未解決の問題
「希美さんを殺害したのは、弟の秀樹(ヒデ)であることは、美来さんも彼自身も記載していますし…」わたしは朝霧先生の目をじっと見つめながら言った。「それぞれの証言内容も、大きな相違は無く、矛盾が無いようです。でも、分からないことも、まだあります」
「私も事件全体を把握しているかといえば、とてもそうとは言えないが、しかし、自分で調査した結果として、確認された事実もあるんだ」
「先生御自身が、ですって? 教えてください、いったいどのようなことなのでしょうか?」
「まずは資料の入手先だが、あの事件の3日後、私の学校のメールボックスに入っていた。吾妻は自分でこれをボックスに入れたようだ。それがこれだ。内容については、君に確認してもらった通りだ」
それはA4版の茶封筒で、宛名に、朝霧翼先生と小筆で書かれており、差出人には吾妻の名前が記載されていた。中には、1冊のノートと、1本のカセットテープが入っているだけだったという。
「君を拉致したことで、彼は自分の最後を迎えることを決意し、それ故に、これをぼくに引き渡したのだろう。まずはこのカセットテープから、検証を始めようか」
「はい、希美さんのお父さんの『遺言』ですね」
***
再度テープを再生してみたが、その声は早口なのに弱々しく、ところどころに荒い息遣いが混じり、度々長い沈黙による断然があり聞きづらいことこの上なかった。最後に、別の男の声が入っていた。
「息子の秀樹(ヒデ)に呼びかける形で録音されたものだが、彼の家庭崩壊の真の原因はそのヒデだったわけだから、気の毒としか言いようがない。逆に真実を知らずに亡くなったことは、不幸中の幸いだったかもしれないな」
「この声は、お父さんのものに間違いないのでしょうか?」
「録音の最後に言及されていた病院に、直接伺って問い合わせたんだ。主治医の先生にそのテープを聞いてもらったが、尾崎氏の声にまず間違いないと言ってくれた。もちろん声だけではなく、話の内容も含めての判断だがね。彼は生前、自分には生き別れになった息子がいて遺言を残さねばならないと言っていたようだ」
「録音の最後の声は、吾妻先生でしょうか?」
「そうだね。推測だが、この病院の場所と、尾崎氏の死亡日について言及した箇所は、後から追加して録音されたものかもしれない。しかもつい最近、いや、このテープを手放す直前の可能性もある。目的は、このテープの信憑性を担保するためだろう。あるいは、ぼくがその病院まで調査に行くことまで想定していたのかもしれない」
そう言って、朝霧先生は最後の部分をもう一度再生した。
「そして、尾崎氏の遺体の引取ったのが、池野内と名乗る男だった。彼の臨終の際に立ち会ったのもその男だ。私は吾妻の写真を持参していたので、それを医師に見せたところ、その写真の男に間違いないと証言した。吾妻はノンフィクション作家といって、尾崎氏に接触した。そのほうが美術教師というよりは自然だし、偽名を使った嘘がばれることはないと判断したのだろう。池野内というノンフィクション作家は実在していて、犯罪に関する実録本を何冊が出版しているが、現在はどれも絶版になっているようだ。そのうちの何冊かを、尾崎氏に見せたのではないかと思われる」
「それにしても、なぜ吾妻先生は、尾崎さんに協力して、さらに遺体を引き取ろうとまでしたのでしょうか?」
「協力というよりは、動静偵察あるいは監視、と言ったほうが適切だろうね。尾崎氏の発言にもあるように、彼は希美さんを殺害した犯人とされる大地に、復讐を誓っていた。病気になってくれて、吾妻としては、寧ろ運が良かったと思っていただろう。尾崎氏が健康なままであったならば、吾妻は尾崎氏の殺害をも視野に入れていたかもしれない」
***
「では、ヒデのノートについて検証してみようか」
その手記には、秀樹が姉の希美を殺害した経緯が記載されていたのだが、要約すると、以下のような内容になる。
秀樹は希美と大地と美来の3人が別荘に宿泊することを知り、そこで希美を殺害する計画を立てた。そして、
