探索

美来が自らの意志で、自分との連絡を絶っているのは、ほぼ間違いのないことだ。職場には欠勤することを、自ら伝えていた。看護婦長が直接電話で応対していて、その声を美来のものとして、疑っている様子は全くなかった。誰かに強制的に電話をかけさせられた可能性も、否定はできないが、仮に脅されたりしていれば、少しは様子がおかしいと感じるだろう。

警察に連絡するべきか。いや、それは意味がないだろう。美来は自分の意志で連絡を絶っているだけで、事件に巻き込まれた可能性は低かった。数日経て戻ってくる可能性も高い。しかし、それがいつになるのかわからなかった。おそらく次の勤務日までには戻っては来るだろうが、それまでにあと4日あった。今の如月に、そこまで待てる精神的な余裕は無かった。

彼女の消息は、その手がかりは、どこから得ることができるのか? 

真っ先に思いつくのは、美来の母親代わりとなっている養護施設の女性の存在だった。しかし、その人の名前や、施設の住所など、具体的なものは美来から何一つ聞いてはいなかった。彼女から連絡してくれるという、その言葉を信じていたが故に招いた事態ともいえるが、その時点で彼女が失踪(まだ決めつけるのは早いが)すると想像することは、不可能だろう。

その女性に連絡をつけてみれば、何らかの手がかりを得ることができるだろうか? それはわからないが、その人に会ってみたかった。美来の過去を知る、ほぼ唯一の術なのかもしれない。

しかしその居所を突き止めるには、どうすれば良いか?

如月の妻は探偵社に依頼して、彼と美来との密会を含めた素行調査を行っていた。その中で、美来の過去の事実も調査対象になり、その結果として、彼女が養護施設にいたことまでも調べ上げていた。全く不愉快な話だが、しかしその探偵社なら、当然その養護施設の所在は知っている可能性が高いだろうと、彼は思った。


***


しかし探偵社の所在を突き止めるには、まずは茜に訊くしかなかった。如月としては、そんなことを彼女に訊くのは、まったく気が進まなかったが、とにかく早く美来にたどり着きたかったので、躊躇している時間はなかった。

妻の実家に電話したところ、幸いにも彼女が電話口に出てくれた。最初は怪訝そうな声を発していたが、まずは今回の一連の事態について謝罪して、次にこちらが自分のことを調べた探偵社の名称と所在を教えてほしいと用件を伝えた。もちろん、その探偵社にクレームをつけたり、君に迷惑がかかるようには決してしないつもりだ、ただ、ちょっと探偵社が調べたことで、教えてほしいことがあるだけだと、彼としてはできるだけ低調に説明した。

「何を知りたいわけ?」

「美来が入所していた養護施設の所在が知りたいんだ。君が依頼した探偵社なら、それを知っているだろうと思ってね」

仕方が無かった。下手な言い訳をするよりは、本当のことを言ったほうがいいと、ここでは判断した。というより、その方法しか、頭に浮かんでこなかった。

茜は一瞬電話先で言葉に詰まったようで、しばらく無言だった。その無言が如月にはつらかった。

「しかし、よくそんなことが聞けたものね。ホントにあきれるし、人間性を疑うわ、今に始まったことじゃないけど」

そんな感じの嫌味を多少口にしたものの、最終的にはすんなりと探偵社の電話番号を教えてくれた。

もちろん離婚協議には速やかに応じるので、その件についてはいつでも連絡して欲しいと付け加えることを、如月は忘れなかった。


***


さっそくその探偵社を訪問したところ、如月自身がその社の調査対象となっていて、そんな人間が、その捜査内容を教えて欲しいと依頼してきたことに、対応した女性社員は警戒感を示したものの、彼女がその場で如月の妻に連絡を取り、彼女が前後関係を認識していることを確認すると、すんなりと彼の用件に応じてくれた。もちろん面接料金は支払った。

その養護施設は市内の西部地域にあり、名前を「名取児童ホーム」というらしい。車でなら一時間弱で行くことができるだろう。午後は会議が入っていたが、都合により欠席すると、如月は医局秘書に連絡した。そして、すぐにその養護施設へと向かった。


***


重く圧し掛かるような鉛色の雲が、空全体を覆っていた。

名取児童ホームは、閑静な住宅街の中にある、二階建ての古い建物だった。壁の色はくすんだクリーム色で、雨滲が氷柱のように軒先から階下にかけて、垂れ下がっていた。周囲の家を見回しても、やはり古い木造家屋が多かった。その建物は、見た目には周囲の民家に溶け込み、外見からそれが養護施設だと見分けるのは、それと知らなければ困難だろう。

正門は、鉄柵で観音開きの小さな門だった。もともとは白いペンキが塗ってあったようだが、それが殆ど剥げてしまい、赤錆が浮き出ていた。

南向きの小さな庭があった。小学生低学年と思える男の子ふたりが、前庭に置かれている小さな鉄棒で遊んでいたが、如月の姿を見ると、その動きを止めて、じっと彼のことを見入っていた。入口と思われる引き戸の右上にあるインターホンを押した。かなり長い時間待たされた後に、引き戸が開いた。

出てきたのは、一人の女性だった。

「突然すいません」如月はそう言って小さく会釈をして、名刺を差出した。「私、こういう者です」

女性は無言でその名刺受けとったが、それを見ると、最初は当惑したような表情を見せた。

「神奈川医大付属病院」女性は名刺を見ながら合点がいったように、少しだけ声を張り上げて言った。

「ご存知ですか?」

「はい、ここのホームで育った子が、看護婦になって、その病院で働いていますので」

「若槻美来さんですね」

「ええ、そうです」女性は如月の目を見て言った。

「その美来さんのことについて伺いたくて、お邪魔しました」

如月のその言葉に、女性は黙ったまま彼のことを見つめていた。しかし、自分と美来をすぐに関連づけて考えてくれそうだったので、その点については良い展開だろう。

40代だろうか。だとすれば若く見える。まったく化粧をしていないので、逆にそれが女性を若く見せている可能性はある。皺の目立つ白いシャツに禿げたジーンズを纏っていた。白髪こそないものの、その髪は無造作に後ろに結ばれていた。やや丸顔の中の、台形をした大きな眼が、如月の印象に残った。女性はタタキの上にのったまま、如月と話をしているにも関わらず、まだ如月よりも目線が下だった。

「おあがりください」

如月は女性の後をついて、家の中に入った。短い渡り廊下の先に、10畳強の、少し広めの、居間と思しき部屋があった。中央には、6~8人が座れると思われる、アイボリー調の長いテーブルが置いてあった。よく見ると表面は傷だらけだったが、きれいに磨かれていた。床は板張りで褐色の木目だったが、こちらもチリひとつ見当たらずに、きれいに磨き上げられていた。古くて薄暗く、お世辞にも良い部屋とは言えなかったが、そんな部屋を極限まで整理整頓して美しく使おうとしている心構えが、十分に伺えた。

彼女は如月をその部屋に招き入れると、部屋の入口の扉を閉めた。

「全員で6人の子供達がここで生活しているんですよ。さあ、どうぞお座りください」女性は初めて小さな笑顔を見せて言った。

如月はお礼のつもりで小さく頭を下げると、言われるままにテーブルから椅子を引き出して、そこに座った。


***


「突然の訪問、大変恐縮です」如月は言った。

「先生が訪ねてこられるかもしれないと、美来が言っていましたので」

「そうでしたか…」

「私、荒木節子と申します。この名取児童ホーム管理責任者です」そう言って節子はお茶を差し出すと、如月の対面に座した。

「養護施設を訪問したのは、実は初めてなのですが、意外でした。建物の外見だけで判断すると、普通の民家のように見えますね」

「ええ、この施設は地域小規模児童養護施設なんです。地域の中で、地域に溶け込んで、児童を育てていこうという目的のもと、設立されているんです」

「そうなんですか」

初めて聞く話に、興味があるともないとも言えないような反応を示してしまい、如月は少し後悔した。やはり、すぐに本題に入るほうが余計なボロが出ないだろうと思い、話題を美来のことに絞ることにした。

