26.後日談 ラテとライカの関係について

【瑪瑙ラテ お見舞い配信】



 配信の開始と同時に、バカデカい豪奢なホテルが映る。写真だ。


『ここは……どこ?』

『私はだれ?』


 記憶喪失になるリスナーが多数コメントする中、写真の上にデジタルヒューマンが現れる。

 先日のライブで引退を宣言していたはずのVtuber、遠久野ライカである。


「こんにちは、ライカです。今日はラテの面会謝絶が取れたので、ノンアポで突撃します。画像はホテルに見えますが、ホテルです。ラテがいるのは別の場所なのであしからず」


『ホテルじゃねーか!』

『ド迷惑で草』


「ラテの部屋は完全個室でインターネットも完備だから大丈夫です」


『病院内であることを除けば無問題!』


「大丈夫な病院なので大丈夫。行くよー」


『どういうことだってばよ……』

『ラテ子の都合が行方不明なんだわ』


 リスナーたちの頭にはてなマークが踊っているのを無視して、ガチャリと重厚な扉の音。途端に大音量の音楽が流れ始める。

 どこかで聞き覚えのある掛け声まで一緒にキャッチした。


「ららハイ! ららハイ! 真っ赤なほっぺがかわいいさてら!!! Fuuu~~~!!!」


『おいサテライトのコール聴こえるぞwww』

『元気じゃねーか!!!www』

『これ、ルート:リユニオンのアーカイブだろw』


「むむ……」


 プリズム5thライブ『ルート:リユニオン』を鑑賞しているラテの様子に、ライカは不満げに呟くと、サッと近付いてノートパソコンの操作を奪った。

 ラテは「何をするんじゃ」と言わんばかりに眉間に皺を寄せ、直後に目を限界までカッ開いてベッドに倒れこんだ。


『今の顔ワロタ』

『何にも知らされてない人の顔してたぞwww』

『知らされてたらアーカイブ見ながらコールしてないだろwww』

『かわいそかわいい』


 いつの間に準備したのか、配信画面にはラテの二次元ボディが表示されており、バッチリとフェイスをトラッキングしていた。即座に切り抜かれていく……というより同期が完璧なタイミングで撮ったスクリーンショットを拡散していく。元気なう。


「らっ、ららら、ライカさん!?」

「ライカです、ぴーす」


『ぴーすぴーす』

『観測者です、ぴーす』


「あっ、カワ……じゃなくて! どうしてここに!?」


 右手で身体を起こして、ラテが尋ねる。

 ライカは持ってきた三脚でスマホを固定しながら答えた。


「今日は御見舞配信。自己紹介よろしく」

「えっ? もしかして配信中ですかっ?」

「ほら早く、みんな待ってるから」

「えぇ……プリズム8期生、瑪瑙ラテです。病院で配信始まってるって本気?」

「少しパソコン借りるよ」


 観ていたライブの画面から、ライカのチャンネルに移動する。すると生配信中の映像に、事故前と変わらずきれいなデジタルの身体が左右に揺れていた。

 コメントが滝のように流れていく。


『思ったより元気で良かった!』

さてらch『もういっかいコールして♡』

『心配してた!!!』


「あっ、こんなに! ……うん?」


 怪我を気遣うコメントの数々に、ラテは嬉しそうに微笑んだ。が、プリズムの先輩たる倖月さてらのコメントを見つけた瞬間に、ラテの目が死んだ。


「えっと、……ありがとうございます。コールは……しません……」

「そう。さてらのコールをするくらいなら、私にコールをすべき」

「しません」

「がーん……」


 ショックを受けているらしい。

 わざわざ口で言ってはいるけれども、表情は変わっていないのでそれが本音なのかは分からなかった。


 ――ライブの日以降、遠久野ライカは人との関わりを持てるようになった。


 少なくとも、瑪瑙ラテは彼女の顔をこうして認識できている。

 そのおかげか、ライカから漂っていた死の香りは大分薄まってきている。長らく苛んできた感覚だけに、解消するにも長い時間が必要だろう。


 死にそうというのであれば、現状ではむしろラテの方が黄泉路には近いのが笑いどころか。お医者さん曰く、峠は越えたとのことだが。


 ちなみに気配を消すことは今でも可能らしいが、それはあくまでもライカの培ってきた技術だ。超人であることには変わりなかった。


「ところでライカ先輩はなぜサプライズな凸を?」

「ラテのリアルな反応が見たかったから。元気になって良かった」

「いやまあ……このめちゃくちゃ豪華な病室もそうですけど、ライカ先輩がスーパードクターとか現代のBJとか呼ばれてるすごいお医者さんを手配くださったと聞きました。じゃなきゃダメだったかもしれない、って。ライカ先輩のおかげです、ありがとうございます」