希美たちの訪問数日前に単独で別荘に行って、犯行に使用する凶器を現場に準備していた。絞殺するためのロープ、金属バット、それに手錠を、庭のテント布の下に隠して置いた。当日は刃物も持参していたようだが、結局は使用しなかった。
そして事件当日、昼過ぎに一人で電車に乗って別荘に向かい、別荘の陰に潜んで様子を伺っていた。すると夕方になり、大地さんと希美さんが、ふたりで納屋に入って行くところを見た。
秀樹は突然その中に乱入して、大地を金属バットで殴打して意識を失わせた。次に希美さんをやはり金属バットで頭部を殴りつけ、苦しんでいる隙に、ロープで絞殺した。
その後、意識を失っている大地を納屋から連れ出し、近くの樹に、手錠と鎖で拘束した。大地をその場に置き去りにした後で、死んだ希美さんを強姦し、次に、希美をバットで激しく殴打して、遺体を損壊した。ここまでの一連の犯行には滑り止め付きの軍手を着用して、指紋が証拠として残らないようにした。
そして、納屋に隠れて犯行を目撃していた美来を見つけ出し、彼女を引っ張りだして、変わり果てた希美を目の当たりにさせた。その場で座り込んだ美来をそこに残して、大地の拘束が頑丈であることを再確認して、裏の山道から現場を抜け出し、何食わぬ顔で、電車に乗って家に帰った。翌朝になり、事件は発覚した。
***
「美来さんの手記と、犯行の描写に関しては、特に矛盾や相反は無いようですね」とわたしは言った。「でも、それにしても、ヒデの記載は極めてそっけないですねただ単調に、経過だけが記載されていて。たしかに、美来さんの手記と照合できて、事実を確認できたところは良かったと思いますけど」
「つまり、ヒデはこの手記を書きたくて書いたわけではない、ということだよ」
「どういうことですか?」
「そのことについて答える前に、検討したほうが良いことがあり、それが結果として、ヒデが手記を書いた理由について、より適切な考察ができるようになると思うんだ」
朝霧先生は、頭は良いのかもしれないが、言い方が遠回しでもったいぶったところがあり、それがわたしのような単純な人間には、若干苛立たしかった。
***
「この手記を入手して、私は、3人が宿泊した別荘の跡地に、行ってみたんだ」
「そうだったんですね!」
驚いてはみたが、一緒に連れていってくれなかったことが、わたしは少々不満だった。
「調べてみたかったのは、ヒデの逃走経路だ。本当に抜け道を通って、最寄りの駅までたどりつくことができるのか、それを確認できれば、この手記の信憑性が上がると考えたんだ」
「それで、どうだったんですか?」
「尾崎家の別荘は、この分譲別荘地の一番奥にあった。その別荘地の裏は、山の斜面になっている。そして、その斜面の中を入り、少し進んでいくと、木立の中に細いあぜ道ができていた。それは下り坂になっていて、そこを進んでいくと、5分ほどで車道に出る。そしてその車道を10分ほど進めば、最寄りの駅に到達できる。ヒデはおそらくこの道を使ったのだろう。ほぼ記載されている通りだったよ」
***
「それにしても、手記の内容が仮に真実だとしても、納得できないところがたくさんあります。最大の問題は、やはり動機です。何故姉である希美さんを殺さなければ、ならなかったのでしょうか」
「たしかにそうだね」
「それに、その罪を大地さんに押し付けていますけど、それにしては、そのやり方が、かなりいいかげんというか、いえ、もっと言えば、杜撰ですよね。だって、大地さんが真実を警察に話せば、ヒデのそんな隠蔽工作なんて、直ぐに見破られてしまうのではないでしょうか。いくらなんでも、警察だって大地さんが犯人ではないと、直ぐに気付くと思いますよ」
「たしかにそうだね」
「でも、ヒデだって、そんなことがわからなかった程、バカじゃないと思うんです。何故希美さんを殺害して、大地さんに罪を被せようとしたのか、何故そんな、すぐにでも嘘がばれてしまうような方法を摂ったのか、手記にはそういった理由について、一切述べられていませんし、どう考えてもわたしには納得のいく説明が思い浮かばないんです」