「若槻君は、私のことをどのように説明していたのでしょうか?」

「そうですね、親しくさせていただいている男性がいる、と言っていました。同じ職場の先生だと」

美来がそのように自分のことを説明してくれていたのだとすれば話は早いので、やはり余談は不要だと、如月は判断した。

「私と若槻君は、その、何と言いますか、交際しています。もちろん、真面目なお付き合いです。ふたりで将来をどうするかについても、話し合ったことがあります。その中で、彼女が養護施設で育ったことを聞きました」

「そうだったのですか…」荒木氏は独り言のように呟いた。

「そして、養護施設の職員の方で、自分の母親代わりともいえる方がいるとも聞きました。それは、もしかして、荒木さんのことではないでしょうか?」

荒木氏は何やら考え事をしているかのように、しばらく下を向いていたが、やがて顔を上げて言った。

「彼女がここに、いえ、正確に言うと、前の施設に入所した時から、私は職員として働いてきました。他の職員で私ほど彼女と一緒にいた職員はいないと思います。そういう意味では、母親代わりと言っても差支えないのでは、と思います」

「やはりそうでしたか。荒木さんにお会いできたことは、私にとっては幸運のひとことにつきますが、実はひとつ困ったことがありまして…」

そう言った如月のことを、荒木氏は黙って見ていた。

「先日から美来と連絡がつかなくなっているんです」

「と、言いますと?」

「どうも自分から連絡を絶っているようなんです。恥ずかしい話ですが、その理由がわからないのです。決して、私たちの関係がうまくいかなくなったとか、そういうわけではないんですが…。美来のことを、彼女の居所を、知っているのではないかと、それで伺った次第なんです。すいません、初対面でいきなりこんな話で、びっくりされたでしょうし、連絡がつかないとなれば、余計な心配をお掛けするのではないかと、こちらに伺うのは、かなり躊躇したんですが…」

少なくとも最後の文言に関しては、かなり脚色が入っている。ここに来ることを、如月は躊躇などしていなかった。むしろ、藁をもつかむ思いでここまでやってきたのだ。

そして如月は、美来が職場には、しばらく病欠すると連絡していたことを節子に言った。それは美来が自分の意思で失踪したことを意味していたが、あまり言いたいことではなかった。それは自分達が不仲であることを認めているようにも聞こえる可能性があるからだ。しかし隠し立てをしても意味はなかった。目的は美来の行方を探し出すことだ。

「これまた恥ずかしい話なんですが、実は私、結婚しておりまして」

「そうだったんですか…」節子の反応はそれだけだった。

「もちろん、先程も申しあげたように、私は彼女と真剣に交際しています。妻とは離婚に向けて話を進めている最中です」

これは半分本当で、半分嘘だ。離婚することはほとんど決まってはいたが、離婚に向けた具体的なタイムスケジュールは、今のところ完全に停滞している。

「美来は、私が既婚者だと荒木さんに教えていたのでしょうか?」

「いいえ、聞いていませんでした。もちろん、美来の行方がわからなくなっていることも、今初めて聞きましたし、驚いています。本当に行方が分からないなら、とても心配です。ところで先生は、警察には連絡したのですか?」

「連絡していません。今申し上げた通りで、彼女は自分の意思で連絡を絶っている可能性があるからです。ところで先程は、私がここに訪ねてくるかもしれないと美来が言っていたと、荒木さんは言われました。私と会った時にどう接するのかについての助言などを、彼女は何か言っていたのでしょうか?」

「いえ、特にどうしろと、私に言うようなことはしませんでした。一度会ってもらうことになるかもしれないと、それだけです。もちろん、私にその申し出を断る理由などありません。美来がそういうなら、もちろん先生とお会いするつもりでした。それがこんな形で先生とお会いすることになろうとは、想像していませんでしたが」

今の荒木氏の言葉には、嘘が無いように、如月には思えた。

「自分が既婚者であること、自分が美来と、結婚も含めて、将来を築いていくためには、自分の妻と子を捨てなければならないこと、その責任の一旦を、美来が、結果的には担がなくてはならないこと、それが心理的な負担になったのではないかと、自分としてはそのことも、正直言って気にかかっています。もちろん自分の離婚が彼女の精神的な負担になることは、本意ではありません。しかし、結果的にそうなってしまうことは、どうしても、ある程度は避けようのないことでして、辛いところではあるんですが…」

