October 1985

屋敷の秘密

よく来ていただきましたね、美来さん。感謝しています。貴方は必ず私に連絡してきてくれるだろうと、確信してはいましたがね。

最初に、この屋敷の沿革について、簡単に話しておきましょう。今後の貴方の活動拠点ともなるわけですしね。これは私の父とされる男が、今から20年ほど前に建てたものです。目的は、自身の愛人を住まわせるためだったようです。その愛人という女が私の母親だったのかもしれませんが、よくわかりません。

そのうえで、男は明成学園の経営権を奪い取り、この屋敷の敷地内に学園を移転させました。屋敷は、自らを取り囲む外壁と、その周囲の森、そして、学園のフェンスという三重の防御によって、外界から遮蔽されることになりました。

学校という清廉潔白なイメージ…、かどうかはわかりませんが、いずれにしても学校法人という公共性の高い制度内に組み込むことによって、この屋敷の隠密性を保つというアイデアに関しては、それなりに斬新なものだったと思います。

ただし、何故そんなことをしたのか、という疑問が残りますが、 学校法人を資産の隠れ蓑に利用するのが、目的だったとは思いますが、正直、本当の理由はよくわかりませんし、興味もありません。

幸いなことに、その男に、私はいちども会うことなく死んでしまいましたが、遺産として、この屋敷を自由に使う権利を得ました。そのうえで、この学園の美術教師という肩書を隠れ蓑として、現在に至っているという訳です。

いちおう、当学園は進学校として世間的な評価を得ていますので、学生にとっては美術の授業は、受験必須科目の授業という砂漠の中にあるオアシスみたいなもので、私の教師としての目的は、生徒達に束の間の憩いの時間を与えるというものなので、教師というよりは、どちらかと言えば、イメージ的には遊園地にある、恐竜型で、中に入るとトランポリンになっている遊具がありますよね、なんという名称なのか、よく知りませんが、それを出入口で入場を管理している番人みたいなものだと思っています。


***


前置きはこの程度にして、私自身のことについて説明しましょう。

いきなり本題に入りますが、私はですね、少年が好きなんです。何故好きかって? まあ焦らずに、私の話を聞いていただきたい。

自分のその嗜好に気付いたのは…、そうですね、私自身が中学生のときだったでしょうか。私は少年が好きであり、少年のみを愛し、そして少年のみに性的興奮を感じることについては、何ら恥じることはないと思っています。いずれは広く世間にそのことを公表して、その素晴らしさを理解し、共感していただきたいとさえ思っているのです。

少年とは、この世の中で最も美しく、完成された芸術品なのです。油がにじみ出るこのとない、絹のような肌、無意味に巨大化していない体、そして、その小さい女性のクリトリスを、やや大きくしたような、可愛いペニス。私自身のものについてもそうなのだが、大人の男のペニスほど、見苦しく、醜いものはありません。それは、単なる使い古された、醜い、山芋のように薄汚れた道具、或いは、悪臭を放つ、腐乱したソーセージなのです。それにひきかえ、少年のその美しいペニスは、いくらみても、いや、いくら触っていても、飽きるどころか、ますますその底なしの魅力に引きこまれてしまうのです。

ただし、それは、子供のものとは一線を画しているので、その違いを混同されないでいただきたい。私が愛して止まないのは、大人でもなく、子供でもなく、幼児でもなく、少女でもなく、女でもなく、老人でもない、紛れも無い唯一無比の、『少年』という人種なのです。それは、年齢では区別され得ない。14歳にして既に少年とは言えないものもいるし、20歳にして、未だに少年である者もいる。あくまでも、それは個々人の要素による面が大きく、画一的な定義ではない。勿論、25歳を超えて、少年の定義を満たす個体を、私自身は今までに一度もお目にかかったことは無いので、やはり年齢的な限界はあるのでしょうがね。

しかし、今語ったことは、あくまでも私の中での理論にとどまっているのです。世の中は少年の美しさ、その定義の崇高さが、まったく理解できない、いや、理解しようとしない、いや、もっと言えば、それに目を背けている。何故だろう、健全な青少年の育成の名のもとに、少年の美に対する賛美は、激しい排斥に晒されている。私自身が、声高に少年の美について賛美できないのも、そういった理由があることは、直ぐに御理解頂けるでしょう。