「たしかにそうだね。問題点をまとめてくれてありがとう。ヒデが事件を起こした真の動機ついては、彼が既にこの世にいない以上、推測でしか語れない。そしてその推測を元に言うと、ヒデは希美さんを殺したのではない」
「え? 先生、何を言っているんですか!? ヒデが殺害したのは希美さんじゃないですか!」
「いや、そういう意味ではないんだ。ヒデにとっては、殺害したのは『大地と交友関係のある人間』であり、それが希美さんであっただけで、別に希美さん自身が目的だったわけではない。極論をいえば、もっと大地にダメージを与えられる人間が他にいたならば、その人をターゲットにしていたかもしれない、ということだ」
「つまり大地さんを貶めようとして、そのためだけに、希美さんを殺害したというのですか?」
「そう、そのとおりだ」
「信じられない…」
何の恨みも無く、悪いことをされたわけでもなく、ただ別の人を貶めるだけの材料として、他の人間を、しかも、実の姉を殺害する人間がいるなんて、わたしには全く想像すらできなかった。
***
「先生は秀樹のことを知っていたのですか? 会ったことはあるのですか?」
「会ったことはないよ。私が日本に一時帰国して学園に所属した時期と、彼が学園に来ていた時期は、多少ずれていたからね。秀樹は事件直後から学園に登校しなくなっていた。直後、というのは、事件が発生したのが1973年の8月だったから、新学期が明けてから、ということになるが、要するに、それ以降学園に姿を見せなくなった」
「その後一度も、ですか?」
「そう。事件後の年度の1974年3月に、正式に学園を中退している。私が学園に編入したのが、1974年4月だ。見事なまでのすれ違いだね」
***
「そもそも、先生は吾妻先生を、最初から疑っていたのですか?」
「いや、疑っていなかった、君から吾妻先生の話を聞くまでは」
「わたしは、先生ほどの人だったら、学園から採用の依頼があった時点で、吾妻先生を怪しいと睨んでいたと思いました」
「残念ながら、そこまでの洞察力はなかったね。全てつながり、希美さんの事件と今回の事件が結びついて、全体を俯瞰して把握できるようになったのは、まさに今この時点になってからだ。それと、剥製の作成について、吾妻は『概ね』独力で行ったと言ったが、それは協力者がいたことを暗に示唆していたのかもしれないが、その真偽も分からないままだ」
***
「ところで、吾妻がこのヒデの手記を入手した時期は、何時なのでしょうか?」
「吾妻はそのことに言及していないので、それにつては、永遠の謎となってしまったね。その前に、ヒデが何時殺害されて、剥製にされてしまったか、だが…」
「ヒデの剥製は、未成年に見えました」
「そうだね。吾妻自身が、ヒデを剥製にしたのは、裁判が終わってから、と語っていたよね。その言葉を信じるなら、希美さん事件から、1年以上は生きていたということになる。しかし、手記がヒデの生前に吾妻の手に渡った可能性は、低いのではないかと考えている」
「たしかにそうかもしれませんね。もしそうなら、吾妻は、場合によっては、美来さんとヒデを引き合わせていたかもしれませんね。ようやく最近になって、美来さんに初めて接触したことを考えると、実は手記を吾妻が発見したのは、つい最近なのかもしれませんね」
「その可能性もあるだろうね。それまで吾妻は、希美殺さん害の犯人が大地だと疑っていなかった。しかし何らかの偶然で、屋敷内に隠されていた手記を発見した。その存在をすぐに発見できないように隠し、後から真実を暴露できるように仕掛けたのは、ヒデの策略だ。そこには、彼が希美さんを殺害したという、吾妻にとっては青天の霹靂のような内容が記載されていた。しかし、その内容が真実であるのか、それを確認する必要性が生じた。そのために、事件の生き証人である美来さんに、接触を試みた」
「ようやく最初の疑問に戻りますけど、じゃあ何のために、ヒデは手記を書き残したのでしょうか?」
「ヒデは、本当は大地に自身の無実を訴えて欲しかったのに、そうしなかったからだ」