「今申し上げた通りで、美来は、先生のことを私に話はしましたが、先生に妻子があるとか、そのことで悩んでいるとか、そういったことは一切話をしてはいませんでした。それは私が先生とお会いした後に、先生御自身がお話になること、そう考えていたのではないでしょうか? 結果的に、先生は今こうして私の元を訪ねてこられて、こうして先生の御家庭の事情まで、初対面であるこの私にご説明していただいたのですから、わたしは、それについて良し悪しを判断することはできないですし、それはそれで、このお話としては了解したと、私は申し上げたいと思います」

「ありがとうございます。そう仰っていただけるだけでも、随分気が楽になります。しかし、そうであればなおさら、自分としては何故彼女が連絡を絶っているのか、その理由を知りたいし、会って話がしたいのです」


***


美来から養護施設のことを初めて聞いたときから、如月は、彼女の母代りの女性に会うことができた場合に何を質問するべきかを、予め考えていた。そしてそのチャンスが現実のものとなった今、荒木氏から聞き出せることは、今のうちに聞き出さねばならなかった。それが、美来の行方を探す上で、遠回りではあるかもしれないが、正しい道を進むことになるのだと、如月は考えていた。

「その、実は、大変申し訳ないのですが、美来がこの施設に入所したきっかけについて、差支えない範囲で構いませんので、教えていただければありがたいです。彼女からは、詳しい経緯を聞いていないものですから」

如月はそう切り出したが、彼の心の中を大きく渦巻き始めた灰色のうねりが、彼自身を圧倒し始めていることを悟られないように、細心の注意を払っていた。

「美来が施設に入所したのは、8才の時です」

荒木氏は、そんな如月の内面的擾乱に気付いていながらも、より高い位置から俯瞰かつ傍観しているかのように静かに語り始めた。

「彼女の家庭の事情で、美来を育てていくことが出来なくなったのです。御両親は美来が生まれて間もなく、離婚しています。美来は母親に引き取られたのですが、経済的に困窮してる等の理由から、子供の養育を断念せざるを得なくなったのです」

「彼女の両親は存命なのでしょうか?」

「いえ、実はそれがよくわからないのです。行方自体も不明のままで…」

「なるほど。ところで荒木さんは、美来がここに来たときから、ずっと美来の面倒をみていたのですか?」

「はい、そうです。正確に言いますと、美来が入所したときは、まだこのホームは開設されていませんでした。ここから車で、そうですね、20分くらい行ったところに、若木園という施設があるんです。そこから、小規模施設として、このホームが分離独立する形で、設立されたんです。今から10年以上前のことです。その設立時にあの子が若木園から選ばれて、こちらに移ってきました。このホームの立ち上げから数カ月の間は、生活者はあの子だけでしたが、その後ひとりずつ、新たな仲間が加わって、現在と同様の6人体制になったというわけです。このホーム設立前は、わたしも本体施設の職員でした。だからあの子とのかかわりは、若木園にいた時から、ということになります」

 

***

 

「美来が、施設を移ることになった理由、何故彼女が施設を移る最初のひとりに選ばれたのでしょうか?」

「そうですね、理由は、いくつかあるのですが…、簡単な質問なのに、即答できなくて申し訳ないのですが…、総合的に判断して、あの子にはこちらの施設のほうが合っているだろうと、端的に言ってしまえば、そういうことになると思います」

