第16話
次の日。
朝から早速、だんな様と私、リザとリリス、ヒルダの五人で執務室に集まっていた。
下位天使の二人は、昨日もだんな様にお祝いを述べたらしいけれど、元の姿に戻ったその感動で涙ぐんでいる。
そしてすでに、リザが熱を帯びた顔をしていた。
私も実は……ドレスを新調してくださるという話に、少し期待してしまっている。
「アニエス様との結婚式と、英雄、ゼラトア・カンナード辺境伯の完全復活を! 盛大にお祝いしましょう! 国中に向けて! 国王と王妃も、きっとご参加くださいますよ!」
普段冷静なリザとはまた違って、この一大イベントを盛り上げるのだという意気込みが物凄い。
「結婚式……。私考えたんですけど、羽衣を作りたいです。聖霊の光粉で糸を紡いで、生地にするんです」
神も天使も信じないらしいだんな様は、一人不思議そうな顔をしてる。
でも、リザも驚いた顔をした。
「アニエス様は聖霊が見えるのですか? あの気難しい子達は、神々でさえ見えるお方は少ないと聞きますが……」
「いつも高い所が好きで飛んでるけど、私の側にはいつも居てくれるの」
それを聞いたリリスも、目を見開いて食い入るように聞いてきた。
「もしかして、精霊も居るんですか?」
「うん。今もたくさん飛んでる」
「そんなの初めて聞きました……精霊は聖霊が居ると、恐れてあまり近寄らないはずなのに」
リリスは……というか、天使であることを打ち明けた三人は、皆一様にして驚いている。
「そう? 神界に居た時から皆仲良しよ?」
「……言葉がありません」
「それで、その羽衣はどんな代物なんだ。それから、出来るのにどのくらいかかる」
だんな様は、この話の流れを受け止めての言葉というよりは、会話を切っておこうという感じの冷めた声だった。
でも、今の話の流れで聞きたいことがありそうなのに。
「えっと、光糸はこうして……こう」
皆には見えていないかもしれないけれど、私は聖霊が落とす光粒をつまんで、魔力を込めながらこよりを作るように紡いでみせた。
それは糸状になると、聖霊の光なら虹色、精霊の光ならその子の色の、それぞれの光を放つ。
というよりは、光そのものがそこに留まって、手に触れられる状態のもの……というのが正しいのだけど。
それがどういうものなのかは、詳細は分からないままに作っている。
聖霊たちと女神の力が混じることで、とにかく光糸が出来る。
ただ……人の身の魔力だからなのか、神界ではないからなのか、光の強さが数段落ちている。
それでも、とても綺麗だけど。
「わぁぁ……! アニエス様、これは本当に糸ですか? まるで光がそこに居るみたいです」
ヒルダは光糸が気に入ったのか、食い入るように見ている。
「私も初めて見ました……特に、女神ルネ様の作る光糸や光の生地は、格段に素晴らしいと聞きますが……きっとそれに劣らないものだと思います」
リザとリリスは、交互に同じようなことを言っては、お互いに頷いて納得している。
「あの……ルネは、私のことです……」
「え~~っ!」
「こ、こんなわたくしどもがお会い出来るなんて……それも、糸を作るところを見せて頂けたなんて」
リザとリリスは、慌てて跪いた。
そしてヒルダも。
「ちょっと、やめてよ。どうしたのよ」
その問いに、リザが代表して答えてくれた。
「神々にとっては些末なことかもしれませんが、我々天使にとって、特に優れた技法をお持ちの神は別格なのです」
「そ、そうなんだ? でも、跪くのはやめてよ」
「その糸と生地で作った衣は、魔神の魔力から守ってくれます。そのお陰で、魂の消滅を免れた仲間が多く居るのです。我々には、命の恩人に等しいお方なのです。女神ルネ様」
「わかった。わかったからお願い。普通にしてくれないと、どうしたらいいのか分かんないから。ね?」
『ははっ』
三人は声を揃えて返事をした後、ようやく立ち上がってくれた。
「もう……急にびっくりするじゃない」
「すみません。でも……そういうことですので。今後も命を賭してでも、ルネ様……アニエス様をお護りいたします」
支えるから、護るになってしまった。
「お前達……どこまで本気でそれをやっているんだ。まさか本当に、神だの天使だのと言っているのか」
だんな様は、見てはいけないものを見てしまった感じを醸し出していた。
「旦那様、この光糸を見ても、アニエス様が女神であると信じられませんか?」
リザの目が本気過ぎる。
それが余計にだんな様を引かせてしまっているけれど、このくらい言った方が逆にいいのかもしれない。
「いや……まあ、それは本当にすごいと思うが……」
「ちなみに、だんな様も神ですよ?」
ここぞとばかりに、私も言ってやった。
「アニエス……。俺はじゃあ何か? そうかと言って、ふんぞり返ればいいのか?」
それは普段と変わらないと思いますけど。
「今、普段と変わらんなどと思っただろう」
「……アハ」
ばれてしまった。
「あれか。魔力の強さで神かどうかと、そういう事か」
それも一つの指標かもしれないけれど。
「だんな様には、後で私からご説明しますね。信じて頂けるのなら……ですけど」