「え? そんなことされたら、ヒデ自身に疑いがかかってしまうじゃないですか」
「もちろんそうだが、それよりも、大地が無様に無実を訴える、その姿を見てみたかったのだろう。それは大地の、ヒデに対する敗北だと彼は認識していたということだ。しかし、大地はそうしなかった。それは彼にとっては予想外の事態であり、やむを得ず、自分が犯人であることを認める手記を書かねばならなかったのだ」
***
「話は前後しますけど、先生は帰国してから、希美さんの事件ことを、最初に誰から聞いたのでしょうか?」
「事件のことに関しては、 名取ホームの荒木節子さんから聞いた。1974年に帰国した直後のことだ」
「大地さんの育ての親といえる人ですね」
「そう。そして今回の帰国にあたり、荒木さんと再会した。この手記では一切触れられていないが、実は、美来さんは同じ病院に勤務している妻子ある医師と恋愛関係にあった。彼女は荒木さんに、その医師との関係について打ち明けたらしい。
「ふたりの関係はどうなったんですか?」
「美来さんはその医師のもとから、突然姿を消し、その後間もなく、職場であった病院を休職している。君の話によると、彼女は正式に退職の手続きを取るようだが、その場合、看護学校の学費弁済が必要となるだろう。彼女が言っていた借金とは、そのことを示していると思われる。医師は、彼女の休職も退職も知らなかったし、そもそも失踪後は一度も会っていないらしい」
「美来さんは、その先生との恋愛を、どこまで真剣に考えていたのでしょうか?」
「その本心は彼女にしか分からないし、彼女自身も分からなかったのかもしれない。それより、自分を取り戻すことが優先され、そして一度自分のすべてをリセットするつもりだったのかもしれない」
「もしや、その先生とも会ってみたんですか?」
「するどいね。実はそうなんだ。その医師は地方の小さな精神科病院に勤務していた。美来と付き合っていたときは大学病院に勤務していたのだが、なんでも、美来との不貞行為により奥様の実家の怒りを買って、大学側に圧力がかかったらしい。医師の義父は大学にも口利きできるほどの有力者なんだそうだ。」
「美来さんのことを、どの程度までその先生に伝えたのですか?」
「事件の流れについては、概ね包み隠さず話したよ。そのうえで、美来の行方を捜していると言ったところ、最初は、とても信じられない話だと驚愕していたが、彼女の謎の部分が、全てではないが、その話で埋め合わされたと言っていた」
「それはそうでしょうね。わたしだって、今となっては自分でもあれが実体験だったとは信じられませんから。それで、その先生は、今でも美来さんのことを思ってその行方を捜しているのですか?」
「いや、それはなさそうだったよ。詳しくは聞かなかったが、生活、職場と、全てがリセットされて、良くも悪くも、生まれ変わったと言っていたからね。そのうえで、私の話を聞いて、彼の中では、吹っ切れたんじゃないかな」
「美来さんの行方は未だに不明なんですね?」
「残念ながら、分からない」
「美来さんのことを警察に話すべきでしょうか?」
「彼女自身が、何らかの罪を犯したかな?」
「わたし達を拘束したりとか、ですかね?」
「だとしたら、我々が彼女に対して被害を訴えないなら、特に警察に言う必要はないと思うが…」
「わたしも、そう思います。亡くなった少年達のことは、話してもらうべきでしょうか?」
「それは警察が自分たちで調べるべき仕事だ。我々だって、そのことを警察に言うつもりはないだろう?」
「たしかに、そうですね。大地さんはどうなのですか? あの方は、美来さんのことを赦しているのでしょうか?」
「それは、いちばん間違いないよ。大地は美来さんのことを恨んだり訴えたりなど、決してしないよ」
その朝霧先生の言葉には、嘘がないように思えた。
***
「朝霧先生、先生と大地さんの関係というのは本当のところ、どのようなものなのでしょうか? 御兄弟ではないですよね?」
