第17話 去りゆくもの


 荒れ狂う雪の中に一点、雪よりも白い純白の光が灯った。

 それはみるみるうちに大きくなって、やがて一角獣の形を取った。

 彼は蹄で空を駆ける。分厚い雪雲を切り裂いて。


 彼が足を一蹴りする度に、雪崩が割れた。

 彼がたてがみを振る度に、雪が消えた。


 雪崩に飲まれて流されかけた人らを、彼はまとめて掬い上げ背に乗せる。

 高くいなないて地を蹴れば、雪崩は完全に勢いを失った。


 ユニコーンは一度空高く舞い上がると、森に向かって急降下をした。

 降り立つのは、あの泉のほとり。

 けれど泉に水はなく、枯れて底を晒している。


「助かった……の、か……?」


 エゼルが呆然として言った。

 その声を聞いたユニコーンは、ぶるっと体を震わせて人々をふるい落とした。


「ユニコーン様が、本当にいらっしゃったなんて」


 村長が地面に伏して拝んでいる。オーウェンとメリッサはまだ自失から戻っていない。

 シャーロットはティララを抱きしめながら、ユニコーンに向き直った。


「ありがとう、ユニコーン。また助けてもらって……!?」


 言葉の途中で絶句した。

 久方ぶりに見た純白の獣は、その象徴である一角を失っていたのである。


「あなた、どうして?」


 するとユニコーンだった獣は、ふんっと鼻を鳴らした。


『そりゃあそうだろう。乙女ではないもののために、あんなに力を使えば、魔力がなくなって当然さ』


「そんな。守り神であるあなたから、力を奪ってしまったというの?」


 守り手を失ったシリト村は、これからどうなってしまうのだろう。

 信仰の柱をなくしてしまえば、この村は立ち行かなくなるのではないか。

 そんな心配がシャーロットの心に生まれた。


 そんな彼女を見つめながら、ユニコーンが言う。


『僕は長らく村を見守ってきた。でも、シャーロットが来てから少し考えを変えたんだ。精霊や神様が人を守る時代は、そろそろ終わりかもしれないって。

 僕では、税金の取りすぎで起きる飢えは防げなかった。人の国、人の社会のありようは人間にしか変えられない。

 それならば、僕の精霊としての力を犠牲にしてでも、きみの願いに応えたい。そう思ったんだよ』


「ユニコーン……」


『言っただろう、僕の一番の願いは、皆が幸せに暮らすことだと。シャーロットはそれを叶えてくれるんだよね?』


「ええ、ええ」


 シャーロットはティララの小さい体をぎゅっと抱きながら、まっすぐにユニコーンを見た。


「もちろんよ。私、力を尽くすわ。どうやったら皆が幸せに暮らせるか、たくさん考えて。出来る限りのことをして。必ず、今より暮らしやすい村を作る!」


 そんな彼女の肩を、エゼルがそっと抱いた。


「ユニコーンよ、世話になった。守り神としてのあなたの功績は、村人からよく聞いている。その力をなげうってまで、僕たちを助けてくれたこと……心から感謝している。

 僕は何の才能も持たない身だ。けれど廃太子とはいえ王子で、国の中枢に人脈もある。国を変える機会はあるだろう。……いや、絶対に変えてみせる。不正をなくし、飢える民が1人でも減るように。幸せに暮らせるように……」


 ところがユニコーンはそっぽを向いた。シャーロットは眉を寄せる。


「ちょっと、ユニコーン。返事くらいしなさいよ。エゼル様も私も、本当に感謝しているんだから」


『だって僕、エゼルが嫌いなんだ。シャーロットから乙女の資格を奪ったから』


「何よ。結ばれて幸せになるなら、それが一番って言ってたじゃない」


『それはそれ、これはこれ』


 ぷいっと横を向いた白馬は、元・精霊とは思えないワガママな様子である。

 シャーロットとエゼルは顔を見合わせ、ついつい吹き出した。

 笑い出した夫婦を見て、ティララもきゃあきゃあと笑い始める。笑い声に我に返ったオーウェンとメリッサも、釣られてくすくす笑ってしまう。村長までもが立ち上がって、孫娘と一緒に笑顔になった。


 にぎやかな笑い声を聞きつけて、森を探していたフェイリムたちがやって来る。

 山に行ったはずのシャーロットたちと見慣れない白馬にびっくりした後は、ティララの無事を確かめて大喜びした。


 雪深い山と森に、人々の楽しげな声がこだました。

 分厚い雪雲は既に散って、青空からは金色の陽光が降り注いでいる。




 ――それは、春の予感。また一年が巡り始める。

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