絶望

気がつくと、如月は再び美来の部屋にいた。

美来が凶悪事件に巻き込まれていたことは、如月の中では、既に規定事項になっていた。しかも、事件以前から原因不明の言語障害によって、発語もままならなかったという。そんなことは想像すらしていなかった。

しかし、日頃の美来の様子からは、そのような過去を垣間見ることは全く出来なかった。それは自分が精神科医でありながら、人を見る目が、その人格を見る目が甘かったから、なのだろうか?

たしかに彼女は、内向的な性格だったかもしれないが、病的な面は全く認めなかった。

如月は混乱してきた。

一体美来とはどのような人間なのか? 知っていた、理解していたつもりで、実はまったく理解していなかった。

彼女は自身の性格を偽ってのか?

自分との恋愛をどのように考えていたのか?

他に男がいるのでは、などというくだらない疑心暗鬼で済むレベルの問題ではないと、漸く悟った。

もしかしたら、彼女にとっては、自分との恋愛など、重要なものではなかったのかもしれない。自分は、美来との愛が、今の自分の中ではほとんど100%を占めていたのにもかかわらず。

如月は急に目眩のようなものを感じて、意識が遠のくような気がした。

たしかに、自分は精神科医であり、心の病を診断し、治療する立場だ。そのために、他人の心について、一般人とは比べものにならないほどの、深い洞察力が必要なはずだった。

しかし、自分が深く愛した女性の心の中を洞察することは、まったく出来なかった。

愛は盲目…。

そんな使い古された、陳腐な表現を思い出して、自分で自分の馬鹿さをあらためて思い知った。

そして、今まで自分が勉強してきたことが結局のところは、何の役にも立たなかったような気がして、如月は絶望感さえ抱き始めていた。

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