕事あるんじゃないの?」
既に外は明るくなりかけていた。
「夕方ね。ラジオの打ち合わせに行かないといけないから、お昼頃に起きて、外にランチ行こう。」
「うん…」そう言ってソファに恵子は行こうとするが、了は両肩を後ろから掴まれてベッドルームへ押すようにずんずん進んでいった。
「いや、だから。」恵子がそういうと了はベッドに入り、反対側を向いて横になると恵子に入れと言わんばかりに後ろの布団をめくった。
恵子はドキドキしながらもベッドに入った。
ダブルサイズのベッドだから
(大きなベッドだし……)
そう思っていると了が急に恵子の方を向いた。
そしてぎゅっと抱きしめ
「おやすみ」と言っておでこにキスをするとあっという間に寝入った。
生放送から遅い時間に恵子を迎えに来て、疲れていたに違いない。恵子も疲れもあってか、了の腕の温もりもあり寝入ってしまった。
***
携帯電話のバイブ音で目を開けたところ、遮光カーテンから漏れる日差しはもう相当高くなっている感じだった。
「もうちょっと……」
携帯が鳴っているにもかかわらず、了は眠気から起きようとせず、恵子をぎゅっと抱きしめた。
(仕事は夕方、って言ってたから大丈夫かな?)
そう思って恵子もその胸の中に顔をうずめるが、暫くすると玄関のチャイムが鳴った。
「うぅ……っ」とうめき声を上げながら了が携帯を手に取ると、
「やべっ!」と言って起き上がった。
(誰か来たのかな……、マネージャーさんとか、バンドのメンバーかな……?)
出るに出られない状況になりベッドから出てドアの後ろから様子を伺っていると、
「自分から呼んでおいて、携帯くらいでてよ!」と女性の声がした。
(まさか!)
と思わず扉を開けると、現れたのは洋子だった。
「あ!ケーコちゃん。おはよー。」
***
「昨日のお礼もしたかったし、俺15時から用事あるから、呼んだんだよ。」
「と言っても私も夜は用事あるんだけど、あの後どうなったか気になって。ふふふ……」
そう言って意味ありげに笑った。
ダブダブのTシャツと、手で持っていないと落ちそうな短パン、そして寝室から出てきた恵子を見て何を洋子が何を想像したのか悟ると、
「ち、ちがうの、そうじゃなくて、着る物なくて、だから……!」
「洋子さん、そうだよ。さすがに今朝帰ったばっかりよ。俺たち。」
「いやー、10年の思いでしょ。直ぐそうなるでしょ。」
「いやいや、10年ですから。だからこそ大事にしてるんですよ。」
そう了は言うと恵子の肩を抱き寄せた。
「あーはー。」
と外人の返答のように冷やかすように言った。
「でも流石いいところ住んでるのね。こんな、グランドピアノの広々リビングなんて。」
「完全防音室にはもっといろいろあるよ。」
「へぇー、ほんとだ。ギターにドラム。バンドマンだ。」
二人がそう話している間に、恵子は後ろを通って服を着替えようと風呂場の方に向かおうとすると、
「あ、ケーコちゃん、これ。」そう言って洋子から紙袋を手渡された。
***
「なんとかなったね……」
カフェで恵子の向かいに座った洋子は言った。普段着ないミニスカートで足元が落ち着かないが、
「あ、ありがとうね。お店のお姉さんにもお礼を言ってください。」と言った。
「別に普通に似合ってると思うけど、まぁ俺もあんまり他の人に見られるのはね。」
洋子が持ってきた紙袋には何枚かのワンピースとTシャツなどが入っており、
「私のサイズだと大きいかなって思って。姉さんの1人が持って行けって。」
昨晩、恵子の話を聞いていたスナックチョコレートの従業員からもらったワンピースは、鮮やかな色に派手な柄、そして丈が短かったり、露出が高めのものだった。
何とか了のシャツを羽織って、こうしてランチへ出ることができたが。
「あ、ごめん、私、昔の話をしちゃったの。」
「良いの良いの、俺、ワイルドさで売ってるし。」
「ほんと、二人の武勇伝ね。」
「じゃぁ、19時には終わると思うから、終わったら家に電話かけるから。」
そう言って了はタクシーに乗って去って行った。
「じゃ、行こうか。」そう言って洋子が歩き出すが、家と違う方向に向かう。
「え?どこに行くの?」
「ショッピング♪」そう言って駅前に向かった。
「こんなのは?」そう言って洋子はワンピースを恵子にあてるが、値札を見ると、2万円以上もする。
「いや、洋子さん、私、そんなにお金が無くて!」
「お金ならあるよ。」
「え?そんな洋子さん!」
「リョウからもらった。」
「は?」
どうやらこの為に洋子を呼んだようだった。
「10万貰ったけど、半分は私も使っていいって。ラッキー♪」恵子の服もみつつ、洋子は楽しそうに店内を物色していた。
「え、そんなの……」駄目だ、いくら了からでも、と思ったが
「ケーコちゃんがなんか買わないと私も買えないし。それに着る服、あのワンピースとか頑張って着る?」
この先、いつ家に帰れるかわかららない状況だから……と思っても中々難易度の高い服が多く、靴も履いてきた一足のみだった。
結局恵子はワンピースとデニムにシャツを何枚か、羽織れるものや、短い丈のワンピースを着れるようにレギンス、下着の替えなどを自分の手持ちのお金も使って買った。
店を出ると外はもう暗くなっていた。
「じゃぁ、私はライヴの打ち合わせがあるから。」洋子も他の学生との来週、合同演奏会を控え、打ち合わせに向かうとのことだった。
「うん、絶対見に行くね。」
「はい、チケット。」そう言って洋子に紙袋を手渡された。その紙袋にはお金も入っていた。
「余りのお金。チケット2枚分引いてあるから、って了に渡して。」
「ほんと、ありがとうね。」
「いえいえ、私も得しちゃったし。」そう言って靴の入った紙袋を上げて見せた。
「あ、そうそう、あげたTシャツは前のライヴの販売の余りだから、学校には着てくるのは恥ずかしいから、やめたほうが良いよ。部屋着用ね。」洋子はそう言ったが、
「学校……」思わずそこに反応してしまった。
服などはどうにかなるが、学校の教科書やノートは家に帰らないとどうにもならない。
「ケーコちゃん、欠席とかしていないだろうし、1週間くらいはさぼって大丈夫なんじゃない?」
「うん……」
「ゆっくり考えたら?最悪、教科書とかノートはかぶる部分私とか、誰かしらあるからどうにかなるよ。」
「……、そうだね。ごめんね、うちからも電話、かかってきてるよね?」
「朝一度かかってきたから、知らないっていったけど、それ以降はかかってないみたい。」携帯を見ながら洋子はいった。
「……、そう。」思わず下を向いて答えると、洋子がぽんぽんと、恵子の頭を撫でた。
恵子が驚いて顔を上げると
「彼氏のマネ!とにかく来週水曜、来てね!」そう言って改札口を通って行った。
両親が気がかりではあったが、恵子は途中スーパーで食材を買うと、了の、新しい家に戻った。
クララとロベルト、KとR、恋のゆくえ 白雲ウスハ @thinleaffaraway
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