第18話 エピローグ
シャーロットがシリト村にやってきてから、3度目の春を迎えようとしている。
1度目の春は、王都を追放された失意で八つ当たりをしてばかりいた。
2度目の春は、村人たちと協力しながら農業と農村の暮らしへの学びを深めた。彼らのありようをより深く知り、最適な作物を共に考え、暮らしに足りないものを観察して補うように行動した。農閑期の学校開催などもその1つである。
そして今。3度目の春、エゼルとシャーロットはシリト村を旅立とうとしていた。
2人とも悩んだ末の決断だった。けれども農民たちのより豊かな生活、より幸せな暮らしを幅広く実現するために、王都へ戻って政治に携わる決意をしたのだ。
シリト村を始めとした不正な税の搾取を告発したことで、エゼルの名声は多少の挽回をしていた。かつての「無能王太子」から、少しは見る目のある若者に変わった。
それをもって、エゼル夫妻の王都追放と立入禁止は解かれた。ただし政界へ復帰するには、臣籍降下が条件だった。
以前のように王太子どころか、一貴族からの再出発になる。
それでも彼らは帰還を決めた。
――自分たちにできる最大限のことを。
あの冬の日に宣言した想いは、今なおエゼルとシャーロットの心に刻まれている。
「ご領主様と奥様がいなくなったら、寂しいよ」
「オーウェンとメリッサも行っちゃうんでしょ?」
フェイリムとティララの兄妹が、そんなことを言う。この2年で彼らはずいぶん大きくなった。特にフェイリムは、そろそろ子供から若者に変わっていく時期だ。
シャーロットは笑って、兄妹の頭を順に撫でた。フェイリムはもう背丈がシャーロットより高いけれど、照れくさそうに撫でさせてくれる。
「また戻ってくるわ。シリト村は、私とエゼル様の第二の故郷だもの。私、王都で頑張ってくる。王都でしか出来ないことを、精一杯やるの」
「うん」
うなずいた彼らに、今度はエゼルが言う。
「だから、フェイリムとティララもここでしっかりやってくれ。お前たちや他の村人が農村で暮らしているからこそ、僕たちもよりよい未来を描けるんだ」
馬車の準備をしていたオーウェンが、声をかけてくる。
「エゼル様、出発の準備が整いました。行きましょう」
「ああ。――さあ、シャーロット」
「はい」
夫婦は手を取り合って、馬車へと向かう。
馬車に繋がれているのは、立派な体躯の白馬。角を失ったユニコーンだった。
精霊であった頃の彼はこの土地を離れられなかったが、今は違う。素晴らしく力が強くて足の早い馬として、シャーロットたちを助けてくれていた。
『ほら、乗った、乗った。この馬車は並の馬には重いだろうけど、僕なら平気さ。飛ばしていくから、よくつかまっているんだよ』
元・ユニコーンは得意げである。精霊ではなくなっても、彼の本質は「人のため、人の役に立つことを喜びとする」であるらしい。
「よろしく頼むわね。でも、王都ではあまり喋っちゃ駄目よ。人の言葉を喋る馬がいたら、大騒ぎになるんだから」
『分かってるさ。僕が話しかけるのは、シャーロットとその家族だけ』
そうして彼らは旅立った。
フェイリムとティララ以下、村人総出の見送りを受けて。
馬車はゴトゴトと音を立てて、街道の上を進んでいく。
舗装された石畳の道はまだ先。踏み固められただけの土の道を、馬車は
季節は春。
ここまでは、2年前と同じ。
けれども2年前とは何もかもが違う。エゼルの目には強い意志が、シャーロットの瞳には思いやりと決意が宿っている。
――これは、不本意な結婚から始まった夫婦の物語。
***
これにて一応の完結になります。最後まで読んで下さりありがとうございました。
シリト村農業開発編や王都政治編は、機会があれば書けたら良いなと思ってます。
おまけ的に。
水の聖女として名前だけ出てきたセレアナは、ちょっとした裏のある人です。
彼女が交信している水の精霊は、人間の土地開発で無理に流れを変えられてしまった川の化身。古い時代はその一帯の守護神として水の恵みを与えていた川でした。
治水のための合理的判断とはいえ、姿を無理に変えた川を見た人々の悲しみが精霊に影響を及ぼして、精霊は怒りと恨みに取り憑かれました。
人間を恨んでいる精霊に深く共振したセレアナは、王国を揺るがすために聖女として王宮に取り入りました。
精霊もセレアナも本質的に邪悪ではありません。それゆえ誰も悪意に気づけずに王国転覆計画が静かに進行中です。
元ユニコーンが水の精霊の揺らぎに気づいて、シャーロットたちが計画を阻止する……みたいな話をいつか書けるといいですね!
ざまあされた廃嫡王太子と悪役令嬢の夫妻が田舎村で生きる力を取り戻すまで 灰猫さんきち @AshNeko
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