「私は札束で張るだけだったから。あ、観測者のみんな。みんなが私をずっと観測してくれていたおかげで、ラテに良い治療を受けさせられました。ありがとうございます」


『俺のカラコメが命を救ったんやな……』

『あなたの視聴一回が命を救います』

『遠久野基金はじまる!?』


 ライカに続いて、カメラに向かってラテもわたわたと礼をする。


「ちゃ、ちゃんとかかった費用はお返ししますから! ……少しお時間いただくかもしれませんが」


 むんっ、と握りこぶしを作るラテに、ライカは頭を振った。


「これは私のお礼だから」


 ライカはラテの握りこぶしを作った右手とは逆の……入室してから一度も動かしていない左手を取った。

 両手で包んでみても反応はなく、だらりと指先は垂れたまま。冷え切った肌が物悲しい。

 至近距離で瞳と瞳を合わせ、ライカは言う。


「瑪瑙ラテさん。あなたは人生を賭けて、私を絶望から救ってくれた。本当に――ありがとう」


 ラテは「うっ……」と呻いた。感極まった目に涙が集まり始めていた。


「わ、私は……っ! ただ、私こそがライカ先輩に、救われた側で! ただそれをお返し、返させてもらいたかっただけでぇ……」

「私がラテにしたこと以上に返してもらっちゃったと思う。それに……勇者クエストの報酬もあるから。なんでも言って? えっちなお願いはラテが退院してからね」

「えっ、えっちな!? しししし、しませんよっ?」


『しろ』

『えっち(なお願い)楽しみ』

『ふぅ…………みんな無茶ぶりするのはやめろよ』

サイレch『…………』


 コメント欄の追撃にラテは顔を真っ赤にして否定する。同期の沈黙が怖い。


「しないからっ! ところでタカロー社長もこの病院にいらっしゃるんですか!? 改めてお礼とかしたいなあと思っていて! どなたも教えてくれないんですよね!」


『話題の急ハンドル切るじゃん』

『タカローも生きてるよ』


「そういえば亡くなっている可能性もあったんですよね……」

「安心して。タカローは風邪も治ったから四人部屋に突っ込んである。会社に近い病院にいるから仕事もしやすい」

「仕事をさせてはいけないのでは……? あと私よりもこういう部屋に入れてさしあげるべき方なのでは……」

「タカローは自分でお金払えるから。それにタカローが私に求めるのは札束ビンタじゃないし」


『俺はされてぇよビンタ』

『マゾ豚は消えろ、ライカにビンタされるのは俺だ』

『札束を受け取る役は任せろ』


 新たに変態共が供給されたところで、ライカはコメントを観ているノートパソコンをぱたりと閉じた。


「この程度じゃ私が感じた恩は返しきれていないと思うけど、それは追々、他の人への恩返しをする中で返させてほしい」

「いえいえ! 推しが存在し続けてくれるだけでありがたいことですから! 改めてお礼されることじゃないですよ。存在することに感謝……」

「それについては、私もラテに文句がある」


 ライカがラテの左手を揉みながら上目遣いで睨みつける。

 至近距離に寄った顔の良さに圧倒され、ラテは気持ち頭を引いた。


「私にはそう言うくせに、ラテは自分のことをないがしろにした。ラテも存在し続けないとダメなのに」

「ううっ……それは……」

「ラテから離れたら私が見える人もいなくなってしまったし、私のためにもラテは必要。ずっとそばにいてもらわなきゃならない」

「うう、ん……?」


 何だか話が変わった気がして、ラテは首を傾げる。

 その勢いでライカはラテをベッドに転がした。うつ伏せにして、サッと腰の上に陣取って起きれないようにする。


「わ、わっ!? ライカ先輩何をするんです!?」

「気功」

「……? 言っている意味がよく……?」

「ラテにちゅーされてから、気の流れが分かるようになった。ラテの左半身が酷く淀んだ流れになっているから、ほぐしていく」

「なぜそんな突然!?」

「もちろん健康でいてほしいのと、ラテは温かい方が好きだから」


 そう囁いて、ライカはラテの応えを待たずに施術を始めた。

 ラテが聞きたかった内容とは違ったかもしれないが、急に流れ始めた気がまともな応答を許さない。


 事前に草凪アリアとタカローで練習しており、その感想を確認した限りでは、ライカの気功はとても気持ちが良いとのこと。

 すぐにラテも二人と同様に声を漏らしだす。


「あぁっ……うっ、ふぅ……、だめ……っ! せん、せんぱ……い! らいかせんぱ……んっ」

「すぐ元気にしてあげる。私に任せて」

「だめだめ、だめです……ぅっ! あぁぁぁぁ……ッ」

「……見つけてくれて、ありがと」


 センシティブなボイスに紛れて心からの声が聞こえたことに、ラテは結局気付かなかった。ライカも顔を緩めて呟いたことに気付かせるつもりはなかった。


 今後の生活の中で、ラテは自分が捉えたのは厄介な姫だと理解するだろう。このお姫様は自ら王子を囲う甲斐性と行動力を備えているのだから。

 ようやく見つけた貴重な相手を、当然ライカは手中から逃す気などさらさらなかった。


 何なら新たに覚えた気功術でどろどろにとろかして、このチョコレートを中毒にさせてやるつもりすらあった。壊さなければチョコレートは何度でもテンパリングできる。

 ラテがヤンデレ気質だと称した神様と遠久野ライカはとても似ていた。


 ――後に“二度も落雷を受けて生きているVtuber”と呼ばれ、違う意味で伝説になる配信の違反警告まで、あと十秒。





  ――この配信は性的なものを連想させるコンテンツが含まれるため削除されました――

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プリズマイザー・トゥーランドット ~ナンバーワンVtuberの引退ルートを捻じ曲げろ!~ 近衛彼方 @kanata0101

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