「はぁ。分かったわかった。聞いてやるから。それで、その糸から始めて衣まで完成させるのに、どのくらいかかるんだ」
寛容なのか聞く気がないのか、よく分からない反応をしてくれた……。
「私は仕事が遅いので、一カ月くらいかかります」
「なら、祝いの式は一カ月後にでも――」
ああ、きっとだんな様は今の話で疲れて、早く本題も終わらせたくなったんだ。
目のクマ、まだ取れてないものね。
「――いえ! それならば、王妃にも同じ物をプレゼントなさってください。そして、アニエス様の羽衣を国中に知らしめましょう。噂が広まったところで、ハンカチなどの小物類を、お金持ちの貴族なら買える金額で販売するのです」
またここで、リザのスイッチが入ったようになった。
「きゅ、急にどうしたのよリザ。あ……ここって少し財政が厳しいの?」
「別にそんな事は無いが……」
「お金は有る程良いではないですか。ただ、お金が狙いではなくて、その希少な生地を作れるアニエス様を、もっと国中に認めさせたいのです!」
リザは今回のことに対して、本気度が高過ぎる。
「私、そんな目立つのは嫌よ」
「アニエス様の御名が轟けば、それで良いのです。ただ、可憐でお美しいお姿をチラっと見せて、絶大な人気が出る方が私は嬉しいですが」
リリスとヒルダは、こういう時は反論しないらしい。
天使の上下関係は厳しいのかしら。
「リザ落ち着いて……私の人気なんて、出なくてもいいから」
もしかすると、盛り上がり過ぎて正気を失いかけているんじゃ……。
「私は正気ですよ?」
「そ、そうかなぁ」
「とにかくです。旦那様に手の平を返した裏切り者達と、アニエス様に酷い扱いをした愚か者達に、お二人の存在とその素晴らしさを見せつけてやるのです!」
「確かに……。裏切り者には相応の報いが必要だな」
イヤな部分で二人の意見が合ってしまった。
「まぁまぁ……落ち着いて。羽衣を作ってもいいなら私は嬉しいけど……何かお役に立ちそうなら、なおさら」
「なら、話は決まりですねっ! 旦那様、それでは二カ月よりも余裕を持たせて、三ヶ月後に結婚式という事でよろしいですか?」
「あぁ、任せよう」
なんだか、急に話が大きくなってしまって……。
でも、女神の時に毎日していたことを、また生業に出来るのは嬉しい。
――なんて感慨にふけっていたら、リザの感情が振り切ってしまった。
「ああぁぁぁぁ! アニエス様と、旦那様のお二人が光り輝く時代がまさに、来ようとしているのです。こんなに嬉しい日があったでしょうか!」
劇中の役者か大げさな吟遊詩人みたいに、両手で天井を仰ぎながら感涙している……。
「リザ。今日はゆっくり休んで。計画は明日から立てて頂戴。いい? わかった?」
「はい。アニエス様。仰せの通りに致します!」
演劇とか……好きなのかしら。
「そ、そう。偉いわね。ほんとにしっかり眠るのよ?」
……本当に、落ち着いてから計画してほしい。
「あっ、あの、アニエス様。その糸、頂戴することは出来ないでしょうか!」
ヒルダはずっとこれを見ていると思ったら、震える声で言うものだから、そんなに貴重なのかと妙な気持ちになった。
自分では、毎日ゆっくりだけど紡いでいる、ただの糸だったから。
「こんなに短いのでいいなら。どうぞ」
「ああああぁぁ……ありがとうございます! 家宝にします!」
――大げさだなぁ。
「えぇ……ず、ずるい。ヒルダのそれ、半分切って私にも頂戴!」
「え、やだ……」
リリスの提案を、本気で嫌そうな顔で断るヒルダ。
まあ、そんなに短い糸じゃそうなるよね。
「ちょっと、そんなので揉めないでよ? リリスにもあげる。リザにも。ね?」
私は聖霊から落ちる光粒を手に取り、二人にも同じくらいの長さを作ってあげた。
「なんて貴重なものを……ありがとうございます」
リザはこれで落ち着いてくれるなら、もっとあげてもいいくらい。
『本当にありがとうございます!』
リリスとヒルダは敬服の態度を強めてしまったけど……。
これ……世に出してもいいものなんだろうかと、不安になってきた。
羽衣のせいで殺し合いの奪い合いとか、起きないでしょうね……?
一番冷静なのはだんな様で、異物を見る様な冷たい目で私たちを見ていた。
――その目はちょっと、ひどいと思うけど……。
**
かくして、二つの意味を持つ結婚式に向けて、皆が動き出した。
この一大イベントのために、忙しくする日が続く。
だんな様としては、二年以上の沈黙を破っての公告ということもあって、一晩で国中に広まった。という噂だった。
そして、だんな様に手の平を返した人達との、水面下のやり取りに政治的攻防。
いろんなことを想定して対処を進めていく手腕は、さすが辺境伯様という貫禄だった。
私の羽衣制作も順調に進み、式が近付いてくる。
それから――。
そう、このお話はこうしてまだ、続いていく。
だんな様と私の、これからの物語は……。
もっともっと、愛を育んで……幸せを紡いでいくの。
私で染まった辺境伯さまに、虹色魔力を添えて 稲山 裕 @ka-88inaniwa-ku
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