クローズーマルゲリーター 第四話

「カラフル」


「もっとお洒落な名前のほうがいいんじゃない? ここ、食堂というよりレストランじゃない。イタリア語なら私が教えるわよ」


康史は唸った。


「……大切な人と過ごす思い出の場所。それはセピアではなくてカラーなんだ。そういう思いでつけてみたんだ。」


千晶は頬杖を突く。


「まあ、あなたがいいならそれでいいけど」

「いいんだ、これで」


「そ。マルゲリータ、あまりに美味しすぎて、もう食べ終わっちゃった」


皿を見ると、いつの間にか空になっていた。コーラのグラスも空だ。


「一人一枚のほうがよかったか」

「そうね。もっと食べたかったわ」

「じゃあ、俺の分食べるか」


康史は千晶に一枚だけ残ったマルゲリータを渡す。やった、と声が聞こえてきた。


「それで? 私ももうここへは来られないの」

「実はいつ来てもいいんだけど、それじゃあ他のお客様に顔向けができないからな」

「ならあなたのピザが食べられるのもこれで最後ね」

「そうだな」

「じゃあ味わって食べるわ」


千晶は心底美味しそうに、幸せそうな顔で食べる。康史は二人で暮らしていたころのことを思い出して、心がえぐられるような気持ちになった。


あの二人でいた幸せな時間はもう戻ってこない。それでも彼岸食堂の他のお客と違っていつでも千晶に会いに行ける自分は恵まれているのだろう。


「千晶」

「ん?」

「愛している」


結婚して三十数年。初めてストレートに言った。なんだか恥ずかしかったが、千晶はとびきりの笑顔を康史に向ける。

「私も」


店に電話が鳴り響く。


「ちょっと待っていて」


従業員専用の休憩所へ行き、電話をとる。


「はい」


男性の声が聞こえてきた。


「あ、サイトから求人広告を見て電話をいたしました、佐藤と申します」

「うちは正社員しか雇わないつもりなのですが。あと正式なオープンは十月一日からになりますがそれでもいいですか」


「はい。正社員希望ですし、オープンの日もそれで構いません」


ようやく一人、希望者が現れた。ほっとする。


「ウエイター希望ですか? それとも厨房?」


「ウエイター希望です」


「では面接をしますので、都合のいい日はありますか」


「はい明日にでもうかがえます」


「少し不思議なことをお尋ねしますがそれでもいいですか」


「不思議なこと?」


「はい。うち、彼岸の間だけは別の食堂になるんです。明日、ご説明致しますね」


「わかりました」


時間を伝えて、電話を切る。続けてもう一人、面接の予約が入った。厨房希望だという。


いい感じにばらけてくれた。


これからもどんどん人と客を入れて、利益が出るようにしていかなければならない。


「千晶、お待たせ」


電話を切り、客席に戻る。しかし、そこにもう千晶はいなかった。


「千晶?」


呼んでみるが返事はない。康史があげたマルゲリータも残っていない。


「あいつ、食うだけ食って帰っていったな……」


挨拶もなく。まあいい。また会いに行けば。


食器を下げて洗っていると、また電話がかかってきた。


新しい店はこれから始まる。


従業員の指導に、仕込み方。今まで以上に忙しくなる。気を引き締めて取り掛からないと。


康史は両手で頬を叩き、電話をとった。


(彼岸食堂、了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼岸食堂 明(めい) @uminosora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画