第46話 前世を話したらご褒美が飛んできました




 ここは乙女ゲームの世界もしくは、それに類似した世界。だが、この事実は胸の中に閉まって墓場まで持っていくつもりだった。


 だからこそ細心の注意を払って、言動はどうにかごまかしていたのに。まさか自分以外の場所からボロが出るだなんて。


「……どうして私に聞くの?」

「姉様は理解しているみたいだったら」

「うっ……」


 知らないフリをしようにも、言い訳できる状況ではなさそうだ。


「……気になる?」

「気にはなるけど……無理して話さなくても良いよ。困らせたくて聞いた訳じゃないから」

「…………」


 話すか話さないかは、私に選択権がある。当初の意思を貫くなら、迷わず後者を選ぶ。しかし、それではジョシュアの気分が晴れないだろう。


 もやもやさせてしまうことに、あまり良い気はしなかった。


(…………ジョシュアになら)


 ぐっと呑み込んで悩んだ結果、話すことを決めた。ただ、全て包み隠さずではなく、所々必要な部分を選んで話していった。


「実はね……」


 ジョシュアは終始真剣に話を聞いてくれた。


 転生者であること、この世界が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界であること、ゲームとは何か、ジョシュアのことをずっと前から推しだったことなど。


(さすがに一家心中して、本来だったらここにいなかったなんてことは言えない)


 今に関係ない、起こらなかった話は伏せながらも、シナリオという存在に抗うために奔走していたことを伝えた。


 あらかた伝え終えると、ジョシュアからどんな言葉が返ってくるのか不安が過った。しかし、聞き終えたジョシュアが浮かべたのは安堵の笑みだった。


「やっと腑に落ちたよ」

「……え?」

「姉様はずっと、幼い頃から何かと戦ってたでしょ? 僕にはそれがわからなかったから」

「ジョシュア……」


 どうやら私は、ジョシュアに心配をかけてしまっていたようだ。そんなことにも気が付かなかったことに、何だか不甲斐なくなってしまう。


(悪役令嬢とヒロインについては、てっきり興味本位で聞いたのとばかり思っていたけど……私のことを考えてのことだったなんて)


 申し訳なささと同時に、嬉しさも込み上げてきた。


「問題は解決した?」

「……えぇ。ありがとうジョシュア。おかげさまで、全部解決したわ」

「それなら良かった」


 満足そうに微笑むジョシュアに、心の中でもう一度感謝を伝えるのだった。


「……ところで姉様」

「何?」

「そのげーむの僕と、今の僕ならどっちが好きなの?」

「!!」


 まさかそんな質問が飛んでくると思わなかったので、思考が停止してしまう。


(えっ……えっ、これって……もしかして嫉妬!?)


 ジョシュアの方をよく見れば、あまり気分良さげな表情ではなかった。むしろどこか不機嫌とさえ見れる顔に、私の胸はキュンと高鳴った。


(待ってください。こんな展開が許されるんですか? ……許されませんよ!?)


 内心で興奮しながら今の状況を喜んだ。前世のことを話して、得られることは暗いものばかりを想定していた。それだけおかしな話だと理解している。


 しかし、ジョシュアは全てを受け入れただけに留まらず、乙女ゲームの実物ではなかったジョシュア様に対抗心を燃やしているのだ。


(こんな夢のようなシチュエーション、何のご褒美なの!?)


 私は一人で、ひたすら喜びながら困惑していた。すると、ジョシュアに沈黙した状況を悪い方に解釈されてしまう。


「……ごめん、変なことを聞いて。答えが出るようなものじゃないよね」

(えっ、あっ、ごめんなさい!!)


 しょんぼりとした姿に罪悪感が生まれるが、それと同時に可愛いと思ってしまう。私はいよいよ心を落ち着かせて、ジョシュアの瞳を見つめた。


「答えなら出るわ。ジョシュアに決まっているでしょう」

「……どっちの?」

「もちろん、目の前にいる貴方よ」

「!」


 これは嘘でもお世辞でもない、本心だ。


「確かに出会いはゲームのジョシュア様よ。ゲームのジョシュア様を好きになって、推しになって推し活はしていたわ」

「……それなら」

「でも、ジョシュア。私はゲームのジョシュア様には推し活しかしなかったのよ」

「それって……」

「私が恋をしたのは、後にも先にも、今目の前にいるジョシュアだけ。だからどちらかを選べと言われたら、迷いなく貴方を選ぶわ」


 そう言い切ると、ジョシュアの手を取った。今度は私が満足そうに微笑んだ所で、馬車が止まってルイス家に到着した。


「着いたわね。さ、行きましょうジョシューー」

「姉様」

「きゃっ」


 立ち上がろうとした瞬間、ぐっと引き寄せられる。そのまま膝の上に乗っかるように抱き締められた。


「姉様、大好き」

「……ふふっ。私もよ」


 ジョシュアの言葉に反応すれば、さらに抱き締める力がぎゅっと強まっていく。それに対抗するように、私はジョシュアの頭を撫でた。


「……弟扱い?」

「恋人扱いよ」

「……そっか」


 もう一度抱き締め直されると、少しの間動かずにいるのだった。


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