「兄弟ではない、それは間違いないよ。じゃあ何なのかと言われると、運命共同体という表現が、適切なのかな? あまり巧い言い方が見つからない。しかし、そうはいっても、一緒にいた期間は、決して長くはない。大地と再会したのは、実に20年ぶりだ。当然、彼のことに関する以前の記憶なんて、殆ど残っていない」
やっぱり、よくわからない…。
「美来さんの手記の中で、大地さんの自己犠牲の精神を示す、小学生時代の逸話があるとありますが、具体的内容が記載されていませんよね。先生は、その内容を御存知なのですか?」
「これに関しては聞いたことがなかった。美来が内容について言及しなかったことに関しても、何らかの理由があるのかも知れないが、それはわからない」
朝霧先生から荒木節子さんに、直接訊けば話は早いのではないかと思ったが、そういった発言は、先生からは出てこなかった。それには何らかの理由があり、敢えて触れないようにしているのではないかという疑惑が、わたしに生じたが、それを問い詰めても答えてくれるわけでもないだろうし、次の質問に移るしかなかった。
「大地さんは、自分が犯人でないと言ったことはあるのですか?」
「大地は自分が犯人ではないとは、一言も言っていない。それは、彼は自分がその罪を被ることを決意していたからだ。他人からの憎しみを一身に受けて、これからの人生を生きていくことを彼は決意したのだから、自分が今になって犯人でないと主張することは、彼自身の意志に反する行動になってしまう。それは彼の意志だから尊重しなければならない」
***
「大地さんは、今どうしているのですか?」
「昨日まで入院中だった。私の知り合いの医者がいるんだが、そこの病院で治療していた。だが、怪我は軽傷で、特に病気を抱えているわけでは無く、安静と点滴で、数日もすれば退院できるだろうということだった。ところが…」
「ところが?」
「昨夜、病院を勝手に抜けだしてしまった」
「えっ? じゃあここに戻っているんですか?」
「いや、うちにはいないよ」
大地さんは、朝霧先生にもその行方を教えること無く、姿を消したらしい。
しかし、朝霧先生は、心配するどころか、楽しそうでさえあった。
「彼のことだから、また何らかの苦難を背負って、世の中を彷徨うのだろう。でも、それを誰にも止めることは出来ないんだよ。それが大地の生き方だから。でも、いつか何処かで、ぼくは彼と再会できる日が来ると信じているんだ。それは殆ど確信なんだけどね。数学者の自分が何の根拠も無くそんなことを言うのは、本当は恥ずかしいことなんだが、大地のことだけは例外だと思ってほしいね」
「先生がそう仰るなら、そう思うことにします」
「なんかちょっと、手厳しいな…。でも今回の件では、君には感謝してもしきれないよ。危険な目にあったが、それに負けずに、勇気ある行動で、ぼく達を救ってくれた。ありがとう。あ、それから、塚本先生が仰っていたよ、数学のノート、早く提出しなさいって。それから、私は森田(ミカ)さんには、謝らないといけないな、母が帰ってきたなんて嘘ついて、彼女を巻いてしまったことをね」
先生はわたしに笑顔を見せた。それはわたしだけに向けられた笑顔だ。そのことは、紛れもない事実だった。
しかし、わたしは、先生と大地さんの関係について、これ以上訊くことはできなかった。それは他人が立ち入ることができない、不可侵な聖域なのだと暗示して、彼はわたしの質問を拒絶したのだ。
わたしは朝霧先生と、事件を通して知り合え、そして先生に感謝されたことで、見失いかけていた自分の存在意義を見直すことができたので、その意味では、素直に嬉しかった。
では、この事件の結果として、わたしは先生のことを、深く知ることになったのだろうか。彼の人間性の本質を、把握することができたのだろうか。
それは明確に「違う」と否定できる。わたしは、彼のまったくの表層的な面を知ったに過ぎなかった。それが明白であるが故に、非常に歯がゆい思いがしていた。
消えた屋敷の秘密 八月光 @L_IN_A
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