潜入

屋敷を囲む森は、既に闇が支配しようとしていた。翼は大地の表情を伺ったが、その闇に遮られて、はっきりとはわからなかった。

電話の声が言っていた通り、門には鍵がかかっていなかった。翼と大地は壁の中へと足を踏み入れた。

壁の中も、鬱蒼とした大木に覆われていたが、その中をかいくぐって進んでいくと、少し視界が開けた場所があって、月明かりがそこだけに降り注いでいた。そして、レンガ造りの屋敷が姿を現した。

大きさは、朝霧邸より、全長にして優に2倍以上はあると思われたが、その趣は全く異なっていた。

朝霧邸は、白い壁とガラスをふんだんに使用した、近美来的な建築物だったのに対して、この屋敷は、左右対称形の、古びて重々しい、ネオバロック様式の建物だった。

濃い褐色のレンガに全面が覆われ、鉄格子を思わせる太い窓枠の窓が、壁の面積に対して、大きさも数も極端に少なく設置されていた。そして、二階の窓に月光が反射し、まるでふたりの行く先を標識する誘導灯のようにそれが朝霧達の足元を、照らし出していた。


***


建物の正面中央には、巨大で重厚な鉄製の扉があり、朝霧と星野はふたりがかりでそれを開け、中へと入ったが、その扉にも鍵はかかっていなかった。

扉を開けると、左側だけが、わずかな灯りで照らされていたたが、まず目に入ったのが、その右側だけが淡い光を反射して輝く、槍を持ったプレートアーマーだった。

ふたりは、導かれるように灯りのある左側に向かって進んだ。廊下には、6メートルほどの間隔で、壁の上方に燭台が等間隔に設置されていて、そこに蠟燭が灯されていて、ようやく中を見通せる程度の明るさだった。窓は一切なかったが、天井はかなり高く、印象としては、大きな美術館の回廊のような感じだった。

その中を、翼が先頭を歩き、大地がその後に続いたが、廊下は、おそらく大理石で敷き詰められ、足を進める度に、足音がコツコツと響き渡った。

どこに行けばいいのか、それが判らなかった。しかし、彼らにとって歩き続けること以外の選択肢はなかった。


***


暗闇の中から、廊下の端の突き当りが姿を現すと、その右側にある扉が開いていて、その奥にはさらに暗闇が続いていた。

その中に入ると、目が慣れていくにつれて、そこが部屋であることがわかり、次第にその輪郭が浮かび上がってきた。

広さとしては10帖くらいであったと思う。廊下と同じように、部屋の広さに不釣り合いな程に天井が高く、闇の中に消えて行くような感じがした。対面の壁に窓があったが、カーテンによって遮られていた。

さらに、一番奥の壁際に、小さなベッドが置かれていたがその上の掛け布団が無操作にめくられたままになっていた。ドーナツ状の布が置かれていて、朝霧が手にとってみると、それはシュシュだった。電話の声の女が言っていた、陽子のポニーテールを結んでいたシュシュとは、このことなのか? 陽子の存在を暗示するための物的証拠として置かれたのかもしれないが、そこに彼女の姿は無かった。


***


「朝霧翼先生、星野大地君」

突然、高い天井から、部屋の中に男の声が響き渡った。スピーカーが設置されていて、そこから発生されているようだった。

「わざわざここまで来ていただいたことを深く感謝しますよ」

「吾妻先生なんですね?」

朝霧が天井に向かって問いかけたが、それに反応する様子も無く、その声は自分の話を進めた。

「おふたりの到着を、首を長くして待っていました。これから、それぞれに適した場所に案内しますので、私の指示に従って頂きたいのです。まず、大地君、部屋を出て廊下を歩いて、私が案内する場所まで向かっていただきたい」

ふたりを離れ離れにすることが目的だということは、朝霧にもすぐに理解できたが、北原陽子の無事を確認できていない以上、命令に応じる以外の選択肢はなかった。

「まず、大地君、貴方はすぐにこの部屋を出てください。そして部屋を出たら、部屋のドアを必ず閉めてください」

星野は部屋を出る際に、その命令の通りに入口のドアを閉め、その足音は次第に遠のいていった。朝霧は一人でその部屋に取り残されることになった。

朝霧は何もせずに次の命令を待つしかなかったが、部屋には時計がなく、しかも時計の持参を禁じられていため、時間の感覚が奪われていくのを、受容するしかなかった。陽子に加えて、大地の安否が、更なる憂慮として加わることになった。今のところは完全な吾妻のペースだと思い、彼は焦りを感じた。

陽子の発見


***


次の指令も、唐突に天井から降り注いだ。

「朝霧先生、お待たせしました。それでは、この部屋から退室していただきます。来た通路を逆に進むと、反対側の突き当りに、階段があります。それを上がると、目の前に部屋があるので、そこにお入りください」

その声の命ずるままに朝霧が部屋を出ると、入ってきた正面扉の向こう側の廊下にも照明がついていた。その突き当りの階段を上がるとドアがあったので、それを開けて墓に入った。

真っ暗だった部屋が、突然明るくなり、朝霧は思わず顔をしかめて、手を額の上にあって、その照明のまぶしさを何とか遮ろうとした。

しかし次第に目が慣れていき、その明るさの中で浮かび上がってきたものは、小刻みに震える、中央部が盛り上がった、白い毛布だった。

「北原君!」

翼はそこに駆け寄り、その白い毛布を一気に引き剥がした。その毛布の下から現れたのが、陽子だった。

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