無知の跡知
チャーハン
無知の跡知
雪を見ると、自分の血で染まった地面を思い出す。
真っ白なキャンパスに描かれた赤黒い粘性の血液。美しさを持った白と攻撃性を持った赤色のコントラストが美しくて、地面に倒れながら見惚れていたのを覚えている。意識がこのまま無くなって、命の灯が消えればよいと思いながら最期の景色を眺めていると、遠くから聞きなれたサイレンの音と白い車がやってきた。周りには父と母がいる。それぞれ泣きそうな顔で何かを言っているが、僕には分からなかった。
深く眠らせてくれと思いながら、僕は意識を手放した。
そうして次に目覚めた時、僕の視界に広がっていたのは知らない天井だ。横目で回りを確認すると、病院でよく見るカーテンやテレビが置かれている。ずきずきと痛む上半身を起こして左腕の傷を確認する。深々と傷つけられた傷は綺麗に縫合されており、血も止まっている。僕は死にきれなかった自分に溜息をついた。
死にたいという言葉を聞いたら、他者は何というか想像したことがある。他人であればそうですか、どうぞご勝手に。とか死ぬんじゃない!とかみたいなことを言う人間がいるのだろうか。身内ならば後者の意見が強まるのだろうが、きっとそうなのだろう。
僕は、少し変だ。他の人より秀でている長所が無い平凡な人間である僕は危険な行為に手を出しやすい。それは、17年間生きてきて最近わかってきたことだ。
今回やった自殺未遂も、これに該当する。雪が降っている都心部にある家前の駐車場でカッターナイフをざくりと腕に刺した。注射針のような痛みと腕から迸る激痛と熱が僕の意識を覚醒させる。腕から肘に伸びて落下していく鮮血は美術館で見た絵画よりもとても美しいと感じられた。ただ、勘違いしてほしくないのは僕は他の人と違ってメンタルが病んでいる訳では無いと言う事だ。度々カウンセリングに行って事情を伝える度に投薬治療や認知行動療法を勧められたが、そんな心配してもらうほど、僕の心が弱くないのは僕自身が分かっていた。
ただ、ちょっとだけ心配なことがあるとすれば上述した様な衝動的行為だ。自傷行為や立ち入り禁止区域への侵入と言った危険行為を簡単に行ってしまうような常識の無さは社会に出た時に悪さをするのではないか、と度々思うのだ。どうにかして解決したいなと思いながら自問自答していると白のレースカーテンが音を鳴らし開く。
そこにいたのは、僕の父と母だ。父と母は看護師さんに深々と頭を下げた後、僕の方に近づいてきた。母は泣きそうな顔で僕の事を見ているが、父はあまり僕の方を見ようとしていなかった。実の息子がここまで屑だと思っていなかったみたいな顔をしているなと僕は母を宥めながら思っていた。
その後、看護師さんとお医者さんがやって来る。お医者さん曰く、入院することになったらしい。入院するほどの傷では無いと思ったものの、両親に規制されてはたまったものでは無いと思った僕は渋々了承した。
静かになった個室の病室で僕は天井を見つめながら妄想にふけっていた。
僕、
他人から見れば、僕はただの狂人だ。腹を痛めて産んでくれた母と、汗水流しながら稼ぎを出してくれている父を裏切る行為だ。そんな風に世間は糾弾する。きっとネット上に僕の思想が出まわったら議論になるだろう。
「あの家庭は両親が駄目だ。腐ってる」
「学校側の問題じゃないか?教育委員会GO」
「自殺者は発達障害者、隔離しなきゃね」
「本名と実家特定しましたwww 突班頼むわ」
いや、議論と言っても役に立たない魑魅魍魎だけだろうと僕は思った。昔、ネットで掲示板系の動画を見ることがあったが、基本的に使い道のないコメントしかなかったからだ。それが学の無い人がやっているのなら僕は安心できるのだが、僕よりも学力が上で社会的地位もある人がやるのだから少しばかりやるせなくなってしまう。努力した人間が人を小馬鹿にするために労力を費やすのはもったいないと感じてしまうのは、やはり僕自身がプライドも糞も無いクズだからだろう。
閑話休題、そろそろ話を戻す。
さて、僕が自殺した理由を話すとしよう。僕が自殺しようと思った理由は、ただ単純に自分の人生がつまらなかったからだ。他人と比較しても、長所はなにもなく、そして、向上心が無く惰性の日々を送っていることに終止符を打ちたかった。
そんなくだらない理由だ。笑いたかったら笑ってほしい。
ただ世間的にこんな人間がいるというのも知ってほしい。
たったそれだけのこと。それだけのつまらないお話だ。
最後に、一つ。
僕の脳内を見た所で人生が変わることは無いだろう。
人の人生を動かすのは、素晴らしい芸術とスター性だ。
ぼくはそれを持てなかった。
けれど、他の人は違う。
僕よりも才能があり、未来が詰まっている。
希望の星を掴むことだってできるだろう。
だから――決して、夢は諦めないでほしい。
そして、今は弱いと思っている人は、ソクラテスの無知の知を知ってほしい。
自殺未遂した人が何言ってんだと思うかもしれないが、これだけは僕の本心だ。
最後に、これで〆るとしよう。
貴方の人生に幸あれ。
無知の跡知 チャーハン @tya-hantabero
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます