エピローグ 推し活勝負です!


 あれから半年が経過しようとしていた。


 リスター嬢が退学してから、学園に大きな平和が訪れた。虚偽の噂が流れることがなければ、私とエリーザ様が不安になるようなこともなく、ジョシュアやセラフィス殿下も誰かに付きまとわれることはなくなった。


 無事結ばれたことで、エリーザ様はセラフィス殿下と登下校を共にすることになった。どうやら殿下が迎えに行っているそうだ。仲睦まじい姿は、すぐに学園の噂となった。


 私とジョシュアと言えば、特に噂になるようなことはなかった。両思いになってからも、変わることなく学園生活をしている。唯一変わった点と言えば、公開推し活になったことだろう。そして、月に一度推し活の勝負が追加された。


 事の発端は、お互いの推し活で作った物を見せ合っている時だった。


「さすが姉様。こんなに器用に作るだなんて」

「あら、ジョシュアだって繊細じゃない。こんなに美しい絵、私には描けないわ」

「ありがとう……数でこそ姉様に負けるけど、想いの強さなら負けないから」

「何を言うの。推し活をさせて私の横に並ぶ人はいないわ。そこは矜持があるのよ」


 何せ、私が最初に推し活を始めたのだから。


「それは凄い尊敬しているけど……姉様の僕への愛よりも、僕が持つ姉様の愛の方が大きいよ」

「……微差で私の方が上じゃないかしら?」

「いや、微差で僕の方が上だよ」


 その瞬間、バチバチと火花が散ったのがわかった。その様子を一部始終見ていたお母様によって、推し活バトルが提案されたのだった。


場所はルイス侯爵家。勝負内容は、どちらが素晴らしい推し活をしたか、である。ちなみに判定員はお母様だ。


 そして今日が、今月の勝負日であった。


「ジョシュア、先月は私が負けてしまったけれど、今日は私が勝つわ!」

「甘いね姉様。僕も負けてないよ」

「シュアちゃんもイヴちゃんも頑張って~」

「おねーさま、おにーさま、頑張ってくださいっ」


 現状二勝二敗。今日こそ決着の時である。


 お母様の隣で、エリシャが楽しそうに私達の様子を眺めている。恐らく何をしているのかは詳細には知らないと思う。本日は最終決戦と言うことで、お父様もその行く末を見守りに来ていた。