日本では江戸時代以前、少年の美を賛美することは、少しも辱められることのない、立派な権利として確立していたのです。

しかし、現代はどうでしょう? それは、私からしつこく説明するまでも無いでしょう。少年愛に対する許容性は、古今東西を問わず、殆ど消滅しているといっていい。いや、今の世の中は、西洋の啓蒙思想という究極の俗論が、我々人類のほぼ全てを覆い尽くしているわけですから、その価値観が、少年愛に対して、激しい差別のレッテルを貼り、僅にそのことを口にしただけでも、瞬時に社会的に抹殺される程の、激しい迫害が加えられるのです。嘆かわしいことこの上ない。しかし…。

その西洋文明の起源でもあるローマ時代に、キリスト教は地上で栄冠を勝ち取るまでに激しい迫害を加えられた。同様に、少年愛は激しい迫害を乗り越えて、最終的には、地上での栄冠を勝ちとるでしょう。啓蒙思想は、やがて自らが意識することなく、いつのまにか、自然な流れの中で、少年愛に覆いつくされ、消滅するであろうと、私は確信していますよ。

イチロウの特殊性


***


イチロウについてですが、彼についての話を聞いていただいた通り、隷属的状況にあっても屈辱を感じることがなく、それゆえに退避的行動を起こすこともなかった。なぜなら、良くも悪くも、感情が欠落していて、どのような形であれ、人間関係を築くことができなかったのです。しかし、だからこそ彼は「ほぼ完全な少年」だったのかもしれないのです。彼は他人と感情を共有できないがゆえに、少年としての純粋性を、奇跡的に保つことができていたかもしれないのです。

もっとも、それは彼個人に特有の現象であり、彼のような、感情の欠落をきたしていた人間が、全てにおいて少年としての純粋性を保つことができるかと言えば、それは大きな間違いでしょう。一般論化することは困難だということです。その意味では、私の少年論に、更なる深奥性を加えてくれたとも言えるでしょう。


***


大地について話すとしましょう。彼はヒデによって、私に紹介されました。

ヒデも、大地が特別な少年である、ということを当初から認めていたのでしょう。それをわかっていたからこそ、大地を私に紹介したのだと思います。そして、私がどのような反応を示すかについて、確認しておきたかったのでしょう。確かに、ヒデのおかげで私は大地と知り合えたので、その点では、彼には足を向けて寝られないのですがね。

初めて大地がこの屋敷を訪れた時、私はヒデに部屋を外して欲しいといました。直感的に、大地とふたりきりになりたいと思ったからです。

幸いにもヒデがその申し出に何も言わずに従ってくれたため、私と大地は、初対面のわずか数分後に、ふたりきりになることができたのでした。そして、自分の直感が間違っていないのかを確かめてみたかったのです。

私は大地とこの屋敷内でふたりだけになり、私は大地に服を脱ぐように命令しました。会ってから僅か数分後のことです。しかし、彼は表情を変えることもなく、私のその命令に素直に従ってくれたのでした。

その裸体には、もちろん私が今まで見たことのない、少年として完成された究極の美を有していたと断言できますが、ある意味では究極の美しさとでも言えるものであったが、しかし、ただ単に美しいだけでは彼のその姿の本質を言い表したことにはならないでしょう。

永遠の美しさを誇示しているようにも見えるが、しかし、それに反して、その美しさがもろくも崩れ去るかもしれないという危うさ、そして崩れ去る際に感じるであろう苦悩が、別の言い方をするのであれば、崩壊の際、一瞬にだけ垣間見える美しさが、彼の体に同居している、そのように感じたのです。私が出会った少年たちは、その殆どが、美の崩壊に対して、極度の恐怖を感じ、その恐怖を何とか覆い隠そうとしていた。唯一の例外が、イチロウでした。しかし、大地君は、その崩壊をも自らの美のとして一体化させていたのです。

これこそ、私が待ち望んでいた、理想の少年像、まさにそれを具現化した姿だったのです。いや、ただ単に少年像というだけにとどまらない。理想の人間像、そこまで言っても、過言ではないでしょう。

普通の美少年であるならば、私はすぐにその場でその少年は抱き寄せ、愛欲にむさぼっていたでしょう。しかし、大地に対しては恐れおおくて、指一本触れることさえ、いや、それ以上近づくことさえできなかった。私はその裸体の前に跪いて、指を組んで拝み続けていました。

私と大地が会ったのは、その一度きりです。会話を交わす必要なども、ありませんでした。私にとっては、大地が目の前に立っている、存在している、ただそれだけがすべてであり、必要にして充分だったのです。なぜなら、私はその時神を見ていたのですから。

しかし、1週間も経たないうちに、あの忌まわしい事件が起こり、大地は私の前から姿を消しました。

すべてを大地に捧げたい、自分が灰となって燃え尽きても、大地のために尽くしたい、そして、大地という存在そのものを、自分と同化させたい…、今でもその気持には少しの変わりもありません。

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