第45話 邪魔者はご退場ください




 現れたのはリスター嬢だった。突然の登場に驚くエリーザ様。反射的に殿下から離れて隣に並ぶ。対するセラフィス殿下は、幸せそうな笑顔から一転して睨むような眼差しを向けていた。


 教室の中の温度が下がり始めると、私の背後からも冷気を感じ始めた。気になって隣にいるジョシュアを見た。


(ジョ、ジョシュアが凄い顔をしている……!!)


 呆れと苛立ちが混じり合うような表情は、一切笑顔が見当たらなかった。


「殿下、考え直してください! こんな悪役令嬢のどこが良いんですか!!」

「!」


 悪役令嬢、という言葉の意味がわかるのは、リスター嬢と私だけだろう。しかし、リスター嬢の向ける雰囲気からか、良い言葉ではないことを全員が察していた。


 どこが良いのかという批判的な言葉に、不安げな顔になるエリーザ様。それを見た殿下が、エリーザ様の腰に手を回して引き寄せた。


「どこが良い? 愚問だな。エリーザに悪いところなどない。全て良いに決まってる」

「で、殿下……!」


 不安げな表情は一転して、エリーザ様の頬は赤くなる。リスター嬢はそれが気に入らないのか、ギリッと納得いかない顔になる。


「二人は結ばれない運命なのにっ……!!」


 そうリスター嬢が呟いた瞬間、一気に教室周辺が凍えるほど寒くなった。殿下の発する冷気が最大限作用しているようだった。


 冷ややな眼差しを向けながらも、静かに微笑むセラフィス殿下。しかしそこには確実な圧があって、相手を萎縮させる程の力があった。


「……言ったはずだぞ、リスター嬢。次はないと」

「で、ですが! 事実にございます!!」

「事実? 俺にはリスター嬢の妄言にしか思えん」


 次はない。

 その言葉から、以前も似たような事があったのだとわかると、私の中でピースが繋がった気がした。


(……もしかして、微笑んでたのは忠告をしたからじゃないのかしら?)


 今の表情は、確かにエリーザ様には見せない微笑みだ。これを遠目で見たエリーザ様には誤解を生む結果になったと考えれば、納得がいく。


(これなら勘違いしても仕方ないわ。……こんな冷気を帯びた笑み、婚約者には見せないもの)


 一人で推察していると、リスター嬢の身勝手な言葉が始まった。


「殿下。殿下は騙されているのです! エリーザ・アプリコットは他の生徒をいじめる人です。そんな人を婚約者にしておくのは、殿下にとっても不利益です!!」

「……わたくしはどなたもいじめたことはありませんわ。リスター嬢。貴女は何を根拠にそう仰っているの? 証拠があるのなら教えてちょうだい」

「それは……今じゃないので見せられません!」

「……わたくしが将来、誰かをいじめると言いたいの?」

「そうです!」

「……」


 呆れて物が言えないというのは、こういうことだろう。


(愚かね。エリーザ様は確かに、ゲームでは悪役令嬢としてヒロインをいじめるけど、今は全く関係ないもの。むしろそこから遠ざかっている人よ。……リスター嬢。あの子はゲームのシナリオにこだわりすぎているわ)


 リスター嬢の言葉を冷静に分析して理解するものの、エリーザ様からすれば意味のわからない言い分に違いない。


「貴女が勝手にわたくしの未来を決めないでくださる? わたくしは誰かをいじめるだなんてこと、絶対に致しませんわ」

「絶対なんてあり得ない! エリーザはヒロインをいじめる悪役令嬢なんだから!!」

「わたくし、“ヒロイン”だなんて方は存じ上げないけれど」

「それは」

「リスター嬢」


 荒ぶるリスター嬢に、冷静に反応するエリーザ様。リスター嬢がヒロインの説明をしようすれば、殿下がそれを遮った。


「次はない。そう警告したはずだ」

「で、ですが!!」

「言い訳に興味はない。お前は俺の選択に言い掛かりをつけ、ありもしない話でエリーザを非難した。たかだか子爵令嬢のお前が、だ」

「!!」


 有無を言わせぬ圧で、リスター嬢の口を開かせないようにした。


「これは不敬罪だけに留まる問題ではない」

「ふ、不敬罪!?」

「聞けば、ありもしない噂を何度も流しているという話も聞いた」

「あ、ありもしないだなんて……!!」

「ありもしないだろう。俺はお前と親しくなった記憶はない。……秩序を乱す者は、この学園にいらない」

(……これは、実質退学宣告よね)


 学園を管理しているのは殿下でないにせよ、今回のことが全てきっちりと報告されれば、リスター嬢の退学は免れない。


「で、殿下! 私は殿下を想って!!」

「ガレン。連れていけ」

「はっ」



 セラフィス殿下が名前を呼んだ瞬間、ガレンという男性が姿を現した。恐らく殿下の護衛だろう。


「は、離しなさい! 誰に触ってーーうっ」


 暴れるリスター嬢を気絶させ肩に担ぐと、ガレンさんは教室の外へ消えていった。


 空気を乱した人間がいなくなると、教室から発せられていた冷気は段々と薄まっていった。


「エリーザ。大丈夫か?」

「わたくしは問題ありませんわ」

(良かった。めでたしめでたし、かな)


 二人の間に、もう壁はなくなっていた。


(これ以上見るのは余計だわ)


 そう判断すると、ジョシュアの裾を引っ張って教室を離れるのだった。



 馬車に乗り込むと、ジョシュアはふわりと微笑んだ。


「良かったね、無事上手くいって」

「えぇ。安心したわ」


 両想いだとわかった、エリーザ様とセラフィス殿下はもうすれ違うことはない。そう思うと、安心して馬車を出すことができるのだった。


「……ねぇ姉様。気になることがあるんだけど」

「何?」


 ほっと安心した瞬間、ジョシュアから予想外の言葉が放たれた。


「“悪役令嬢”と“ヒロイン”って、何のこと?」


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