 どうやら本日の審査員は、お母様に加えて特別審査員としてお父様とエリシャが加わるようだ。


 私とジョシュア、それぞれの後方には大きな布で隠された推し活の制作物がある。


「じゃあイヴちゃん方見せてもらおうかしら」

「もちろんです」


 ばっと布をはがすと、そこには大きなくまのぬいぐるみが姿を現した。


「私が作ったのは、等身大のくまのぬいぐるみです!」

「くまさん!」

「おぉー」

「まぁ! イブちゃん遂に作ったのね‼」

「作りました‼」


 エリシャの顔に笑顔が広がる。お母様の反応は悪くないが、お父様の反応は微妙である。


「このくま自体は、私は昔から作っておりますが、いよいよ! 等身大のものを作らせていただきました。この大きさこそ、私の想いです‼」


 パチパチと拍手が響くが、ジョシュアは全く動揺していなかった。


「じゃ次は僕だね」


 そう言うと、今度はジョシュアが布をはがした。現れたのは、額縁に飾られた絵である。描かれていたのは私だった。


「納得のいくまで描きました。姉様ほど大きくはないけど、かけた時間なら負けてないよ」

「おねーさま! 綺麗‼」

「ジョシュアは絵が本当に上手だな」

「シュアちゃん、さらに上達したわね」

「ありがとうございます」


 確かにジョシュアの描いた絵は繊細で美しいものだった。そっくりを通り越して写真と言えるほど、完璧に描かれていた。


 お母様達は、じっくりと二つの創作物を観察すると勝者を決めたようだった。


「私は決まったわ。ユーグリット様は?」

「決まった」

「エリシャも!」

「ふふっ。じゃあ投票ね」


 ドキドキと緊張感が高まる。すると、お母様が微笑みながらくまのぬいぐるみを指した。


「私はイヴちゃんを選ぶわ」

「お母様!」

「ぬいぐるみを作る大変さは、良く知っているもの」


 ふふっと笑う横で、今度はお父様がジョシュアの絵を指した。


「私はジョシュアに。あれほどまでに精巧に描けるのは、想いが強い証拠だと思う。……根拠はオフィーリアだ」

「まぁ、ユーグリット様ったら」

「ありがとうございます、父様」


 ほんのりと顔を赤くさせるお母様は嬉しそうだった。残るはエリシャに託され、全員の視線が集まる。


「エリシャは」

「エリシャは?」


 思わず復唱してしまう。まんまるとした瞳は、じっと私の方――ではなく、後ろにあるくまのぬいぐるみを見つめていた。


「くまさん‼」


 エリシャが選んだ瞬間、ガッツポーズを取ろうとしたが、言葉には続きがあった。


「が欲しい‼」

「やっ……え?」

「おねーさま! エリシャにください!」

「……わ、わかったわエリシャ。それはまた後でね。そうじゃなくて、くまさんのぬいぐるみと肖像画だったらどっちが素敵?」

「どっちもです!」


 自信満々にそう告げられてしまうと、これ以上聞けなくなってしまう。それを察したお母様が楽しそうに告げた。


「それじゃ、推し活の勝負、最終結果は引き分けってことね」

「平和だな」


 引き分け。結果が出るまでは、自分こそがと思っていたが、こうして言われると、凄く納得できる。それはジョシュアも同じようで、すっと私の方に近付いてきた。


「引き分けみたいだね」

「えぇ。ほんのちょっと残念だけど、納得だわ」

「うん、僕も」


 二人で笑い合うと、ジョシュアはくまのぬいぐるみに触れた。


「じゃ、このぬいぐるみはエリシャにプレゼントだね」

「えっ、それは」

「あげないの? 可愛い妹が欲しがっているのに」

「うっ……私がベッドに置こうと思って作ったのに」

「却下。駄目だよそんなことしちゃ」

「何が駄目なの! 可愛いじゃない!」

「エリシャ、持って行っていいよ」

「ありがとうおねーさま!」

「あ、待って。くっ。でもそんな可愛い笑顔を見せられたらあげるしかない……‼」


 眩しすぎるエリシャの笑顔には、抵抗する気持ちもはじけ飛んだ。そしてぬいぐるみをエリシャに贈る決断をするのだった。お父様によって、ぬいぐるみが運ばれる。そのままお母様とエリシャも退出するのだった。


 こうして推し活バトルは決着がついた。このバトルで得られたものと言えば、楽しそうにジョシュアが推し活をしてくれる姿だった。 


「結局、相思相愛ってことだね」

「えぇ」


 ぎゅっと手を握るジョシュアは、凄く幸せそうだ。


「これからも推し活は続けるわ」

「……僕も。もっと綺麗な姉様を描き続けるから」

「あの絵は十分綺麗よ?」

「何言ってるの。これから姉様は毎年綺麗になっていくでしょ。もっと言えば、毎日だね。一秒たりとも同じ姉様はいないから。推し活し甲斐があるね。永遠に続けられる」

「なるほど……?」


 説得力があるような、ないような論だが、推し活を続けてくれるのはとても嬉しかった。こんなにも幸せで、想い合っている私達なら、この先バッドエンドがあったとしても跳ねのけられるだろう。今までだってそうだったのだから。


 もう片方の手もジョシュアの手と繋いだ。そして、小指を絡ませる。


「じゃあ、この先もずっと推し活をしましょう。一緒に」

「うん。一緒に」


 この約束が守られ、私達夫婦の屋敷は推しグッズで埋まることになるのだが……それはまた、別の物語。



▽▼▽▽


 「押して駄目なら推してみろ!~闇落ちバッドエンドを回避せよ~」を最後までお読みいただき誠にありがとうございました。このエピローグを持って、完結とさせていただきます。


 約四か月の間、イヴェットと推し活の物語をここまで見守っていただき、読者の皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。読んでくださった皆様に少しでも楽しんでいただけたのなら、とても嬉しく思います。

 

 また、感想をお送りいただきありがとうございます。返信が全くできず申し訳ございません。本当に凄く励みになっていました。誠に勝手ながら、最終話であるこちらの感想のみ返信をさせていただこうと思います。よろしくお願いします。


 第一部だけでなく、第二部まで見届けていただいた読者の皆様に、改めて心より御礼申し上げます。本当にありがとうございました!!


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押して駄目なら推してみろ!~闇落ちバッドエンドを回避せよ~ 咲宮 @sakimiya

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