悪夢

あれから1週間が過ぎようとしていた。

あの日以降、わたしの心情をそのまま反映しているかのように、曇と雨の日が続いていた。

しかし・・・・・・。

今の今まで、何も変化は無かった。不思議なくらいにわたしの周辺は平穏だった。目撃したあの『事件』がニュースになることは無く、テレビも新聞も、何も報じなかった。

少年は本校の制服を着ていたが、本校の男子学生が行方不明になったという話も聞かない。

逆に、それがわたしには不気味だった。

あの日以来、わたしは殆ど寝ることさえ出来なかった。目を閉じた瞬間に、あのおぞましい光景が脳裏に浮かんだ。

しかし、わたしは事件の事を、誰にも語っていなかった。語ったところで、とても信じてもらえない、という気持ちもあった。たとえ学内の人間でさえ殆ど足を踏み入れない場所だとしても、白昼に、しかも学校の敷地内で、殺人が行われていたなんて、誰が信じてくれるだろうか?

白昼の悪夢であってほしかった。しかし、やはりあれは夢では無く、現実に起こった事件なのだ。夢のように思えるかもしれない、という考えそのものが、既に現実逃避であることに、わたしはとっくに気がついていた。

あのとき、あの現場にいた学生が、この北原陽子であることを、殺人犯に知られてしまったのだろうか? それも定かではなかった。

もし気付かれていないのであれば、わたしが黙ってさえいれば、事件は発覚もしないだろうし、何事もなかったように、日々を過ごしていける可能性はあった。わたしとしては、それが自身の身の安全を守るという意味では、最善の選択のようにも思えるが、そんなに都合良く話が済むだろうか?

では、あの時に逃亡した生徒が、わたしだと気づかれていたら、殺人犯はどういう行動に出るのだろうか? 口止めか? わたしのことを脅迫して? あるいはわたしの様子をずっと見張っていて、スキあらば襲って、命を奪おうとする? でも、新たな事件を起こすことは、彼にとっても発覚するリスクが増えることになり、それはそれで実行は難しいのではないだろうか?

あるいは、自分のことを何処かで拉致して、連れ去って、殺害して、何処か人目のつかないところに捨てて、遺体が発見されないようにする? しかし、それも現実的には無理があるだろう。普通の女子高生が忽然と姿を消してしまったら、それこそ世の中では大ニュースになるはずだ。殺人犯はきっとそんな状況を望んではいないだろう。騒ぎになって得をすることは何もないからだ。

でも、嫌疑がかかる可能性を重大視して、わたしに手を出してこないだろうという推測は、あまりにも楽天的かもしれない。

では逆に、わたしが目撃したことを警察に訴えたとして、警察は、まともにとり合ってくれるだろうか? それはそれで、甚だ疑問だ。あまりにも突飛な証言だし。すでに証拠はない(だろう)からだ。逆に、このわたしに虚言癖があると思われることだって、状況によってはあるかもしれない。最近成績の落ち込みが激しく、精神的に少し異常をきたしているのではないでしょうかと、言われかねない。

あの事件以来、学園内で殺人犯の姿を目撃していなかった。しかしそれも時間の問題だ。二週毎の彼の授業は、もはや翌週早々に迫っているからだ。

それにしても、今日の数学の授業も、チンプンカンプンだった。まったく授業についていけなくなってから、もうどれくらい経つのだろうか。

わたしは今日の天気のように重く沈んだ気分で帰路についていた。

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