荒木氏は、しばらく沈黙してから、なんとか答えを見つけ出そうとして、ようやくそれだけ答えることができた、という感じでそう言った。

「ちょっと噂に聞いたのですが、美来は、かつて、何らかの事件に巻き込まれたことがあると。それは御存知ですか?」

それは妻が探偵社から得た情報だったが、当然ながらそのことについては、如月は明かさなかった。

しかし、今度こそ本当に、荒木氏は沈黙してしまった。無表情に、如月の目をまっすぐに見つめるだけだった。

「それは、本当なのですね? 彼女がこちらに移籍する最初の児童に選ばれたのも、その事件と関連があるのですね?」

如月は業を煮やして回答を求めたが、決して威圧的にならないように、細心の注意を払って、小さな声で、ゆっくりと言った。

「そのことも、御存じだったのですね?」

「いえ、何も知りません。何らかの事件に巻き込まれたという、ただそれだけしか知りません。ですので、実はその事件のことについても、荒木さんに伺いたいと思っていたのです」

如月は、自身が身を乗り出して、声も大きくなっているのに気づいて、慌てて上半身を後ろに引いて、それ以上の発言を控えた。荒木氏の言葉を待っていたが、今度の沈黙は前回のものよりもはるかに長く、眩暈さえ感じるものだった。

「荒木さん、教えてください。もしや、今回の美来の失踪の件と、過去の事件とが、深く関連しているのでしょうか?」

如月は沈黙に耐えられず、そう質問した。

「それは…、私にもわかりません」

荒木氏は、漸くそれだけ答えてくれた。

「いったい、どのような事件なのですか?」

「ごめんなさい、今、そのことをどのように伝えればよいのか、自分なりに考えていました。でも、どのように伝えれば良いのか、何が正しいのか、考えても考えても、結論が出るわけでもなく、とても悩んでいます」

「荒木さんを苦悩させるつもりは全くありませんでしたが、結果的にはそうなってしまい、大変申し訳なく思います。ただ…」

「如月先生」

「はい」

「先生の御気持ちはよくわかりました。先生があの子のことを、真剣にお考えいただいていることも、嘘ではないと、すぐに分かりました。でも、だからこそ、あの子の過去のことを、私から話してしまうことには、躊躇せざるを得ません。やはり、あの子がそのことをどう思い、何を、どのように、どこまで話していいのを、確認してからでないと、今の私には、話すことはできないのです」

「そうですか…。御気持ちは理解いたしました。残念ですが、その件については、今日のところは諦めます。また御気持ちの整理がついたら、お話しいただければ幸いです。そもそも、いきなりアポなしで訪ねてきて、彼女の核心部ともいえる…、のではないかと思うのですが、そういう重要な話を、すぐに聞かせてくれというのも、あまりにも無理難題だということは、自分でも理解していますので…」

「本当に申し訳ございません。先生が御自身でお調べになり、その結果彼女のことについて、何らかのことを知り得ることに関しては、私にはそれを止める権利も権限もありませんので、その点は先生の御意思のままに行動なさってください。そもそも、私自身も、彼女のことの僅かしか知らないし、理解してはいないでしょうから。さきほどは、自分が母親代わりだなんて大見得切っておきながら、お恥ずかしいのですが…」


***


その後如月は、事件のことについては、職場とは別の経路から情報を得ていて、職場内では事件のことが話題になったことは一度もないことを説明した。また、彼女の職場での勤務態度はきわめて良好で、同僚からも患者からも、信頼が厚いこと(もちろん全ての患者から信頼を得ることは困難だが、それは如月も同じだった)、だからこそ、突然の失踪が、極めて不可解で心配であると、付け加えた。そして、些細なことでも美来の消息が分かったら連絡していただきたいと依頼すると、荒木氏は、承知しましたと、その依頼を拒否はしなかったので、彼は礼を言うと、その施設を後にした。

結局、荒木氏から聞き出せた未来の施設入所の経緯は、彼女の全体像を把握するという意味では、全くもって不十分だった。しかし、荒木氏が美来とは密接な関係にあることは、今の話からも十分に伺うことが出来たし、その荒木氏の証言で、美来がこの施設に存在していたことを直接確認できたことは、早くも如月の中で現実感を失いかけていた美来の存在が、再び彼の前に実体を伴って戻ってきてくれたようで、それだけでもここを訪れた価値は十分にあったと、彼は自己評価していた。彼女が関わったとされる、過去の事件に関しては、自分なりに調べていくしかないし、相当の時間がかかるだろうと、半ば覚悟を決めていた。

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